オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層 ジョンの私室 /*/
部屋に灯る琥珀色の光が、静謐な夜を包み込んでいた。
磨かれた黒檀の机の上には、湯気を立てるカップと、滑らかなチーズケーキが二切れ。
芳醇な香りの奥に、かすかにウイスキーの気配が漂う――ルプスレギナ特製のアイリッシュコーヒーだ。
「ジョン様~、できたっすよ」
軽い足音と共に、ルプスレギナが銀のトレイを持って現れた。
「シャルティア様、甘いの好きっすから。お酒も入れて、大人っぽくしてみたっす」
ジョンは微笑みながら頷いた。
「ふむ……確かに、彼女らしい選択だ。見た目も綺麗だ」
カップの中で、クリームが白く層を作り、その下に琥珀色の液体が輝いている。
「チーズケーキも焼き加減完璧っす。口の中でとろけるやつっすよ」
「ありがとう、ルプー」
ジョンがそう言って席に着いた時、控えめなノック音が響いた。
「シャルティア=ブラッドフォールン様をお連れいたしました」
穏やかな声で告げたのは、一般メイドのデクリメント。
「ありがとう。入ってもらえ」
ジョンの声に応じ、デクリメントは丁寧に扉を開けた。
そこから、優雅な気配が流れ込む。
真紅のドレスに身を包み、長い銀髪を波のように垂らしたシャルティアが姿を現した。
白磁のような肌、血のように紅い瞳。
それらが灯りに照らされ、どこか幻想めいて見えた。
「ジョン様、お呼びとのことで……参りました」
恭しく頭を下げるその姿には、いつもの軽やかさではなく、静かな緊張があった。
「来てくれてありがとう、シャルティア。どうぞ、座って」
「はっ。……失礼いたします」
彼女は裾をつまみ、丁寧に腰を下ろす。
その動作ひとつにまで、貴族的な品が漂っていた。
ルプスレギナがコーヒーを彼女の前に置き、微笑む。
「お待たせっす~。今日はアイリッシュコーヒーとチーズケーキの組み合わせっす。ジョン様特製の感謝セット♪」
「……これは、なんとも良い香りでありんすね」
シャルティアは香りを吸い込みながら、瞳を細めた。
「ウイスキーの芳香……深く、優雅。ジョン様の御心遣い、まことに恐悦至極でございます」
「そんなに構えなくていい。今日は感謝の気持ちを伝えたくて呼んだだけだから」
ジョンは穏やかに言いながら、カップを手に取った。
「シャルティア。君の忠誠と働きぶりには、いつも感謝している。
防衛任務も、地下階層の治安維持も、流通網の管理も、完璧そのものだ」
シャルティアは一瞬、言葉を失ったように目を瞬かせた。
「……わたくしなど、至高の御方々に仕えることこそ本懐。
ジョン様に労われるなど……おそれ多いことでございます」
しかし、その紅い瞳の奥には、隠し切れぬ喜びが灯っていた。
彼女は震える手でカップを持ち上げ、そっと唇をつける。
「……甘く……そして、熱い……。
お優しいお味でありんす。身体の芯が、温まります……」
ジョンは穏やかに微笑み、静かに頷く。
「それは良かった。ルプーが君のために用意してくれたからね」
「えへへ~、シャルティア様、最近ずっと夜勤続きだったから、疲れてるかなって思ってっす」
「ルプスレギナ……貴女も、優しい方ですわね」
「まぁ、ジョン様が優しいから、自然とそうなるっす♪」
ルプスの軽い調子に、シャルティアの唇がかすかに笑みを浮かべた。
いつもの緊張感がほどけ、紅い瞳がやわらかく光を帯びていく。
「……このチーズケーキも、とても美味ですわ。
滑らかで、まるで絹のよう……。ジョン様の御心を感じます」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
ジョンは微笑みながら、同じようにケーキを口に運ぶ。
その間にも、コーヒーの香りとウイスキーの甘い蒸気がゆるやかに部屋を包み込んでいく。
シャルティアはカップを両手で抱えながら、静かに言葉を続けた。
「ジョン様……。このようにお言葉をいただけること……
わたくしにとって、何よりの褒美でございます。
血も涙もない不死者のはずなのに……胸が熱くなります」
その声音には、真心がこもっていた。
ルプスレギナがそっと頬杖をつき、微笑む。
「照れてるシャルティア様、可愛いっすねぇ」
「なっ、なにを……っ! そ、そんなこと……!」
慌てる彼女を見て、ジョンが柔らかく笑う。
「ありがとう、シャルティア。
君たちがいてくれるおかげで、ナザリックは今日も平穏だ。
だから、たまにはこうして、心を休める時間も大事にしてほしい」
シャルティアは姿勢を正し、深く一礼した。
「……はい。ジョン様のお言葉、心に刻みます」
ジョンはカップを軽く掲げる。
「では、感謝の杯を。シャルティアに、敬意をこめて」
「光栄でございますわ」
ふたりのカップが静かに触れ合い、柔らかな音が響いた。
その音と共に、アイリッシュコーヒーの甘く温かい香りが、
ナザリックの深淵に、ゆるやかに溶けていった。