オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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漆捜索

 

 

/*/ カルネ・ダーシュ村 ジョンの作業場 /*/

 

 

木材の香りと油の匂いが入り混じる作業場で、ジョンは試作中の器を手に取り、光にかざした。

表面は滑らかだが、まだ艶が足りない。どこか「命」が宿っていないような気がした。

 

「……漆器を作るなら、やっぱり漆そのものが要るんだよな」

 

呟くジョンに、近くでハーブを仕分けていたンフィーレアが顔を上げた。

 

「漆……ですか? あの、なかなか固まらない樹液の?」

「そう、それ。塗料にも防水にもなるけど、扱いを間違えると酷いことになる。

 こっちにも似た性質の木ってないか?」

 

ンフィーレアは少し考え込んだ。

「トブの大森林の南側……森の下層域に、*かぶれ木(カブレギ)*って呼ばれている木があります。

 枝や葉に触れると皮膚が赤くただれるって、森の薬草採りの人たちが言ってました。

 たぶん、それが一番近いかもしれません」

 

「おお、それだ」

ジョンの目がわずかに光る。

 

「ただ……あれは普通の人間だと近づくだけで息苦しくなるくらい刺激が強いそうです。

 森の精霊やエルフでも防護魔法を使うとか」

 

「なるほど。樹液に毒があるってことは、加工の仕方次第で漆になる可能性が高いな」

ジョンは嬉しそうに頷いた。

「乾燥と混合の工程で毒性を飛ばせば使える。問題は採取方法か」

 

ンフィーレアは少し不安げに眉を寄せる。

「……ジョンさん、自分で行くつもりですか?」

 

「うん、まあ。魔導国式の防護具を持っていけばどうにかなるだろう。

 それに、トブの大森林――あの辺り、魔力が高いだろ?

 漆になるなら、普通の世界より“魔力を通す”塗膜が作れるはずだ」

 

ジョンは、作業台の上に広げた設計図を指で叩いた。

そこには〈魔導塗膜器(マジック・ラッカー・ウェア)〉の試作案が描かれている。

素材次第では、魔力干渉を防ぐ高級食器や、魔道具の外装にも応用できる。

 

「……つまり、トブの森の“かぶれる木”を、ナザリック式に飼いならそうってことですね」

ンフィーレアが苦笑する。

 

ジョンは片目をつぶって笑った。

「そう。毒も力だ。使いこなせば、美しく輝く漆になる」

 

――その夜、ジョンは地図を広げ、トブの大森林南域へ向かう探索計画を書き込み始めた。

「かぶれ木」、あるいは「魔漆樹(デモニック・ウルシ)」の探索が、静かに始まろうとしていた。

 

 

/*/ トブの大森林 南方・下層域 夜明け前 /*/

 

朝靄のなか、巨大な根が複雑に絡み合う森の底を、ジョンたちは慎重に進んでいた。

頭上では霧が層を成し、木々の葉が水滴を滴らせている。

空気は濃密な魔素と甘ったるい腐臭を含み、肺を満たすたびに胸がじんと痺れた。

 

「……確かに、空気が重いな」

ジョンは手袋越しに木の幹を軽く叩いた。どの樹も表面が滑らかすぎる。

通常の苔や蔦が生えないのは、樹皮に何かしらの毒成分がある証拠だ。

 

同行しているのはンフィーレアと、護衛のルプスレギナ。

彼女は鼻をひくつかせ、顔をしかめた。

「うわ、臭っ。犬っ鼻が泣くっすねぇ……。この辺、魔獣でも近寄らなそうっす」

 

「逆に言えば、競合は少ない。いい素材が眠ってる」

ジョンは淡々と答え、魔導ゴーグルの明度を上げた。

視界が緑から紫がかった陰影に変わり、魔素の流れが見える。

その奥――ねっとりと蠢くような黒紫の光が、ひときわ濃く輝いていた。

 

「見つけた。たぶん、あれが“かぶれ木”だ」

 

そこに立っていたのは、ねじくれた幹を持つ奇怪な樹木。

幹肌は黒曜石のように艶やかで、所々に赤黒い樹液がにじみ出ている。

樹液は地に落ちると白い煙を上げ、周囲の落ち葉を焦がした。

 

「……っ、うわ。見ただけで喉が痛い」

ンフィーレアが咳き込み、防毒マスクを付け直した。

 

ジョンは防護手袋を強化魔法で覆い、〈マジック・ピック〉を構える。

「ルプス、風流制御頼む。樹液の揮発気を吸い込むと厄介だ」

「了解っす~。〈エア・バリア〉、展開」

 

淡い風の膜がチームを包む。空気がわずかに清浄化され、熱気が和らいだ。

 

ジョンはゆっくりと木の幹に触れた。

「……硬度は鉄並み。魔素濃度、高い。樹皮の下、魔力が循環してる」

ピックを差し入れ、慎重に削る。

“ぷちゅ”という不快な音とともに、赤黒い液が噴き出した。

 

ルプスレギナが即座に魔法を唱える。

「〈アイス・コフィン〉!」

冷気が走り、樹液が一瞬で凍結。煙と臭気が封じられる。

 

ジョンは頷いた。

「よし、これなら持ち帰れる。……少量でいい、根元と枝の樹液を採って、乾燥試験だ」

 

ンフィーレアは震え声で言う。

「この樹……まるで生き物みたいに動いてません? 幹が……呼吸してるような……」

 

確かに、黒い幹の節がわずかに脈打ち、血管のように樹液が流れている。

ジョンは口角を上げた。

「生命力が強い証拠だ。こいつの漆で作った器は――“持ち主を守る”ような効果を持つかもしれない」

 

そう言って彼は慎重に瓶詰めした。

凍結された樹液の奥には、微かに光る魔素の結晶が見えた。

 

ルプスレギナがからかうように笑う。

「ほんっと、ジョン様は変わってるっすねぇ。

 普通はこんな毒の木、燃やして帰るもんっすよ?」

 

「毒も力だ。制御できるなら、魔法より頼もしい素材になる」

 

ジョンの声は静かだった。

森の奥で何かが呻くように鳴き、霧がざわめいた。

 

彼は瓶を懐に収め、立ち上がる。

「撤収だ。……帰ったら、これで“初漆”を試すぞ」

 

――その言葉を最後に、三人は霧深いトブの大森林を後にした。

夜明けの光が差し込むころ、魔漆の木は、静かに黒い涙を流していた。

 

 

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