オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/エ・ランテル 冒険者の宿 “黄金の輝き亭”・朝/*/
朝の酒場にはパンとスープの匂いが漂い、外の街路からは商人たちの声が聞こえていた。
テーブルの一角では、蒼の薔薇の面々が朝食を囲んでいる。
ガガーランが湯気の立つカップを片手に、のんびりと笑った。
「おーい、おちびさん。朝帰りかぁ?」
入口の方から現れたイビルアイが、わずかに肩を跳ねさせる。
「……っ。違う。禁書庫で調べものをしていたのだ」
ティナがパンをちぎりながらにやりと笑う。
「へぇ?、禁書庫ねぇ。彼氏と一緒に?」
ティアがストレートに追撃した。
「一晩過ごしたの?」
イビルアイの赤い瞳が一瞬にして丸くなり、次の瞬間、顔を真っ赤に染めた。
「な、ななな、なんだその言い方はっ!? そういう意味ではない!」
ガガーランがドン、とテーブルを叩いて笑い転げる。
「ぐっははは! おちび、図星か??」
「ち、違うと言っているだろう! 研究だ、研究だぞ!!」
ティナが肘でティアをつつきながら、わざとらしく小声で囁く。
「“研究”って名前の男ね」
「うん、いい響き」
「違うっっ!!」
イビルアイがバンと机を叩く。スープが少し跳ねた。
そんな騒ぎを横目に、ラキュースがパンをナイフで静かに切りながら、少し真面目な声で言った。
「イビルアイ。まだ婚約もしてないうちから、男女が外で一夜を共にするのは良くないと思うのよ」
「おま、おまえまで真面目に言うなラキュース!!」
「だって……ねえ?」
ラキュースは微笑んで、柔らかく続ける。
「あなたが信頼してるのは分かるけれど、他人の目もあるわ。あなたの評判だって――」
「……うぅぅ」
イビルアイはテーブルの端でフードを深くかぶり、肩を小さく丸めた。
「ち、違うのだ……ほんとうに、本を読んでいただけなんだ……」
ガガーランがスープを飲みながら豪快に肩を叩く。
「まぁまぁ、気にすんな。だが顔、赤すぎだぞ?」
ティナがくすりと笑って、目を細める。
「でも、恋する魔法使いって響き、いいじゃない」
イビルアイの耳まで真っ赤になった。
「恋などではない!!!」
宿の客たちが一瞬こちらを見たが、
ガガーランの笑い声と、ティアたちの冷やかしの声にかき消されていった。
──そのころ。
学院の片隅では、ケネウスがくしゃみを一つしていた。
「……誰か、俺の噂してるな?」
彼の机の上には、一冊のノート。
そこには小さな赤いインクで、
《ネームレス・スペルブック探索計画》
と書かれていた。
/*/スレイン法国・法都シクルサンテクス 地下封印区画/*/
誰も近づかぬ聖堂都市の最深部。
六百年前に崩壊した冒険者ギルドの地下には、
巨大な封印扉が今も静かに光を放っている。
その奥に眠るのは――
死の神スルシャーナが、創造した副官アンデッド。
《オーバーロード・ワイズマン》 ルフェリウス・アークメイア。
神が去るより以前、スルシャーナはこの地の崩壊を悟っていた。
ゆえに、自らの意志を継ぐため、
知識と秩序の象徴として“思考する死者”を一体だけ造り上げた。
ルフェリウスは生まれながらの不死者。
骨でも肉でもない――黒曜石のように滑らかな骨格を持ち、
胸には蒼白く脈打つ魔力核〈ソウル・アーク〉が輝く。
その存在は、祈りを解析する知能そのものであり、
スルシャーナが己の孤独を慰撫する為に創造した友でもあった。
ルフェリウスは今も、
法都シクルサンテクスの地底で封印された神級ギルド武器を守護している。
それはスルシャーナと八欲王が交わした契約の証――
「死と再生の均衡を乱す者あらば、
ワイズマンがそれを“再び死に導く”」という誓約だ。
ギルド跡地の封印結界は彼自身の魔力によって維持されており、
今や法都の神官たちでさえ、その仕組みを理解できない。
ルフェリウスの存在は秘匿され、
彼を知るのはごく一部の高位神官たちのみ。
彼らは畏怖と敬意を込めて、
その名を決して呼ばず――ただ“あの御方”とだけ口にする。
封印区画の奥。
黒鉄の玉座に腰掛けた影が、微かに目を開く。
青白い光が、永遠の闇を照らす。
「……まだ、主の命令は更新されていない。
よって我は此処に在る。
秩序を守り、記録を保ち、
無謬の死を静かに観測し続ける……」
声は低く、静かに。
しかし、ひとたび彼が立ち上がれば、
その一歩が法都全域の魔力均衡を変えるほどの威容を持つ。
かつてスルシャーナが“死の中にある知恵”として創造した存在は、
いまや神の代弁者にして、神をも監視する者となっていた。
地上の聖歌が夜明けを告げるたび、
地下ではルフェリウスの魔力が微かに共鳴する。
それはまるで、死した神への返礼のような祈り――。
「神が去りし後も、理は死なず。
我が思考は、主の影にして、世界の記録なり。」
そう呟き、彼は再び沈黙に戻る。
法都の誰も知らぬ地下の果てで、
六百年の時を超え、“あの御方”は今もなお神の遺産を守り続けている。