オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9層・モモンガの執務室 /*/
重厚な扉が閉まる音とともに、室内の魔導灯が柔らかく光を放つ。
書類の山を整理していたモモンガが顔を上げた。
「……で、ジョンさん。さっき言っていた“小型飛行機”って?」
ジョンは大げさに両手を広げ、空を滑るようなジェスチャーをした。
青と白の毛並みの人狼が、少年のような目で笑う。
「ナウシカのメーヴェみたいなやつさ。
一人か二人乗りで、偵察にちょうどいいやつ。
羽を広げて、ふわっと飛ぶ感じの。」
モモンガの骨の指が書類を止める。
「なぜまたそんなものを? ワイバーンも、ドラゴンもいるでしょう。」
「数が限られるし、あれは主戦用だろ。
偵察任務とか補給輸送には向かない。
人間でも扱えるやつがあると便利なんだ。
魔導国の兵でも訓練すれば操縦できるように。」
「なるほど。……しかし、飛行魔法を付与した小型機など、本当に飛ぶのですか?」
「理論上は、いけると思う。」
と、ぐりもあが無造作に割り込んだ。
長い髪を払いながら、手元の魔導設計端末に図面を映す。
「ただし、速度は出ません。せいぜい時速六十キロ。
浮上用の魔力場を安定させるために、推進力を抑える必要があります。」
「六十……?」モモンガは仮面の奥で顎に手を当てた。
「ワイバーンの巡航速度が二百五十キロ前後ですから、ずいぶん遅いですね。」
ジョンは苦笑しながら頷いた。
「そこなんだよね。でも、それでいいと思ってる。
飛行魔法で浮かんで、音も小さく、低空を滑る。
風を読める冒険者や偵察兵に渡せば、空から街道や魔物の群れを監視できる。
“空の馬”みたいなもんだ。」
ぐりもあは画面を指で弾き、魔力推進機構の展開図を示した。
「浮遊は〈飛行〉の魔法陣を内蔵、操縦者の魔力と同調。
推進は魔導タービンで、空気の流れを増幅して滑空補助。
軽量素材にすれば、魔力消費も少ないです。」
モモンガがうなずく。
「なるほど。兵器というより、観測機か。
偵察衛星が地上を監視し、これが地上から空を補う――そういう連携か。」
ジョンの尻尾が嬉しげに揺れた。
「そう、それ! “人工衛星ゴーレム+メーヴェ隊”。
名前はそうだな……“空走偵察兵(スカウトライダー)”。」
ぐりもあは笑ってメモに書き加えた。
「じゃあ、試作機は“SR-1 ナウシカ”にしましょうか。」
モモンガが思わず肩をすくめた。
「版権に気をつけなさいよ……」
三人の笑い声が、静かな第9層の書斎に柔らかく響いた。
その音は、鉄の墓所には似つかわしくないほど、穏やかで人間的だった。
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9層・モモンガの執務室 /*/
「――できました!」
ぐりもあが部屋に、白い翼のグライダーを置いた。
滑らかな曲線の板に、青い魔法陣が浮かんでいる。
ジョンが目を輝かせてそれを手に取った。
「おおっ、これが試作1号“メーヴェもどき”か!」
モモンガが書類から視線を上げる。
「……正式名称は“個人滑空装置A型”です。そんな名前ではありません。」
「だって、その方が夢あるじゃん。
で、ぐりもあ。どんな魔法を使ったんだ?」
ぐりもあは杖を軽く振り、翼に触れた。
青光が走る。
「第3位階魔法〈飛行〉をエンチャントしてあります。
起動符を押すと自動付与。あとは風に乗るだけです。
操作は――気合いで。」
ジョンが吹き出す。
「気合いか!」
「正確には使用者の意志波を拾う制御式です。
落ち着いた気持ちで乗れば安定します。焦ると墜ちます。」
モモンガが頷きながら記録用のスクロールを開いた。
「魔力消費は?」
「一時間でおよそ中級魔法一発分。継続使用も可能です。」
「つまり、実用範囲内ですね。」
モモンガがうなずくと、ジョンは早速グライダーを背にかつぎ、部屋の扉に向かった。
「よっしゃ、試運転いってくる!」
「ちょ、室内は――!」
ドアが開き、ジョンの背から風が吹き上がった。
〈飛行〉の魔法陣が展開し、彼の身体がふわりと浮く。
バランスをとるように翼を広げ、姿勢を調整――
次の瞬間、部屋の天井に軽く頭をぶつけた。
「痛っ! 思ったより上がるなこれ!」
ぐりもあがため息をつきながら杖を構え、
「〈緩衝領域〉……っと。ほら、ゆっくり降りてください。」
「でもすげぇ。反応いいな。これなら村の偵察にも使える。
魔力が切れても、滑空で帰ってこれそうだ。」
モモンガが書類にさらりと一筆書き足す。
「備考――“天井注意”。」
「それ項目に残さないでくださいよ!」
ぐりもあが苦笑しつつ、翼の調整に取りかかった。
「次は風魔法の補助を入れて、もう少し滑空距離を伸ばします。」
ジョンは笑顔で親指を立てた。
「いいね。次は屋外テストだ。」
モモンガは軽く頷く。
「ならば――第6層でやりなさい。天井の修繕費を増やされたくない。」
三人の間に笑いが広がる。
青白い魔法陣が消え、静けさが戻ると――
机の上の翼が、まだ微かに光を放っていた。
まるで、自ら空を恋しがっているように。
/*/ ナザリック地下大墳墓 第6層・大森林庭園 /*/
人工の空が、昼を模して明るく光っていた。
緑の草原と湖、風を運ぶ魔導気流が穏やかに流れている。
その中央で、ジョンが白い翼のグライダーの乗っていた。
「これが〈飛行〉をエンチャントしたメーヴェか……」
アウラが興味深そうに覗き込む。
「ジョンさま、ほんとに飛べるんですか? 人間用にしては軽すぎません?」
「軽い方がいいんだよ。浮くんだからな。」
ジョンは笑って翼を広げた。
薄い板が陽光を反射し、青い魔法陣が淡く輝く。
ぐりもあは少し離れた岩の上に立ち、魔力計を構えている。
「起動、良好。飛行魔法の付与、安定しています。
ジョンさん、風の向きに対して十度斜めから滑走を。」
「了解。モモンガさんに見せる用のデータも取っといてくれよ。」
「はい。墜ちた時のも。」
「縁起でもねえな!」
ジョンは笑いながら草原を駆け出した。
翼の紋が光を帯び、魔力の風が背を押す。
次の瞬間――彼の身体がふわりと地を離れた。
「おおおっ、上がった!」
マーレが思わず歓声を上げた。
「すごい、ほんとに浮いてる!」
ジョンは空を弧を描くように回り、風に身を預けた。
〈飛行〉の魔力が身体を包み、風圧が翼の裏を滑る。
滑らかに旋回しながら高度を上げていく。
「いいぞ……バランスも取れる……!」
彼の声が風に乗って届く。
アウラが目を細めて笑った。
「これ、偵察用ってより遊び道具じゃない?」
ぐりもあが頷く。
「たぶん本人もそう思ってます。」
空を滑るジョンは、鳥のように旋回しながら湖の上を飛び越えた。
翼が光を反射し、水面に白い弧を描く。
魔力の残光がきらきらと散り、まるで人工の空に“星”が瞬くようだった。
だが、その瞬間――
「おっと……やば、魔力切れか?」
翼の光が急に弱まる。
〈飛行〉の効果時間が尽きかけていた。
ジョンはすぐに姿勢を変え、滑空角を調整する。
「……風向き良し、落下角修正……いける!」
翼を傾け、滑るように降下。
風を切りながら湖岸をかすめ、草原へとふわりと着地した。
「うおぉ、成功だ! 俺、生きてる!」
マーレが拍手し、アウラが呆れたように笑う。
「危なっかしいなぁ。まあ、見てる方は面白かったけど。」
ぐりもあが駆け寄り、魔力計を確認する。
「飛行時間、約七分。高度六十メートル。
予定より短いですが……成功ですね。」
ジョンは翼を背中から外しながら笑った。
「七分でも十分だ。偵察や救助のときに使える。
それに――」
彼は青空を見上げた。
人工の空。それでも、そこには確かに風が流れていた。
「やっぱり、空っていいな。
ワイバーンに乗るのと違って、自分の身体で飛んでる感じがする。」
ぐりもあは小さく笑いながら翼を抱えた。
「じゃあ次は、時間延長用の魔法陣を重ねましょう。
名前、どうします?」
ジョンは少し考え――口の端を上げた。
「“風の子(ウィンドチルド)”でどうだ?」
ぐりもあが吹き出した。
「ダサいけど、ジョンさんらしいですね。」
草原に笑い声が響いた。
風がまた吹き抜け、ジョンの毛並みと白い翼を揺らした。
その瞬間、ナザリックの地下にありながら――
確かに空の匂いがした。