オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/エ・ランテル・冒険者訓練用ダンジョン・閉館後/*/
昼間の喧騒は嘘のように静まり返った通路。ゾンビやスケルトンが斃された残骸が点々と転がり、壁の罠も解除されたままになっている。
そこに現れるのは、革の作業着に身を包んだ四人組。
「はい、今日もお掃除開始。骨拾いからお願い」
軽快な声で指示を飛ばすのは、二十代前半の若い女性――バニアラ。
元は駆け出し冒険者だったが、ある依頼で命を落としかけて以来、前線から退いて後方業務へ。今では「冒険者訓練ダンジョン清掃隊」のリーダーを務めている。
老人がカラカラと笑いながら、骨片を袋に集める。
「おやおや、今日も派手に散らかしてくれたもんだ。おかげで骨の備蓄は当分安泰だな」
彼は元・神官。今は祈りよりも「骨材の再利用」に精を出している。
壁際で若者がしゃがみ込み、器用な手つきで罠の部品を組み直している。
「こっちは消耗が早いな。もうちょっと大事に引っかかってくれればいいのに」
彼は罠職人の見習いで、ここで経験を積みながら市政に仕える技術官僚候補だ。
最後に、大柄な男が黙々とゾンビの残骸を袋に詰めていく。
言葉少なだが、その手つきは慣れたものだ。かつては処刑人だったとも噂されている。
バニアラはモップを回しながら、肩越しに言った。
「今日は死んだ冒険者はいなかったようね。よかった。……まあ、あの噂を流した甲斐があったわ」
「噂?」と若者が顔を上げる。
「“蘇生のチャンスがあるからって雑に挑むと、死んだ後はアンデッドになって扱き使われる”ってやつよ。あれが広まってから無茶な挑戦が減ったの」
老人がにやりと笑う。
「お上のお達しで広報した甲斐があったな。冒険者は慎重になり、こっちの後片付けも楽になる。まさに一石二鳥じゃ」
魔導国の公務員である彼らにとって、この任務はただの雑用ではない。
訓練施設を清潔に保ち、素材を再利用し、冒険者の安全を間接的に守る。
それは市政を支える立派な「行政サービス」の一つだった。
バニアラは、拭き上げた床を見て満足げに頷く。
「よし、明日の冒険者たちが気持ちよく戦えるように、仕上げて帰りましょう」
訓練用ダンジョンの影には、今日も地道に働く清掃員たちの姿があった。
彼らの仕事を知らずして、冒険者たちは安心して剣を振るうことはできない。
/*/ エ・ランテル冒険者訓練用ダンジョン・下層清掃中 /*/
バニアラたちの清掃隊は、薄暗い通路を恐る恐る進んでいた。
上層はゾンビやスケルトン程度で済むが、下層となれば格が違う。
「しっ……静かに。今日はマンティコアが配置されてる層よ」
バニアラの声に、若者がごくりと唾を飲み込む。
遠くから「ガリッ、ガリッ」と石を削るような爪音が響き、老人は顔をしかめた。
「……あれは巡回してるな。奴さんがこちらに気づく前に終わらせよう」
大男が無言で頷き、壊れた罠の部品を抱えて走るように回収していく。
通路の影には、戦闘で倒されたオウルベアの死体が転がっていた。血塗れの毛皮が未だに禍々しい。
若者は顔を青ざめさせながらも、恐る恐る死体を袋に詰める。
「これ、絶対夢に見るやつだ……」
バニアラはきっぱりと言い放つ。
「慣れなさい。冒険者が戦った後を片付けるのが私たちの仕事よ」
やがて彼らは、石棺の間に置かれた宝箱の前に辿り着いた。
中を点検するのも清掃隊の任務だ。冒険者の報酬として渡される以上、壊れていたり錆びていたりしてはならない。
老人が慎重に鍵を外すと、中には淡い輝きを放つミスリル製の胸甲が収まっていた。
「……いつも思うが、どこから持ってきてるんだろうな、これ」
若者がぽつりと呟く。
「表向きは、ドワーフの王国との交易で買い付けてるって話だが」老人は肩をすくめる。
「実際には、魔導国の倉庫から“太っ腹”って置かれてるようなもんさ」
バニアラは胸甲を持ち上げ、目を細めた。
「でも、だからこそ冒険者は“訓練の成果が形になる”って思えるのよ。報酬は努力を裏切らない、ってね」
点検を終えると、彼女は慎重に宝箱を閉めた。
その背後で、暗がりの奥から再び「ガリッ」と爪音が響く。
一同は慌てて道具をまとめ、そそくさと退避した。
下層の清掃は、いつだって冒険者顔負けの胆力が求められるのだった。
/*/ エ・ランテル冒険者訓練用ダンジョン・下層清掃 /*/
バニアラはランタンを掲げ、石造りの通路に並ぶ扉を一つひとつ点検していた。
ふと、目の前の扉の前で足を止める。
「……見て」
ドアノブの下、石床に小さな“指”が転がっていた。
切断面は滑らかで、まだ赤黒い血が乾ききっていない。
老人が渋い顔をしてつぶやく。
「回転刃の罠だな。ほら、音がするだろ」
耳を澄ますと、確かに――フーン、と小さな回転音がドアノブから響いていた。
若者が顔を青ざめさせ、思わず後ずさる。
「ひっ……!」
バニアラはきっぱりと指示する。
「触っちゃダメよ。回したらもう一つ、指が落ちるから。指だけ拾って袋に入れて」
無言の大男がしゃがみ込み、布手袋をはめて断面ごと指を拾い上げ、丁寧に袋へ収める。
――次に彼らが入ったのは、水牢の部屋だった。
鉄格子の中に水が満ち、中央に浮かぶ死体。
バニアラが指を折りながら数える。
「ひー、ふー、みー……4人。冒険者パーティだね」
若者が吐き気を堪えながら口を押さえた。
「……なんで……」
老人はため息をつき、肩をすくめる。
「注意書きを読まずに突っ込んだんだろ。排水を確認してからじゃないと、水牢はただの溺死罠だ」
バニアラは冷静に言い切る。
「訓練に挑むってことは、命を懸ける覚悟があるってこと。私たちは結果を回収するだけ」
大男がロープを投げ込み、遺体を一体ずつ引き上げていく。
水に浸かり、ふやけた手が揺れるたびに、若者は顔を背けた。
「……地上の安置所に戻しましょう」
バニアラは淡々とそう告げた。
この仕事には感傷を挟む余地はない。
冒険者の血と汗と死が、この訓練場を支えているのだから。