オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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最悪の供給

 

ナザリックの一室に、低く喉を鳴らすような笑い声が響いた。

それは、楽しんでいる者にしか出せない、実に機嫌のいい声だった。

 

対照的に、その場にもう一つ響いているのは、心底うんざりしたようなため息混じりの声である。

 

「……本当に、悪趣味ですね」

 

 ぐりもあが言うと、向かいのジョンは肩を揺らして笑った。

 

 

 

/*/ 甘い噂 /*/

 

 

 

 最近、エ・ランテルの酒場では妙な話題でもちきりだった。

 

 曰く――最近の冒険者は妙に質が高い。

 腕前もそうだが、それ以上に、見目麗しい者が増えたのだという。

 

「あの黒髪の女剣士、見たか? 氷みたいな顔して剣を振るうのに、ふとした拍子に妙に儚い顔をするんだよ」

「見た見た。あと金髪の小柄なやつ。新人のくせに妙に場馴れしてるし、何より……目を引く」

「最近のギルド、どうなってんだよ。美男美女ばっかじゃねえか」

 

 話は尾ひれをつけて広がっていく。

 

 美しい冒険者が増えた。

 腕が立つうえに、どこか危うげで、人を惹きつける。

 しかも噂では、彼らの多くは第六層帰りだという。

 

 その話を聞いた若者たちは、勝手な夢を見る。

 

 自分も冒険者になれば、ああいう者たちと肩を並べられるのではないか。

 もしかすると、命を預け合う中で特別な関係にだってなれるのではないか。

 

 そして何より――“選ばれる側”に回れるのではないか、と。

 

 だが、彼らは知らない。

 自分たちが憧れの眼差しを向けているその美貌の冒険者たちの中に、かつては自分たちと同じように酒場で夢を語り、鼻息荒く迷宮へ向かった者たちが混じっていることを。

 

 知らぬまま、今日もまた何人かがギルドの扉を叩く。

 

 

 

/*/ ぐりもあの抗議 /*/

 

 

 

「……ジョンさん。あの噂、やっぱり貴方が流しているんでしょう」

 

 ぐりもあは細い指先で机を叩いた。

 

「“最近の冒険者は美形揃いだ”とか、“第六層に行けば人生が変わる”とか、“見違えるようになって戻ってくる”とか。言い回しはぼかしてますけど、やっていることは同じです」

 

「心外だなあ」

 

 ジョンは両手を広げ、わざとらしく首を傾げた。

 

「俺はただ、街の若者たちの向上心を刺激しているだけだよ」

 

「向上心?」

 

「そうさ。強くなりたい、美しくなりたい、誰かに見出されたい。実に健全じゃないか」

 

 青い毛並みを揺らしながら、ジョンはにたりと笑う。

 

「それに彼らは、もともと“美しい冒険者と出会いたい”と思っていたんだろう? だったら話は早い。出会うだけじゃ足りない。自分がそうなればいい」

 

 ぐりもあは額を押さえた。

 

「その理屈で全部通すつもりですか……」

 

「通るじゃないか。現に、通っている」

 

 ジョンは机の上の報告書をひらひらと揺らした。

 

「第六層帰還者、再志願率上昇。ギルド登録者数増加。回収班の稼働率は上がったけれど、そのぶん街の活気も上がっている。噂は噂を呼び、若者は夢を見る。素晴らしい循環だ」

 

「循環、じゃありません。罠です」

 

「罠と夢は、外から見ればよく似ているよ」

 

 その返答に、ぐりもあは本気で嫌そうな顔をした。

 

「だいたいですね」

 

 ぐりもあは言葉を選ぶように、一度息を吸った。

 

「美しい冒険者と親しくなれるかもしれない、と期待して潜った若者が、数時間後には自分自身が“街で噂される側”になって戻ってくるんですよ? 何も知らないまま迷宮に入って、何も知らないまま人生を別物にされる。これのどこが健全なんです」

 

「全部かな」

 

「即答しないでください」

 

 ジョンは愉快そうに椅子にもたれた。

 

「最初はみんな怒るよ。そりゃそうだ。自分の人生設計が突然ひっくり返るんだからね。でも面白いのはその後さ」

 

「面白くありません」

 

「面白いよ。鏡を見る。周囲の視線が変わる。自分の声、自分の立ち居振る舞い、自分の価値の見え方が変わる。最初は拒絶する。だけど、だんだん気付くんだ。前より世界が違って見えるってね」

 

 ジョンは尻尾をゆっくり揺らした。

 

「そしてその頃にはもう、第六層は彼らにとって単なる悪夢じゃない。自分を作り替えた場所になる。憎みながら意識し、忌み嫌いながら切り離せない。実に人間らしいじゃないか」

 

「貴方の言う“人間らしい”は、たいてい碌でもありません」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 そこまで聞いていたモモンガ、しばらく黙っていた。

 

 玉座の間ほど仰々しくはないが、それでもナザリックの空気は、主の沈黙一つで重さを変える。

 赤い光が眼窩の奥で静かに灯り、消える。

 

「……ふむ」

 

 やがて、彼は低く声を漏らした。

 

「冒険者志望者が増えるのは事実か」

 

「はい、モモンガさん」

 

 ジョンは即座に答えた。

 

「しかも質が悪くない。見栄と好奇心で飛び込んでくる者は扱いやすいし、生き残った者はそれなりに根性がある。選別としては優秀だ」

 

「回収所の維持費は?」

 

「十分に回ってるよ。加えて、帰還者の一部は街に定着し、噂そのものの発生源になる。新たな志願者を呼ぶ看板としても優秀だね」

 

 モモンガは頷いた。

 

 その仕草は、部下の報告を聞く統治者のそれであり、同時に、あまり深く考えたくない案件をとりあえず実利で処理しようとする者のものでもあった。

 

「なるほど。……手段はともかく、結果として人材は集まり、経済も動くわけか」

 

「はい」

 

「誰も死なないのも大きいですね」

 

「そうとも言い切れませんけどね!」

 

 ぐりもあがすかさず噛みつく。

 

「少なくとも、元の人生はかなりの割合で死んでます!」

 

 その叫びに、モモンガは一瞬だけ言葉を失った。

 

 骸骨の顔には表情こそないが、内心ではおそらく「それは確かにそうだな」と思っている気配があった。

 

「……うむ。そこは、まあ……慎重な運用が必要だろうな」

 

 苦しげにそう言うと、ジョンが横から口を挟む。

 

「けどモモンガさん、彼らの多くは最終的に街へ残るよ。迷宮を憎みながらも、迷宮で変えられた自分を捨てられない。結果として魔導国から離れにくくなる。これは立派な定着政策だ!」

 

「定着政策って言い換えれば何でも許されると思わないでください!」

 

「いやあ、ぐりもあさんは厳しいなあ」

 

 ジョンは机の上に広げられた名簿を眺めながら、楽しげに言った。

 

「美しい者に憧れる。強い者に憧れる。自分も変わりたいと願う。だったら迷宮は、その願いに答えているだけだよ。少々、答え方が一方的なだけで」

 

「一方的で済む話じゃありません」

 

「でも需要はある」

 

「供給が最悪なんです!」

 

「それでも市場は成立している」

 

 ジョンのその言葉に、ぐりもあは本気で頭痛を覚えたようだった。

 

 モモンガは腕を組み、しばし沈黙する。

 統治者として見れば、数字は悪くない。

 だがナザリックの主として見ても、これはどうにも趣味が悪い。

 

 そして何より、仲間たちがこれを妙に“うまく回っている政策”として語り始めているのが不穏だった。

 

「……ジョンさん」

 

「なに、モモンガさん」

 

「少なくとも、無用な混乱は避けて下さい。噂の制御は怠るな。ギルドと街に過剰な反発を生まないようにして欲しい」

 

「がってん承知。ほどよく夢を見せ、ほどよく現実を隠します」

 

「言い方」

 

 ぐりもあが即座に突っ込む。

 

 ジョンはまるで気にした様子もなく、次の候補者リストへ視線を落とした。

 どの若者が、どの噂を聞き、どんな期待を抱いて第六層へ向かうのか。彼にとっては、それすらも一種の娯楽なのだろう。

 

「……本当に、この部屋の倫理観はどうなってるんですか」

 

 ぐりもあのぼやきは、半ば本気の嘆きだった。

 

 だが、その嘆きも虚しく、今日もまたエ・ランテルでは新しい噂が生まれる。

 

 第六層帰りの剣士は美しい。

 

 最近の新人は華がある。

 

 あそこへ行けば、何かが変わる。

 

 その曖昧で甘美な囁きに背を押され、何も知らない若者たちがギルドの門を叩く。

 

 夢を見ているのは、彼ら自身だ。

 

 だからこそ厄介で、だからこそ止まらない。

 

 そして迷宮は、そんな夢見る者たちを黙って待っている。

 

 桃色の燐光を揺らしながら。

 

 「憧れ」を抱いて踏み込んでくる者に、

 

 その憧れの意味そのものを書き換えるために。

 

 

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