オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ナザリック地下大墳墓・第九階層 ロイヤルスイート ショットバー
落ち着いた琥珀色の光が、整然と並ぶ酒瓶を艶めかしく照らしていた。
副料理長が趣味と実益を兼ねて設えたその空間は、喧騒とは無縁の小宇宙のように静謐で、八脚の椅子がきっちりとカウンターを守っている。
ここを常時訪れる者など片手で足りるほどしかいない。だが、時折――ナザリックにおいて「至高の御方」と呼ばれる存在すら顔を覗かせることもあった。
その夜、椅子に腰掛けたのはジョンだった。
青白い毛並みを持つ人狼は、どこか芝居がかった仕草でバーテンダーに声を掛ける。
「ドライマティーニ。キンと冷やしたやつを頼む」
カウンターに置かれたグラスは、確かに美しく澄んでいた。液体の香りは鋭く、気取った飲み物として申し分ない。
だが――。
喉を傾けても、何一つ変わらない。酔いどれの霞みも、ほんのりとした火照りすら訪れない。
耐性を切ったつもりでも、ジョンの肉体は百レベルの人狼。もはやアルコールなど存在しないかのように無効化されてしまう。
「……クッソ、かっこつけ損だな」
グラスを指先で弄びながら、ジョンは苦笑する。
揺れる液体に映る自分の獣面は、気取っているはずがどこか間抜けに見えた。
しかし、不思議なものだった。
舌の上に残る辛口の香り、グラスの縁を照らす琥珀色の光、柔らかなジャズ調の幻影音楽――。
アルコールは効かずとも、心だけは確かに酔い始めていた。
「……雰囲気に酔う、ってやつか」
ぽつりと洩らした呟きに、カウンターの向こうで副料理長が小さく笑みを浮かべた。
ジョンは肩を竦めると、二杯目を静かに頼んだ。
――この場の空気に身を沈めることこそ、彼にとっての酒精だった。
/*/ナザリック地下大墳墓・第九階層 ロイヤルスイート ショットバー
「……雰囲気に酔う、ってやつか」
ぽつりと洩らした呟きに、副料理長が小さく笑みを浮かべたその時。
背後の気配にジョンは耳を動かす。扉が音もなく開き、重厚な漆黒のローブに身を包んだ骸骨の王が姿を現した。
「――おや、ジョンさんか。珍しいな、ここにいるとは」
「……モモンガさん。へぇ、意外とお好きで?」
「ふむ。酔えはしないですが、こういう場の雰囲気は悪くないと思ってね」
モモンガはカウンターへ歩み寄り、ジョンの隣の椅子に腰を下ろした。
副料理長が恭しく一礼し、琥珀色の液体を静かにグラスへ注ぐ。
モモンガの骨の指がそれを受け取り、ジョンの獣の手と並んで掲げられた。
「乾杯、ですね」
「……ああ。乾杯だ」
二つのグラスが澄んだ音を立てる。
しばしの沈黙。グラスの縁に口をつけた二人は、互いに一切の変化が訪れないことを知っていた。
酔えない身体。
だが、そこにあるのは確かに「一服の安らぎ」だった。
やがてジョンは懐から煙管を取り出し、灰皿の横で静かに火を点ける。
紫煙がゆるやかに立ち上り、琥珀色の照明に揺れる。
「酒も煙も効きやしないが……こうして吸ってると、不思議と落ち着くんだよな」
「分かるぞ。それこそが“雰囲気”なのだろう」
骨の口から煙は出ない。だが、モモンガもまた真似るように煙管を手に取り、静かに吸う仕草を繰り返した。
「……不思議なもんだな。酔わないし、煙にもむせない。でもこうしてると――」
「――ああ、まるで人間に戻ったかのような錯覚を覚える」
二人の声が重なる。
静かなジャズと、煙草の香り。
酒精はなくとも、この夜の二人は確かに酔っていた。