オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

55 / 395
新生エ・ランテル冒険者組合

 

 

/*/エ・ランテル冒険者組合・訓練所/*/

 

 

「……こ、これは何?」

ラキュースが呆気に取られたように口を開いた。

 

石造りの広大な訓練所。模擬戦闘用の闘技場に、実戦に近い地形を再現した訓練用ダンジョン。さらに、演習を終えた冒険者のための安置所や蘇生手続きの窓口、果ては清掃と罠の再設置を担う公務員部隊まで整っている。

 

「冒険者のために、ここまでやるなんてな」

ガガーランが腕を組みながら感心する。

「普通は装備の修理すら自己責任だろうに。訓練で魔法武具を渡すなんざ、贅沢すぎる」

 

ティナが小声で呟く。

「……訓練で使うだけじゃない、成功報酬として本当に渡してる。ミスリル製やエンチャント武具が、冒険者ギルドから支給されるなんて贅沢……」

 

イビルアイは壁に掛けられた測量器具に視線を止めた。

「それだけじゃないぞ。あの測量……おそらく象限儀、方位盤、垂揺球儀……正確に角度と距離を計測して、地図を作り上げている。大陸の地図精度を、魔導国は根本から塗り替えるつもりらしい」

 

ティアが首をかしげる。

「……そんなもの、冒険者に必要?」

 

イビルアイは鼻で笑った。

「必要だとも。地図は戦略。迷宮攻略、物資輸送、国家運営――全てに通じる。測量を冒険者訓練に組み込むなんて、あまりにも理に適っている」

 

ラキュースが改めて訓練所を見回し、深く息を吐いた。

「冒険者組合と魔術師組合の共同……。資金力、魔法技術、そして国家の後ろ盾があるから出来ることね。リ・エスティーゼの冒険者組合とは比べ物にならない……」

 

ガガーランが口笛を鳴らした。

「嬢ちゃんよ。こりゃ本当に、時代が変わっちまうかもしれねぇな」

 

 

/*/エ・ランテル冒険者組合・訓練所・測量実演場/*/

 

 

冒険者候補生たちが整列していた。腰には鉄鎖、手には木製の「10フィート棒」、そして測角用の象限儀。

講師役の職員が冷静に声を張る。

 

「基準点から東へ十鎖。そこから象限儀を用いて角度を計測、方位盤で正しい方向を確認。これを繰り返すことで、未知の地形を正確に地図へ落とし込むのだ」

 

候補生たちは無駄のない動きで鉄鎖を延ばし、地面に杭を打ち込んでいく。

その隣で、別の班が方位盤を覗き込み、角度を記録する。

 

イビルアイの赤い瞳が細められる。

「……実測による測量を、体系的に訓練に組み込んでいるなんて。これは、軍や魔術師団が行うべき水準だ」

 

ラキュースは息を呑んだ。

「大地の形を知ることが、これほど重視されているとは……。冒険者の活動範囲が広がれば、正確な地図は必須になる。理に適っているわ」

 

講師は続ける。

「昼間に測量した数値は夜間、図書館にて司書が製図を行う。日々の訓練で得られた記録は、冒険者組合の資料庫に集められ、大陸全土の地図を更新していく。これもまた、諸君らの成果だ」

 

ティナが小さく呟く。

「……訓練がそのまま国家事業につながるなんて、恐ろしい仕組み」

 

「そして時間の基準は――」

講師が示したのは、天井に吊るされた巨大な振り子。

「垂揺球儀によって計測する。太陽の南中から次の南中までの振動数を用い、一日の長さを正確に定める。よって、測量の誤差も最小限に抑えられる」

 

ガガーランが唸る。

「……ここまで徹底するか。冒険者訓練ってより、国を支える技術兵養成所だな」

 

蒼の薔薇は互いに顔を見合わせる。

ただの訓練施設と思っていた場所は、冒険者を育成するだけでなく、魔導国の基盤そのものを支える知識と技術の拠点だったのだ。

 

ラキュースは重々しく言葉を落とす。

「これが……魔導国の力。冒険者を戦力としてだけでなく、国家の資産として育てる。その思想からして、私たちの知っている“冒険者組合”とは根本的に違う……」

 

イビルアイが小さく頷いた。

「だからこそ、この国は他国の追随を許さない」

 

 

/*/エ・ランテル冒険者組合・訓練所・武具点検場/*/

 

 

測量実演が終わると、候補生たちは今度は模擬ダンジョンの「戦利品回収訓練」へと移行した。

石造りの部屋の中央に、重厚な宝箱が置かれている。罠解除済みと告げられたそれを、候補生の一人がゆっくりと開ける。

 

「なっ……!」

ラキュースが思わず声を上げる。

 

中に並んでいたのは、ミスリル製の剣と槍、そして淡く魔力を帯びた鎧の一部。どれも市井では高値で取引される本物の武具だった。

 

講師役の職員が淡々と指示する。

「装備品はまず視認による確認。その後、魔力反応を検知し、損傷が無いかを点検する。報酬として支給される品もあるが、多くは再利用される。扱いは丁重に」

 

候補生たちは真剣な面持ちで武具を持ち上げ、ひび割れや刃こぼれを確かめていく。

「はい、剣、刃に欠けなし。柄に緩みなし。魔力反応、安定」

「槍、穂先に異常なし。魔力付与確認……問題なし」

 

ガガーランが目を丸くした。

「おいおい、訓練でミスリル武具だと? 私たちですら、気軽に振り回せるもんじゃねぇぞ」

 

ティアがぽつりと呟く。

「……こういうの、どこから持ってきてるんだろう?」

 

すかさずイビルアイが応じる。

「ドワーフ王国との交易らしい。――魔導国は既に大量の金属資源を押さえていると聞く。だからこそ、惜しげもなく訓練に回せる」

 

ティナが肩をすくめる。

「訓練で得た武具が、そのまま冒険者の手元に残る……。これじゃ、冒険者の平均戦力が底上げされるわけだ」

 

講師の声が続く。

「装備品は冒険者にとって命を守る最重要資産だ。訓練で点検作業を徹底することで、戦闘時の不意の破損や事故を未然に防げる。……戦士であろうと魔法詠唱者であろうと、この作業は必須だ」

 

ラキュースは、剣を手にした候補生たちを見つめながら深く息を吐いた。

「……ここまで徹底されているとは。装備の質、知識の蓄積、そして訓練。どれを取っても、リ・エスティーゼでは到底追いつけない」

 

イビルアイが冷静に締めくくる。

「冒険者を“使い捨ての駒”ではなく、“国家の投資対象”と見なしているんだ。だからこそ、彼らは育ち、国は強くなる」

 

蒼の薔薇の面々は言葉を失った。

ただの訓練施設の見学が、彼女たちにとって国家の圧倒的な差を思い知らされる機会となったのだ。

 

 

/*/ エ・ランテル冒険者組合・訓練用ダンジョン /*/

 

 

蒼の薔薇の面々は、訓練を終えた冒険者パーティが地上に戻ったあと、残されたダンジョンに足を踏み入れていた。

彼女たちが見学しているのは――「清掃班によるダンジョン復旧作業」。

 

松明の代わりに魔導の光がほのかに揺れる石造りの通路。

そこに現れたのは武装というより作業着姿の一団。若い女性リーダー、バニアラを中心に、数名の男女が手際よく残骸や罠を処理していく。

 

「ゾンビの残り屑は集めて焼却炉行き。武器は仕分け。罠は……あぁ、またドアノブの刃が回ってるね。触るなよ、指が落ちる」

淡々と指示を飛ばすバニアラ。

 

作業員たちは落ちていた冒険者の指を布で包み、静かに袋に納める。

それを見たガガーランが低く唸った。

「……まるで戦場後の後始末だな。訓練だってのに、ここまで徹底してるのか」

 

イビルアイが目を細める。

「単なる掃除ではない。復旧、管理、そして再利用。訓練場を常に“現役”の状態に保つことで、冒険者を途切れなく鍛え続ける……。国家運営に組み込まれた仕組み、ということだ」

 

ティアとティナは無言のまま、清掃班が罠を再設置する作業を観察していた。

鋼鉄製の鎖を張り直し、方位を調整するように印を打つ。

一見すると雑務だが、測量技術や工学的知識が要求される仕事だ。

 

「見て、図面を確認してるわ」

ラキュースが指差すと、司書の装束を纏った者たちが巻物を広げていた。清掃班が報告する位置や数値を記録し、夜にはそれを基に正確な地図を製作するという。

 

バニアラがこちらに気づき、汗を拭きながら小さく会釈する。

「冒険者様方。……私たちの仕事は地味ですが、あなた方の訓練を支えるために欠かせないものです」

 

その言葉に、蒼の薔薇の誰もが返す言葉を失った。

訓練用ダンジョンは、ただの娯楽施設ではない。国家が冒険者を育成するために、後方支援をも含めた膨大なシステムを動かしている。

清掃班の手元で煌めくのは、まぎれもなく「国家の意志」だった。

 

外に出ると、夕暮れの空に鐘が鳴っていた。

ラキュースはしばし黙した後、呟くように言った。

「……国と冒険者が一体となるとは、こういうことなのね。私たちが戦う前提には、こうした人々の営みが積み重なっているのね」

 

彼女の横顔に、仲間たちも静かに頷いた。

 

 

/*/ エ・ランテル冒険者組合・訓練用ダンジョン出口 /*/

 

 

清掃班の作業を最後まで見届け、蒼の薔薇は石造りの階段を登って地上に戻った。

夕暮れの光が差し込む中、重苦しい沈黙が続く。

 

最初に口を開いたのは、イビルアイだった。

「……見たか? 国家がここまで冒険者の育成を仕組み化している。冒険者を個人の才覚や経験任せにせず、国の資源で押し上げる。……このままでは、私たちの組合は取り残される」

 

ラキュースが深く頷き、拳を握った。

「その通りね。これまでは冒険者組合こそが人々を守る最前線だったわ。だが魔導国のやり方は――冒険者組合を“国家の機関”へ組み込んでしまう。時代が変わってしまうかもしれない」

 

ガガーランが腕を組み、苦々しい顔をする。

「現に、訓練所に来る若い連中は皆、ここで鍛えられちまう。罠の復旧も、魔法装備の支給も、死者の回収と蘇生まで体制が整ってる。……比べられちまったら、俺たちの組合のやり方なんざ、前時代の遺物だ」

 

ティアとティナも珍しく視線を交わし、小さく呟いた。

「……冒険者は“孤独な英雄”である必要がなくなる」

「“英雄”という幻想より、“兵士”として育成される……」

 

沈黙が広がる。

ラキュースは仲間たちを見渡し、決意を込めて言った。

「私たちは冒険者として、誇りを守らねばならないわ。しかし、時代の流れを見誤れば――組合そのものが形骸化する。蒼の薔薇が声を上げるべきよ。『冒険者の価値とは何か』を問い直さねばならない」

 

その言葉に、仲間たちは無言で頷いた。

エ・ランテルの地に根付く新たな仕組みは、ただの施設ではない。冒険者という存在の意味を揺さぶる“未来の形”だった。

 

 

/*/

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。