オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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魔導国の現状1

 

 

/*/ 魔導国・エ・ランテル 太守府執務室 /*/

 

 

書類の山の向こうで、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは、静かにため息をついた。

彼女の細い指がペンを止め、視線を窓の外に向ける。

そこには、アンデッドの監督のもとで再建が進む街並みと、空を横切る風脈ガレオン船の影が見えた。

 

魔導国は、建国してわずか十年にも満たぬ新興の国家。

だがその領土は旧王国・帝国・竜王国の一部を併合し、

もはや大陸中央の覇権国家と呼ばれる規模に達していた。

 

――しかし、その急拡大が新たな問題を生んでいた。

 

 

/*/

 

 

「……貴族が、いないのですよね」

 

机の向かいに控える文官の声は、どこか遠慮がちだった。

ラナーは頷く。

 

「そう。王国時代の貴族は、建国の混乱期に半数以上が国外へ逃亡した。

 魔導王陛下の恩寵に与るどころか、“異形の支配”を恐れた愚か者たち。

 結果、彼らの領地はいまも領主不在のまま」

 

彼女は書類の一枚を持ち上げる。

そこには農作高と人口推移、治安状況の報告が整然と並んでいた。

それらを管理しているのは――アンデッドの執政官たち。

 

「エルダーリッチたちの働きは完璧です。

 怠惰も不正もなく、報告は正確。

 ……けれど、彼らには“柔軟さ”がない。

 人々の心の温度を読み取ることができません」

 

ラナーは窓辺に立ち、外の通りを見下ろした。

そこでは商人たちが魔導国の通貨で取引し、

冒険者たちがギルドの依頼書を受け取っていた。

 

「中央集権化は成功しています。

 ですが、地方の目が欠けている。

 それでは、王国全体を“息づかせる”ことはできません」

 

そして、ほんの一瞬、彼女の瞳が柔らかく揺れる。

「……それに、仕事が増えれば、クライムとの時間が減りますしね」

 

文官は小さく苦笑した。

「太守閣下の心の安寧も、国の安定には重要でございます。ぷひー」

 

「ええ、でしょう? ですから人を増やさないと」

 

 

/*/

 

 

ラナーは次の書類を手に取り、目を細めた。

「冒険者やワーカーの中から、忠誠心と才覚を兼ね備えた者を探しましょう。

 力ではなく、誠実さと経営の才を持つ者――

 それが、真の領主にふさわしい」

 

彼女の視線がある一名の報告書に止まる。

そこには、ひとりの女性冒険者の名が記されていた。

 

蒼の薔薇 ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ

現在:魔導国ギルド顧問、地域治安・再建業務に協力的。

特筆:高い統率能力、民衆との信頼厚し。

 

ラナーは唇に指を添えて微笑んだ。

「……彼女なら、悪くないわね」

 

「ですが、彼女は王国出身……」

 

「問題ありません。

 彼女の忠誠は血統ではなく、理想にある。

 “人を救うための力”を信じている。

 ならば、魔導国の理想にも共鳴するはずです」

 

ラナーは軽く笑みを浮かべた。

「蒼の薔薇のラキュースを――地方管理顧問として招くのです。

 正式な爵位は後で良いわ。

 まずは、実績を積ませる。

 “領主”とは地位ではなく、責任で測られるものだから」

 

 

/*/

 

 

窓の外で、風脈ガレオン船が低く旋回する。

エ・ランテルの上空を渡るその影を見ながら、ラナーは筆を取った。

 

「中央の命を地方へ届ける風があり、

地方の息を中央に還す声がある。

その循環こそ、真の国家の呼吸」

 

静かに書き記し、署名を終えると、彼女は椅子の背に身を預けた。

「さて、これで少しは仕事が減るかしら……。

 クライム、あなたと過ごす時間を――取り戻せるといいのだけれど」

 

彼女の金の瞳が、遠い空を見つめる。

そこには、魔導国の未来を運ぶ風脈ガレオン船が、

一筋の光を残して飛び去っていった。

 

 

/*/ 魔導国・エ・ランテル太守府 黄昏のサロン 午後の陽射し /*/

 

 

柔らかな風がカーテンを揺らし、

金縁のティーセットからは、バニラと紅茶の混ざり合う甘い香りが漂っていた。

テーブルには焼きたてのタルトとマカロン、そして魔導国産の高級紅茶。

 

太守ラナーは、微笑みながらカップをくるくる回し、

その向かいで蒼の薔薇のリーダー――ラキュースが、

優雅に見えて中身は少し緊張している様子で座っていた。

 

周囲には、イビルアイ、ガガーラン、ティナ、ティア。

冒険者というよりは、今日は完全に「お茶会モード」だ。

 

 

/*/

 

 

「それで……ラナー。今日呼ばれた理由、まさかお茶だけじゃないわよね?」

ラキュースが肘をつきながら、ストレートに切り込んだ。

 

ラナーは軽く笑った。

「ええ。お茶だけならもっと気軽に呼ぶもの。今日は――ちょっとお願いがあって」

 

「……あー、やっぱりそういうことか」

ガガーランが大きく背もたれに沈み込み、

カップをぐいっと傾けた。

 

「お願い? また面倒なやつでしょ」

ティアが口を尖らせると、ティナが笑いながら

「ラキュースが“はい”って言う前提のお願い」と言った。

 

「ちょ、ちょっと!?」

ラキュースが抗議しかけたが、

ラナーの穏やかな声に遮られる。

 

「ラキュース。あなたに――地方管理顧問になってほしいの」

 

サロンの空気が一瞬、静まった。

 

「……は?」

 

ラキュースの顔が固まる。

「ラナー、それってつまり……領主みたいなものでしょう?」

 

「領主じゃないわ。ただの“相談役”。

 アンデッドたちの管理は完璧だけど、どうしても“人間の感情”がわからないの。

 だから、あなたのように真面目で、誠実で、ちょっとお人好しな――」

 

「ちょっと!?」

 

ラナーはくすっと笑った。

「そういう人に、民の声を聞いてほしいのよ。

 彼らはあなたの言葉なら信じるでしょう?」

 

「……あのね、私、もともと神官剣士であって政治家じゃないのよ?」

 

イビルアイが間髪入れずに突っ込む。

「でも“人を助けるためなら何でもする”っていつも言ってるじゃないか。

 断れないだろう? 知ってるぞ、もう顔に書いてある」

 

「ぐぬぬ……!」

 

ティナがにやりと笑う。

「はい、出ました。ラキュースの“責任感スイッチ”オンです」

 

「この後“やるしかないわね”のパターンだ」

 

「おお、三、二、一……」

 

「……わかったわよ! やるわ!」

 

「そら、出たぞ!」

イビルアイが手を叩き、全員が笑い出した。

 

ラナーも嬉しそうに目を細める。

「ありがとう、ラキュース。本当に頼りにしてるの」

 

ラキュースはため息をつきながらカップを取り、

「はあ……ラナーの“お願い”って、ほんと断れないんだから」

とぼやく。

 

「だって、親友でしょう?」

ラナーはそう言って微笑んだ。

それは政治家の笑みではなく、昔の少女時代の友のような笑み。

 

ラキュースは一瞬、懐かしさを覚えながらも微笑み返した。

「まったく……あなたのそういうところ、ずるいのよ」

 

「ええ、知ってるわ」

 

ふたりのやり取りを見て、イビルアイが呆れたように肩をすくめる。

「……この二人が政治やると、世界が動く気がするんだけど、怖いのよね」

 

ガガーランはケーキをつまみながら笑う。

「ま、世界が動くなら、美味いもん食えるようになるだろ」

 

ティナとティアは同時に頷く。

「賛成」

「賛成」

 

サロンに笑いが広がる。

ラナーはそんな光景を満足げに眺めながら、

ティーポットを手に取った。

 

「じゃあ――親友への感謝と、新しい風の門出に」

 

「乾杯、ね」

ラキュースが笑いながらカップを掲げる。

 

カップが触れ合う音が小さく響き、

エ・ランテルの午後の陽射しが、金の茶の中できらめいた。

 

その瞬間、ラナーはふと心の中で思った。

 

――これでようやく、

少しはクライムと過ごす時間を取り戻せるかもしれない。

 

そして、紅茶をひと口含みながら、

にっこりと微笑んだ。

 

 

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