オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ カルネ・ダーシュ村・ジョンの家の台所 /*/
夕暮れが落ち、村のあちこちから香ばしい匂いが漂っていた。
今夜は村全体が祭のような騒ぎだ。
一頭の牛――グラス・ガヴナン(豊穣の牝牛)を掛け合わせて生まれた特上の牛が屠られ、その肉が村中に分けられたのだ。
その肉は深紅を帯び、指先で押すだけで柔らかく沈む。脂は雪のように白く、触れただけで指にとろける。
人々はそれを焼き、煮込み、燻し――まさに〈豊穣の晩餐〉の夜であった。
ジョンの家でも、香り高い湯気が立ち上っていた。
大鍋では、骨付き肉がぐつぐつと煮え、黄金色のスープの表面で泡が踊っている。
「ふふっ、いい匂いっすねぇ~。この肉、普通の牛と違って、脂が甘いっす」
ルプスレギナはお玉でスープをかき混ぜながら、頬をほころばせる。
「グラス・ガヴナンの血を引いてるからな。神話級の牛ってだけある。豊穣をもたらす肉――人間なら一切れで三日は元気が出る」
ジョンはそう言いながら、パンを切り分け、焙炉の近くに置いて温める。
「にしても、柔らかいっすね。ほら、骨から勝手に肉が離れてくっついてない」
「煮込み始めて三時間。そろそろいい頃合いだ」
鍋の中には、香味野菜と香草がたっぷり。
ニンジン、タマネギ、セロリ、月桂樹の葉、そして魔導国特製のスパイス〈火精の粉〉が香りを引き立てていた。
ジョンは味見用の匙をすくい、口に運ぶ。
「……うん、最高だ。肉が溶ける。出汁が深い層で広がる」
「じゃあ、あたしも……ん~っ、これはヤバいっすね!」
ルプスレギナの耳がぴんと立ち、尻尾が嬉しそうに左右に揺れる。
「旨味が濃いのにしつこくない! しかも、スープが甘いっす。脂の香りが花みたい」
「脂が神聖系の魔素を含んでるんだよ。普通の肉と違って、加熱で光属性の精が混ざる。だから旨味が後から優しく広がる」
ジョンは笑いながら、パンをスープに浸す。
ルプスレギナも真似て、ふわりと浸したパンを口に運ぶ。
「……あぁっ、パンまで美味しくなるっす! 幸せ~!」
「ははっ、食べすぎるなよ。明日は訓練だ」
「え~、ジョン様の作る料理って、食べすぎちゃうんすよぉ。だって、心まで温まるんすもん」
二人は笑い合いながら、静かに食卓を囲む。
外では、村のあちこちで焚き火が上がり、子どもたちの笑い声が夜風に混じっていた。
煮込みの香りが村中に漂い、まるで豊穣そのものが舞い降りたかのよう。
ジョンは湯気の立つ椀を掲げ、
「……この肉をくれた牛に感謝を」
と、静かに呟く。
「うん。いただきますっす」
柔らかな牛肉の塊を口に含めば、繊維がほろりとほどけ、脂の甘みが舌を包む。
スープは深く、温かく、滋味そのものだった。
まるで大地の恵みが、二人の身体を満たしていくような――。
その夜、カルネ・ダーシュ村は遅くまで明るかった。
笑い声と香り、そして満ち足りた静けさが、豊穣の夜を包んでいた。
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