エリカさんが好きです。大好きです。黒森峰の頃からずっと好きで大好きでどうしようもなかったです。でも一度は諦めるしかなかった気持ちではありました。だけど大洗でたくさんの出会いを経験して、消えかけていた激情は再び燃え盛りはじめました。そして紆余曲折を経てエリカさんと恋人として結ばれ、私を焦がしてしまうような熱い思いを何度も伝えてきました。でもまだ足りません。全然足りません。ずっとずっと伝えられず胸に秘めていた激情はまだまだ収まることを知りません。
エリカさんと付き合い始めてから、ずいぶんと日が経ちました。一緒にお買い物をしたり、ボコの魅力を力説したり、ボコミュージアムに何度も連れて行ったりとさまざまな交流を重ねてきました。でも、なんかこう恋人らしいことを全然したことがないような気がするんです。たとえば指と指を1本ずつ離れないように絡めた恋人つなぎをしてみたり、一緒におそろいのボコの服を着てみたり。あとは、ほっぺにキ…キスをしてみたりとか。そういうのって恋人同士なら当たり前だと思うんですよ。むしろやらないと恋人じゃないのではと思うくらいです。それなのにエリカさんってば、何度もせがんでみても恥ずかしいとかなんとか理由をつけて、全然恋人らしいことやってくれないんですよ。さすがに私も我慢の限界のようです。だからついに最後の手段を使うことを決意しました。それは……
「はぁ、いいかげんしなさいよ、いつになったら帰るのよ……」
「嫌です。帰らないです。エリカさんが恋人らしいことをしてくれないと帰ってあげません。」
最後の手段とはエリカさんの部屋に無理やり居座って、強引にでも恋人らしいことをしてもらおうというものです。ここまですれば、さすがにエリカさんといえど一歩を踏み出してくれるでしょう。それに、恋人が個室でやることといったら、キ…キスしかないじゃないですか。自分でこのシチュエーションをセッティングしたとはいえなかなか興奮してきますね。はぁ、エリカさんからのキ…キスが待ち遠しいです。
「そもそもどうやって、ここまで来たのよ?いくら学園艦同士が今近いって言ったってお互い航行中なのよ。あと部屋の鍵だって閉まってたはずだし、どうやって侵入したのよ?」
「それは秘密です。でもエリカさんの為なら火の中水の中。たとえ学園艦が離れていようが、部屋の鍵が閉まっていようが関係ありませんっ」
えっへんと胸を反らせ誇らしげそうにしたんですが。まあ、本当はお姉ちゃんにお願いしてヘリと鍵を用意してもらっただけなんですけどね。お姉ちゃんは私とエリカさんとの関係を祝福してくれてて、よく相談に乗ってもらったり、協力してくれたりします。今回のことも相談したら協力を快く引き受けてくれました。
「それよりも早くしないと夜になっちゃいますよー。もうこの際、口とは言わないのでほっぺにキスしてくれれば大人しく帰りますから」ほっぺを指でつんつんと指しながらアピールをしてみる。
「っだからなんで、キスする前提で話を進めてんのよ。口にも頬にもしないし、そもそもキスなんてしないわよ。だからさっさと帰りなさい。今なら送り届けてあげるから」さっきよりもイライラが声とか表情ににじみ出てますね。これはちょっと危ないかもしれないです。前にも似たような感じでエリカさんにちょっかいを出してたら、怒らせちゃったことがあるので間違いないです。でもここでやめてしまったら、このもやもやした関係から一歩進むことができません。だからといってこのままでは以前みたいに怒らせてしまうだけでしょう。そうしてエリカさんが家から追い出そうと準備している間に考えた末に導き出した答えは、「そ、その前に恋人らしいことをしてくれない理由を教えてくださいよっ。それが聞けたら今すぐにでも帰ります」という妥協案でした。
本当ならここで恋人らしいことをしててくれるのが一番いいんですが、少々スキンシップの度が過ぎていたようなので、計画を変更して次に活かせるようにエリカさんの気持ちを探っていこうと思います。恥ずかしいだけという理由もあり得るかもしれませんが、なにかそれ以外の理由もあるような気がするからです。そこらへんを知るきっかけにでもなればと思っていましたが、予想外にもエリカさんの答えは非常に端的なものでした。
「っ…恥ずかしいだけよ。答えたんだからさっさとしたくして帰りなさい。今すぐに。」
一瞬あからさまに嫌な表情をしましたがすぐに表情を消して、早口で言い切りました。
ないです。全然説得力はないです。どう考えても聞かれたくないことを聞かれたからさっさと追い出そうとしてるようにしか見えないです。態度の変わりようから、よっぽど触られたくないのは明白ですが。でもその理由が思いつかないんです。なんでエリカさんはあんなに恋人らしいことを嫌うのかが。
「なんでそんな嘘つくんですか?そんなに本当ことを教えるのは嫌なんですか?」
「いいからさっさと支度して帰りなさい。早く。」
エリカさんは無表情を装ってなおも同じような言葉を続けます。でも装ってるだけで表情の端々には怒りの感情がにじみ出ています。そんなに嫌なんですか。恋人の私に打ち明けるのは。相談してくれてもいいじゃないです。さすがに私も少し怒りが湧いてきました。
「本当のこと教えてくれなきゃわからないですよっ。私たち恋人じゃないですか。恋人にも教えてくれないんですか? それとも恋人の私には言えないわけでもあるんですか? たとえば……」
「黙りなさい! 私の気持ちも知らないでっ!」
「!?」
ぐいっ! と、気づいたらテーブル越しに向かい合っていたはずのエリカさんがいつの間にか目と鼻の先にいて、思いっきり胸倉をつかまれてました。
「…わかんないよっ。だって私はエリカさんじゃないんだよっ。言葉で伝えてくれないとわからないよ…。どうしてそんなにつらそうなのにひとりで抱え込もうとするの? 私じゃ力になれないかな……」
「っ…!」
今まで激しい怒りに満ちていた表情から怒りが少しずつ消えていき、ついには悲しそうな顔になり「悪かったわ……」と言って手を放してくれました。それに対して、困惑を覚えつつ「うん」としか返せませんでした。それからは沈黙の時間がしばらく過ぎていきました。その間、これからどうすればいいんでしょうか。いつもみたいに明るい調子で別の話をすればいい?それともこのまま黙ったままでいる?そんな考えが現れては消えての繰り返してると、
「わたし…あなたの傍にいてもいいのかしら?」
「えっ……?」
はじめは聞き間違えじゃないかと思いました。それか私が言葉の意味を勘違いしているのかとも考えるくらいでした。まさかエリカさんからそんな言葉を聞くとは思ってもみなかったから。だってあのエリカさんですよ。いつも決断力があって、自信に満ちていて、間違いや失敗を引きずらないで常に前を見ているような人ですよ。たしかに時には迷ったり弱音を吐くときもありましたが、それは戦車に関してだけであり、それ以外では見ることなんてなかったです。まして私のことでなんて考えたこともなかったです。
突然のことにあたふたと動揺しているのに私に気付いていないのか、それとも気にしないのかエリカさんは、
「いつも感じていたわ…あなたに対して劣等感を。近づけば近づくほどに強く激しく感じていた……」
「自分は恋人としてふさわしくないんじゃないか。自分なんかがそばにいるのはおかしい、もっとふさわしい人がいるはずだって。そんな考えがいつだって頭から離れなかった。」
「だから努力した。戦車道の選手としてもあなたの恋人としても。そして劣等感を取り払うため、あなたの恋人としてそばに居られるように。」
「でもだめだった……努力すればするほど頑張るほどに、あなたとの差が、遠い存在であることをより強く感じ、劣等感が強くなっていくだけだった……」
「…でもあなたと離れることはできなかった。そばにいていいのかなんてわからない、劣等感だってある、近づけば苦しむことになるのはわかってる。それでもあなたと一緒にいるのは楽しかった。一緒にご飯を食べたり、くだらないことを話したり、ボコ集めにつきあったり。そんな普通のことがなにより楽しかったわ。迷いも不安も劣等感も嫌なことを全部忘れることができたから……」
そう言うとゆっくりと立ち上がり、ふらふらと足元がおぼつかない様子で洗面所に向かおうとしていました。その背はとても弱弱しく、いつもみたいな力強さ、頼もしさはどこにもありませんでした。
「ごっ……ごめんなさいっ。」
「…なに?」
「今まで気づくことが出来なかったことに。エリカさんはずっと一人で不安や悩みに苦しんでいたというのに。ごめんなさい。そしてありがとうございます。今まで抱えていたものを私に打ち明けてくれて。」
「でもこれだけは言わせてください。エリカさんは恋人としてふさわしくないんじゃないかって思ってるようですが、私はエリカさんのことが好きで好きで大好きでどうしようもないから、そばにいるんです。恋人としてお付き合いしているんです。そんな私の想い人が恋人としてふさわしくないわけないじゃいですかっ。」
「だからもっと自分に自信を持ってください。自分を大切にしてあげてください。大切な人が苦しいときは私も苦しいんですからね…。」
エリカさんの告白は意外なものでしたが、奇しくも私がいままで知りたかったものの答えでもありました。それを聞けたことは良かったのですが、正直今でも混乱しています。でもなんとかエリカさんに私の想いを伝えることが出来たと思います。そう思ってほっと気持ち的にひと段落をついたときでした。「ありがと……みほ。」
「あなたに打ち明けられてよかったわ。こんな私だけどこれからもよろしくね。」
「っ!!??」
最後の最後でとんでもないことが起きちゃいました。エリカさんから不意のほっぺにキスが来るなんて。まさかほんとにキスしてくれるなんて…。自分でも隠せないくらい顔真っ赤になってるのが分かります。混乱してる最中にさらに混乱しちゃってどうすればいいいかわからなくなってきます。でもこれだけは言わなきゃいけないですね。
「はいっ。よろしくおねがいしましゅっ!」