星の海を渡る船   作:仁倉

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鯨の中の星の海

シンガポールは快晴で雲が遠くに美しく見え映えているが、十輪寺の心はどんよりと雲に覆われて今にも雨が降り出しそうな状態だった。

話は救助されて病院に運ばれた時に戻る。旅の一同、皆大小さまざまに傷を負い手当てを受けていた。中でも一番の負傷だったのは十輪寺だった。モビー・ディックの口の中に退避したとはいえその身は軽いやけどを広範囲に被った。これだけならば自身の波紋ですぐに跡形もなく治るだろう。十輪寺はそう高をくくって平然としていたが他の皆は違った。――年端も行かない女子に傷跡を残すことになるのを良しとしなかったのだ。

『これからの旅はより過酷になると考えられる。君はもうここで日本に帰った方がいい。』

ジョセフとアヴドゥルからそう告げられた時、十輪寺は硬直して動けなかった。言い返そうと思ったが咄嗟に言葉が出なかったのだ。戦力外通告をされたわけではない。純粋に心配してもらっているのだと頭ではわかっていてもショックを隠し切れなかった。

(私は、どうしたいんだろう。)

十輪寺は思い悩みながらホテルへの道筋を皆の後方につきながらとぼとぼと歩く。結局のところ夢に見る事象を起こしたくないからということに終始するのだが、このペースで行ったら本当に十輪寺自身の身が持たなくなるかもしれない。それがイコール仲間の足を引っ張ることにつながると考えると、離脱も視野に入れるべきなのだろうか。それともいっそ夢の話を正直に話して対処してもらうのが一番だろうか。信じてもらえるだろうか。

十輪寺の心の暗雲は晴れそうもなかった。

 

 

 ***

 

 

「となると十輪寺とその子でもう1部屋…ポルナレフだけ1人になるが構わんか?」

「なあに、1人部屋の方が快適だぜ!」

シンガポールの高級ホテルでジョセフがチェックインするのを尻目に、十輪寺は浮かない顔で少女の方をちらりと見やる。父親と待ち合わせしていると言っていたが、どうもこれは家出なのではなかろうかと思う。

(なんか、私と変わらないのかもしれない…気持ちは正反対だけど。)

病院でのことはとりあえず今は一旦保留になっている。十輪寺の処遇はもめること間違いなしだからだ。ここで折れるほうが皆のためなのだろうかと思いつつ、ルームキーを受け取る。

「こっちだよ。」

アンの手を取りながら一緒に部屋を目指していると、彼女は興味津々といった感じに声をかけてきた。

「ねェお姉さん、JOJOや花京院さんとはおんなじ学校なの?普段の2人ってどんな感じ?」

「うーん…詳しく知らないんだよね。空条先輩は学年違うし、花京院さんは転校生だし。」

「そうなの?じゃあなんで旅してるんだ?」

その言葉に一瞬返答に詰まる。どこまで話していいのやら。

「ええと…ごめんね、私からは。ジョースターさんに聞いてね。」

どのみちジョセフにはっきりと同行を許さないと言われてしまったら十輪寺はここで離れることになるのだ。うかつなことは話せない。曖昧な答えにそっか、と答えたきり少女はホテルの内装の方を見ることに意識を移したようだ。部屋に到着して鍵を開けると歓声を上げてベッドに飛び込んでいく。その様子を上の空で見ながら十輪寺は考える。

(そう。何も知らない。私は皆のことを何も知らないけど、助けたいんだ。)

だが結果さえ知っていれば皆自身で身を守れるのではないか。自分は特別スタンドバトルに秀でているわけではない。感情は堂々巡りだった。

 

 

「…わしはこれ以上傷つくのは見ておれんのじゃ。あの子はわしの戦友の妹の孫。戦いの場にそもそも巻き込みたくなかった。」

十輪寺がアンとともに部屋に入っていった同刻、承太郎たちは一旦ジョセフたちの部屋に来て話をしていた。……十輪寺の処遇についてだ。

「彼女はあまりにも無茶をしすぎている。それが気になるのです。何が原因やら…」

アヴドゥルが悩ましげに腕を組みながら言う。ちなみにポルナレフはさっさと休みたいと1人部屋に向かって行ったのでこの場にいない。

承太郎が口を開く。

「…何か隠しているのは確実だ。いまいち信用に欠ける。」

その言葉にジョセフがつっかかった。

「なんじゃと!確かにあの子が動いた時に何かが起こるが、どれも人の命を救っておる!」

「だが飛行機は墜落したぜ。」

「…十輪寺は一体、何があってこの旅について来たがっているのでしょう。」

皆思い悩む中、花京院だけはじっとその様子を黙って観察していた。

 

 

 ***

 

 

『ジョースターさん!俺の部屋にスタンド使いが潜んでいやがった!油断するな…いきなり足を切られたんだ!』

ポルナレフからの電話を受け取ったのは丁度皆が無言になって考えていた時だった。アヴドゥルが呟く。

「悪魔の暗示のデーボ…。呪術師の触れ込みで商売する殺し屋です。自分を痛めつけさせて恨みのパワーでスタンドを操るのです。」

「…対策を練る必要があるな。5分後にポルナレフが来るということだから十輪寺にも連絡してこちらに来てもらおう。」

「来させていいのか。」

「1人にしておいてデーボの術中にはめるほうが良くない。私もジョースターさんに賛成です。」

皆の意見は十輪寺の処遇よりも先に、現れた敵の対処に変わった。ジョセフが受話器を握って十輪寺に連絡を取った。

 

 

「…わかりました。そちらに向かいます。」

ポルナレフが敵襲にあった。その連絡を受けて十輪寺は受話器を置いてすぐにアンに向き合う。

「ごめんね、呼ばれちゃった。ちょっとこの場を離れるから誰が来ても開けないようにしてね。」

「えー!あたしも行きたい!」

「…危ないことなんだ。ごめん。」

有無を言わさぬよう彼女ははっきりと伝え、鍵を持って部屋を出る。少なくともこの一般人の少女を巻き込むわけにはいかない。ここで離れるかもしれない自分が思うのも難だが、安全圏にいてもらわないと困る。……そして十輪寺だけ呼ばれたということはスタンド使い単独では危険ということだ。

(…ポルナレフさん、大丈夫かなあ。怪我してるみたいだし、合流して連れて行こう。)

そして十輪寺は豪奢な廊下を抜けてエレベーターに乗った。隣には救急箱を持ったボーイがいる。

(あら?もしかして…)

ふいとエレベーターの番号を見ると9階が押されている。ポルナレフの階だ。おそらく彼に頼まれでもしたのだろう。ということは敵はもう逃げ去った後なのか。

(…なんか不自然だなあ。怪我をさせておいて一旦引くなんて。何もないといいけど…)

ボーイに声をかけて救急箱を預かってしまおうかとも思ったが、その決定をする前にポーンと音が鳴って扉が開いた。ボーイが一礼して先を促す。それに礼を返して十輪寺は廊下に出た。後に続いたボーイは迷わず角を曲がり指定された部屋に向かって行く。十輪寺がフロアマップを見ると丁度それはポルナレフの部屋の方角だった。

(やっぱりポルナレフさんの所か。)

十輪寺はボーイの後についてその部屋に向かうことにする。救急箱は無用と化すかもしれないがまあご愛嬌というものだ。そう軽く考えていると。

「来るなァー!!殺されるぞ!!」

ポルナレフの声。そう認識した瞬間十輪寺は慌てて駆け出していた。彼はまだ敵襲にあっている。ならばあのボーイも危ない。幸いボーイとの距離は離れていない。

「ど、どうしたのです!これは!」

ボーイが悲鳴に近い声を上げて部屋に入りそうになる。まずい、と判断して十輪寺は手を伸ばした。

「入っちゃだめ!!」

急に後ろから叫ばれてボーイはびくりと振り返って止まる。それを見逃さす十輪寺はボーイの手をガッと掴み思いっきり廊下に引っ張り出した。瞬間、ひゅっと何かが空を繰る音がする。それを、十輪寺は見てしまった。

人形だった。人形が刃物を思い切り振り下ろしていた。

「!!」

「ちっ…逃がしたか!」

人形がしゃべっている。ボーイを引っ張った影響で2人して倒れこむ寸前、人形はまた一撃を繰り出そうとしてきた。十輪寺は咄嗟にモビー・ディックの一部を出現させて斬撃を防ぐ。オール型のひれに当たった。そのフィードバックで十輪寺の腕がぱくっと切れる。

十輪寺たちはしりもちをつく。それに怯まず彼女は白鯨に人形が部屋に向かうよう弾き飛ばさせた。白鯨は難なくそれをこなし、さすがの勢いに人形は室内に吹っ飛んでいった。

「ぎぎぎ!!」

「ひっ…ひぃ…!」

これでボーイは人形を見ていないはずだ。部屋の惨状に気を取られただけだろう。

「下がってて!危険だッ!!とりあえず誰か人を!!」

「は、はいィ!!」

人を呼ばせるのはリスキーだが、この場を収めるためには致し方ない。そう判断して十輪寺はボーイを走らせた。つまりタイムリミットだ。人が来る前にこの状況をどうにか収めなければならない。十輪寺は再び部屋に目をやるとポルナレフに向かって叫んだ。

「ポルナレフさん!どこですか!今助けます!!」

白鯨にマフラーを取り出させながら訊くと。

「その声はユイ!ベッドの下だ!!だが無理するなよ、敵はちいせえ人形だ!!」

彼の言葉を聞きながら彼女はベッドに駆け寄っていた。ベッドの下にポルナレフがいるというのなら、浮かせてしまえばいい。そんなの白鯨にはお茶の子さいさいだった。

「モビー、ベッドを咥えて!人形は私が防ぐ!」

再び奇声を上げて人形が槍を振り回しながら跳んでくる。その動きは弾丸のようで捌き切れるかはわからない。だが十輪寺はその場を動かず波紋の呼吸を整えた。そしてそのまま跳躍する人形目がけてマフラーを振りかぶる。

(一発だ!一発足止めすればいい!)

波紋を帯びたマフラーは人形に触れた瞬間その動きを変えた。ぎゅるりと人形の腕と胴を拘束する。

「な、なにぃ!?なんだこれは…!」

「ご対面…ってところかな?」

一瞬の隙だった。マフラーのせいで相手が動きを止めた瞬間に白鯨はベッドを浮かせた。そしてチャリオッツはポルナレフの手足のコードを切断したのだ。

と、なれば。

「メルシー、あとは任せな。ユイ。」

 

 

ホテルに敵の、呪いのデーボの断末魔が響き渡るのに少しの時間もかからなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

悪魔が残した痕跡は、ジョースター一行の足止めをするには十分な威力を持っていた。

ポルナレフの部屋の荒れ様とトイレでの不審死体、そして生き残ったホテルマンの証言から彼は事件に巻き込まれた被害者として事情聴取されることになったのだ。勿論その場に居合わせた十輪寺もである。とはいえもう時刻は夕方。現場の調査のほうが先なので、と警官に伝えられた2人は、ひとまずジョセフとアヴドゥルの部屋に向かった。

「…ったく!災難なもんだぜ〜」

怪我もしたというのに災難の一言で済ませる彼に内心舌を巻きながらも彼女もそうですね、と相づちをうった。

「…なんか敵に筒抜けな気がする。どういうことなのでしょう。」

「だな。ま、でもい〜んじゃねぇの?襲ってくるってんなら片っ端から倒すだけよ!」

パシっと手と拳を突き合わせてポルナレフは気楽に言う。半分呆れながらも、彼の強さと機転ならば何となく問題なく切り抜けられそうな気がして十輪寺は思わず笑顔になる。

「なんだよユイ〜?」 

「いいえ?」

怪訝そうに十輪寺を見たポルナレフは、「そうだ!」と彼女に向き直る。

「駆けつけてくれて本当に感謝してるぜ…!おかげでヨケーな怪我をせずに済んだ。ありがとよ、女神サマ。」

ニカッと気持ちのいい笑顔。そして、あくまで「ヨケーな怪我をせず」な所に、十輪寺はさらに笑みを深くした。

「どういたしまして。…女神にしては血気盛んですけれど。」

「何言ってんだ!昔から勝利と正義の神サマは女と相場が決まってる。」

ぽん、と十輪寺の肩に手を置いたポルナレフは笑顔の中に真剣さを込めた瞳で言った。

「もっと胸を張って自分を誇ってやれ。…お前は、強くて優しい良い奴なんだから。」

どこか諭すような色を含んだ言葉に思わず呆けると、今度はバシッと背を叩いてポルナレフは先に進む。

「だからって無理だけはするなよ!なんかあったら遠慮せずみんなを頼れ。…お前は決して、独りじゃないぜ。」

ひらひら手を降って先を歩くポルナレフ。一瞬呆然とした十輪寺は慌てて小走りに彼の横につく。

(…まるで、見透かされているようだ。)

十輪寺は思う。自身の中でずっと凝り固まっていた思いが、思考の前面に現れていた。

(未来がわかるなんてズルをしている時点で、私は、強くなんてないのに。)

 

 

大惨事となったポルナレフの部屋はもちろん使えない。ホテル側の好意で別室を用意してもらったが……あんなことがあった後では流石に単独で泊まるのはまずいとなり、彼は結局ジョセフたちの部屋の備え付けベッドを利用することになった。

部屋割的にアンと一緒の十輪寺はほぼ単独という状況になるが、彼女はアンに悟られ、結果巻き込むことになるのもまずいと話す。

「あくまで彼女は一般人です。今1人にするのもまずいし…かと言って、男性と一緒も嫌がりそうですし。」

「…まぁ、そうじゃよなぁ。というか十輪寺、お前さんはあくまで彼女を理由にするんじゃな。」

「あ、私は同室でも別に構いませんから。」

「わしらが困るんじゃて…」

「…本当に大丈夫か?」

ポルナレフが心配そうに言うのに、十輪寺は困ったような笑みを浮かべて返答した。

「何かあったら交戦せず、いの一番にこちらに逃げ込みますよ。…大丈夫。モビーならば壁を突き破るくらいはわけないです。」

「大胆だな!?」

「私だけじゃない、アンちゃんの命もかかってますから…」

ではおやすみなさいと十輪寺は部屋を出ていった。

ポルナレフが思わず「本当に突き破ると思う?」と誰にとも無く尋ねると、「…思う」とこれまた誰ともなく即、返事が飛んだ。

 

 

 ***

 

 

――夜、彼はふと目を覚ます。今日の件があったせいか、いまいち警戒心が解けず眠りにつけなかったようだ。

隣のベッドに眠る男はきちんと寝息を立てている。起こさないようにそろそろとベッドを抜け出して消灯台の電子時計をちらりと見る。時刻は2時に近づくかというところ。

半端な時間に起きてしまったな、と内心ため息をつきながら少し風でも浴びようかとベランダに向かう。

音を立てずに外に出た彼は、空を見上げた。貨物船に衝突された後に見たものよりは星の見えない夜空。街の方はまだ明かりが灯っており、そちらのほうがよほど星空にも見える。

ふう、と彼が一息ついてホテルのプールに目をおろした時。視界の端に、見覚えのある尾びれが映りこんだ。

はっと息をのんで目で追う。……十輪寺の、ネイビー・モビー・ディックが悠々と階下のベランダすぐ近くを漂っている。まさか何かあったのかと身構え彼は白鯨を見た。……が、しばらく見ていても、その巨大なスタンドはただその場に漂っているのみで動きはない。

眠れていないだけか?と彼は一旦安堵するが、スタンドはいるのに十輪寺の姿はいくら目を凝らしても見つからないことに違和感を持つ。緊急性はないだろうが……と、思いつつも、恐る恐る、彼は鯨に小さく声を掛けた。

「…十輪寺?」

ふと、白鯨がこちらを見たような気がした。いや、見たのだろう。白鯨は、おもむろに鰭で宙をかき浮上してきた。その不自然さに、え、と彼は思わず声を上げる。ネイビー・モビー・ディックの射程距離はスタープラチナよりも短く、十輪寺のすぐ隣にしかいることができないはず。白鯨の上に十輪寺の姿はない。ならば口の中だろうか、と貨物船事件の際の様子を思い出して彼は考える。だが、それも違った。ゆるゆると目前に来た白鯨は大きな口を開いた。……そこに、十輪寺の姿はない。

呆然と、口を開けたモビー・ディックを見つめる。……彼女は何処だ?スタンドだけが動き出すなんてこと、ありえるのか?

彼はしばらく白鯨の前に立ったまま動けずにいた。物言わぬ鯨は、ただ口を開けたまま、まるで待ち構えているかのようにその場を浮遊する。しばらくして、彼の中に1つの可能性が浮かんだ。思わず彼は白鯨に問いかける。

「…まさか、奥にいるのか?」

ネイビー・モビー・ディックの能力。その口を介してものを出し入れする能力は、彼女自身にも適応されるのか。

白鯨は何も答えない。ただじっと、彼の前に漂っていた。

まるで。と彼は思う。

(まるで入れと言っているかのようだ…)

意を決して彼は柵を超え、白鯨の口の中にその身を入れた。

白鯨が口を閉じる。後方からの光が狭まるとともに、前方に窓でも開くかのように、別の光景が現れ始めた。

 

 

え、と呆然と彼は突っ立ったまま息をもらした。

そこには満点の天の川が見える星空があった。そして、まるで鏡のようにそれを映しこむ先の見えない一面の紺色の凪いだ海。

ふと足元に目をやると木の板組が目に入る。彼はこの場所が船の甲板なのだと理解した。

(これは、一体…?)

彼があたりをぐるり、と見回したときだった。ちょうど彼の背後に海の先をみるように、椅子にぽつんと座った後ろ姿がある。

見覚えのあるその姿に、呆然と彼は呟いた。

「……十輪寺?」

彼女はつぶやきを耳にして、飛び上がらんばかりに驚き彼の方を振り返った。

「…花京院さん!?」

 

 

静寂しかないはずのこの空間で、予期せぬ声が聞こえたことに十輪寺は驚愕しながら振り返った。

視線の先で、確かに立ってこちらを呆然と見つめているのは花京院だった。

「…花京院さん!?」

十輪寺は思わず叫ぶようにして声を漏らす。その語気に花京院はビクリと身を引く。その様子にハッとした十輪寺は、うろたえながらしどろもどろに声を上げた理由を説明する。

「あっ。い、いや、ごめんなさい…!まさかここに誰か来るとは思わなくて。」

今までここに入った者……正確に言うと十輪寺が入れた者以外、誰もこの空間には彼女の意識外では立ち入ることはなかったのだ。あまりに狼狽する十輪寺に、花京院も慌てて言葉を返す。

「いえ…こちらこそすみません。君がいないのにモビー・ディックだけが居たものだから…僕のそばに来て口を開けたので、まさかと思って。」

その言葉に、え、と十輪寺は目を丸くした。

「……モビーが?」

呆然と彼に問い返すと、困惑した面持ちの花京院はええ、と頷く。

「…その。すまない。いきなり立ち入ったりして…」

「あ、いえ違うんです…!」

彼を非難する意図はないのだと慌てて否定した十輪寺は、ふとどこか寂しげな表情をして笑った。

「……そう、ですか。モビーが…。心配させてしまったのかな。」

「心配?」

その言葉に、少し違和感を持った花京院は問い返す。

「まるで、スタンドが勝手に僕を呼んだみたいですが…」

その言葉に彼女は怪訝とした表情をして返す。

「え?ええ、そうです…。彼女は、私の意思で動かしてるわけじゃあないですから…」

今度は花京院が目を丸くする番だった。

「そうなのかい?確かにハイエロファントも予期せぬ動きをすることもあるが…」

「…スタンドにも、色々なものがいるらしいですね。」

苦笑して彼女は下を向いた。……会話が、途切れる。それを良しとしないのか、十輪寺は誤魔化すように笑って言葉を続けた。

「ここで誰かと話すことが出来るとは思ってなかったな…。スタンド使いは、普通に立ち入れるんですね。」

見てください、と彼女は左の方を指し示す。花京院がそちらを見ると、やや離れたところに毛布にくるまって寝ている人影が見えた。――あの家出少女だ。

「あれは…」

「普通の人は、ここに入ると眠ってしまうようなんです。入った瞬間も覚えていない。…このあいだはそれを利用して船員たちを助けたのです。」

彼女は取り繕うように作り笑いを浮かべた。

「ここが何処なのかは私にも分からないけれど…。これがモビーの本当の能力です。異空間にものを留めておく能力。タワー・オブ・グレーでは失敗したから、スタンドには破られてしまうようだけど…」

「…何故、今まで黙っていたんです?」

責める意図はなく、純粋に気になった花京院は努めて穏やかに問う。

「…。さっき言ったとおり、私以外誰も見ることはないと思ってたから。」

十輪寺は髪を掻き上げながら答えた。……花京院は、思う。

(…嘘だ。僕たちを信頼しきれていないからだ。)

なんとなく今までの関わりから、花京院は十輪寺が皆に対して壁を作りたがっているのは察していた。そして、それが皆に潜在的な不信感を抱かせている。

昼間のことを思い出し、花京院は眉根を寄せる。承太郎は十輪寺を信頼しきれない、と言っていた。だが、その表情はどこか苦渋が隠れてて。……彼女を信じたいのだ。命を張って誰かを助けるその様はどう考えても『善』のもの。たとえそれがまるで知っていたかの様に不自然なものでも、必死に戦う彼女の姿は間違い様もなく、疑う心を責め立てる。

(…このままでは。)

花京院はずっと危惧していた。彼女の存在が、仲間の和を僅かに乱し始めている。仲間を信頼しきれていなければ、この旅は恐らく最悪の事態を招くのではないか、と。

(そして…一番信用されていないのはきっと僕だ。)

ずっと前から感じていたこと。ふとした時に十輪寺からなんとも読み難い視線を感じることがあった。目を合わせると曖昧に笑って誤魔化されるか逸らされる視線。

出会いが最悪だったのだから当然だ、と言い聞かせては来たものの、このまま旅を続けるのはチームとして問題だとわかっていた。

(……今、話さねば。)

花京院は自身が向けられたくない言葉をも受け止める覚悟をして、十輪寺の方に歩み寄っていった。

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