オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ナザリック地下大墳墓第9階層・モモンガの執務室/*/
ジョンは机の上で何枚もの紙を広げ、真剣な顔でぶつぶつ考え込んでいた。
「陸上競技もやりたいが……」
モモンガが視線を上げる。
「なにか問題が?」
ジョンは頭を掻きながら答える。
「クレマンティーヌみたいなのが参加したら、勝負にならないんだよな。ああいう化け物が混ざったら誰も太刀打ちできねぇ」
「……ああ、確かに」モモンガも納得するように頷く。
「個人差が大きすぎる……どうする……――馬か! 競馬ならいけるか!」
急に立ち上がったジョンの声に、モモンガは肩をびくりと震わせた。
「い、いきなり大声を……」
試してみると、思いもよらぬ結果が出た。
この世界では、男女での筋力差があまり競馬に影響せず、小柄で馬との相性がいい女性騎手が次々と上位を独占する。
「こ、これは……!」ジョンの目が爛々と輝く。
「アイドル化したら売れるかもしれん!」
モモンガは額に手を当て、心底疲れた声を漏らした。
「……またですか、ジョンさん」
ジョンは意に介さず、既に「ジョッキー・アイドルプロジェクト」と大きく書き殴った紙を掲げていた。
/*/ナザリック地下大墳墓・ジョンの暴走計画/*/
ジョンは広大な空き地に立ち、
「巨大化! +〈土木作業員の手〉!」
大地が揺れ、巨人の如き影が現れる。さらに巨大な160人分の幻影作業員の手が一斉に動き出し、怒涛の勢いで土を掘り、ならし、石を積み上げる。
あっという間に競馬場が完成した。観客席から馬場、さらには売店のスペースまで揃った、完璧な施設である。
モモンガは呆然とその光景を見上げた。
「……ものの数日で競馬場を……」
ジョンは胸を張り、さらりと言い放つ。
「もちろん勝ち馬投票券も売る。管理はエルダーリッチに任せるから、モモンガさん、追加の配置よろしく」
「……エルダーリッチに?」
「間違いなく不正しないし、計算は正確だろ?」
エルダーリッチが硬い表情のまま帳簿を抱えて立つ姿を想像して、モモンガは思わずため息をついた。
やがて初の「オープン戦」が開催される。辺境の村から代表者が騎手としてやって来て、馬と共に力走する。観客席には冒険者、市民、商人がぎっしり詰めかけ、大歓声を上げた。
「おおー! 三番が来たぞ!」
「いや、差した! 二番が差したぁ!」
次第に勝者は勝ち抜き、やがて「グレート戦3」「グレート戦2」、そして最高峰「グレート戦1」へと昇格していく仕組みが整えられた。
「名誉と富、そして次の舞台が待っている! 賭けろ、叫べ! 勝つのはどの馬か!」
賭け事アリと言う事で、とにかく盛り上がりは最高潮。
子供たちは騎手に憧れ、大人たちは財布を握りしめて一喜一憂。エルダーリッチは冷徹な視線で投票券を処理し続けた。
モモンガは、ざわめく観客席を見渡しながら低く呟く。
「……また、ジョンさんの妙な発明で、国が一歩進んでしまいましたね」
ジョンはにやりと笑い、すでに次の計画書に「競馬アイドル化プロジェクト」と赤字で書き込んでいた。
/*/ エ・ランテル競馬場 /*/
観客席はぎっしりと埋まり、ざわめきが大気を震わせている。
真新しい競馬場の中央、魔法で整備されたダートコースに、十数頭の駿馬が並んでいた。
その頭上に設けられた実況席。
骸骨の顔をしたエルダーリッチが、分厚い原稿を手にして淡々と告げる。
「――えー、ただいま第一レース、辺境村代表戦が開始されます。馬番一番、ガーリック村代表“にんにくブラザーズ”……馬番二番、ミリ村代表“鉄分ましまし号”……」
無表情の骸骨が、一本調子で名前を読み上げるたびに、観客は腹を抱えて笑った。
そして場内スクリーンが切り替わる。
画面には人気女性騎手――リリアーナが、馬上から爽やかに笑いかける姿。
次の瞬間、軽快な音楽に乗って彼女と数人の女性騎手が歌って踊り出す。
「勝利をつかめ! 夢を駆け抜けろ!
君の一票(ベット)が力になる!」
煌びやかなステージ衣装に早替えし、最後は馬と一緒にポーズ。
「ジョン印競馬場! あなたの村に幸運を!」
観客席はどっと沸き返り、握りしめた投票券を高く掲げる者まで現れる。
エルダーリッチはその熱狂を一瞥もせず、ただ真顔で続ける。
「――なお、当競馬場は不正防止のため、投票券を燃やす行為は禁止されています」
その無機質な声と熱狂のギャップが、かえって場を盛り上げていた。
ジョンは遠くからその様子を眺め、にやりと口角を上げる。
「……いいぞ、これはいける。完全にアイドル路線で売れるな」
モモンガはため息をつき、額に手を当てた。
「またですか……」
だが、執務室の帳簿にはすでに黒字の文字が並び始めていた。
――エ・ランテル競馬、開幕早々に大成功である。
/*/ エ・ランテル競馬場・特設ステージ /*/
レースが終わり、夕暮れの競馬場に魔法の照明が灯る。
観客席の熱気はまだ冷めず、誰もが握りしめた投票券を片手に、ステージの幕が上がるのを待ちわびていた。
「――お待たせいたしました。ただいまより、エ・ランテル競馬場所属、女性騎手ユニット《スターライダーズ》の初お披露目公演を開始いたします」
無機質な声でそう告げるのは、やはり実況担当エルダーリッチ。
その真顔アナウンスに笑いが起こる中、スポットライトが中央に集まり――
颯爽と馬にまたがったリリアーナが登場!
馬上で手綱をくるりと回し、ステージ中央で馬が高く前脚を上げる。
「みんなー! 今日は来てくれてありがとう!」
「スターライダーズ、出走(デビュー)します!」
軽快なリズムが鳴り響き、彼女たちは馬を降りると、ステージ衣装に魔法で早替え。
短めのスカートに競馬用ブーツ、胸元には小さな蹄鉄型のブローチ。
観客が一斉に声をあげる。
「「おおおおおお!!!」」
歌が始まる。
――夢を駆け抜けろ、勝利は君の手に。
馬と走る未来を描き、仲間と笑顔でゴールを切る。
振付は疾走感あふれるステップ。最後はステージ端から端まで駆け抜けて、まるでゴール板を切るように両手を掲げる。
観客席からは投票券や村の旗が振られ、声援はレース本番さながら。
「リリアーナ!」「勝たせてくれー!」
最後の決めポーズとともに、花火が夜空に咲いた。
――こうして《スターライダーズ》は、初めての公演から観客の心をがっちり掴み、競馬アイドルとして本格的に走り始めたのであった。
/*/ エ・ランテル冒険者組合・応接室 /*/
組合の幹部たちは、豪奢な丸テーブルを囲んで深刻な顔をしていた。
問題は「宣伝用のデモレース」に出走できる、顔の売れた冒険者が見つからないことだった。
「漆黒の剣に声をかけたが……」
「どうでした?」
「まともに乗馬できる者がいないらしい。いや、普通に乗る分にはできるんだが――“レース用の騎乗”となると話が違うようでな」
幹部のひとりが額を押さえる。
「全員、馬上でふらふらしておった……と報告にある」
次に名前が挙がったのはブレイン・アングラウス。
「剣の腕は一流、宣伝効果は抜群だが……」
「だが?」
「彼も、馬には乗れるが『俺に求められてるのは剣技だろう』と渋い顔をしておった」
「それに」別の幹部が紙をめくる。「クレマンティーヌに至っては――」
その場の空気がどっと重くなる。
読み上げられた記録にはこうあった。
『3200メートルくらいまでなら、私が自分で走った方が早いわよ?』
「……」
「……」
全員が無言で視線を落とす。
「いや、確かに速いのだろうが……」
「走者と競馬は別物ですからな……」
さらに議題にのぼったのは、あの“漆黒のモモン”。
「組合の看板たる存在だが……彼の場合」
「普通の馬では馬力が足りん」
「もしや……」
「“ハムスケ”なら、とのことだった」
「……それはそれで見たい気もするが……」
「いやいや、観客が『なんだあの巨大な魔獣は』とざわつくのは目に見えている」
「他のウマが怯えて競技にならんな」
結局のところ、組合は頭を抱えざるを得なかった。
「……要するに、“馬を走らせられる冒険者”を探さねばならんのだな」
「剣や魔法の腕より、まず乗馬技術。できれば村娘でも農民上がりでもいい……宣伝になるなら」
「……冒険者組合、意外なところで人材不足か」
「組合長も現役復帰してしまいましたからな」
窓の外では、新たに造られた競馬場の観客席が完成しつつある。
残された時間は少ない――果たして、乗馬できる冒険者は見つかるのか。
/*/ エ・ランテル冒険者組合・作戦会議室 /*/
「……そういえば」
幹部のひとりが、報告書の束をめくりながらぽつりとつぶやいた。
「最近、街道でユニコーンを連れた冒険者を見かけたという噂がありましたな」
「なに?」
「ユニコーンだと……」
室内の空気が一気に明るくなる。
「その冒険者の名は――“一角のアスケラ”。まだ若い乙女らしいが、どうやらユニコーンに認められているらしい」
「ユニコーン・ライダーか……それは良い!」
「神聖さ、希少性、美しさ、どれをとっても宣伝効果抜群ですぞ」
幹部たちは一斉に頷いた。
「馬の代わりにユニコーン……観客も沸くだろう」
「むしろ宣伝どころか、この競馬場の象徴にすらなりうる!」
「“漆黒のモモン”に次ぐ新たなスターか!」
だが別の幹部が渋い顔で口を開く。
「……ただし、ユニコーンは純潔の乙女にしか懐かぬと聞く。彼女以外には騎乗できぬ。つまり、宣伝要員は彼女ひとりに限られるが……」
「逆にそれでいいのでは? “唯一無二のユニコーン・ライダー”……肩書としては完璧だ」
「よし、早速アスケラ嬢に声をかけよう。代表騎手として出場していただく」
「これで……少なくとも『冒険者組合はまともに競馬をやっている』と体裁は整うな」
「むしろ、ちょっとやそっとでは抜けない切り札を得た気分ですな」
こうして、“一角のアスケラ”は、競馬場お披露目の華として正式に招待されることになった。
観客はユニコーンの神秘に酔いしれ、彼女自身もまた新たな冒険者アイドルとして祭り上げられていくことになるのだった。
/*/ エ・ランテル競馬場・初登場/*/
場内の魔法照明が一斉にステージと馬場を照らす。観客は息を呑み、注目は中央の入場門に集まった。
その瞬間、白く輝くようなユニコーンが軽やかに歩を進める。鞍にまたがるのは黒髪の少女。だが、ひときわ目を引くのは彼女の前髪――一本だけ白く光る房が、まるで稲妻のように額に走っていた。
観客席からざわめきが起きる。
「……これが、“一角の”アスケラか」
「なんだか気品が漂っているな……」
しかしユニコーンの背上でアスケラは腕組みをして、ちょっとした不満顔。
「もっと早く歩けって言ったのに……!」
「えー、観客席を舐めて走るの? 私は走りたいんだけど!」
そのわがまま気質に、ユニコーンも少し困ったように首を振る。
「……これぞ噂どおりの自由奔放ぶりか」
実況のエルダーリッチは無表情のまま読み上げる。
「……アスケラ、ユニコーンにて入場中。前髪の白房が印象的です」
ジョンは遠くから双眼鏡をのぞき、満足げに笑う。
「うむ、このキャラ立ちは完璧だ……観客は間違いなく惹かれる」
モモンガは少し呆れた声で呟く。
「……大人しくはないというか、わがまま全開ですね」
だが、観客は彼女の一挙手一投足に目を離せず、拍手と歓声は絶えなかった。
“唯一無二のユニコーン・ライダー”――その二つ名は、前髪の白房とわがまま気質によって、誰もが忘れられぬ印象として刻まれることになる。
/*/ エ・ランテル競馬場・オープン戦/*/
スタートの号砲とともに、ほかの騎手たちは一斉に駆け出した。
観客席から歓声と悲鳴が混ざる中――
アスケラはまだユニコーンを立たせたまま、腕組みでのんびり構えていた。
「……あら、みんな早すぎじゃない?」
小声でつぶやき、軽く手綱を揺らす。
観客席から悲鳴が上がる。
「うわあああ! なんだあの出遅れ!?」
「このまま負けちゃうのか!?」
しかし、彼女のユニコーンは一度駆け出せば圧倒的。
ほかの馬たちがコーナーを回る間も、アスケラは最後尾から悠然と加速し、全頭の間を縫うように駆け抜ける。
疾風のように駆けるユニコーンの蹄が砂煙を巻き上げ、観客は息を呑む。
「な、なんだこのスピード!?」
「最後尾から一気に抜いた――!?」
ゴール前の直線では、アスケラが軽く手綱を引いただけでユニコーンがさらに加速。
他馬を一頭、また一頭と抜き去り、最後には全頭をぶち抜いてゴール。
観客席は悲鳴と歓声の入り混じった熱狂に包まれる。
実況のエルダーリッチは、真顔のまま淡々と報告する。
「……第一レース、最後尾から一角のアスケラが全馬を抜き去り、圧倒的勝利を収めました。前髪の白房が光っております」
ジョンは遠くから双眼鏡をのぞき、にやり。
「ふふ、これぞ“わかりやすく強い勝ち方”……観客の心もガッチリ掴めたな」
モモンガは少し呆れた声で、ため息混じりに呟く。
「……あのわがままっぷりで、最終的に圧勝するのですから、やはり只者ではないですね」
――こうして、アスケラはユニコーン・ライダーとして、初レースから伝説的な勝利を飾ったのであった。
/*/ エ・ランテル競馬場・レース後の熱狂/*/
ゴール板を駆け抜けた瞬間、観客席は歓声と拍手の嵐に包まれた。
投票券を握りしめた観客は、旗を振り、手を叩き、熱狂を全身で表現する。
「一角のアスケラ、すごすぎる!」
「最後尾から全抜きなんて、まさに伝説!」
「かわいいし、速いし、最高だ!」
その声援に背中を押されるかのように、アスケラはユニコーンの背で軽く胸を張る。
少し得意げに笑い、手綱を軽く揺らすと、ユニコーンも誇らしげに蹄を踏み鳴らした。
遠くの観覧席からは、ジョンがにやりと笑っているのが見える。
「よし、これでアイドル化は間違いなしだ……」
モモンガは少し呆れながらも、肩をすくめて苦笑する。
「……やれやれ、わがまま乙女が観客の心まで掴むとは」
すぐさま競馬場のスクリーンでは、アスケラの姿を拡大して映し出す演出が走る。
歌と踊りで魅せるアイドルユニットとしての彼女の姿を、今後の宣伝用CMにも活用できると、スタッフたちも目を輝かせる。
場内の売店や掲示板では、「アスケラ記念グッズ」「ユニコーンぬいぐるみ」「投票券付きお菓子」などが飛ぶように売れ、熱狂の波は街全体に伝播していった。
――こうして、一角のアスケラはレースでの圧倒的勝利を皮切りに、競馬アイドルとしての新たな伝説を刻み始めたのであった。
/*/ ナザリック地下大墳墓・第9階層モモンガの執務室/*/
アルベドが執務室に駆け込むや否や、目を輝かせてモモンガに向き直る。
「モモンガ様! 私もバイコーンで出場すれば、優勝は間違いありませんわ! ナザリックの威を知らしめる絶好の機会です! どうかお慈悲を!」
モモンガは眉をひそめ、デスクの上の書類に手を置いたまま静かに首を振る。
「却下だ、アルベド。人間の見世物にお前が出てどうする。勝って当然ではないか」
アルベドは一瞬、驚いた顔をするも、すぐに食い下がる。
「ですが、モモンガ様! ナザリックの力を示すために、私が勝利する必要があるのですわ!」
モモンガはため息をつき、椅子に深くもたれかかる。
「いやいや、そういう問題ではない。観客は勝ったとしても恐怖するだけだ。アイドルイベントに出るなら、楽しさや華やかさが必要だろう」
お前、人間相手に媚びを売れるのか、とのモモンガの続く言葉。
アルベドは悔しそうに唇をかみ、少し小首をかしげる。
「ふむ……それも確かに理屈ではございますわね……」
しかし、その鋭い瞳はまだ諦めておらず、モモンガは思わず顔をしかめる。
「……お前、本当に諦める気はないだろうな」
アルベドはにっこり笑う。
「もちろんですわ、モモンガ様。バイコーンに乗る為にはモモンガ様に抱いて頂く必要があるのですから!」
その言葉に、モモンガは机に顔をうずめ、深いため息をつく。
「……もう、やれやれだ……」
執務室には沈黙が流れるが、アルベドの瞳はまだ輝いていた。
「ですから、どうかお慈悲を! ナザリックの名に恥じぬ勝利を――!」
モモンガは思わず苦笑し、書類を握りしめた手を震わせる。
「……本当に、お前は、困らせ甲斐のある部下だな」
その後、アルベドはレース出場の夢を諦めることなく、モモンガを振り回す日々を続ける。
今日も、地下大墳墓には微笑ましい、しかしどこか戦慄すら伴う日常が流れていた。