オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル太守館・ラナーの執務室 /*/
昼下がりの光が、薄いレースのカーテンを透かして執務室に差し込んでいた。ラナーは静かに報告書の束をめくりながら、細い指でペンを弄ぶ。
「――帝国のジルクニフ陛下は、相変わらず胃を痛めておいでのようですね」
その声音は慈悲深い微笑を帯びていたが、目だけは冷たく笑っていた。
「至高の御方にすべてを委ねてしまえば、どれほど楽になることでしょうに」
ラナーの思考は報告書の文面から少し逸れていた。最近、エ・ランテルを頻繁に訪れるジョン――あの男が、愛しのクライムの心に入り込もうとしている。いや、すでに入り込んでいるようにも見える。彼の純粋な忠誠が、ジョンの言葉にわずかに揺らいでいるのを、ラナーは見逃してはいなかった。
唇をわずかに噛む。
――許せない。
クライムは自分のもの。彼の忠誠も、心も、未来も。
ラナーは静かにペンを取り上げると、淡い金のインクで便箋を滑らせた。
「――親愛なるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下へ」
筆跡は美しく、言葉は柔らかい。しかし、そこに込められた意図は鋭く毒を含んでいた。
《あなたを見守る者として、忠告いたします。カルバイン大使閣下の友情を素直に受け入れ、心を委ねなさい。抵抗しても、いずれ飲み込まれるのが定めでございます。せめて痛みの少ない道をお選びなさいませ。》
最後に小さく笑みを浮かべ、署名を書き入れる。
「――ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ、エ・ランテル太守」
蜜蝋を垂らして封をし、王家の紋章の印璽を押す。
「ありんす急便、航空便でお願いしますわ」
呼び鈴の音に応じて入ってきたメイドに封書を渡すと、彼女は一礼して素早く部屋を後にした。
ラナーはその背を見送りながら、ふふ、と喉の奥で笑う。
「さて、ジルクニフ陛下。どんなお顔をなさるかしら」
/*/ バハルス帝国・皇帝執務室 /*/
分厚い書類の山に囲まれ、ジルクニフはこめかみを押さえていた。
「……また報告遅延か。どうしてこう、無能ばかりなんだ」
そこへ執務官が恭しく封書を差し出す。
「エ・ランテル太守、ラナー殿下よりの親書にございます」
「……ラナー? あの女から?」
ジルクニフの顔が露骨に歪む。嫌悪の色が隠せない。
しかし職務である以上、無視もできない。仕方なく封蝋を割り、内容に目を通す。
――カルバイン大使閣下の友情を素直に受け入れて身を任せろ。
「……は?」
一瞬、意味が理解できず、次の瞬間には顔を真っ赤にして机を叩いた。
「何を言っているのだ、あの女は!?」
側近たちは目を逸らし、そっと後退る。ジルクニフの胃が、また痛み出していた。
/*/ 再び、エ・ランテル太守館・ラナーの執務室 /*/
遠い空を渡るありんす急便の白い鳥影を、ラナーは窓辺から眺めていた。
「そう言って、大使閣下の友情を受け入れられずに……」
細い唇が愉しげに歪む。
「……また胃痛の日々が続くのでしょうね、陛下」
指先で紅茶のカップを傾ける。黄金の瞳が、優美な笑みの奥で静かに爛光を放っていた。
彼女の狙いは単なる悪戯ではない。
――“盤上の駒”を揺さぶり、至高の御方の支配を強固にするための一手。
ラナーはその一手を楽しむように、甘い香りの立つ紅茶を静かに口に含んだ。