オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

40 / 392
エ・ナウイル再開発

 

 

/*/ エ・ナウイル 視察 /*/

 

 

リンデ海から吹きつける潮風に混じって、香ばしい匂いが漂っていた。

港町エ・ナウイルはすでに人間の影がなく、石造りの街並みに行き交うのは骸骨兵やゾンビ漁師ばかり。それでも市場の棚には新鮮な魚介が並び、活気だけは奇妙に保たれている。

 

モモンガは紅い眼窩を細め、並んだ魚を一瞥した。

「……アンデッドの漁業体制は順調のようだな。港湾の維持も滞りなく進んでいる」

 

隣で腕を組んでいたジョンは、別のものに鼻を利かせていた。

「おいモモンガさん。あの匂い……分かるか? これは醤油の香りだ。焼いた魚に塗ってやがる」

 

案内役のデスナイトが無言で頭を垂れ、市場奥の調理場へと二人を導く。

そこではアンデッドの料理人が、骨の手で刷毛を操り、魚の切り身に黒いタレを塗り込んでいた。

タレの香りは確かに醤油。そして蜂蜜の甘みが焦げぬようにじっくりと焼かれている。

 

「……これがナイウル焼き、であるか」

モモンガが呟くと、ジョンはにやりと牙を見せた。

「いいじゃねぇか。醤油と蜂蜜の合わせ技だぜ? こりゃ肉にも合う。ようやく醤油が手に入ったのはデカいな。食卓の幅が一気に広がる」

 

モモンガは小さく頷き、骨の手で焼き上がった切り身を摘み上げる。

香りは芳醇で、味は濃厚な甘辛さと魚の旨味が一体となっていた。

 

「……うむ。悪くない。いや、かなり良いな。王国一と謳われたのも頷ける」

 

ジョンは骨酒のように片手を掲げ、笑った。

「な? これならナザリックでも出して良いレベルだ。なぁモモンガさん、醤油の大量生産ルート……押さえておこうぜ」

 

モモンガは呆れ半分、満足半分といった調子で肩を竦める。

「まったく、君は食のことになると妙に真剣になるな……だが異論はない」

 

エ・ナウイルの港に、二人の笑い声がかすかに響いた。

 

 

/*/ エ・ナウイル港湾 視察後の会談 /*/

 

 

焼き上がった魚の余韻がまだ残るなか、二人は港を見下ろす石畳の高台に移っていた。

潮風に混じる醤油の香りが心地よく、眼下では骸骨水夫たちが無言で網を引き、漁船の帆を張っている。

 

モモンガは腕を組み、静かな声で口を開いた。

「エ・ナウイル……この港の価値は想像以上だな。海の恵みが安定して得られる。加えて、ここは一度も城攻めを受けたことがない。要衝でありながら堅牢な土地柄というわけか」

 

ジョンは石壁に背を預け、煙管をふかして吐いた煙を潮風に流す。

「リ・ウロヴァールが軍港としては上だが、漁獲高はエ・ナウイルが勝ってる。補給拠点として考えりゃ、ここを押さえたのは大きい。食料基地にもなるし、交易の玄関口にもなる」

 

「……交易か」

モモンガは紅い眼窩を細め、遠く海の水平線を見やる。

「漁獲物を内陸へ送るだけでなく、ここを“魔導国の海路の門”と位置付けられる。いずれは遠方の諸国と海を通じて接触する時、この港が窓口となるだろう」

 

ジョンは肩を竦め、煙管をくるりと回す。

「つまり、ここを海商都市に仕立て上げるってわけだな。軍事はリ・ウロヴァールに任せて、エ・ナウイルは漁業と交易、食材の供給に特化させる」

 

「うむ。そのためには港の整備、倉庫群の増設、そして流通網の再編が必要だ。……人材はどうするか」

 

ジョンは悪戯っぽく笑い、肩をすくめた。

「アンデッドだけじゃ雰囲気が出ねぇよな。人間の商人がいないと“港町”らしさは出ない。だが信用できる商人をどうやって引っ張るか……」

 

モモンガは一瞬沈黙したが、すぐに小さく頷く。

「エ・ランテル経由で呼び込もう。すでに魔導国の保護下にある以上、ここで安全に交易ができると知らしめれば、欲に駆られた商人が必ず集まる」

 

「ほう……おいおい、モモンガさんも随分と現実的なことを言うようになったじゃねぇか」

ジョンは片目を細め、にやりと牙を見せる。

 

モモンガは視線を外し、肩を竦める。

「……私はただ、魔導国の繁栄を考えているだけだ」

 

その声音は淡々としていたが、眼窩の奥には確かな熱が宿っていた。

 

 

/*/ エ・ナウイル港湾  /*/

 

 

ジョンは煙管を軽く叩き、火種を落とすと笑みを深めた。

「交易の窓口にするなら、ただ魚を揚げるだけじゃ絵にならねぇな。……モモンガさん、港町ってのは活気が命だ。市場や祭りのざわめきがなきゃ“ただの倉庫街”で終わっちまう」

 

モモンガは首を傾げる。

「市場……祭り……。確かに人を惹きつける効果はあるだろうが、具体的にどうするつもりだ?」

 

ジョンは潮風に髪をなびかせながら、港の広場を指さした。

「簡単さ。市場を定期開催する。魚はもちろん、内陸からの作物や工芸品も持ち込ませて“ここに来れば何でもある”って状況を作る。んで、漁獲の豊漁祈願を兼ねて、港祭りを仕立てるんだ」

 

「……港祭り?」

モモンガは少し目を瞬かせた。

 

「そう。異国風の衣装を着せたアンデッドが太鼓を叩き、屋台では焼き魚や干物を売りさばく。子供連れの商人には菓子を配って、異国の交易所では珍しい香辛料や布を並べる。活気の演出さえ出来れば、自然と人も商人も寄ってくる」

 

モモンガはしばし無言で考え込み、やがて小さく頷いた。

「なるほど……“演出”か。私の発想にはなかった視点だ。確かに、実益だけでなく、雰囲気を作ることも支配においては重要だな」

 

「へっ、俺も伊達に田舎祭りで騒いで育ってきたわけじゃねぇさ」

ジョンは笑って煙を吐き出した。

 

「よし、では……エ・ナウイルを単なる港から、交易と祭りの“顔”に変えていこう」

モモンガは低く呟き、その眼窩に揺らめく赤光が強まった。

 

潮風が二人の間を抜け、遠くから骸骨船員たちの船歌のような低い合唱が聞こえてきた。

その港町は、やがて魔導国の海の玄関口として大きな賑わいを見せることになるのだった。

 

 

/*/ エ・ナウイル・第一回港祭り /*/

 

 

潮風が強く吹き抜ける港の広場に、即席で立ち並んだ屋台の列。

焼き魚の香りと海藻を練り込んだ団子の匂いが入り混じり、波音に合わせて太鼓がどんどんと鳴り響く。

 

その太鼓を叩いているのは、皮膚のない骸骨兵だ。律儀に法被を着せられ、両手の骨で器用にばちを操っている。

「おい……あれ、骨が叩いてんのか?」

「落ち着け!音は悪くない……音は!」

初めて訪れた商人たちは顔を引きつらせつつも、音色に妙な迫力を感じざるを得なかった。

 

屋台の一角では、アンデッドの料理係が黙々と魚を焼いている。

見た目はぎょっとするが、皮がぱりっと音を立てる焼き加減は絶妙だ。

「……う、うまい」

恐る恐る買った行商人が一口食べて、思わず目を丸くする。たちまち行列が出来はじめた。

 

そんな中、ルプスレギナが元気いっぱいに登場した。

「はーい!みなさん!本日特製!“ゾンビ綿菓子”っすよ~!」

差し出されたのは、紫色に染められた巨大な綿菓子。妙にねっとりしていて、子供たちは一瞬ひるむ。

「ちょ、ちょっとグロくねぇか、それ……」

「でも……甘い……!」

勇気を出してかじった子供が笑顔を見せると、たちまち人気屋台に。ルプスレギナは「でへへ~♪」と満面の笑みを浮かべていた。

 

一方、モモンガとジョンは少し離れた高台からその光景を見下ろしていた。

「……まさか、アンデッドの太鼓と焼き魚でこんなに人が集まるとはな」

「でしょ?活気さえ出せば、人間なんてすぐ財布を開けるんだ」

ジョンは煙管を鳴らし、港町に漂う香ばしい匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

 

モモンガは小さく笑い、視線を群衆へと向ける。

「良い……実に良い。これは“恐怖による支配”ではなく、“魅力による支配”だな」

 

祭りのざわめきは夜まで続き、エ・ナウイルはこの日を境に「海の玄関口」から「海の歓楽街」としての新たな顔を得ることになるのだった。

 

 

/*/魔導王国・王都エ・ランテル 政庁/*/

 

 

深紅の絨毯を踏みしめ、重々しい会議室に足を運んだのは漁業組合の代表や、各地の領主代理たちであった。長机の奥にはアルベドが控え、その横にはデミウルゴス。

 

「――次に議題とするのは、エ・ナウイル漁港の拠点化についてです」

アルベドの冷徹な声が響く。

 

エ・ナウイルは内海に面した小港町に過ぎなかったが、今や北のリ・ウロヴァールから届く魚介を受け入れる中継地として脚光を浴びていた。リ・ウロヴァールから漁に出るのはアンデッドであり、彼らは疲れを知らず海に繰り出す。その成果はシャルティアの《ありんす急便》によって一気に南へ運ばれてくる。

 

「漁獲の安定は王国の食糧政策を大いに助けます。しかし、流通を一か所に集中させれば、物流と徴税の管理もしやすくなる」

デミウルゴスが指先を組み、笑みを浮かべた。

 

「だが、エ・ナウイルを拠点化することで、既存の漁港の商人たちが不満を持つのでは?」

地方から来た代理人が恐る恐る口を挟む。

 

アルベドは視線を鋭く光らせた。

「魔導王国に逆らう愚か者は存在しません。むしろ、既存の漁港は二次的な市場として組み込むべきです。魚をさばき、塩漬けにし、干物を作る。加工の仕事を割り振れば反発は抑えられるでしょう」

 

「なるほど……」と場にうなずきが広がる。

 

さらにデミウルゴスが補足する。

「重要なのは、軍事的な意味合いです。エ・ナウイルはリンデ海とアゼルリシア山脈を結ぶ要衝でもあります。ここを物流と軍需の拠点にすれば、北方防衛と補給路が一体化する」

 

「つまり、単なる漁港ではなく“北の玄関口”となるわけですね」

と一人が感嘆を漏らす。

 

アルベドが冷ややかに微笑んだ。

「ええ。陛下の御威光のもと、エ・ナウイルは王国を支える柱となるでしょう。魚介は食糧であり、同時に交易の力でもあります。王国に従う者には利益を、逆らう者には破滅を――それを忘れなければよろしい」

 

会議室には、誰も逆らえぬ沈黙と、底知れぬ安心が同居していた。

 

 

/*/魔導王国・王都エ・ランテル 政庁/*/

 

 

アルベドが淡々と続ける。

「さて、エ・ナウイル拠点化に伴い、周辺の小漁港の商人や漁師が反発する可能性があります。単に力で抑え込むのではなく、利益誘導が必要です」

 

代理人の一人が恐る恐る手を挙げる。

「具体的には……?」

 

「簡単なことです」

アルベドの目が冷たく光る。

「小漁港の漁師たちには、希望すればエ・ナウイルへの移住を許可します。港に住めば、新しい漁獲ルート、加工施設、貿易路への優先アクセスが保証されます」

 

デミウルゴスが付け加える。

「要するに、協力すれば利益を享受できる。逆らえば、アンデッドが管理する港として統合され、旧港の自由は制限されるわけです」

 

「なるほど……強制ではなく選択肢を与えるわけですね」

代理人が頷く。

 

「はい。移住希望者には住居、倉庫、加工場を割り当てます。王国の税金優遇もつけ、生活の安定と収入の確保を保証する。反発は自然と解消されます」

 

会議室には納得の空気が広がる。力で押さえ込むのではなく、合理的な利益誘導によって支配と協力を両立させる戦略。アルベドの冷徹な計算が、静かに会議室を支配していた。

 

「では、各地への通達を作成しましょう」

アルベドの言葉で会議は次の段階へ進む。

 

 

/*/魔導王国・王都エ・ナウイル 港湾管理局/*/

 

 

アルベドの指示のもと、移住希望者の受付が開始された。港の広場には申請書を手にした漁師や商人が列を作り、時折小声で相談を交わす。

ジョンとモモンガは現地視察も兼ねて港に立ち、状況を見守っていた。

 

「希望者はかなり多いですね」

モモンガが眉を寄せる。

 

「まあ、旧港での自由は制限されるし、新しい港では生計の安定と優遇が保証される。合理的な選択でしょう」

ジョンは港に積まれた魚や乾物を指差す。

「特にアンデッド管理の港だと、漁獲が保証されるから、商人としては損はない」

 

港の管理者が拡声器で呼びかける。

「移住希望者は申請書を提出してください!住居、倉庫、加工施設の割り当てを行います!」

 

小漁港の代表者が近づいてきて、ジョンに相談する。

「もし移住を選ばなければ、我々の港はどうなるのか?」

ジョンは淡々と答える。

「アンデッドが管理する港として統合されます。自由は減りますが、漁や貿易は続けられます。選ぶか、従うかだけです」

 

代表者は少し考え込む。

「……わかりました。希望者は移住の手続きを進めます」

 

モモンガが港を見渡しながら呟く。

「これで反発は最小限に抑えられるでしょうね」

 

ジョンが微笑む。

「うん。港の統合もスムーズだ。後は実務を回すだけだな」

 

港に設置された仮住居や倉庫の建設も進められ、移住希望者は徐々に新しい生活の準備を始める。こうして、エ・ナウイルの拠点化は政治的にも経済的にも円滑に進行しつつあった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。