オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層 ジョンの私室 /*/
深い静寂が、重厚な石造りの部屋を包んでいた。
壁に灯る魔導燭台が、琥珀色の光を揺らめかせ、木目の机や革張りのソファを温かく照らしている。
夜の執務を終え、ようやく息をつくジョンの前に、軽やかな足音が近づいた。
「ジョン様~、お疲れ様っす。はい、これ♪」
ルプスレギナが笑顔で銀盆を差し出した。
カップの中には、琥珀と焦げ茶が層をなす――アイリッシュコーヒー。
香ばしいウイスキーの香りに、コーヒーの深い苦み、そして上には雪のように柔らかな生クリームが浮かんでいる。
「へぇ、珍しいな。酒入りのコーヒーか」
「はいっ。寒い夜にはぴったりっすよ。ジョン様の喉も、心も、あっためるために~」
くすぐったげに笑いながら、彼女はそっとカップを差し出す。
ジョンはそのまま受け取り、一口含んだ。
途端に、芳醇な香りが口内に広がる。アルコールの熱が喉を通り抜け、心の奥までじんわりと温めていく。
「……うん、悪くないな。苦味と甘味のバランスがいい」
「ふふっ、でしょ? ナザリックの厨房の子たちに教えてもらって、ちょっと練習したんすよ~。ジョン様が喜ぶ顔、見たくて♪」
彼女の金色の瞳が、ろうそくの光にきらりと輝く。
狼の耳がふわりと揺れ、尻尾がわずかに振れているのが、なんとも愛らしい。
ジョンは思わず、笑みを浮かべた。
「そんな顔してると、まるで犬みたいだな」
「わん♪」
ルプスレギナは迷いなく応え、にっこりと微笑む。
「……冗談だぞ」
「でも、ジョン様が笑ってくれたなら、それだけで嬉しいっす」
彼女の言葉は、まるで湯気のように柔らかく、部屋の空気を温かくした。
ジョンは椅子に深く座り直し、カップを手にしたまま、ふと視線をルプスレギナに向ける。
「お前、いつも明るいな。疲れとか、ないのか?」
「ん~……ジョン様のそばにいると、元気が湧いてくるっす。
疲れても、こうして一緒に過ごせる時間があるなら、全部吹っ飛ぶっすよ」
その声は、素直で、飾り気がない。
だが、どこか胸の奥をくすぐるような甘さがあった。
ジョンは少し視線を逸らしながら、カップを置く。
「……そうか。なら、たまにはお前もゆっくりしていけ」
「いいんすか? じゃあ、遠慮なく~♪」
彼女は軽やかにソファの隣へ腰を下ろし、肩が少しだけ触れる距離で座った。
彼女の髪からは、ほんのりとした香水の匂い――森の花を思わせる、控えめで甘い香り。
「……お前、結構いい匂いするな」
「ふふっ、ジョン様専用に選んだんすよ~。嗅ぎ慣れてもらおうかなって♪」
そう言って、ルプスレギナは彼の肩に頭を預けた。
狼の耳がそっと彼の頬をかすめ、くすぐったい温もりが伝わる。
「……あったかいな」
「ジョン様の隣だからっすよ」
ふたりの間には、言葉よりも穏やかな沈黙が流れた。
カップの中のクリームが少しずつ溶け、甘味が広がる。
それはまるで、このひとときの空気そのもののように――やさしく、ほのかに甘い。
やがて、ルプスレギナが小さく囁く。
「また淹れていいっすか? 次は、もう少し甘めに……ジョン様好みに」
ジョンは静かに頷き、微笑んだ。
「……ああ、楽しみにしてる」
外の世界では、夜が深まっていく。
だが、ナザリックの地下では、たったふたりの温もりが、確かに灯り続けていた。