オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 風脈ガレオン船・展望デッキ /*/
陽の傾きかけた海上。
穏やかな風が帆を撫で、船体を流れる風脈がほのかに青白い光を帯びていた。
ジョンはカップの珈琲を傾けながら、真新しい客室パンフレットを眺めている。
「なあ、ぐりもあさん。作家に依頼してさ――」
「はい?」
「“風脈ガレオン船殺人事件”とか、“聖王国―王国間の密室殺人事件”とか……そういうシリーズを書かせたらどうだ? ベストセラーになるし、乗船中の客の暇つぶしにもなるだろ」
ぐりもあは紅茶を啜りながら、ふっと吹き出した。
「旧時代の電車で聞いたような話ですね。列車の中で起きる密室殺人……それを船でやるわけですか」
ジョンは口の端を上げる。
「だろ? 異国間を結ぶ船で事件が起きる。
しかも乗客リストには各国の貴族、商人、スパイ、聖職者……。
殺人犯は乗客の中にいる――ってな」
「……まるで推理劇の黄金パターンじゃないですか。
でも、わざわざ魔導国営船でそんなのやったら、現実の方が事件になりますよ?」
「いいじゃないか。船内に『安全です』って書いてあるから、安心して読めるスリルだ。
物語を読んでる間だけ、自分も“事件の旅客”になれる。
娯楽は安全な恐怖で出来てる」
ぐりもあはクスリと笑い、ペンを取り出した。
「じゃあ副題はどうしましょう。“風脈の殺意”とか“霧上の告解”とか?」
「……お前、もう書く気だろ」
「ええ。売店で初版本が飛ぶように売れたら、次は“魔導国鉄道殺人”とか、“空中艇消失事件”とか続けましょう。
いずれは“魔導大陸推理全集”ですよ」
ジョンは肩をすくめて笑った。
「そのうち本当に事件が起きて、『犯人はあなたの隣に』とかやりそうだな」
「安心してください。犯人は私が書きますから」
海風が二人の間を抜け、帆を鳴らした。
甲板の向こうには、沈みゆく太陽が黄金の帯を作り、
その先にある次の寄港地――聖王国の港が、遠く霞んで見えていた。
乗客たちは、船内売店で新刊の推理小説を手に取り、
「この船が舞台なんだって」と笑い合っている。
やがて、風脈ガレオン船は夜の航路へと滑り出す。
灯りの下、風の上を走る“物語”が、またひとつ始まろうとしていた。
/*/ エ・ランテル発・風脈ガレオン船〈黎明の潮路〉 /*/
風が帆を孕ませ、滑らかな振動が船体を包む。
空を走る船――風脈ガレオンが発着する港には、今日も多くの冒険者たちが乗り込んでいた。
魔導国の上空は穏やかで、風脈は青白い光を帯び、滑らかな流れを描いている。
ジョンが設計に関わった風脈航路網の完成によって、
いまでは空の移動が日常の旅になりつつあった。
そして、それは冒険者ギルドの在り方すら変えつつある。
魔導国のギルドホールには、連日、各国からの依頼が届いていた。
聖王国北方の古代信仰遺跡の調査、
王国南部の盗賊化した半亜人部族の追跡任務、
さらにはスレイン法国や竜王国からも“限定許可”付きの調査依頼が舞い込む。
魔導国所属の冒険者たちは、
かつて地理的な制約で届かなかったそれらの仕事を、
今では風脈ガレオンに乗って翌日には現地入りできるようになっていた。
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「便利になったもんだな」
甲板の手すりにもたれ、風を受けながら冒険者の一人が呟く。
鎧の肩に刻まれた魔導国の紋章が、陽を反射して光った。
「昔は馬車で十日、飛竜でも半日はかかってた距離を、
この船だと半刻で渡れるんだもんな。
移動中に魔獣に襲われる心配もない。
……あの頃が嘘みたいだ」
隣の若い魔法使いが笑う。
「おかげで依頼が増えたんですよ。
今なんて、聖王国と王国のギルドから同時に発注入ってますからね。
“どっちを先に受けるか”って、ぜいたくな悩みです」
「それに――」
弓を背負った女性冒険者が、柔らかく欠伸をして言った。
「移動中が安全ってだけで、全然違う。
ぐっすり眠れるんだもの。
地上の旅なんて、夜は誰かが見張りで寝不足ばっかりだったでしょ?
ここじゃ風の音しか聞こえないし、
モンスターは下に見えるだけ。安心感が違うわ」
船室では、他の冒険者たちもくつろいでいた。
甲板の陽だまりで地図を広げる者、
酒場区画で談笑する者、
そして寝台で本気で眠りこけている者までいる。
この“空の旅”がもたらしたのは、単なる移動の便利さだけではない。
長距離遠征が容易くなったことで、冒険者の行動範囲が飛躍的に拡大し、
結果として彼らの実戦経験と技能――レベルそのものが底上げされたのだ。
魔導国のギルド記録では、
風脈ガレオン運航開始からわずか半年で、
銀級以上の冒険者比率が三割増となっている。
彼らは空の交通網を使い、広範囲に依頼を受け、
かつ迅速に報告と支援を行える“機動冒険者”へと進化していた。
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やがて、風脈の流れが変わり、帆がたわむ。
船体は柔らかく傾きながら、聖王国の上空へと進路を取った。
窓の外には白い雲海が広がり、その下に金色の草原が見える。
「もうすぐ着くぞー。降下準備だ!」
船員の声が響くと、冒険者たちは立ち上がり、それぞれの装備を整える。
誰もが落ち着いた顔をしている。
“移動”が苦ではなくなったこの時代、
彼らにとって空路はもはや日常。
そして、誰かが言う。
「……この船に乗ってる間だけは、世界が近くなった気がするな」
仲間たちは笑い、頷く。
風脈ガレオン船は滑らかに雲を抜け、
まばゆい光の中、聖王国の港都――リーベルへと降りていった。
空を渡る航路は、人の行き交う血脈となり、
冒険者たちの翼となった。
彼らは今、確かに“世界をつなぐ時代”の中を生きていた。