オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/エ・ランテル 訓練場・模擬戦リング(黄昏)/*/
夕陽が赤く砂塵を染める。
ジョンの合図で、四人の腕輪が同時に青白く明滅した。
「切替テスト――開始。各自、“軽装>フル>研究>緊急回避”の順で」
ラキュースの外套がひらりとほどけ、黒銀の軽戦闘ドレスに収束。
次の瞬間、蒼の紋が走ってフルプレートへ――甲冑は薄刃の花弁のように重なり、音もなく閉じた。
ガガーランは肩口が開いた艶黒の“綺麗系”戦闘舞踏服へ、さらに瞬時に従来の重鎧。
ティナとティアはレイヤードスカートが“刃隠し”構造に変形し、裾がバネのように弾む。
最後、イビルアイは赤黒×月銀のデカダン・セット――腰布の裏に魔術式、袖口に小型結界具。
「……ふむ」ジョンが満足げに腕を組む。「遅延は最大でも〇・三秒。上出来だ」
合図の笛。
訓練用ゴーレムが四体、砂を蹴って突進する。
「フル装備!」
ラキュースの甲冑が閉じ、剣が蒼光を纏う。
「軽装!」
ティナは足音を消し、ティアは裾からスローイングナイフを雨のように。
「研究!」
イビルアイの袖口魔具が展開、魔力波形を記録しながら抑制結界を薄く敷く。
「緊急回避!」
ガガーランの重鎧が一瞬で舞踏服へ――体重移動だけでゴーレムの肩を踏み台に、空中で半回転。
「――転換早い!」ケネウスが目を見張る。
ジョンは口笛を鳴らし、片手を上げた。
「次、合成パターン。ラキュース“軽装+盾術サブ”。イビルアイ“研究+狙撃”。」
ラキュースの左前腕が小型楯に変形、足運びが舞うように軽くなる。
イビルアイは腰布の内側から“月銀”のスコープを引き出し、魔力線を一点に折りたたむ。
「照準――いける」
乾いた閃光。ゴーレムの関節に穴が穿たれ、ラキュースの剣がたちまち要を断つ。
砂埃が落ち着く。静寂。
ジョンが指を鳴らした。
「合格。――じゃ、仕上げだ。お洒落モード」
四人の抗議が同時に飛ぶ。
「今は要らん!」
「戦闘だぞ!?」
「撮影は?」
「撮影は無い!」
……が、リングの外から歓声。
「かっこいー!」
「蒼の薔薇、新衣装だってよ!」
見学の冒険者たちがわらわら集まってきて、空気が一気に祭りめく。
ジョンは肩をすくめる。
「世間は求めてるらしい。ラキュース、ポーズ三秒だけ」
「三秒だけよ……!」
くるり。黒薔薇が一輪、夕陽に咲いた。
ティナとティアも無表情のまま、わずかに裾を翻す(裾裏の刃は見せない)。
ガガーランは肩で風を切り、筋肉の陰影が光沢布に映える。
イビルアイは――顔をそむけながら、袖口の銀を指で弾いて小さく月光を踊らせた。
拍手。口笛。
ジョンは観客に向かって片手を振ると、四人へ小声で告げる。
「よし、宣伝完了。予備の触媒は組合経費で――」
「待って」
ラキュースが咳払いし、少し照れた声で言う。
「……戦闘効果が実証された以上、広報はやむなし、ということで」
「撮影は?」
「一枚くらいなら……」
ジョンがにやり。ケネウスが記録水晶を掲げる。
「じゃ、装備切替・同時発動で決め絵いきます! 三、二、一――」
四人の衣装が一瞬で切り替わり、各々の象徴が重なる。
黒薔薇の蒼刃、艶黒の肩影、無音の刃衣、月銀の袖。
砂に長い影が交差し、夕陽がそれを金に縁取った。
ぱしん、と水晶が光を封じる。
ジョンは満足げに親指を立てた。
「――これで“速さ”は装備にも宿った。次は中身だ。誰よりも速く勝つ、忘れるなよ」
沈む陽。上がる熱。
装備も、心も、切り替えは万全だ。
そして遠く街道の向こう、白と緑の影が風を裂く。
ネムの歌声が微かに届き、上空では青白い影が進路をなぞった。
守る手も、駆ける足も、今この街にそろっている。
――エ・ランテルの夜が、気持ちよく始まる。
/*/エ・ランテル 冒険者組合・中庭 夜の反省会/*/
夜風が涼しく、訓練場からの喧騒もようやく静まってきた。
蒼の薔薇とジョン、ケネウスが木のテーブルを囲んで腰を下ろしている。
その中央には、ジョンがどこからか持ってきた――光を帯びる金色のリンゴ。
「……なにこれ。光ってるんだけど」
ガガーランが目を細める。
ジョンはにかっと笑い、ナイフでリンゴを割った。
果肉の断面が、淡く金糸のように輝く。
「《黄金果(ゴルデン・アプル)》って言ってな。
千年樹の上で稀に実る魔樹果だ。味は……まあ、食えば分かる」
「見た目からして高級品じゃないの!?」
ラキュースが驚き、イビルアイが腕を組んだ。
「魔導国の備蓄庫から持ち出したとか言うんじゃないだろうな」
「ちゃんと許可は取った。たぶん」
「たぶん!?」
一斉に突っ込みが入る中、ジョンは気にせずひと欠片を口に運んだ。
「ほれ、皆も食えよ。しゃくしゃくして気持ちいいぞ」
ティナとティアが顔を見合わせ、恐る恐るかじる。
――しゃくっ。
「……甘い。なのに後味が薄い」
「体がぽかぽかする。……魔力循環が活性化してる」
「ほう、やはり効くか」ジョンが頷く。
「身体強化系の魔樹果だ。副作用なし。魔力疲労がリセットされる」
ガガーランはすでに丸ごとかじりついていた。
「うめぇっ! 戦闘後のこれ、最高だな!」
「ちょっと! 皮まで食べないでください!」ラキュースが慌てる。
イビルアイは小さく切った欠片を見つめながら呟く。
「……こうしてみると、私たち、ずいぶん派手なことしてるわね」
ジョンが笑う。
「派手でもいいだろ。誰もが命懸けで戦ってんだ。
格好つける余裕があるなら、その方が強い」
ティナが無表情のまま言った。
「装備の切り替え、成功率は九割八分。もう少し調整の余地あり」
ティアがうなずく。
「でも、楽しかった」
ラキュースは紅茶のカップを手に、ふっと微笑む。
「ええ。今日の戦闘、なんだか舞っているような気分だったわ」
ガガーランが頷く。
「アタシもだ。動きが軽いのに、力が出る。
ジョン、あの腕輪は革命だぜ」
ジョンは照れたように頭をかいた。
「まあ、ぐりもあの設計あってのもんだ。
あいつ、寝ないで図面引いてたからな」
イビルアイがカップを置き、真剣な眼差しで言う。
「……ジョン。あなたは、どうしてそんなに“人間”に関わるの?」
ジョンは少し黙ってから、笑みを浮かべる。
「面白いからだよ。人間ってのは、限界の先に行こうとする。
不便を工夫で覆そうとする。そういう姿を見るのが好きなんだ」
沈黙が一瞬、温かく満ちる。
リンゴの香りが夜風に乗り、灯火が金色に揺らいだ。
ケネウスがそっと口を開く。
「……俺、今日、初めて“本気で強くなりたい”って思いました。
装備が変わると、心も変わるんですね」
ジョンはにやりと笑い、金色のリンゴを半分にして渡した。
「だったらそれ、持ってけ。今日の努力のご褒美だ」
「え、でも――」
「“でも”は禁止。食って明日に備えろ」
ケネウスは小さく頭を下げ、かじる。しゃく。
その音が、どこか清々しく響いた。
イビルアイがふと呟く。
「……悪くないわね、こういう夜」
ラキュースが頷く。
「反省より、感謝を語りたくなる夜ですわ」
ガガーランが笑う。
「じゃあ、次の戦いの後もやるか。反省会という名の――」
「感想会!」ティナとティアが声を揃えた。
ジョンは金色の果汁を指先で拭いながら、夜空を見上げる。
「いいねぇ。戦って、笑って、食う。
それが一番、冒険者っぽくて好きだ」
夜空の下、笑い声とリンゴをかじる音が続いた。
金色の果実の光が、まるで焚き火のように彼らを包み、
その夜のエ・ランテルは少しだけ、温かく輝いていた。
/*/エ・ランテル 冒険者組合・中庭 夜の感想会/*/
金色のリンゴの甘い香りが漂う中、焚き火の火がぱちぱちと弾けていた。
蒼の薔薇の面々とジョン、ケネウスが丸く囲み、しゃくしゃくと音を立てながら果実を食べている。
談笑が一段落した頃、ラキュースがカップを手にしたまま、ふと思いついたように口を開いた。
「……ねぇ、ジョンさん」
「ん?」
「この《準備の腕輪》って、決まった“ワード”で装備が切り替わるようにできないかしら?」
ジョンの手が止まる。
次の瞬間、口の端がぐいっと上がり、目尻に愉快そうな皺が寄った。
「……ほぉ。音声認識の変身か。わかってるじゃねぇか」
その言い方が、まるで子供のいたずらを見つけた大人のようで、
ラキュースは少し照れくさそうに笑った。
「だって、掛け声ひとつで装備が切り替わったら――格好いいじゃない?」
ジョンは身を乗り出すようにして、焚き火の明かりの中で指を鳴らした。
「いいな、それ! “アクティベート・ローズモード”とか“ナイトフォーム”とか言うんだろ?
わー、想像しただけでワクワクするじゃねぇか!」
「……そんな馬鹿みたいな掛け声、私が言うと思ってるのか?」
イビルアイが呆れたように言うが、口元は笑っていた。
「いやいや、イビルアイ。“血と月の契約・フォームチェンジ”とか絶対似合うぞ」
「だからそういうのが嫌なんだってば!」
焚き火の周りがどっと笑いに包まれる。
ティナが冷静に付け加える。
「音声入力式の切り替えは合理的。手が塞がっている時にも有効」
ティアも無表情のまま頷く。
「あと、“変身ポーズ”を組み合わせると映える」
「あなたたちまで!?」ラキュースが顔を覆った。
ガガーランが腹を抱えて笑う。
「いいじゃねぇか! “紅蓮装!ガガーラン・ドライブ!”とか言ってみたいぜ!」
ジョンは完全にノリノリだ。
「いやぁ~ロマンだよロマン! 音声認識+魔導制御、
ぐりもあに相談すりゃ一晩でプロトタイプ作ってくれるな!」
ケネウスが目を輝かせて口を挟む。
「じゃあ僕も、“エルダー・コード・アクティベーション”とかどうです!?」
「よし採用!」
イビルアイが肩を落とす。
「……なんか、急に演劇ものみたいになってきたわね」
ジョンはリンゴをかじりながら笑い、
「いいじゃねぇか。装備ってのは戦いの心構えだ。
気分が上がるなら、それもまた強さの一部さ」
ラキュースは頬を染めながら、こっそり呟いた。
「……“ローズ・コンティニュアム”とか……」
ジョンがそれを聞き逃さず、にやりと笑った。
「決まりだな。それ、登録しとく」
「ちょ、ちょっと!? 聞こえてたの!?」
周囲が再び笑いに包まれ、焚き火が弾けた。
夜空に金の果実の光が滲み、
焚き火の灯が少し弱まり、金色のリンゴの芯が皿の上で光を失っていく。
ジョンはそれを指先で転がしながら、ぽつりと呟いた。
「――いい夜だな。こういう無駄話から、新しい魔法ってのは生まれるんだ」
イビルアイがため息をつきつつ、口の端をわずかに上げる。
「……そうやって、また世界を一歩めんどうにするのね」
ジョンは笑って肩をすくめた。
「便利ってのは、めんどうの先にあるもんだ」
ラキュースが小さく笑いながら、夜空を見上げる。
「なら……次の夜も、また集まりましょう。
“反省会”という名の――」
「――“開発会”だな!」ジョンが笑い、皆が噴き出す。
夜空に笑い声が広がる。
星々の光が、まるで新しい魔法陣のように輝いていた。