オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
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ナザリック地下大墳墓 第八工廠区・風防試験室
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風が唸る。
真紅の旗が、試験場の天井に吊るされた鉄骨を鳴らした。
試作型グライダーの機首には、黒曜石のような透明素材で作られたレンズ――〈防塵防風眼鏡〉が固定されている。
その隣で、ウルフ竜騎兵団の整備士が顔をしかめていた。
「……また割れました。五回目っす」
「風圧で?」
「いえ、汗で曇って、拭いたら……パキッと」
報告を聞いていたぐりもあが、羽ペンを止めて首を傾げた。
「透明度を保つ素材は十分なんですがね。硬度を上げすぎると、こうなります」
その後ろで、ジョンが腕を組む。
「ワイバーンライダーどもが“根性で耐える”とか言ってた頃が懐かしいな」
試作場の外では、まさにその“根性”が砂嵐の中を飛んでいた。
黒いワイバーンの背に跨った若者が、顔に砂を受けながら叫ぶ。
「目がぁぁあああ! 見えねぇえええ!」
それでも降りない。降りたら、仲間に笑われるからだ。
――彼らは誇り高き空の戦士。
だが同時に、愚かしいほど頑固だった。
◆
きっかけは、もっと地味な場所から始まった。
ウルフ竜騎兵団の中でも最も下層――“風見班”と呼ばれるグライダー偵察兵。
彼らは上昇気流を読むために、地表すれすれの砂嵐を飛ぶ。
その任務の過酷さは竜に乗る者をも凌ぐ。
目を開けたまま飛べば乾き、閉じれば墜落。
帰還した兵士たちは、常に目を赤く腫らし、涙と血で頬を汚していた。
「風で目が乾く」
「埃で痛む」
そんな報告書が積み重なり、ようやくジョンが腰を上げた。
「……眼鏡、作るか」
ぐりもあが顔を上げる。
「え、今さらですか」
「根性に頼る時代は終わりだ。俺が“文明”を教えてやる」
◆
素材開発は難航した。
魔導ガラスは衝撃に弱く、竜の飛行風圧に耐えられない。
代わりに使ったのは、ジョンがドワーフ技術局から引き上げた試作品――“樹脂魔晶”。
〈硬化樹脂〉に微量の魔晶粉を練り込み、光を乱反射させずに強度を保つ。
ぐりもあが試験装置の魔力を上げ、風速を調整する。
「風速六十メートル。……よし、割れません」
「くもりは?」
「……まだ曇ります」
ジョンは額を押さえた。
「じゃあ、内側に“冷気防御”の魔法刻印を薄く貼れ。温度差をなくせば結露は減る」
「そんな応用、思いつく人がどれだけ……」
「だから俺がやるんだろ」
◆
やがて完成した〈防塵防風眼鏡〉は、薄い青銀のフレームに、無色の魔導樹脂レンズを嵌めた精巧な逸品となった。
竜の鱗片を粉砕して作った金属粉が縁を走り、装備としての美しさすら放っている。
初飛行の日。
グライダー搭乗員の若い女兵士が眼鏡をかけ、翼の上で風に顔を向けた。
「……見える。痛くない」
仲間が歓声を上げる。
「おい、本当に? 砂嵐の中で?」
「目ぇ、乾かねぇ! これ、神装備だぞ!」
その様子を見ていたワイバーンライダーたちが、こっそりと隊舎の後ろで言い合った。
「……なぁ、俺たちもあれ、使っていいんじゃね?」
「だめだ、あれは偵察専用だって」
「でも目、痛ぇし……」
翌日、ワイバーン隊の半分が“視界不良の訓練事故”を理由に眼鏡の支給申請を出した。
さらに翌週、ドラゴンのパイロットたちも同じ申請を出した。
「我々も砂煙を浴びる。ワイバーンにできてドラゴンにできぬ道理はあるまい」
◆
後日、竜騎兵団の会議室で。
モモンガが眼鏡を手に取り、レンズ越しにジョンを見た。
「……なるほど。これが“根性に勝った発明”か」
ジョンは笑って肩をすくめる。
「根性も大事だが、視界ゼロで戦っても勝てねぇよ」
ぐりもあが記録書を閉じる。
「では、正式名称は?」
ジョンは一拍おいて答えた。
「〈蒼空護眼具・マナシールドゴーグル〉――略して“スカイグラス”。どうだ」
風防試験室の窓が開かれ、砂の匂いが流れ込む。
その外、空を切るような咆哮が響いた。
青空を翔ける竜たちの眼に、銀の光が閃いた。
それが、ウルフ竜騎兵団を“天空の兵”たらしめた新たな象徴――
〈防風眼鏡〉誕生の瞬間であった。