オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 魔導国・エ・ランテル市街 午後の喧騒 /*/
石畳の通りを歩けば、あちこちの掲示板や屋台から同じ声が響く。
「バハルス帝国を二百年以上支えた伝説の大賢者――フールーダ老師直伝!」
「誰でも魔法が使えるようになる授業、いよいよエ・ランテル冒険者ギルドで開講!」
「今なら一日体験コース! 家事に! 美容に! お料理に!」
通りを行く人々は笑いながらも興味津々でそのポスターを覗き込む。
魔導国の首都エ・ランテルでは、今やこの宣伝を見ない日はない。
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この一大ブームの中心にあるのは――
「生活魔法習得プログラム」。
魔導王直属の教育局が、フールーダ・パラダイン本人の監修のもとで設立した、
「魔法を万人に開放する試み」である。
授業は冒険者ギルドや市民学校で開催され、
“誰でも魔法が使えるようになる”という大胆な謳い文句のとおり、
たった一日で〈清潔〉〈点火〉〈水流〉などの基礎魔法を発動できるようになる。
それは貴族や魔法職だけの特権だった“魔法”を、
庶民の生活レベルにまで下ろした、まさに革命的な取り組みだった。
今や市場では――
・洗濯に〈清潔〉
・調理に〈加熱〉〈冷却〉
・夜間の照明に〈光源〉
・美容院では〈風整〉〈水整〉を使ったヘアセット
といった応用が当たり前になり、
特に女性層や商家の支持を集めている。
紅茶店の店主などはこう語る。
「茶葉の蒸らしも〈加熱〉で正確な温度にできる。
この数ヶ月で味の安定度が段違いですよ!」
――都市生活は一気に魔法的になった。
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だが、その一方で――
授業を終えた参加者たちは、
決まって口を閉ざす。
講義は一日限り。
しかし、その内容は「フールーダ老師直伝」という名に恥じぬ――地獄だった。
一部の参加者が、疲労困憊で白目を剥きながらギルドを出ていく姿を、
街の人々は何度も目撃している。
「目を閉じたら、世界が見えると言われたんだ……本当に見えたんだ……」
「『マナとの同期率が0.1%上がったな、では千倍にしてみようか』って、笑いながら言うんだよ……」
「先生が"ほんの軽い導入です"って言った瞬間、空間が歪んだ……」
といった証言が、密かに噂として広がっている。
実際、この授業の本質は単なる魔法教育ではない。
魔導国が誇る「世界魔力網(マナ・ネットワーク)」――
個々人の精神と世界法則を一瞬だけ同期させる実験的技術。
それを一日で安全に接続させるための訓練こそ、
"生活魔法コース"の裏の正体だった。
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ラナー太守も、この件には頭を抱えている。
「おかげで街の暮らしは便利になりましたけれど……
"世界と繋がった"自覚を持ってる人が増えるのも、怖い話ですわね」
文官が苦笑交じりに応じる。
「陛下は、"人が魔法を使い、魔法が人を使う時代が来る"とおっしゃっておられます」
「ええ、でも……あの老師の講義、受けた人がみんな目の下に隈を作って帰ってくるのよ」
「"知恵熱"ですかね」
「"マナ焼け"ですわね」
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こうして今日も、エ・ランテルの空には新しい看板が掲げられる。
『初心者歓迎! あなたも今日から"ちょっと魔法が使える人"に!』
『※体験後の頭痛・幻視・時間の歪みは一時的なものです』
街の子供たちは笑い、大人たちは半信半疑でその門をくぐる。
――そして夜には、
街の灯が増えていく。
魔法の光で照らされる夜のエ・ランテルは、
かつて"死の都"と呼ばれた面影をすっかり失っていた。
/*/ エ・ランテル冒険者ギルド 地下訓練棟・記録室 /*/
その「授業」が一般公開されるよりも前――。
エ・ランテルの冒険者ギルドでは、秘密裏に治験が行われていた。
名目は「非詠唱者向け魔力導入訓練」。
フールーダ・パラダイン老師直伝の“安全な一般魔法教育”を確立するための前段階である。
だが、その記録の末尾にはこう記されている。
『――被験者の八割以上が精神的・肉体的副反応を呈し、三日以上の昏睡、または激しいマナ酔いを確認。』
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治験に志願したのは、冒険者ギルドの精鋭たちだった。
だが彼らの大半は、魔法詠唱者ではない。
戦士、盗賊、野伏、格闘家、斥候――。
魔力の“理”よりも、筋肉と勘で生きてきた者たち。
そんな彼らに、フールーダ老師は慈愛の笑みで言った。
「大丈夫、たった一日で“世界の構造”が見えるようになりますぞ」
――それが地獄の始まりだった。
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授業初日。
ギルドの地下訓練棟には、魔力を感じたこともない者たちがずらりと並ぶ。
老師の指導のもと、彼らは“世界との接続”を行うための瞑想に入った。
やがて――
「頭が……熱い……!」
「何かが、体の中を逆流してる!」
「先生、時間が……止まったり戻ったりしてます!!」
悲鳴が訓練場を埋め尽くした。
数分後、空間は歪み、壁の時計が逆回転を始める。
光が脈打ち、床に描かれた魔法陣が赤黒く変色した。
フールーダ老師は目を輝かせていた。
「素晴らしい! これほど高い感応率が出るとは!
さあ、もっと“世界”を感じるのじゃ!」
訓練を終えた者たちは、立ち上がることもできなかった。
血走った目、青ざめた顔、
そして何より――世界を認識する軸が狂っていた。
「昼と夜が混ざる……太陽が三つ……」
「“声”が聞こえる、俺の影が話しかけてくる……」
「吐き気が止まらねえ……酔ってるみたいだ……マナに……」
彼らはマナ酔いと呼ばれる、
世界との同調による副作用に苦しんだ。
それは、強烈な頭痛と幻視、時間感覚の喪失、
そして重度の知恵熱――。
翌朝には、酷い二日酔いのような状態で呻きながら医療棟に運ばれる者が続出した。
中には二度と魔力を扱えなくなった者、
幻視が止まずに自らの影を切り刻んだ者までいたという。
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この「惨劇」は、後に関係者の間で
「世界開眼実験事件(マナ・エクスポージャー)」と呼ばれることになる。
だが――。
この犠牲の上に、今の“安全な”魔法授業は成り立っていた。
マナとの同調方法は改良され、
精神への負担を軽減する魔導式緩衝器が導入され、
授業は「生活魔法」という無害な形で一般に解放された。
今、街の子供たちが笑いながら〈光源〉を灯すたびに、
誰もが「便利になった」と言う。
だが、その“光”の裏で――
八割の冒険者が“闇”を覗いたことを、知る者は少ない。
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フールーダ老師はその報告書の末尾に、満足げにこう記している。
『結果、世界の理に触れるには代償が必要であることが改めて証明された。
――だが、人が苦しむ分だけ、文明は美しくなる。』
その笑みは、まるで狂気と叡智の境界線を歩む者のようだった。
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