オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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アイスクリーム

/*/ 魔導国直轄領・乳製造試験場 /*/

 

 石造りの小屋の中、低い炉火は魔力で制御され、外の風とは無関係に暖かさを保っていた。だが、本当に熱を帯びているのは鍋のそばに立つ二人の顔だ。ジョンはエプロンをぎゅっと結び直し、ぐりもあは白衣の袖をまくって、嬉々として計器を覗き込んでいる。

 

「信じられるかよ、ぐりもあさん。無菌アンデッドを使ってるってだけで、もう最高にアウトだけど、ミルクの濃度が段違いだな」

ジョンは、手にした小さな木べらで混ぜながらふふっと笑う。冷却槽の向こう側で、二、三体の小柄な「乳用無菌アンデッド」が、静かに乳を搾ている。皮膚は蝋のように白く、瞳は安定した魔力の光を放っているが、その動作は機械のごとく正確だ。衛生結界がしっかり張られており、ぐりもあの設計した符文が周囲を守っていた。

 

「ジョンさん、この乳脂肪分を見てください! 通常の牛乳の倍近くありますよ。魔導的な飼育管理と無菌性の確保で、微生物の影響をほぼゼロに抑えていますから、風味が純粋に出ます」

ぐりもあの目が輝く。彼女は計器を指差して誇らしげだが、説明は理屈っぽくならない範囲で止めている。なにより彼女自身、出来上がりを早く食べたいのだ。

 

 大鍋の中で、生クリームと卵黄、蜂蜜のように濃い甘味を持つ魔導砂糖がじっくりと煮詰められる。ふつふつと立つ蒸気の匂いは、乳脂肪の豊かさを告げるように甘く豊潤だ。ジョンが火力の符文を絞ると、ぐりもあが手際よく冷却結界を展開していく。二人の動きは呼吸のように噛み合い、まるで長年の共同作業仲間のように軽やかだ。

 

「攪拌はゆっくり、でもしっかり空気を含ませるんだ。なめらかさはここで決まる」

「はいっ、ジョンさんの言う通りにします!」

 

 氷床の代わりに展開されたのは、ぐりもあが開発した小型冷結符文陣だ。魔力の冷気が密に放たれ、撹拌機がゆっくりと回る。通常の氷では得られない、口の中でふわりと溶ける質感が狙いだ。ジョンが味見のスプーンをとり、そっと舐めると、目を細めて幸福そうに頷いた。

 

「これは……濃厚だ。でも後味が重くない。乳の旨味だけがしっかり残ってる」

ぐりもあの顔がさらに輝く。

「やった! これで本当に“本当のアイスクリーム”が作れますね!」

 

 二人は出来上がったバニラベースに、刻んだキャラメル片や、ほんの少量の焦がし砂糖を混ぜ込んで最後のアクセントを施す。ジョンが小さな金属製の容器に盛りつけ、ぐりもあが魔力で冷たさを封じ込める小さな魔道石を添えた。お土産用には、保冷の魔法が施された紋章入りの箱に丁寧に詰める。箱の内側には「開封時の香りを逃さない」符文が走り、蓋を開ける瞬間の演出まで計算されている。

 

「モモンガさんへのお土産って言ったら、これで完璧だよな」

ジョンがふと呟くと、ぐりもあは頷き、少し恥ずかしそうに笑った。

「喜んでくれるといいですね。漆黒の玉座に、濃密な乳香――意外と合うかもです!」

 

/*/ ナザリック第十階層・玉座の間 /*/

 

 玉座の間の闇に、二人は音もなく現れた。ぐりもあの手には紋章箱があり、ジョンはお盆を携えている。モモンガは玉座に座したまま、二人を見下ろす――その頬こそ骸骨だが、眼窩の紫光がわずかに揺れているのは、期待の色かもしれない。

 

「おや、外出とは珍しい。さて、何を持ってきた?」 モモンガの声はいつもどおりに低く落ち着いているが、どこか好奇心が混じる。

 

ぐりもあは一歩前に出て、丁寧に箱を差し出す。蓋を開けると、冷気とともに濃厚な乳の香りがふわりと漂い、玉座の間の乾いた空気を満たした。モモンガの骨の頭が、ほんの少し傾く。

 

「ナザリック特製――本物のアイスクリームでございます。無菌アンデッドの乳を使い、魔導冷結で作りました。濃厚ですが、軽やかに溶けます」

 

 ジョンは小さな器に盛られた一皿をそっと差し出す。モモンガは呆れるほどゆっくりと手を伸ばし、スプーンを受け取った。骸骨の指先が触れた瞬間、誰もが静まり返る。彼が一口、スプーンを口元に運ぶと、驚くほど穏やかな音が場に流れた――それは満足の吐息に似ている。

 

「……これは、よい」

モモンガの声が、思わず柔らかくなる。紫の光がほんの少し強く輝いたのを、ジョンは見逃さなかった。ぐりもあはほっとして顔をほころばせる。

 

「お口に合って良かったです、至高の御方」

ぐりもあの声は小さく震えたが、嬉しさがにじみ出ている。ジョンは肘をついて横目で二人を見て、満足そうに笑った。

 

 小さな幸福が、玉座の間に満ちる。戦略も計画も、時にこうした無垢な喜びによって潤されるのだと、誰もが感じていた。箱の中にはまだいくつかの皿が残っており、ぐりもあは勝ち誇ったように言った。

 

「残りは職員たちにも配ります。みんなで味わえば、きっと士気も上がりますよ!」

 

 モモンガは微かに首をかしげ、そして冷静に指示を出す。

「よかろう。だが配布は選別して行え。露見を避けるためだ」

 

 ぐりもあは瞬時に頷き、ジョンは笑いをこらえつつ箱を抱えて退出する。二人の足取りは軽く、地下の廊下に小さな幸福の余韻を残していった。

 

 夜は深く、だがその夜の中で、ひと皿の濃厚なアイスクリームが――漆黒の支配者の心に柔らかな一瞬を残した。

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