オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ カルネ=ダーシュ村・訓練場脇の丘 /*/
夕陽の光が石畳を染め、空気は少し冷たい。
ジョンが腰を下ろした丸太のベンチに、クレマンティーヌとアンティリーネが並ぶ。
アンティリーネが眉をひそめて言った。
「――土の神官長が悪阻? あの人、男でしょう」
ジョンは軽く笑って、手に持った湯呑みを傾けた。
「人類再鍛造計画をやるなら、自分も母体になる覚悟があるかって聞いたんだ。
そしたら、“ある”って言うからな。仕方ない、魔法で変えてやった」
「……はあ?」
アンティリーネは目を瞬かせる。
クレマンティーネは逆にケラケラ笑った。
「いいじゃん。それくらい覚悟あるなら本物だよ。
あの人、元漆黒聖典でしょ? “自分にできたことをやれ”って主義。
気に入らなかったんだよね、自分だけ安全圏にいるのが」
ジョンは肩をすくめた。
「まあ、実際やってみてから“母体って大変なんですね……”って真顔になってたけどな」
「そりゃそうでしょ」
アンティリーネは呆れ顔だ。
「でも――あの人がそこまでして生まれ変わりを作ろうとしてるなら、本気ね」
「“次世代の人間を、恐怖に縛られない形で創る”って言ってた」
ジョンの声が少しだけ低くなる。
「第1世代だけは強くなるが、新人類なんて出来ねぇよ」
クレマンティーネが足をぶらぶらさせながら笑う。
「いいじゃん。漆黒聖典の連中にしては、ようやく“生き物”らしいこと考えたじゃない」
アンティリーネが腕を組み、静かにうなずいた。
「……でも、あの人が“母”になるなんてね。世界、変わってきてるわ」
ジョンは少し遠くを見た。
赤く沈む夕陽の向こうに、まだ工事途中の訓練場が見える。
「変わっていくさ。俺たちがそう仕掛けてるんだからな」
風が三人の髪を揺らし、村の鐘が遠くで鳴った。
その音は、まるで“新しい時代の産声”のように響いていた。
/*/ カルネ=ダーシュ村・訓練場前の東屋 /*/
木の葉を鳴らす風が心地よい昼下がり。
三人分のカップから、湯気がゆるやかに立ちのぼっていた。
クレマンティーヌが、カップを口に運びながらにやりと笑う。
「そういえばさぁ――エ・ランテルで会った時に、“無限魔力”も女の扱いが良くなったって言ってたわよ。神獣様、ナイス!」
ジョンは吹きかけた茶を喉の奥で無理やり飲み込み、苦笑混じりに眉をしかめた。
「よせやい。褒めても、竜王国のワインくらいしか出ないぞ」
「それで充分っしょ?」
クレマンティーヌは笑いながら、肘でジョンの脇腹をつつく。
「だってさぁ、前は“魔力制御の天才”って感じだったのに、最近は“人の心の制御”もうまくなってきたって噂なんだよ?」
アンティリーネが紅茶を置き、穏やかに微笑んだ。
「……つまり、ようやく人間味が出てきたってことね。神獣様も、万能すぎるよりその方が良いわ」
ジョンは頭をかきながら、少し照れくさそうに言う。
「万能じゃねぇよ。ただ、仲間が笑ってくれるなら、それが一番気が楽なんだ」
「ふふ、そういうとこが“女の扱いが良くなった”って言われる理由なんでしょうね」
アンティリーネの言葉に、クレマンティーネは勢いよく頷く。
「そうそう! そういうとこよ、神獣様の罪深いとこ!」
ジョンは両手を挙げて苦笑い。
「……お前ら、ほんと容赦ねぇな。今夜はもう酒抜きだぞ」
「えー、ワインないの? 残念~」
クレマンティーネは笑いながら、ジョンの肩に頭をもたせかけた。
夕陽が傾き、東屋の下に三人の影が寄り添う。
その穏やかな光景の中で、笑い声だけがゆっくりと風に溶けていった。
/*/ カルネ=ダーシュ村・訓練場前の東屋 夕刻 /*/
茜色の空が西の山際に沈みかけ、村に長い影を落としていた。
ジョンの肩に頭をもたせかけ、へらへらと笑っていたクレマンティーヌの耳に、
柔らかい、けれど明らかに冷えた声が届く。
「――ジョン様ぁ~」
振り向くと、そこにはルプスレギナ。
いつもの笑顔のはずなのに、口元だけが笑っていて、目はぜんぜん笑っていない。
金色の瞳が、まるで処刑前の獲物を見るように細く光っていた。
ジョンは「あー……」とだけ声を漏らし、額に手を当てる。
クレマンティーヌは硬直。
ゆっくりと肩から頭を離し、作り笑いでごまかしながら言った。
「や、やべ……奥様に見つかった。ごめん神獣様、私死んだわ。
墓前には――ワインを、よろしく……」
そのまま両手を合わせ、南無三のポーズ。
背後ではルプスレギナが、にこやかにステップを踏みながら近づいてくる。
「クレマちゃ~ん、なにしてるっすかぁ? ジョン様のお肩に、なんか頭乗ってたように見えたっすけど~?」
「幻覚! きっと幻覚! 村の空気が悪いせい!」
「へぇ~、じゃあ、空気清浄のために“頭”飛ばしておくっすね?」
「いやぁああッ!」
ジョンは頭を押さえて深いため息。
「ルプー、ほどほどにな」
「はぁいっす~。でも、ジョン様の肩は、あたしの指定席っすからねぇ?」
クレマンティーネは肩を落とし、墓穴を掘る仕草をしながらぼそり。
「……マジで墓前にワイン置いといてね、神獣様」
ジョンは苦笑しながら答えた。
「了解。赤でいいか?」
「通夜には白も添えて……」
東屋の中、笑いと悲鳴が入り混じるように響き、
その音は黄昏の村へと、ゆっくりと溶けていった。