オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ スレイン法国・大神殿地下 禁制実験区 /*/
鉄と血の匂いが満ちていた。
地下の空間は、かつての聖封監獄の奥――いまはぐりもあが設計した“肉体改造炉区画”へと変貌していた。
魔力濃度の高い赤い光が、壁に描かれた錬金陣を照らす。
「人の限界は“肉体の形”にある。
ならば、形を変えればいいじゃないですか。」
ぐりもあの声が、聖歌のように響いた。
魔導炉の上には、六人の法国兵が横たわっている。
いずれも“信仰系魔法”を扱う神官戦士。
志願した者たちだ。――神の力を、より正しく振るうために。
ジョンが現場に足を踏み入れる。
焦げた鉄の臭いに眉をひそめた。
「……ぐりもあさん、やり過ぎだろ。
こいつら、まだ生きてるじゃねぇか。」
「もちろんです。失敗体は死にますけど、彼らは――進化中ですよ。」
ぐりもあは装置の魔力出力を操作し、
透明な魔導管を通して、液状化した“神人細胞培養体”を注入していく。
液が神官兵の血流に混じり、肉体がわずかに膨張した。
「この因子はルーナ=フェンリルの細胞をベースに調整しています。
人狼の筋肉構造、エルフの魔力経路、そして人間の信仰回路を一つの構造体に融合させました。」
魔力が弾け、実験台の上で悲鳴が上がる。
筋肉が爆発的に発達し、骨格が伸び、指先が獣のように鋭く変形する。
皮膚には黒い文様が走り、背骨が軋みながら変形していった。
「……すげぇな。
まるで、オーガと天使の間みてぇだ。」
ぐりもあは頷き、興奮気味に続けた。
「この形態は“獣化形態”と呼びます。
戦闘時に魔力を一定値まで高めると自動変化。
肩の発射器官から〈雷撃〉を放ち、口腔部から〈火球〉を吐き出せる。
しかも筋骨構造は一時的にオーガ級へと変化――肉体だけで第六位階魔法に耐えます。」
ジョンは眉をひそめた。
「それ……戦士ってより、兵器だな。」
「兵器で結構です。
法国は“神の国”を自称してるんですよ?
ならば――“神の兵”がいて当然でしょう。」
ジョンは皮肉に笑う。
「流石はアンティリーネが強い子を産めるなら、父親なんて異形種でも良いって言っただけはあるわ。……みんな覚悟ガンギマリじゃねぇか」
装置の光が消え、台の上の兵たちがゆっくりと起き上がる。
その瞳は赤黒く光り、筋肉の下で血管が脈動していた。
しかし、彼らの口元には確かな笑みがあった。
「感じます……神の息吹を……!」
「力が……あふれる……!」
ぐりもあは満足げに頷いた。
「これで十名目。彼らは“改造信徒第一世代”――通称ルーナ兵団と呼びます。
そして、この特性は――遺伝します。」
ジョンの表情が固まった。
「……え。遺伝? まさか子孫にも?」
「ええ。子が生まれれば、同様の変異因子が自然継承されます。
世代を重ねるごとに“神の兵の形質”は国の血に溶けていく。
つまり――“信仰そのものが遺伝する”んです。」
その言葉に、ジョンの金の瞳がわずかに細く光った。
「……それは、救いじゃなくて支配だぞ、ぐりもあさん」
ぐりもあは微笑んだ。
「支配でも構いません。
彼らが幸福なら、それは救いと呼べます。
――ねえ、ジョンさん。
貴方が人を強くしたいと言ったじゃないですか。
私は、それを“形”で叶えただけです。」
その背後で、改造された兵士たちが一斉に跪いた。
血の香りの中、彼らの声が重なる。
「我ら、神の獣――ルーナ兵団に栄光を!」
天井の封印陣が淡く震え、
一瞬だけ――神の気配に似た何かが、空間を貫いた。
ジョンは深く息を吐き、視線を逸らす。
「……すげぇな。人間形態があるから忌避感も強くなかったのか」
ぐりもあは振り返り、白衣の裾を翻した。
「そうですよ。人間って逃げ道があると意外と単純なんですよ」
その“単純さ”こそが、後にスレイン法国全土を覆う〈神化病〉の始まりであることを、まだ誰も知らなかった。
祝福と狂気の境界線が、ゆっくりと溶けていく音がした。
/*/ スレイン法国・大神殿地下 改造炉区画 /*/
空気が焦げていた。
金属の焼ける匂いと、聖水の蒸気が混じった独特の“神の実験室”の匂い。
魔導灯の光が、ぐりもあの白衣に反射して淡く揺れる。
壁面では、肉体改造を終えた“神兵”たちが静かに祈りを捧げていた。
ジョンは鉄骨の梁にもたれ、長い溜息を吐いた。
その視線の先――神官戦士たちはもはや人の姿ではなかった。
金属のような肌、背中から生えた黒い脊角、発光する血管。
人でも神でもない、“戦う信仰の形”。
「……もうスレイン法国じゃなくて、ルーナ帝国だな。」
ジョンの声は呆れを含みながらも、どこか寂しげだった。
「鉄の騎士でとどめてた俺は……優しかったんだな。」
ぐりもあは手元の水晶板から視線を上げずに答えた。
「優しすぎたんですよ。
だって、みんな“強くなりたい”って願ってたんです。
今は――それが叶っただけです。」
彼女の手の中の水晶には、各聖典の申請書が映し出されていた。
その数、百件を超える。
「漆黒聖典、陽光聖典、火滅聖典――全隊から希望者殺到です。
改造枠、足りませんよ! 忙しくなります!」
ジョンは片眉を上げた。
「えー……漆黒からもか?」
ぐりもあは肩をすくめ、楽しそうに笑った。
「はい。“一人師団”の子が真っ先に手を挙げました。
“召喚術師としての弱さを埋められる”って、目を輝かせてましたよ。」
ジョンは苦笑しながら頭を掻いた。
「おう……あいつ、真面目だからな。」
天井の封印陣が淡く光を放ち、
改造された聖典兵たちの影が、壁一面に広がっていく。
ぐりもあはデータ板を閉じ、くるりとジョンの方を向いた。
「ねえジョンさん。
こうやって、“神の力を人に宿す”って発想――
最初に言い出したの、あなたですよ?」
ジョンは目を閉じ、低く笑った。
「……ああ。だけど俺の言った“神”ってのは、
信じる側の話だったんだよ。」
「信じられるほど強くなったんです。
だから、もう“神を信じる人間”じゃなくて――
人を信じる神が生まれたんですよ。」
ぐりもあの瞳が静かに光る。
ジョンは少しだけ口角を上げ、
壁に映る彼らの“新しい形”を眺めた。
「……ルーナ帝国、か。
このままじゃ、本当にそう名乗りかねねぇな。」
「いいじゃないですか。
ルーナちゃんもきっと喜びますよ。
“お父さんの国ができた”って。」
ジョンは吹き出した。
「そういうこと言うなよ。俺、笑うしかねぇじゃねぇか。」
二人の笑い声が、冷たい魔導炉の中で反響する。
だがその背後――新たに目覚めた改造兵の咆哮が、
まるで“神の鐘”のように低く鳴り響いていた。
光と血が交わる。
スレイン法国はもはや宗教国家ではない。
それは――創造と改造の帝国、ルーナ帝国の誕生だった。
/*/ スレイン法国・西辺境 灰砂峡谷 /*/
荒れ果てた峡谷に、雷鳴が響いた。
黒雲を裂く閃光が、乾いた大地に白い影を落とす。
その中心で――人の形をした“神の兵”たちが進軍していた。
鎧を纏わず、肉体そのものが武装。
筋肉は魔力を帯び、背中には魔導器官が露出し、
祈りを捧げるたびに皮膚の下で光が走る。
それがスレイン法国が誇る新たな聖戦兵――獣化兵(ルーナ兵団)。
彼らの眼前に立ちはだかるのは、
古来より人類を脅かしてきた知性ある巨獣、ウォートロール・ワイズマン。
その全高二十メートル、岩と魔石の巨体は山を歩く災厄と呼ばれた。
かつてなら、スレイン法国はこの怪物に町を三つ失っていた。
だが今、祈りと科学の融合は、人の枠を超えている。
/*/
「前衛、神経リンク確認。出力、臨界値まで上昇――」
祈祷士の詠唱と共に、獣化兵たちの背の紋章が光り、
魔力と血流が同調した。
「〈雷撃・開放〉――!」
轟音。
肩の発射器官から放たれた雷光が、峡谷全体を照らす。
それは天を裂き、大地を焼く白炎。
直撃した巨獣の腕が焦げ、血の代わりに溶岩のような魔石が流れ落ちる。
「後衛、信仰支援! 前衛に加護を!」
背後の神官兵が杖を掲げ、詠唱を重ねた。
「〈神聖加護〉! 〈戦士の光輪〉! 〈導きの息吹〉!」
白金の光輪が獣化兵たちの足元に浮かび、
彼らの筋肉が爆ぜるように膨張する。
その咆哮は獣のものではない――祈りの叫びだった。
「〈火球〉ッ!」
次の瞬間、前線の獣化兵が口を開き、
喉奥から竜のような灼炎を吐き出す。
炎は爆ぜ、巨獣の胴を吹き飛ばし、周囲の岩壁を融解させた。
だが、それでもウォートロール・ワイズマンは倒れない。
その瞳が魔力を帯び、呪詛のような蒸気を吐き出す。
瘴気が兵士たちの周囲を覆い、地が軋む。
「上空援護――召喚開始!」
祈祷士が詠唱を切り替える。
光が天へと伸び、裂け目の向こうから翼の影が降りてくる。
白い羽根、黄金の輪。
信仰系魔法によって呼び出された上級天使群。
「〈光翼槍陣〉――照準確定。」
天と地が繋がった。
雷鳴が鼓動し、天使の槍が雨のように降り注ぐ。
一条の光が巨獣の胸を貫き、背中の魔石を粉砕した。
「神の名において――審判を!」
地上では獣化兵たちが一斉に突撃する。
その姿はもはや人ではなかった。
筋骨隆々のオーガの如き体躯に、神光を纏う狼の面。
その一撃ごとに稲妻が走り、祈りが大地を焦がす。
ウォートロールが最後の抵抗として大地を叩き割る。
だが、すでに遅かった。
雷光と炎が交錯し、天と地がひとつになった瞬間――
大地そのものが白く焼け、巨獣の影は霧散した。
/*/
灰と蒸気の中に立つ獣化兵たち。
彼らは炎の残滓の中で、静かに祈りを捧げた。
「神よ……見ておられますか。
これが、貴方の国を守る“奇跡”です。」
通信の魔法陣が光り、ぐりもあの声が響く。
「実験成功ですね。これで辺境の防衛は安泰です。」
ジョンの声が返る。
「安泰って言葉、聞くたびに不安になるんだよな……
あの出力、都市ひとつ焼けるだろ。」
ぐりもあは小さく笑った。
「いいじゃないですか。
人類が神を恐れた時代は終わりです。
これからは――“神が人を恐れる時代”なんですよ。」
ジョンは煙管を取り出し、炎の消えた空を見上げた。
雷の残光が雲を裂き、天使たちの影が消えていく。
「……まったく。スレイン法国、地獄に片足突っ込んでんな。」
彼の呟きは、風に流れて消えた。
しかしその日、スレイン法国は確かに“神の奇跡”を体現していた。
それは、人類が手にした最初の神の力――そして、滅びの始まりでもあった。