オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ リ・ブルムラシュール /*/
リ・エスティーゼ王国の南方に位置する鉱山都市リ・ブルムラシュール。
古くは金鉱とミスリル鉱の産出で栄え、街の中心には豪奢な商館や鉱夫たちの集会所が並んでいた。鍛冶屋の槌音が絶えず響き、夕暮れになれば酒場に歌と笑い声があふれる――そんな活気に満ちた街であった。
だが今、その喧噪は完全に失われている。
殲滅戦の末に住民は一人残らず姿を消し、かつての繁栄を示す建物も扉を閉ざしたまま朽ちていく。
しかし、鉱山そのものは止まっていなかった。いや、むしろ以前よりも効率的に稼働していた。
坑道に響くのは鉄槌やつるはしの乾いた音。
だがそれを振るっているのは血の通った鉱夫ではなく、無数のアンデッドたちである。
骨の指が鉱石を掴み、腐敗した腕が台車を押し、眼窩に炎を宿す骸骨が昼夜を問わず働き続ける。
休息も食事も必要とせず、交代すらしない労働力。
坑道は、今や24時間絶えることのない作業場と化していた。
鉱山口に立つと、夜の帳が降りてもなお灯る青白い魔光が坑道の奥深くを照らしている。
リ・ブルムラシュール――そこは人の営みを失いながらも、死者による絶え間ない労働で脈打つ、不気味な繁栄を見せていた。
/*/ リ・ブルムラシュール・鉱山口 /*/
冷たい風が吹き抜ける鉱山都市。
静まり返った街並みを越え、鉱山口に降り立つ二つの影――モモンガとジョン。
「……実に効率的だな」
骸骨の王は眼窩の赤い光を瞬かせながら坑道を見下ろす。
そこには数百、いや数千に及ぶアンデッドたちが黙々とつるはしを振るい、台車を押し、鉱石を積み上げていた。
「休むことなく、食事も睡眠も不要。まさに理想の労働者だ」
モモンガの声には冷ややかな満足が滲んでいた。
ジョンは腕を組み、坑道の奥を見やりながら鼻を鳴らした。
「ただ……生気が無さすぎるな。街全体が墓場みたいだ」
狼の耳がピクリと動き、青白い光に照らされた骸骨たちの動きを観察する。
「墓場、か。確かにそう見えるかもしれんが……」
モモンガはローブの袖を翻し、眼窩の奥で光を強める。
「この無言の労働こそ、我らが魔導王国の力を支える柱だ。リ・ブルムラシュールはその象徴となるだろう」
ジョンは小さく笑い、肩を竦める。
「そういう言い方をされると……まぁ、納得はできるな。俺としては、いっそ鉱石の山を背に宴でも開いて、少しは活気を出した方がいいと思うが」
「ふむ……それも悪くないかもしれんな。成果を示す“見せ場”として利用できよう」
モモンガは顎に骨の指を当て、しばし考え込む。
坑道の奥から響く無数のつるはしの音は、規則的で、まるで不気味な合唱のように夜空へと響いていた。
二人はその光景をしばらく眺め、やがて街の奥へと歩みを進めていった。
/*/ リ・ウロヴァール軍港 /*/
リンデ海から吹きつける潮風は冷たく、空気には鉄と塩の匂いが混じっていた。
桟橋にはずらりと並んだ軍船。そこに立つ水夫たちは皆、皮膚の剥げ落ちたゾンビや骸骨兵であり、無言のまま網を引き、錨を下ろし、船を操っていた。
「……ほう。実に壮観だな」
モモンガはローブの裾を押さえつつ、桟橋の端から海を見渡した。
海原には十隻以上の船がゆったりと行き来し、魚を積んで戻ってきている。
ジョンは肩を組むように欄干に肘をかけ、青白い毛並みを潮風に揺らした。
「人間がいた頃より活気があるんじゃないか? 少なくとも、漁獲高は倍増だ」
「ふむ。確かに効率は上がっている。無限に働ける労働力は海でも陸でも変わらん」
モモンガは赤い眼光を細め、入港する船を観察する。
船の甲板では、ゾンビたちが乱雑ながらも器用に魚を仕分け、大きな樽に詰めていた。
その魚を載せた荷馬車に、紅いパラソルを掲げた小柄な吸血鬼が待ち構えている。
「ありんす急便におまかせあれぇ~♪」
シャルティアの声が響き、アンデッド御者の馬車が次々と魚を積み込み、エ・ランテル方面へと発っていく。
ジョンは思わず吹き出した。
「相変わらず目立つな、あの嬢ちゃんは」
「……あれでいて物流の中核を担っているのだ。目立つくらいで丁度良い」
モモンガは少し肩を揺らし、骨の顎をわずかに持ち上げる。
「リ・ウロヴァール。軍港としての機能は失われたが……今や我が王国の食料庫かつ海路の要衝だな」
ジョンは潮風を胸いっぱいに吸い込み、苦笑を浮かべた。
「ま、魚臭い食料庫ってとこだな」
/*/ リ・ウロヴァール軍港 /*/
網が海から引き上げられる。
だが、それにかかったのはただの魚ではなかった。
――灰色の鱗を持つ巨大な魚、いや、魚にしてはあまりに異様だった。
背びれには骨のような棘が突き出し、頭部には触腕めいた器官がうねうねと蠢いている。
引き上げられた瞬間にまだ生きていたそれは、ゾンビ水夫の片腕を噛み千切った。
「おっと、あぶねぇ!」
ジョンが素早く前へ躍り出て、抜き放った剣でその触腕を断ち切る。
切り口からどす黒い粘液が飛び散り、甲板を焦がすようにジュウと煙を上げた。
「酸性か……!」
ジョンは眉をひそめる。
モモンガは静かに歩み出て、指をかざした。
「【鑑定】……ふむ。これは《深淵魚(アビス・フィッシュ)》か。通常はアゼルリシア山脈の地下湖に棲むはずだが……なぜここに?」
断ち切られた触腕がなおも蠢くのを、ゾンビ水夫が無言で踏み潰す。
海に引きずり込まれた仲間のゾンビは抵抗もなく沈んでいったが、誰一人として騒ぐこともない。淡々と網を引き続ける。
「深淵魚だって? 冗談じゃねえ。こんな奴が網にかかるようになったら、普通の魚が取れなくなるだろ」
ジョンは剣先を振って粘液を払い落とし、肩越しに振り返った。
モモンガはわずかに頷き、紅い眼光を細める。
「……気になるな。環境に異変が起きているかもしれん。リンデ海の深層で何かが動いているのだろう」
二人の会話を遮るように、シャルティアの声が桟橋から響いた。
「おやぁ~、珍しいお土産ありんすねぇ。これ、急便に積んでいきましょうかぁ?」
ジョンとモモンガは同時に首を横に振った。
「「絶対ダメだ」」
シャルティアはむぅと頬を膨らませ、肩をすくめた。
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