オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 魔導国・北方演習場 午後の薄曇り /*/
机の上に並べられた試作筒は、先に見せたものより幾分素っ気ない。光沢のある銅板や精緻な符刻がぎっしり詰まった高級機とは違い、薄手の鉄皮に粗い縫い目のような接合跡が見える。表面には耐熱の加工が施されているが、細部は簡素だ。価格を抑えるための妥協が、そのまま形に現れている。
ジョンはひとつを手に取り、唇の端でにやりと笑った。
「要するに、こうだ。使い捨てにする。再チャージのための高価な魔導結晶や複雑な充填符を無くして、代わりに一次燃料と簡易的な発火触媒で全部済ませる。1回で済むなら、その分材料は紙幣一枚分で足りるだろう」
エルダーリッチ技師は眉間に皺を寄せ、指先で筒の側面を撫でた。
「だが……魔力を留め置けぬとは、つまり合成符章の精度をかなり落とすということですか? 再使用を想定しないなら、長期安定性や安全弁の設計を省けますが、爆発の制御は?」
ジョンは軽く肩をすくめると、机に置かれた設計図に赤い線を引いた。
「そこは工夫だ。爆発自体は従来通り成形炸薬符で稼ぐ。ただ、反動抑制と誘導補助に使う魔力の比率を落とす。後方噴射の制御は魔力で“補助”するだけ。主動力は化学的な推進薬と、短寿命の触媒式魔核。打ち上げ時に一度だけ魔力の流れを開いて、あとは物理で飛ばす。とにかく、再充填機能を捨てれば、符章の数も結晶の等級もぐっと下げられる」
技師は目を細めた。数字の上で試算したように、口を開く。
「供給量から見れば……大隊あたり百本単位で配備できる予算に収まる。既存の携行武器よりも遥かに安い」
「その通りだ。兵士はこれを一本だけ携えて、装甲の脅威が現れたら使えばいい。充填施設を必要としないから、前線の補給線も煩雑にならない。使い捨て??つまり《消耗資材》として運用するんだ。」
ジョンは試作品を担いで演習場の発射台へと向かった。風が砂を運び、遠くの訓練用ゴーレムの金属光が鈍く光る。周囲には下級兵士や観測魔導士、数名の高官がざわつきながら見守っている。彼らが手にするのは、正規採用の名が付く直前のものだった。
「よし、行くぞ。目標は標準装甲一枚、距離は百二十歩。射手、構えて」
若い射手が肩に筒をあてがう。軽い。細かな調整は必要ない。蓋を外し、簡易照準器がカチリと位置を定める。ジョンは横から小さく歌うように指示を出す。
「照準を目標の上縁に合わせろ。発射は一度きり、二度目はない。命中させればそれで勝ちだ」
引き金が引かれると、筒の後方から一瞬の閃光と熱風が吹き出した。反動は肩に伝わるが、魔力補助が作動しているために兵士はひどく叩きつけられることはなかった。飛んだ弾体は直線を描き、標的の鋼板に突き刺さる。数瞬、瓦礫のような破片と火花が舞い、板が内側から裂け飛んだ。
観測席にいた高官のひとりが、額に手をかざしながら言った。
「……これは安い。大量に配備できれば、歩兵の戦術が劇的に変わるな」
ジョンは笑って頷き、使い終わった筒を蹴って地面に転がした。筒は表面が黒く炭化し、縁が溶けて変形している。再利用できるような代物ではない。ぽつりと砂に埋まりかけたそれを見て、ジョンの顔に小さな暗い影が差した。
「捨てるために作るってのは、ちょっと心が痛むものだがな」彼は言った。「ただ、戦場で数が足りないことが命取りになる。装甲が来た時に“持ってない”のは許されない。持っている奴が一発撃てば、それで隊が守れる。犠牲を減らすための犠牲だ」
技師は無言でうなずいた。現場ではすでに使い捨て設計の利点が次々と数学になって戻ってきている。調達係が笑みを隠せず、供給ラインの図を広げる。前線の歩兵は、これを一本持てば“いざ”の時に魔導騎兵の牙城を崩せる可能性が生まれる。
だがジョンの瞳には、別の景色も浮かんでいた。捨てられた筒が砂漠や森に散らばり、戦後の土地に金属と焦げた符紙の残滓を残す光景。戦術的な強化と同時に、環境と戦争の姿が変わることを、彼は理解していた。
「名はそのまま行こう。《魔導携行対装甲射出器・一号》、略して《MAW-1》。一号がうまくいけば、二号は使い勝手をもっと洗練する。だが二号は再チャージ式じゃない。二号は??少なくとも当面は、もっと安く、もっと多く作れることが目標だ」
日が傾きはじめた演習場に、使い捨ての筒が幾つも転がっていた。金属の匂いと焦げた符の匂いが混じり合い、ジョンは静かにその光景を見つめた。安価な兵器が生む安全と、不在の反動。どちらも戦争の帳尻を合わせるための代償だった。
――列車のように大量生産可能な《MAW-1》。戦場は少しだけ変わる。だがジョンは知っている。変わる影はいつも、良いことばかりではないと。