オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

49 / 393
子犬モード

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓・第九階層 /*/

 

 

冷たい石造りの回廊を、シズ・デルタは無表情のまま歩いていた。

その腕に抱かれているのは、小さな子犬。青と白の毛並みが光に照らされ、まるで宝石のようにきらめいている。

 

その光景は、機械仕掛けの戦闘メイドには似つかわしくないものだった。

 

「わん……」

子犬がか細い声で鳴き、シズはほんの僅かに抱きしめる腕の力を強めた。

 

角を曲がった瞬間、ちょうど掃除当番の一般メイドたちが目に留める。

 

「あー! シズちゃんだ!」

「えっ、可愛い! 何その子犬!」

「ちょっと見せて!」

 

思わず声を弾ませる彼女たちに、シズは無表情のまま立ち止まった。

だが子犬を撫でる仕草は、普段の無感情な様子とは違い、どこかぎこちないながらも優しさに満ちている。

 

「……シズ、ちゃん?」

一般メイドの一人が目を丸くする。

 

シズは小さな声で答えた。

 

「……だめ。吠える。驚く」

 

そう言いながら、子犬の耳をそっと撫でて、落ち着かせるように抱き直した。

 

メイドたちは顔を見合わせ――ついに小さく声を抑えて、囁くように盛り上がる。

 

「可愛い……! 普段無表情なのに……」

「写真に残せないのが悔しい……!」

「……あれ、ちょっと癒しじゃない?」

 

回廊に、小さな笑い声と子犬の「わんっ」という鳴き声が響いた。

 

――シズ・デルタの無機質な日常に、少しだけ柔らかな色が差し込んでいた。

 

/*/ ナザリック地下大墳墓・第九階層 /*/

 

シズの腕に抱かれている青と白の子犬――。

一見すると小動物らしい愛らしさに溢れているが、その実態はナザリックの至高の41人が一人ジョンが気まぐれで変じた「子犬モード」であった。

 

支配者のオーラは隠しきれるものではない。

いくら尻尾を振り、小首をかしげて可愛さを振り撒こうとも、その圧は回廊に充満し、一般メイドたちを硬直させていた。

 

「……あ、あの……可愛い……けど、空気が重い……」

「ひぃっ、目を合わせられない……!」

「でもシズちゃん嬉しそう……」

 

恐怖と愛らしさの狭間で震える一般メイドたち。

 

さらに遠くから、足音が近づいてきた。

戦闘メイドの一人、ソリュシャンが現れる。

 

「……なるほど。子犬、という擬態ね。けれど、その濃密な支配者のオーラ、誤魔化せるわけがないじゃないですか」

くすくすと笑い、冷たい瞳でシズの腕の子犬を見つめる。

 

直後にルプスレギナも顔を出し、耳をぴょこんと動かしてにやりと笑った。

「わっははーん♪ ジョン様、やるじゃん! 可愛い子犬モードっすかぁ? シズっちに甘やかされて嬉しそうっすね~」

 

シズは無表情のまま子犬を庇うように抱きしめ、きっぱり言った。

 

「…… カルバイン様。わたしが、守る」

 

その言葉に、ソリュシャンとルプスレギナが思わず顔を見合わせた。

――無表情だが、間違いなく「庇う意志」がそこにある。

 

そして角の向こうから、ゆっくりと靴音が響く。

アルベドが現れ、扇で口元を隠しながら小さく笑んだ。

 

「……ふふ。支配者でありながら、子犬に化けてシズに甘えるなんて……。可愛らしいですわね、カルバイン様」

 

その場の空気は凍りつきつつも、どこか柔らかい熱を帯びていた。

青と白の子犬の姿のジョンが、シズにぎゅっと抱えられたまま、慌てて声を上げた。

 

「ち、違う! 俺は甘えてるんじゃなくて……シズが可愛いものが欲しいって言うから……その、応えただけだ!」

 

必死に否定する子犬モードの声は、どこか情けなくも愛嬌に満ちている。

シズは無表情のまま、だが抱きしめる腕は離さない。

 

そこへルプスレギナが両手を腰に当て、耳をぴこぴこと動かしながら前のめりになった。

 

「えぇ~!? それなら私が子犬モードでも良いじゃないっすかー!

 ほらほら、きっと私の方が鳴き声だって可愛いし、尻尾もふさふさっすよぉ?」

 

彼女はその場で軽くしゃがみ込み、わざと犬っぽく「わんっ」と鳴いて見せる。

だがシズは一切そちらを見ず、青と白の子犬を抱き締めたまま動かない。

 

「……カルバイン様。わたしが、欲しいのは、この子犬」

 

その一言に、ルプスレギナは「ぐぬぬっ」と唸り、床を転がるように悔しがった。

 

ソリュシャンは頬に手を当て、冷笑を漏らす。

「……ルプス。張り合うだけ無駄よ。シズはそういう子なの」

 

そしてアルベドは扇を口元に寄せ、まるで保護者のように微笑む。

「まぁまぁ……ふふ。仲良きことは美しきかな、ですわね。

 ジョン様が可愛らしく見える日が来るなんて……至高の御方も、ずいぶんと温かい遊び心をお持ちですこと」

 

その場の空気は、恐怖と笑い、そして妙な和やかさが入り混じった独特のものとなった。

 

――第九階層の静かな回廊は、今日に限ってまるで家庭の一幕のように騒がしかった。

 

不意に、回廊の奥から低い声が響いた。

 

「……ジョンさん。なにを、してるんですか?」

 

振り向けば、黒衣の骸骨――モモンガその人が立っていた。

眼窩の赤い光が淡く瞬き、ごくりと“無いはずの喉”が鳴ったような気配すら漂う。

 

その場にいたメイドたちは一斉に背筋を伸ばし、緊張で息を詰める。

 

アルベドは優雅に一礼し、迷いなく答えた。

「モモンガ様。カルバイン様は子犬モードでシズに甘えていらっしゃったのですわ。

……ああ、なんと慈愛に満ちた、微笑ましい光景でしょう」

 

「ちがーうっ!」

シズに抱えられたまま、ジョン(子犬モード)が必死に足をばたつかせた。

「俺は! 甘えてるんじゃなくて! シズが可愛いものが欲しいって言うからぁぁぁ!」

 

しかしその抗弁は、子犬の甲高い声で叫ばれるため、余計に愛らしくしか聞こえない。

 

シズはそんな騒ぎをよそに、無表情でしっかりと抱きしめ直した。

「……カルバイン様。わたしが欲しいのは、この子犬」

 

モモンガは一瞬沈黙し、ゆっくりと頭を抱える。

 

(……なんだこれは。いや、本当に何なんだこれは!?

 子犬……ジョンさん……いや、可愛い。いやいや、可愛いで済ませて良いのか?)

 

背後でルプスレギナが大声を上げた。

「モモンガ様ぁ! 私も子犬モードできますよぉ! ほらほら、わんっ♪」

 

ソリュシャンは冷めた目でため息をつく。

アルベドは頬を染め、保護者めいた眼差しで「尊い……」と呟いている。

 

第九階層の回廊は、普段の荘厳さを完全に失い――

ただ一人の骸骨の頭蓋に、深い頭痛めいた衝撃だけが残った。

 

無表情のまま、しかし子犬を撫でる手はやさしく、シズがぽつりと口を開いた。

 

「……後輩、ネイアにも、子犬を見せたい」

 

その場にいた全員が、息を呑んだ。

青と白の子犬――正体は至高の御方ジョン――を、外に連れ出すなど前代未聞だ。

 

モモンガは一瞬呆然とし、それからゆっくりと振り返って考え込む仕草をした。

 

(……いや、待て。ネイア……確かあの聖王国の娘か。シズが彼女に心を許しているのは知っているが……子犬=ジョンさん、を見せる……? いやいや、色んな危険では……いや、でも……シズの感情が動いている……?)

 

逡巡の末、アインズは思い切ったように両手を広げた。

「……よろしい。シズ。君に休暇を与えよう。その……子犬を連れて、ネイアと過ごしてきなさい」

 

「……はい」

シズの返答は短い。だが普段変わらぬ顔に、ほんの僅かだが光が宿ったように見えた。

 

子犬モードのジョンは慌てふためく。

「ちょっ……! ちょ、ちょっと待てモモンガさん! 俺は別に――」

 

だが、その声は可愛らしい子犬の鳴き声にしか聞こえず、周囲のメイドたちの耳には「わんっ♪」としか届かない。

 

アルベドは恍惚とした眼差しで両手を胸に重ねた。

「……ああ、なんと尊い光景でしょう。シズの願いを叶え、さらにカルバイン様を外へ解き放つ……。モモンガ様、御英断ですわ」

 

ルプスレギナはわざとらしく床をごろごろ転がり、

「うわーん! ずるいっす! シズっちだけ子犬モードジョン様とお出かけなんて、絶対羨ましいっすよー!」

 

ソリュシャンは肩を竦め、冷ややかに笑う。

「……どうなっても知らないわよ」

 

第九階層の回廊に、笑いと困惑と溜息が交錯した。

その中心で、シズは変わらず子犬を抱きしめ、ただ静かに前を見ていた。

 

 

/*/ 聖王国 転移門前 /*/

 

 

転移門の光がゆらぎ、そこから現れたのは戦闘メイドのシズ・デルタ。

その腕には青と白の子犬――「カルバイン様」ことジョンが、なおも小さな姿で抱かれていた。

 

シズは周囲を確認すると、無言のまま一歩踏み出す。

目指す先は聖王国内で密かに催されている集会――〈カルバイン様を称える会〉。

信徒たちが小規模ながら熱狂的に、至高の御方の名を広めている場だ。

 

シズは迷うことなく会場の扉を押し開けた。

 

ざわめく信徒たち。その中に、懐かしい姿があった。

金色の髪をひとつにまとめた少女――ネイア・バラハ。

 

「……シズ先輩!」

驚きと喜びが入り混じった声で、ネイアが駆け寄ってくる。

「会いたかった……! って……えっ、その子犬……?」

 

ネイアの視線は自然とシズの腕の中へ吸い寄せられた。

青と白の毛並みは、ただの愛玩動物とは思えぬ神秘の輝きを放っている。

 

「わん……」

ジョン(子犬モード)が、シズに抱かれたまま小さく鳴いた。

会場の信徒たちは一斉に息を呑み、ひれ伏すように頭を垂れる。

 

「な、なんという……! まさか、この子犬は……!」

「カルバイン様の御化身……!」

「我らの信仰の証、その御姿を目にするとは……!」

 

熱狂が一気に広がり、〈称える会〉は狂喜の渦に包まれる。

 

ネイアは困惑しながらも、そっとシズの顔を覗き込んだ。

「シズ先輩……まさか……この子犬……」

 

シズは表情を変えぬまま、ただ一言。

 

「……ネイア。可愛い」

 

それだけで、ネイアの頬は赤く染まり、胸が熱くなる。

だが――子犬の正体を知る一部の者は、心の奥でぞっとする。

 

この小さな可愛い存在こそ、支配者のオーラをまき散らす至高の御方であることを。

 

 

/*/ 聖王国 〈カルバイン様を称える会〉会場 /*/

 

 

信徒たちの熱狂に包まれる中、ネイアはシズの腕の中の子犬に目を奪われていた。

青と白の毛並みは柔らかそうで、宝石のように輝いている。

 

「……シズ先輩、その子犬……少しだけ、抱いてみてもいい?」

 

ネイアの声は震えていた。憧れと、子供のような純粋な願い。

 

シズは一瞬だけ瞬きをし、ゆっくりと頷いた。

「……ネイアなら。いい」

 

そう言って、シズは子犬をそっと差し出す。

 

「ま、待て! シズ、それはまず――」

ジョン(子犬モード)は慌てふためき、足をじたばたさせた。

しかし甲高い声は信徒たちにはただの「わんわん!」としか聞こえず、むしろ可愛さを増幅させてしまう。

 

「きゃ……!」

ネイアの腕にすっぽり収まった子犬は、驚くほど軽く、温かかった。

胸に抱きしめた瞬間、心臓が高鳴り、目尻が緩む。

 

「……かわいい……本当に……」

頬をすり寄せながら、ネイアは子犬の耳をそっと撫でた。

 

「や、やめろおおお! そんな顔近づけんな! 危険だからっ!」

ジョンの必死の抵抗は空しく、信徒たちの目にはただの「きゅーん」と鳴く愛らしい仕草にしか映らない。

 

「……御神託だ」

「カルバイン様がネイア様をお認めになっている……!」

「聖なる抱擁……!」

 

会場はさらに熱狂を増し、跪く音と祈りの声で揺れ動いた。

 

シズは無表情のままその光景を見つめ、ぽつりと呟く。

「……ネイア。似合う」

 

ネイアの顔はさらに赤く染まり、子犬を抱きしめる腕の力が強まった。

 

――ジョンの心中はただ一つ。

 

(……俺はいつから、信仰対象と抱き枕の二役を同時に背負う羽目になったんだ……!?)

 

ジョンは青と白の子犬の姿のまま、シズに抱かれながら深いため息をついた。

「……もう子犬で通そう」

遠い目をして、悟ったように小さな体を震わせる。

 

ネイアはきらきらした瞳で、子犬を見つめながら耳をそっと撫でる。

「ふふ、やっぱり可愛い……!」

 

「や、やめろおおおっ!」

ジョンは慌てて足をばたつかせるも、声はすっかり「わんっ!」としか聞こえない。

会場の信徒たちには、まさに「天使のように愛らしい仔犬」として映るだけだった。

 

「御神託だ! カルバイン様が、ネイア様を認めておられる!」

「まさか、抱きしめられるとは……!」

信徒たちは膝を折り、熱狂を増す。

 

シズは無表情のまま、子犬を抱きしめたままネイアに微かに頷く。

「……ネイア。似合う」

 

ジョンは思わず遠い目で心中つぶやく。

(……もう、俺はこのまま子犬で押し通すしかないのか……)

 

ジョンは小さく「わんっ」と鳴き、全力で尻尾を振る。

その仕草に、会場はさらに熱狂し、シズとネイアは微笑みながら見つめ合った。

 

――こうしてジョンは、公式に「カルバイン様の子犬」として、称える会の中で愛される存在となったのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。