オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/カッツェ平原 七つの折れ塔群 夜/*/
風は冷たく、どこまでも静かだった。
空に雲はなく、満天の星が大地を見下ろしている。
七つの折れ塔が、星明りを受けて淡く光っていた。
かつては神の眼。今は、世界に穴を開ける鏡。
その中心に、ジョンとぐりもあが立っていた。
塔の根元には、ぐりもあが設計した魔法陣が描かれている。
星光を吸い込み、地の瘴気を光に変える〈反射式陣〉――
そして、外なる神々の観測を“覗き返す”禁忌の鏡。
「……準備、完了っと」
ぐりもあが指先で魔力を弾くと、七塔が同時に震えた。
塔の頂から光の筋が立ちのぼり、夜空を貫く。
それが一点に収束し、星座のような輝きを描いた。
ジョンは風に揺れる草を見つめながら、低く息を吐いた。
「……これで、本当にカッツェ平原が浄化されるんだな?」
「ええ。
外からの観測波を反転させて、地脈の歪みを正す。
そうすれば、瘴気は循環に戻る。
ま、ついでに――覗き返しも、ちょっとだけ。」
「“ついで”にやる内容じゃねえと思うんだが……」
ぐりもあは笑いながら、髪を耳にかけた。
光が彼女の瞳に映り込み、そこに双つの星が宿る。
「ジョンさんは夢がないって言いましたけどね。
僕にとっては、こういうのが“夢”なんです。
世界を見ている誰かに、“見てるよ”って言い返す。
最高じゃないですか?」
ジョンは肩をすくめた。
「……まあ、やるからには最後まで見届けよう。
行け、ぐりもあ。」
ぐりもあはうれしそうに頷き、両手を広げた。
「――詠唱開始。」
塔の光が、ぐりもあの周囲に螺旋を描く。
風が逆流し、草がうねり、空気が軋む。
「観測者に観測されよ。
星の眼よ、己を映せ。
我ら、光を返す影なり。」
七つの塔が同時に輝き、光は一瞬、星空全体を白く染め上げた。
そして、世界が――ひっくり返った。
空が地を、地が空を映す。
星々の位置が反転し、夜が裏返る。
目の前に広がるのは、“観測される側の世界”ではなく、
観測している何かの視界。
ジョンは息を呑んだ。
「……なんだ、これは。」
空の彼方、無限の闇の中に“光の群れ”があった。
それは星ではない。瞳だった。
数えきれないほどの“目”が、世界を、彼らを、見つめていた。
ひとつの声が響く。
男でも女でもない、無限の囁きが。
『観測を、観測した。
反射を確認。興味を得た。』
ぐりもあは息を震わせ、興奮に震えていた。
「……き、聞こえますか!? 外なる神の通信層!
反応してる! 本当に“覗き返せた”んですよ!」
「ぐりもあ、やめろ! それ以上喋るな!」
だが彼女は止まらなかった。
その瞳はすでに、こちらの星空ではなく――“あちら側”を見ていた。
「貴方は誰ですか? ニャルラトホテプですか!? 這い寄る混沌!?」
光の群れがわずかに蠢く。
まるで、笑ったようだった。
『……問う声、聞こえる。
我は声なき声。形無き顔。
触れた時点で、観測の対象。』
ジョンの背筋を、氷のような悪寒が這い上がる。
塔の光が赤く染まり、空が裏返るような音が響いた。
「ぐりもあ!」
彼女の身体が一瞬ぶれ、
まるで映像が二重に重なったように揺らいだ。
「あぁ……見える、見える……
この世界を、上から下まで、ぜんぶ……。
……きれい。」
ジョンは歯を食いしばり、詠唱を逆転させる。
「地よ、己を閉じろ――封鎖陣、展開!」
地脈が唸り、塔の光が一気に沈んだ。
闇が戻り、星が空に帰る。
風が再び草を撫でると、そこに立っていたのは、
膝をついたぐりもあと、息を荒くするジョンだった。
「……生きてるか?」
「……最高でした。」
ぐりもあは笑いながら、額から流れる血を指で拭った。
その瞳の奥では、まだ何かが“瞬いて”いた。
ジョンはため息をつき、空を見上げた。
夜空の星は変わらず、美しく、静かだった。
「……これで、カッツェ平原の瘴気は浄化できた。
だが、あの“視線”は消えちゃいないな。」
「いいんです。
見られてるってことは――
まだ、世界が続いてる証拠ですよ。」
ジョンは小さく笑って、肩をすくめた。
「……そういうロマンチストな狂人、嫌いじゃない。」
風が通り抜けた。
七つの折れ塔が沈黙し、地の底で微かに脈動を続けている。
それは、外なる神の視線か――
それとも、世界の再生の鼓動か。
夜は静かに、更けていった。
/*/ナザリック地下大墳墓 第九階層・モモンガの執務室/*/
重く沈む静寂。
長卓を囲む守護者たちの視線が、二人に注がれていた。
正座して頭を垂れるジョンと、妙に居心地悪そうに目を逸らすぐりもあ。
中央の幻灯板には、カッツェ平原の映像が浮かんでいる。
地脈は整い、魔力の流れも均一。
それなのに、大地は黒く、草一本生えていなかった。
風は止み、生命の気配もない。
モモンガの赤い光の眼が、静かに揺れる。
沈黙ののち、低い声が響いた。
「――説明してもらおうか。」
その一言で、部屋の空気がさらに冷えた。
ジョンは短く息を吐き、額を押さえながら言葉を選ぶ。
「……地脈の流れは正常に戻した。魔力の滞りもない。
なのに、何故か土地が甦らない。
まるで“世界の法則”が、そこだけ書き換えられているようだった。」
周囲がざわめく。
アウラが眉を寄せ、緊張した面持ちで口を開く。
「それって……その、地脈の異常とかじゃなくて、
“世界の理”そのものが変質している、ということでしょうか、ジョン様?」
ジョンは小さく頷いた。
その隣で、ぐりもあが落ち着かない手つきで髪を弄びながら、苦笑する。
「うん……僕の推測では、〈智慧の眼〉を覗き返したとき、
地脈ごと“外側”の観測に触れたんだと思う。」
アルベドが静かに顔を上げ、声を低くした。
「外側――つまり、外なる神々の観測領域のことですか?」
「そう。僕たちが“覗いた”と思っていたけど、
向こうからすれば、“見せられた”んだ。
観測の立場が逆転した。
それで、あの土地が“見られている側”の状態で固定されたんだと思う。」
デミウルゴスの口元に笑みが浮かぶ。
「……ふむ。つまり、カッツェ平原はもはや世界の一部ではなく、
観測者の視界の中にある、ということですか。
いやぁ、これは実に――恐ろしく、そして愉快な話ですね。」
「笑いごとじゃない。」
ジョンがぼそりと呟くと、場の空気が少しだけ緩んだ。
だが、モモンガは静かに手を上げ、全員の視線を集める。
「確認する。君たちは“神の観測”を地上に固定した――そういうことだな?」
ぐりもあはうつむき、小さく頷いた。
「……結果的には、そうなります。」
アルベドがゆっくりと歩み出て、冷ややかな眼差しをぐりもあに向ける。
「ぐりもあ様。
貴方は、何を見たつもりなのです?
神の真理ですか? それとも、禁忌の向こう側?」
「……違うよ。僕が見たのは、
“神がこの世界を見るための穴”。
そこから覗き返した瞬間、僕たち自身が“記録”されたんだ。」
マーレが小さく息を呑む。
「そ、それって……記録って……その、存在ごと、ですか……?」
「うん。あの地はもう“観測記録”の一部だ。
触れるものは、すべて向こうの法則に吸い寄せられる。
だから、もう浄化も修復も通じない。」
沈黙が落ちた。
モモンガの赤い瞳がわずかに強く輝く。
「……つまり君たちは、外なる存在――“這い寄る混沌”と接触した。
しかも、あの地に“視線”を定着させてしまったわけだ。」
ジョンは黙って頷いた。
「……ああ。
あれはもう、ニャルラトホテプの観測点だ。」
炎が一瞬、揺らめいた。
その名を口にしただけで、空気が凍りつく。
デミウルゴスが笑いを深める。
「いやはや。主の理の外から世界を覗く神……まさに混沌の使者ですな。
そしてその注視を、君たちは招いた。」
「招いたつもりはない。……ただ、見られたんだ。」
ジョンの声は低い。
「どうやら、覗き返した瞬間に、向こうも“こちらに気づいた”らしい。」
アルベドが呆れたようにため息をつく。
「結果として、魔導国の領内に“外なる神の観測点”を作ったのですね。
……お二人とも、非常に危険なことをなさったわ。」
ジョンは素直に頭を下げた。
「責任は取る。封鎖と結界の再構築は俺がやる。」
その言葉に、モモンガが頷く。
「……それが最善だろう。
“智慧の眼”は完全封印。
記録と研究資料はすべて第九階層の制限庫に移す。
ぐりもあ、君は研究を当面停止だ。」
ぐりもあは苦笑しながらも、少し目を伏せた。
「はい……わかりました。
でも、観測って不思議ですね。
誰かに見られている限り、世界は存在し続ける。
……そう考えると、あの土地がまだ消えていないこと自体、奇跡ですよ。」
ジョンが頭を抱え、低く唸った。
「……お前、反省してんのか感心してんのかわからんな。」
「両方です。」
モモンガの赤い瞳が小さく光を弱める。
「まったく……君たちは本当に胃に悪い。」
アウラが苦笑しながら言った。
「ですが、ジョン様、ぐりもあ様……本当にご無事でよかったです。
正直、映像を見た時は、もう戻られないかと……。」
「安心しろ。生きて帰るまでは計算のうちだった。」
「僕のほうは、好奇心が勝っただけですけどね。」
アルベドが小さく頭を振る。
「……貴方たち、本当にナザリックで一番危険です。」
ジョンはため息をつき、机の上の幻灯板を見やった。
黒い大地の上で、淡い星の形をした光がゆらゆらと瞬いている。
「……見られているな、まだ。」
ぐりもあは穏やかに微笑んだ。
「はい。
でも、それって――“世界がまだ動いている”証拠です。」
ジョンはその言葉に苦笑して、ぼそりと呟く。
「……やっぱお前、神より怖ぇよ。」
風が微かに吹き抜けた気がした。
地上のカッツェ平原では、黒い大地が夜空のように静まり返っている。
そこでは、もはや草も風も、神の眼差しの一部に過ぎなかった。
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