オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ナザリック地下大墳墓第9層 ジョンの工房 /*/
ジョンは匙を置いて、湯気の立つ試作品を見つめながら小さく息を吐いた。
「……あんまり美味しいと、必要ない時に食べちゃうんだよな」
モモンガが笑うように肩を揺らす。
「まあ、保存食なのに嗜好品レベルですからね。つい手が伸びるのは仕方ないでしょう」
ジョンは机の端に肘をつき、苦笑いを浮かべた。
「昔リアルで食ってた奴。“国民食Cタイプ”とかいうディストピア飯。
栄養バランスは完璧なのに、味は“未来を諦めた人間”みたいな感じだった」
「……あーあ、あれですか。救いのない味でしたね」
「そう。ああいう“必要だから食う”系のやつも作っておかないとな。
非常時用に味を切り捨てたやつ。幸福の抑制こそ文明の安定ってやつだ」
モモンガは少し思案するように顎に手をやった。
「ふむ……軍事・民生用で分けるのは理にかなっていますね。
前線用は旨く、平時は味気なく。それこそ統治の工夫です」
ジョンは指先で机を軽く叩く。
「でもな。たとえば……シズが食べてたチョコバーみたいな、
“口に入れるだけでちょっと元気になる”軽食、ああいうのは別だ」
モモンガが目を細める。
「甘味、ですか」
「ああ。戦場でも日常でも、少しの糖分ってのは大事だ。
人間の脳は糖で動く。気分も変わる。……だから、あいつにはチョコバーを作ってやるさ。
保存性も高いし、魔力回復素材にも応用できる。〈再生蜂蜜〉と混ぜれば百年はもつ」
「なるほど、精神安定と士気維持を兼ねた携行菓子。実に合理的です」
ジョンはにやりと笑い、作業台の端に小さな紙片を走らせた。
そこには「チョコバー試作:カカオ代用品=黒焦げナツメグ
「……ナツメグは香りが強すぎるな。違う」
消し込み、別の候補を走らせる。
「焦がし豆粉+影蜂蜜+スライム油脂(乳化用)」
モモンガが興味深げに覗き込んだ。
「スライム油脂、とは……?」
「低温でも固まらず、無臭。消化も良い。味気ないが、口溶けの再現には使える」
ジョンは短く説明し、試験管に残っていた透明の粘液を小瓶へ移した。
わずかに光を反射するそれは、確かにチョコレートの“艶”を思わせる。
「見た目はチョコ、味は“チョコらしき何か”になるだろう」
ジョンの唇がわずかに歪む。
「でも、それでいい。戦場に本物の幸福は不要だ。
必要なのは、ほんの一欠片の“幸福の錯覚”だ」
モモンガは無言で頷いた。
その言葉の裏にある、冷静すぎる優しさを読み取って。
ジョンは匙を再び手に取り、冷めかけた試作品を一口すくう。
舌の上で、僅かに金属のような苦味と油脂のぬるりとした感触が広がる。
飲み下して、目を閉じる。
「……うん。悪くない。“救いのない美味さ”だ」
モモンガが耐えきれず吹き出した。
「はは……なんというか、あなたらしい総評ですね」
ジョンは平然と返す。
「褒め言葉として受け取っておくよ」
その夜、ナザリックの冷却棚の片隅に――
漆黒に近い茶の板状試作品が静かに冷え固まっていた。
小さな札に墨で記された名は、こうだった。
『チョコバー試作一号・人類救済味』
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――翌日。
ジョンの実験室には、奇妙な香りが満ちていた。
焦げた木屑のような、鉄鍋を擦ったような、そして……わずかに薬品の甘さが混ざっている。
モモンガが入室して、思わず鼻の奥をひくつかせた。
「……ジョンさん。今度は何を煮ているんです?」
ジョンは黒い液体がうねるビーカーを傾け、匙で一滴掬って味見した。
「軍用コーヒーだ」
無表情のまま告げる声が、やけに重い。
「見ての通り、味は壊滅的だ」
「……言われるまでもないですね。香りがもう、拷問に近い」
ジョンは小さく頷き、ガラス棒を置く。
「目的は“覚醒”と“消毒”だ。美味しさは不要。
ただ――どんな泥水でも、これを混ぜれば飲料水に変わる。
胃腸をやられる心配もない」
モモンガは目を瞬かせた。
「それは……凄まじい実用性ですね。
つまり、濾過不要で飲用可能になる?」
「そうだ。〈再生蜂蜜〉を極限まで焦がして炭化させ、魔樹皮と混ぜた。
内部の魔素が不純物を分解する。……味は副作用だ」
ジョンは試験用のカップを差し出す。
モモンガは逡巡の後、覚悟を決めて口元に運んだ。
一口。
「……ッッ!」
思わず身体が硬直する。
舌の上を焼くような苦味、焦げた金属の風味、そして喉に貼り付くような渋み。
飲み込むたびに胃が目を覚ますような感覚が走った。
モモンガは無言でカップを置いた。
「これは……兵の規律を保つための味、ですか?」
「そうだ。二杯目を飲みたいと思う者はいない。
結果的に“節度ある覚醒”を維持できる。……完璧だろう?」
「ええ、完璧に地獄です」
モモンガはため息をつきながらも、どこか満足げに言った。
ジョンはカップを見下ろし、少しだけ口の端を上げる。
「保存性は三百年。湯さえあれば、毒沼でも泥水でも飲める。
名前は……そうだな――」
紙片を取り出し、さらさらと書く。
『軍用覚醒液・タイプB(別名:泥湯の恩寵)』
モモンガは思わず吹き出した。
「恩寵、とはよく言いましたね。もはや呪詛の域ですが」
「恩寵とは、得てしてそういうものだ」
ジョンは淡々と呟き、まだ湯気を上げる黒液をもう一度口に含んだ。
「……うん。完璧に不味い。成功だ」
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ジョンはカップを軽く傾け、口の端を引きつらせた。
「……うっわ、これは……やべぇな」
カップの中で、黒い液体がどろりと揺れる。焦げた豆の香りが鼻を突き、舌に乗せた瞬間、苦味と渋みと鉄錆のような味が一斉に襲ってきた。
モモンガはその様子をじっと見つめていた。
「味の感想は?」
「クソ不味い」ジョンは即答した。「でも、どんな泥水でもこれ一匙で"飲める"ようになる。おまけに覚醒効果もある」
モモンガが呆れたようにため息をついた。
「そんなもん作ってどうするんです」
ジョンはにやりと笑いながら、遠くを見るような目をした。
「……ああ、俺もな。絶望的な前線で"ふぁっくふぁっく"言いながら、このクソ不味いコーヒー飲んで、文句言いながら戦いたいもんだ」
その言葉に、モモンガは一拍置いてから肩をすくめた。
「……あんたが"苦戦"するとか、世界が持たないです」
ジョンは真面目な顔で言い返す。
「そこは"自己封印"で」
「そんな危ない真似、許すわけないでしょう!」モモンガが机を叩いた。
沈黙。
次の瞬間、ジョンはまたカップを傾け、苦味に顔をしかめながらぼそっと言った。
「……でも、やっぱ戦場で飲むなら、これくらい不味くないとな」
モモンガは呆れながらも笑ってしまった。
「あなたって、ほんとに変なところで浪漫主義者ですよね」
ジョンはわずかに笑みを浮かべた。
「浪漫だよ。不味いコーヒーってのは、命がけの現場の味なんだ」
――その"味"を、二人とも少しだけ懐かしむように黙って啜った。