星の海を渡る船   作:仁倉

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保健室の悪夢と緑の帯

―まただ…

夜半。完全に日が落ち街灯ともる街の上空。私はコンクリート造りのビルの屋上にぽつんと立っている。

―ここは、どこなんだろう。

視線の先、異国の丸みを帯びた塔の頂上に男が立っているのが見える。闇に隠れ曖昧だが金にも似た衣装を纏い、爛々とした目でぞうっとするような笑みを浮かべている。まるでこの世の頂点に立つかのような威圧感が、かなり離れた位置にいる私にも伝わってきて震撼する。その男は、ただ正面を見据えていた。

男の視線の先には、同じように只人では到底上ることもできぬ尖塔の上に立つ青年がいた。

―彼らは、誰。

金髪の男と赤髪をたなびかせた青年の周りには、か細い、しかしとても美しい緑のピアノ線が張り巡らされている。

―これは、まさか。

青年が手を挙げた。緑の糸から、無数のエメラルドが飛び出すのが見えた。エメラルドは一直線に男に向かって煌めき飛んでいく。

その時、男がにいっと嗤った。

 

どん、と後方で音がする。尖塔に立っていた青年が、居ない。

―嫌、だ……

音がした方へ、ゆっくり振り返る。振り返りたく、ない。

赤く赤く、滴る水が目に入った。

 

ぐん、と後ろに体ごと引っ張られる感覚が私を襲う。

―待って、まだわかってない!!

風景が溶けて消える。閃光があたりを走りめぐると同時に、今度は急速に体が浮き上がる感覚が襲ってくる。

―彼を助ける糸口がッ!!

 

 

彼女がばっと目を見開くと、目の前には見慣れた天井。荒く息をつきながら身を起こし、彼女は目覚まし時計を見た。時刻は2:48。それを見て彼女はまたか、と呻いた。

額に流れる冷や汗をぬぐう。もう一度、目を閉じて眠る気にはなれなかった。

 

 

 ***

 

 

十輪寺結(じゅうりんじ ゆい)は非凡な女子高生である。

校内では柔道部のエースとして名が通っており、独特な拳法も体得しているらしくめっぽう喧嘩に強い。以前コンビニ強盗の強行に居合わせて犯人を確保し、表彰を受けたくらいだ。それでいて日本人離れした生まれつきの茶髪と澄んだライトグリーンの瞳。なんでも父方の祖母がイタリア人らしく、その血を濃く受け継いでいるのだとか。

以前その風体に下卑た興味を持った不良グループを単騎でのしてから、彼女に対するそういった類のうわさはタブーとなった。もっとも彼女自身はそれを気にするでもなく、話しかければ気さくに応じる一見普通の少女のつもりではあるのだが、周りは一目置いているといったところか。

……そんな彼女よりも目立つ規格外が校内にいるのだが、それは別の話。

 

 

「おはよう、十輪寺さん!」

「おはよう」

今日もクラスに入ると元気なクラスメイト達の声がする。十輪寺が自分の席に向かうと女子からねえねえと声をかけられる。

「知ってる?今日転校生が来るらしいよ。別のクラスなんだけどね。」

「そうなんだね。」

楽しそうな彼女らに笑み返しながらも、十輪寺の心はこの夜に見た夢にとりつかれていた。どこか浮かない表情の十輪寺を見て女子の1人がひょいと顔を覗き込んできた。

「あれ?寝不足?隈出来てるよ。」

「…ああ、最近勉強が追い付いてない感じでさ。」

前髪を掻き上げながら十輪寺は作り笑いを浮かべる。真面目なんだからァときゃらきゃら笑って彼女は話の中に戻っていった。

それをよそにカバンの中から教科書を取り出しながら、十輪寺は夢の出来事を反芻する。

(あれはたぶん外国。いつなのか、どこなのか…詳しくはわからない…)

夢の出来事が取り出したノートの端に箇条書されていく。

(金髪の男…目は赤。様子からして、捉えられた側。私は会ったことがないはず。)

簡素だが上手い落書きがなされていく。

(赤髪の青年…あれは長ラン?…でも、日本人なら辻褄が合う…。あの緑の、網は、まさか…)

かり、とペンが止まった。彼女はペラリと昨日の授業のページをめくる。そこには同じようにメモと落書きが残っている。彼女がこの夢を見たのは、今日で3度目だった。場面は変わらない。アングルも変わらない。

(いつも見るのは1回きりなのに…一体なぜ…?)

 

 

その日の終業のチャイムがなる中、十輪寺は荷物をまとめバイバイとクラスメイトに手を振る。下駄箱に向かっていると、生徒のざわめきの中、何故かある声が耳についた。

「君。空条承太郎はどこの教室ですか。」

自分に訊かれた訳ではない。それでも耳に残ったのは、訊かれている側の名前が、この学校ではあまりにも有名すぎる人物だったからだろうか。

「ああ?JOJOなら3-Bだけど…今日も来てねぇよ。」

「そうですか。」

十輪寺が振り返る頃にはそれだけで会話は終わっていたのだが、質問をしていたその人物が目の端に入り、十輪寺は雷に打たれたような衝撃を受けた。赤い髪に、緑がかった長ラン。……夢の中の青年、だった。驚いて立ちすくむ十輪寺の横をするりとすり抜け、青年は無表情に人の波に消えて行った。周囲の喧騒に取り巻かれながら十輪寺は立ち尽くした。彼はもう人並みにまぎれて見えなくなっている。

「……今の人…」

ぽつりとつぶやく彼女の声は下校前で楽しげな学校の中に飲まれていった。

 

 

 ***

 

 

ガチャリと自室の扉を通り、十輪寺はカバンを置くこともせずそのままベッドに倒れ込んだ。

「…これは、一体」

ぽつんと呟く。返答は求めていない。

(いつもと…何か違う気がする。)

彼女は深夜にも見た目覚まし時計に視線をうつす。買ってから、ついぞベルをならした記憶のない目覚まし時計。

(誰かに相談するべき…?)

眉根に皺を寄せ目を閉じる。十輪寺には、家族にしか明かしていない秘密が1つある。

悪夢だ。嫌にリアルで、はっきりとしていて、恐ろしい思いをする悪夢。

(どうしよう。でも、まずは…)

脳裏に浮かぶ人物。赤い髪の、緑の長ランの青年。

(調べてからの方が良い。)

それに……と、思考の端に別の興味を浮かべながらも、彼女はまどろみの中に沈んでいく。

(…スタンド使いなら訊いてみなきゃ。)

短い午睡の中に、彼女はそのまま落ちていった。

 

 

 ***

 

 

…夜が怖い。子供のようなことをと思われるだろうが、私にとって夜は最も怖いものだった。何せ眠りという安心が得られず、眠る前にはある程度心構えが必要なのだから。それは今夜も例外ではなかった。…もっとも、懸念していた連日のあの夢ではなかったけれど。

―ここは、保健室?

あの夢でなかったことに少し面食らいながらも、気を引き締める。ここは見慣れた校舎の保健室。カーテンも引かれていないベッドには今朝方見かけた不良がふざけた態度でねそべっている。大方授業をサボりに来たのだろう。何せここの主の先生は美人で優しい人である。視線を移すと、その誰にでも優しい保険医と、彼女の椅子にどっかりと座る意外な人物が目に入った。

―空条承太郎…?

ふと眉をひそめる。学校…いや、この地区一番の不良。男たちの憧れと恨みを一心に買いながらも喧嘩負けなしという、別格の彼。

―…何故ここに?

理由は簡単だった。彼の膝の下辺りに、何やら大きな傷があるではないか。

―まさか、あの空条先輩が喧嘩で怪我なんてないよな…それにしては傷口はきれいにぱっくりと裂けている。まるで鋭利な刃物で切ったような…。

私が思案している間に、保険医は朗らかに笑いながら机に何かを取りに行っていた。立ち上がった空条先輩は何かを落としたようで拾い上げる。

 

その時、今まで無音だった夢の中に悲鳴に似た叫びが上がった。

「せ、せ、先生!?何してるんですかーーッ!?」

ベッドの上の不良たちだ。私と空条先輩がバッと振り返ると、そこには尋常でない形相をし、インクが白衣に滴るのも気に留めず万年筆を振り回す先生の姿があった。

「何って…体温計を振ってるんじゃない!!」

「先生!それは万年筆です!!」

「万年筆ですってぇ!?なんて頭の悪い子なんでしょう!!」

ブンブンと万年筆を振り回しながら不良たちに近づいていく。その足元に、ズル、と、何か緑色の帯が見えた。

―まさかアレがッ!!

思わず女医に手を伸ばすが、手は女医の体を突き抜けていく。

―くっ!!

つんざく悲鳴とともに僅かな血が飛ぶ。……女医の持った万年筆が、不良の目を抉ったのだ。

―夢だっ!これは夢なんだっ!!

バクバクと心臓がなる。助けられない罪悪感と起きたことの凄惨さ。

―なんなの、これ…ッ!?

ぐん、と体が後ろに引かれる。夢から覚めるのだ。逆らうことは、できない。

 

 

パっと目を見開くと、彼女の目にはいつもの天井が映っていた。荒くなっていた息を整えながらずっしりと重く感じる上体を起こす。

(…今度は、保健室。)

十輪寺は時計に目をやった。現在深夜2:16分。

(今までの夢と一緒…じゃあ近いうちに…)

ぐっと唇を噛み締め、ベッドから立つ。カーテンを開くと、まだ開ける気配のない夜がただそこにあった。

 

 

 

 ***

 

 

 

(大丈夫…)

セーラー服に袖を通しながら、十輪寺は自分に言い聞かせる。

(今回は防げそうなんだ…!あの時だって強盗防いだじゃない。)

夢の凄惨な光景を思い起こし、彼女は人知れず身震いする。長い茶髪をポニーテールにして一息つくと、彼女は自室を出た。母とともに食事をし、玄関を出る。ここまでは普段と変わらない。

(今日か明日かはわからないけど…)

いつもの通学路、彼女は思案する。

(理由をつけて保健室に居座るか、あの不良たちに張り付くか…)

夢を反芻してふと、彼女は1つの違和感にたどり着く。

(そういえば空条先輩、なんであんな怪我をしてたんだろう?)

彼は夢の中の事件では脇役だった。が、十輪寺が最初に感じていた疑問。彼が喧嘩で勝ったという話はそれこそ月2、3回は耳にするが、怪我をしたということは聞いた覚えがない。

(それにあの緑の帯。…アレは、あの夢のときのと一緒なんじゃあ…)

十輪寺が神社の石畳の階段前に差し掛かったときだった。きゃー!と女子生徒の黄色い声が聞こえてきたことで、彼女は一気に現実に引き戻された。前方を改めて見ると、何人かの女子生徒の中に1人、頭1つどころか3つほど抜けた破帽の男が背を向け歩いている。十輪寺はその姿を見てはっと身を引き締める。

(空条先輩だ…)

ただ歩くさますら威風堂々。学区一の不良であり孤高の男は、その家柄や血筋も恵まれているらしく、日本人離れした美しい容貌も持っている。キャピキャピとした女子生徒が寄ってたかってついていくのも納得である。……十輪寺としては、あまり近寄りたくはない存在だったが。

(どうしよう…彼をつけるのはヤダなあ…)

彼をつけているのがバレることはすなわち、取り巻きの女子を敵に回すことにもつながる。空条と女子たちどちらからも目を付けられるのは正直御免だ。

だが、そこまで考えて十輪寺はふと苦笑いを浮かべた。

(…なんて小さいことを。あの人たちを助けるのに、こんな躊躇はしてられないよな。)

彼女が心を決めて前に向き直ろうとしたその時だった。視界の端にある人物が写りこんだ。少し離れた木立の中に、キャンバスに向き合う人影。

(あの人…ッ!)

前のひとふさを垂らした特徴的な赤髪に、深緑がかった丈の長い学ラン。何度も夢に出て来た人物であろう青年だった。思わずまじまじと凝視している十輪寺には目もくれず、青年は暗い目でキャンバスに向かっている。

(…どうする?声をかけるか…?)

十輪寺が躊躇している時だった。今まで丁寧に筆を運んでいた青年が一閃、乱雑に筆を引いた時。

「な、何ぃ!?」

小さな呟きだが、驚愕に満ちた声。十輪寺がはっと目をやると、石階段に差し掛かった空条がバランスを崩して前のめりに倒れかかっているところだった。

「あっ」

同時に彼の左膝下からわずかに血が飛んでいるのが目に入る。そして、一瞬のうちに草影に紛れたきらめく緑。

ほんの、1秒にも満たない一瞬だった。空条が階段下に消えていく。その時になって初めて女子生徒から悲鳴が上がった。

「きゃー!!JOJOー!!」

悲鳴に我に返って石階段に駆け寄ると、十輪寺は己の目を疑う光景を目撃した。空条の肩のあたりから青い隆々とした腕が伸び、木立の枝の一本を掴んだではないか。

「えっ」

取り巻きの女子たちが一心不乱に階段を降りる中、十輪寺はその場に立ち尽くす。

(い、今のはまさか…!)

ドサ、と大きな音を立てて空条は草影に着地した。遠目に見たところ、膝の一点以外目立った怪我はない。

「JOJOが階段から落ちたわッ!」

女生徒の悲鳴混じりの声がする。呆然と立ち尽くした十輪寺の横を1人、ストールをたなびかせながら通り過ぎる影。その人物――赤髪の青年の横顔を見て、十輪寺は身震いした。

ほんの一瞬しかすれ違わなかったが、青年の目にはなんの感情も焦りも浮かんでいなかった。

 

 

(何なんだ…これは、一体…)

階段下では空条と青年が何やら話している。傍目には全く剣呑な雰囲気などない。青年が会釈をして去っていく。

(…追おう。)

冷水をかぶったかのような芯の冷えた心地だが、十輪寺は覚悟を決めて階段に踏み出した。

 

 

 ***

 

 

何事もなく歩く青年を十輪寺は一定の距離を開けて尾行していた。

(とりあえずは学校に向かってるね…)

青年の後ろ姿を観察しながら考える。

(この人は何者なんだ?うちの制服でもないし、見覚えもないんだけど…)

そこまで考えて、十輪寺はふと昨日の友人との会話を思い出した。

(転校生、か。だとしたら…まさか、目的あってこの学校に?)

目的は何だろうと思案する。夢の緑の巣。保険医に巻き付いた緑の帯。

緑の何か。夢の中に、それは付き纏う。そして先程見た草かげに隠れた緑のきらめき。

(あれは、私のモビーと……)

モビー。彼女がそう何かを思い浮かべたとき、ふいに青年が道をそれた。通学路から離れた木立の中に進んでいく。

(気づかれた!?)

十輪寺はわざと速度を遅くしてカバンを漁るふりをし、青年が木立に分け入っていった地点に近づくギリギリまで時間を稼ぐ。

(このままつけるか、素通りするか…。どのみち学校には現れるはず…!)

十輪寺は迷っていた。今、危険をおかして飛び込むか、このまま何事もなく通り過ぎ機を待つか。

(相手が分からぬ以上、今はひいて………ッ!? )

ビシッ!!

後者を選択しようとしたときだった。十輪寺の右腕に何かが音を立てて巻き付いた。そのままグンッ、と一気に引っ張られる。抵抗する間もなく半ば引きずられる形で彼女は木々の中に放り込まれていた。

「なっ!!」

十輪寺は腕に巻き付いたものを視認した。……緑の、きらめく帯。

「しまった…!」

思わず帯を見て呟いた十輪寺の耳に、ただ無機質な低い声が響いた。

「…何がだい?」

ビクリ、と身を固くする。紛れもない殺気。目を、そちらに向けることができない。

「何がしまった、なんだい?やましい事でもしていたのかな。」

水を打ったように静かな声だった。さく、さく、と草を踏む音がする。こちらにその人物が近づいてくるのを理解して、やっと十輪寺は目だけをそちらに向けることができた。前のひとふさを垂らした赤髪。やや華奢にも見えるが鍛えているのがわかるすっと伸びた背。顔は端正だが、目には光がない。

……どこか夢で見た青年とは違う印象を受ける彼が、十輪寺を冷ややかに見下ろしていた。

「い、いいえ…いきなり誰かに引っ張られた気がして…」

冷汗が吹き出してくる。なんだ、この威圧感は。十輪寺は取り繕うように引きつった笑みを浮かべる。だがそれに対しても彼は一切表情を動かさなかった。

「この後に及んでとぼけないでくれるかい。…見えるんだな?」

す、と青年が手を上げる。ゆら……と彼の後ろに緑の人影と、緑の帯が現れた。十輪寺は目を見開き呟いた。

「…幽波紋(スタンド) 。」

「知っているようだな、スタンドを。」

ギュンと帯が伸びてくる。十輪寺は咄嗟に左に飛び退って躱そうとしたが。

ギュワッ!! 

「!?」

飛び込んだ先の地面から、別の帯が十輪寺を狙って正確に飛んできた。そのまま胴をぎりりと締め上げられる。

「うぐっ!」

苦しげな十輪寺に表情を微動だにせず青年は問う。

「答えろ。貴様はJOJOの仲間か?」

「JOJO…?あなたの狙いは、空条先輩か…っ!?」

十輪寺は締め上げてくる拘束に表情をゆがめながらも、キッと青年を睨め上げた。同時に、相手に勘付かれないよう慎重に、呼吸を整えていく。

「…その様子では無関係らしいな。だがあれを見られたようでは仕方ない。…少し眠っていてもらおうか。」

青年の背後から、別の帯がしゅるりと現れた。首を狙われる。そう瞬時に理解した十輪寺は今練り上げたばかりのありったけのエネルギーを放出した。

「コォォ!」 

「なッ!?」

バチッ!!と激しく弾ける音がこだまする。青年はいきなり自身に流れてきた電流のような感覚に思わず怯んだ。それに呼応して帯の拘束が弱まる。その隙を逃さず十輪寺はダンッと後方に飛び退り、拘束から抜け出しながら叫んだ。

「モビー!!アンガーテイル!!」

十輪寺の足元から、まるで錨のような白い影が出現し、地を叩いた。ドンッと大きな音がして地が割れ砂礫が舞う。

「それが貴様の…!」

「答える義理はないッ!」

電流の衝撃から回復した青年が帯を再び構える前に、十輪寺は一目散にその場から逃走した。

 

 

「……ッ」

道行く生徒が不思議そうに眺めてくるのも無視して十輪寺は通学路を駆け抜ける。校門が近づき人が増えてきた中、やっと彼女は速度を落として生徒たちの中に紛れ込んだ。

(間違いない…!あれはスタンド!!)

あれだけ全力疾走したというのに彼女は全く息を乱していない。しかし、そのポーカーフェイスの内では心臓が破裂しそうな勢いで早鐘を打っていた。

(逃げ切れてよかった…!)

十輪寺は袖をまくり、きつく締め上げられた右腕を撫ぜる。そこにはくっきりとした赤い痣が残っていた。

(……どうしよう。このことを、一体誰に…?)

その時頭に浮かんだのは、破帽を被った孤高の青年…空条承太郎だった。

(私の目が正しければ…彼もスタンドの使い手!このことを知らせなければ…ッ!)

彼はどこにいるのだろう。そう思考した十輪寺の脳裏にふと、昨晩の夢の光景が現れる。足を怪我した空条承太郎。……あの夢がこれから起こるのならば、間違いなく、今日だ。

(保健室か…っ!)

グッと腕を抑えながら十輪寺は踵を返した。……自分の鞄に、か細い緑の帯が巻き付いていることに気が付かぬまま。

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