オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 演習日――魔導国軍・ウルフ竜騎兵団 vs バハルス帝国第1軍 /*/
朝靄が丘陵を包む中、二つの陣営が向かい合っていた。
一方は黒と銀の旗を翻す〈ウルフ竜騎兵団〉。背に竜を従えた隊員たちが列を成す。
もう一方は重装の歩兵隊と騎兵隊を揃えた〈バハルス帝国第1軍〉。陣地は整然と並び、野営が張られている――演習とはいえ、規模と緊張は本物だった。
だが、空の支配権はすでに傾いていた。
「風の子隊、SR-2編成、全機展開完了。高度百二十、通信ライン確保中」
ぐりもあの端正な声が、魔導伝話機を通じて地上の指揮所に届く。ジョンは双眼魔導鏡を覗き込み、にやりと笑った。
SR-2――改良型《風の子》。第3位階〈飛行〉を機体に固定エンチャントし、滑空・持続時間を伸ばした量産試作機だ。操縦士は依然魔法を使えない野伏(レンジャー)出身の偵察兵で、腹ばいで中央胴体に乗る。これを多数展開できることが、今回の演習の核心である。
「一斉偵察、開始」
ジョンの合図とともに、白い列が丘陵の縁を滑り出した。彼らは人の眼より上空から、地上の布陣をスキャンする。魔導伝話機が断続的に画像と魔力反応を送る??生々しい戦術情報が、ナザリック製の簡易符式で転送されるのだ。
『SR-2三号:歩兵第一線の横列、深さ三列。移動可能補給車、二台確認。砲兵位置は北東角に集中。重装歩兵は予備に配置。指揮所は陣地中央やや後方、旗印二本。』
ぐりもあが手早く数値を読み上げる。情報は瞬時に集約され、ウルフ竜騎兵の指揮へと流れる。竜騎兵は即座に編隊を変え、地上の歩兵隊を擁して圧力を加えるポイントを示した。
それを聞いたバハルス第1軍司令部の表情が変わる。将校が触れた魔導鏡が震える??帝国にも観測機はある。帝国の偵察隊も「ヒポグリフ隊」が空にいる。しかし、その使い方は根本的に違った。ヒポグリフは決戦兵力、衝撃投入のために温存される。偵察に使う発想は薄く、数も少ない。しかも個々のヒポグリフは高価で訓練と飼料が必要だ。数で押し返せるだけの余剰はない。
「第一軍参謀、本当にこちらの布陣を目視されているのか?」
参謀の問いに、前線監視担当が言葉少なに報告する。
「空中反応で詳細な地形把握をされています。魔力反応の高低まで送信されています。陣形の薄い地点が露呈しています!」
司令部は慌ただしくなる。大砲の向きを調整し、偵察隊を急派しようとするが、丘陵と風の流れが味方を遠ざける??SR-2は低空滑走で大軍の死角を突き、軽やかに回避する。ヒポグリフを出して追わせても、数的不利は埋められない。追撃は可能でも、持続的な監視網を張ることはできないのだ。
「我が軍の上空優位が……」
バハルス帝国の将校たちの顔に焦りが走る。指揮所の奥、帝都から来た連絡魔符が震え、一つの名がその場に影を落とす――皇帝ジルクニフの御前書が届いたのだ。
――ジルクニフの執務室。大理石の机の上に演習の報告符が置かれる。彼はそれを読み、眉を深く寄せた。だがその顔には単なる驚きだけではない、懊悩が刻み込まれている。
(魔導国がやってのけたか。数の論理で空を満たす――)
ジルクニフは、かつてこの帝国の軍事思想を熟知していた。騎兵やヒポグリフの“質”重視、決戦への集中投入。それは長年、戦場で有効に働いてきた。だが今、質だけではなく「量で空を埋める」という別の論理が現れた。SR-2は高位魔法を操れない者でも空へ送り出せる。すなわち、帝国が魔法人材の希少さを盾にしていた戦力設計は、相対化される。
(帝国魔法省……追いつけるだろうか)
机の上の地図に指を当て、ジルクニフは思考を巡らせる。魔法省に追加配備を命じることはできる。だが急造の「魔法飛行機」量産ラインを構築するには資材と魔導師の編成と、職人と時間が必要だ。ヒポグリフ隊の増強は短期では不可能だ。さらに、魔法を直接使える者は訓練に時間を要する。帝国の軍需工房は重装備の生産に特化しており、軽量滑空機の大量生産は設計思想から外れる。
(産業を、編成を、思考を変えねばならぬ……だが時間が足りぬ)
彼は窓の外、黒い城壁を見やった。決断にはリスクが伴う。もし魔法省に大号令をかけ、新種の量産機を作らせれば、帝国は短期的に空の数を揃えられるかもしれない。しかし、その資源配分は他の前線の脆弱化を招く。さらに、魔導師や術陣師を大量に動員すれば、国家の魔力備蓄が消耗する──それこそ魔法的安全保障の穴を生む危険がある。
「量を揃えるか、質で対抗するか――どちらの選択も、帝国に痛みを与える」
ジルクニフの掌が拳を作る。額に皺が深く刻まれる。彼の頭に浮かぶのは、幼い頃からの理想、軍事的栄光、そして国民の安寧だ。だが今回は別の問題もある。政治だ。魔法省を前にして命令すれば、延々と議会的な摩擦が始まる。貴族たちの既得権益に刃を向ける覚悟がなければ、改革は破綻する。
演習の間、ウルフ竜騎兵団はただ冷静だった。SR-2の情報は速やかに地上部隊の行動に変換され、模擬戦は帝国第1軍の布陣をずたずたに露呈させた。演習は終了の合図とともに幕を閉じたが、その結果は乾いた衝撃を残した。
帝国の観測員が記録した報告符は、すぐさま帝都へ――ジルクニフの机へ――届く。皇帝は沈黙の中、しばらく地図を見つめていた。やがて、深い息を吐くと、書記に短く命じた。
「魔法省、直ちに異動案を提示せよ。工房にて試作群の編成、及び運用教範の改訂を開始するのだ。会議は一時間後。全員集合。」
書記がぱちりと符を消す音が響く。ジルクニフは立ち上がり、窓の外の演習地を思い返す。
(だが、本当に追いつけるだろうか――)
彼の目の奥に浮かんだのは、空を滑る白い列の残像だった。数を揃えるという単純な論理が、軍事思想の基盤を揺るがしている。悩みは限りない。選択は重い。帝国の未来が、ここから変わるかもしれない??その予感が、重く胸にのしかかった。
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演習が残したものは、単なる戦術的勝利や敗北ではない。
それは「概念の変化」だった。空を舞う兵の“数”を如何にして確保するか――その問いが、両国の軍事・産業・政治を動かす。ナザリックの白い翼は、ただの道具以上の何かを露呈したのだ。
/*/ 帝国=魔導国合同演習・親睦会 /*/
黄昏の野営地。
酒杯と笑い声が行き交う仮設の宴席で、帝国第1軍の将軍が杯を傾けた。
「完敗でしたよ、ジョン殿。あの空飛ぶ魔導兵器……あれは一体、どういった代物なのでしょうか?」
対面で肉を切っていたジョンが、にやりと笑ってナイフを止める。
「兵器ってほどじゃないさ。あれは第3位階魔法〈飛行〉を魔化しただけの簡単な仕掛けだ。」
「第3位階……?」
将軍は驚きで眉を上げた。
「そんな中位魔法で、あれほどの飛行が?」
ジョンは頷き、卓上の空き皿に指で図を描く。
「魔法は操縦者じゃなく、機体に付与してある。
〈飛行〉を発動させる魔導陣を常時起動状態にしておいて、操縦士は魔力を使わずに空を滑る。
形は――まあ、“グライダー”って呼んでる。腹ばいで乗る一人乗りだ。」
将軍は興味深そうに耳を傾ける。
ジョンの言葉に、近くにいた帝国の魔法技師たちも静かに身を乗り出した。
「さらに面白いのは、〈伝言〉魔法を転用した通信装置だ。」
ジョンは盃を指で回しながら続けた。
「あれを“魔導通信塔”に繋げると、飛んでいる兵士の視界と情報が、ほぼ瞬時に司令部へ届く。
地上の将が一枚の符を見れば、味方も敵もどこにいるかが分かる。
今日の演習でも、第1軍の布陣は一瞬で解析されたろ?」
将軍は苦笑しながら頷いた。
「まさしく……空からすべて見られていた。
我が方のヒポグリフ隊も出しましたが、あれは決戦兵力であって、偵察用ではない。
お恥ずかしい話、戦術思考が完全に後手でしたな。」
ジョンは肩をすくめる。
「いや、あれは誰もが陥る。
空を“戦う場”と考えるか、“見る場”と考えるかの違いだ。
ウルフ竜騎兵団の空偵部は後者。竜は地上戦力の盾、グライダーはその眼だ。」
盃の酒を一口飲み、ジョンは軽く笑って付け加えた。
「例えば――そうだな。カルサナス都市国家連合の第8軍とか、喉から手が出るほど欲しがると思うぜ。
地形が入り組んでるだろ? ああいう地域じゃ、空からの観測が要になる。
通信塔を一本立てるだけで、都市間の戦線全体を“見渡す”ことができる。」
将軍が目を細めた。
「……なるほど。通信塔の設置か。」
ジョンは何気ない調子で盃を回す。
「魔導通信塔を建てれば、飛行偵察はその国の空で動く。
もちろん塔の維持は我々が請け負うがね。
――通信は、風の流れのように双方向だ。
情報は、必要な場所へ自然と流れるものさ。」
ぐりもあが隣でくすりと笑った。
「また“自然と”って言い方してますけど、それ、完全に計画的ですよね。」
ジョンは笑いながら盃を掲げた。
「まあ、通信塔が増えればみんなが便利になる。帝国も都市連合も、そして魔導国もな。」
将軍は杯を掲げ返し、深く頷いた。
「――あの翼は、単なる兵器ではない。情報を運ぶ“風”か。」
「そう。風を掴んだ者が、戦を制する。」
ジョンの黄金の瞳が、焚き火の光を反射して輝いた。
杯が触れ合う音が響く。
その夜、帝国の将たちが笑い合う中で、ジョンは静かに考えていた。
(通信塔をカルサナスに建てられれば、魔導国の目が西へ届く。
“空の道”は、ゆっくりと繋がっていく――)
笑いと炎の熱に包まれた親睦会の片隅で、
次の一手を練るジョンの瞳だけが、静かに冷たく輝いていた。
/*/ 帝都・ジルクニフ皇帝執務室 /*/
夜更けの執務室。
若き皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、机に広げた報告書を無言で見つめていた。
カルサナス都市国家連合に派遣中の第8軍へ――魔導国がグライダーと魔導通信塔の提供を申し出てきたという。
「……やはり仕掛けてきたか。」
低い声が漏れた。
(カルサナスに通信塔を建てる。グライダーを配備する。
“技術支援”を口実に、魔導国は東方の情報網を手に入れるつもりだ)
地図上で指が動く。
カルサナスは、交易の流れが複雑に入り組む都市群。
そこに通信塔を建てられれば、帝国の軍も商人も、すべて魔導国の目の届くところになる。
だが――拒む理由もない。
(費用も提供も、全て魔導国持ち。
我らが断れば、「帝国が新技術を拒む」と評される。
まるで“帝国の後進性”を印象付ける罠だな)
ジルクニフは筆を取り、机上の書記用符に短く命を記す。
「カルサナスにおける通信塔建設の調整と用地確保――第8軍のレイ将軍にやらせる。」
筆を止め、彼は軽く笑みを浮かべた。
「……奴ならやるさ。」
レイ――まだ三十に届かぬ若い将。
野心と才覚を併せ持ち、何より“結果”で上官を黙らせることに快感を覚えるタイプ。
魔導国の将官とも表向きの付き合いを巧みにこなし、同時に帝国の威信を守る手腕を見せてきた。
(魔導国に取り入る真似をしてでも、己の名を残す。
そういう男は使いやすい。成功すれば帝国の手柄、失敗すれば奴の責だ)
書記が入室し、控えめに問いかける。
「陛下、レイ将軍に正式通達を?」
「通達せよ。塔の建設は許可する。ただし、用地は帝国の名で押さえろ。
契約書の文面は“帝国の協力による建設”と記せ。
奴に言え――魔導国の提案は受け入れるが、管理権は我が手の内にあるとな」
書記が筆を走らせる間、ジルクニフは椅子から立ち上がり、窓の外を見やった。
帝都の上空には星々が散らばり、黒い夜気が冷たく肌を撫でる。
「……これでいい。」
彼は小さく呟いた。
「魔導国の翼が西へ伸びるなら、その影を我らの刃で測ればいい。」
星明かりの中で、若き皇帝の金の髪が光を返す。
その瞳には、恐れよりも鋭い闘志が宿っていた。
(俺はまだ若い。奴らに“老いた帝国”と思わせておくのも悪くない。
利用されるように見せて、利用し返す――それが俺のやり方だ)
書記が命令書を差し出す。ジルクニフは一瞥して印を押した。
「レイに伝えろ。“空の塔を建てるなら、地の利も掴め”とな。」
書記が下がると、静けさが戻る。
蝋燭の灯が揺れ、若き英雄皇帝の横顔を照らした。
その顔は、勝利を夢見る青年ではなく、策を張り巡らせる為政者のものだった。
――カルサナスの夜に、帝国の命が走る。
若き皇帝と野心の将。その二つの知略が、静かに魔導国の影へと向かって動き出していた。