翌朝。ジョースター一行は必然的に3グループに別れることと相なっていた。
まず警察の事情聴取を受けるポルナレフと十輪寺の2人はホテルに残る。次にインドに向かうチケットの手配を行うグループ。これはアンが「ジョジョと一緒に観光する!」と駄々をこねて聞かなかったため、必然的に承太郎が担うことになった。もう1つは財団からの報告連絡のためにとどまる係。ジョセフかアヴドゥルでないとならない。
「…と、いうわけじゃが。わしは何度かここにも来とるし…アヴドゥル、お前さんは観光に行って良いぞ。」
「親切痛み入りますが、何かあっては大事。なるべく1人にならないようお供させていただきましょう。」
いいのぉ?とのんきな声に笑ってアヴドゥルも連絡係として残ることに決めた。彼らは高校生2人に少しでも羽を伸ばしてこい、笑いかける。
「…では、お言葉に甘えまして。」
かくしてチケット調達係は承太郎、花京院、家出少女3人となったのである。
「ええ〜?まじかよ…」
がっくりとうなだれるポルナレフを見て、十輪寺は(ご愁傷さまです…)と心の中で呟いた。
警察の事情聴取は、事が事なだけにかなり詳細に証言を求められるものだった。だが、ポルナレフは気を利かせて十輪寺をうまい具合にかばった。彼女が避難しに一旦現場を離れ、犯人はその隙に廊下から逃げていったと証言したのだ。
そのため、十輪寺は多くのことを聞かれず聴取から開放されたのだが実際の被害者のポルナレフはなにやら書類やら書かなければいけないらしく署に同行しなければならなくなったのである。
「…あの、ポルナレフさん。私も一緒に行きましょうか…?」
おずおずと話しかける十輪寺にハッとしたポルナレフは、いやいやと笑いかける。
「ユイ、気にすんなよォ!お前まで来るこたァない。…どーせなら観光、楽しんできな!」
にこっと笑いかけてウインクをしポルナレフは警官の方に歩いていった。十輪寺は半分感謝、半分申し訳ない気持ちで彼らをロビーまで見送った。
(…さて、どうしようか)
ぽつねんとロビーに立ったまま、十輪寺は腕を組む。
(観光に行くにしてもジョースターさんたちに一言言わなきゃね…)
そう考えながらエレベーターに向かう。だが、昨日のことを思い出し、ふと、暗い面持ちとなってしまう。
(私は帰れって言われるんだろうな…)
夢について話さなければならないことは重々承知している。だが、昨日花京院に話したことで、思った以上に彼女は疲れてしまってもいた。信じてもらえるかわからないのは、つらい。
(…弱いなぁ。…休んでから言いにいこう。少し、眠い)
そう考え、エレベーターは自室の階のボタンを押していた。ポーンと音がなり扉が開く。フラフラとした足取りで部屋に向かった。鍵を差し込み部屋に入る。真っ先に彼女はベッドに向かっていきぼふりと倒れ込んでいた。
(…どう説明するかも考えないとな)
途端に眠気が襲ってくる。それに緩やかに抗いながら、彼女はどうしようかと頭の中でシュミレーションしていく。
その時十輪寺はふと、花京院のことを思い出した。
(花京院さんは、なんで一度で信じてくれたのかな…)
いぶかしむでも、怯えるでも、好奇心でもない――ただ、信じると笑ったその反応。
(…きいて、みたい、な)
そのまま、十輪寺はゆるゆると眠りに落ちていった。
(…置いていくことはないだろうに。)
何度めかのため息をつきながら、花京院は誰もいないプールサイドのベンチで本を片手に考えていた。
一旦部屋に忘れ物を取りに行ったそのタイミングで承太郎とアンがいなくなっていた。……彼をおいて先に行ってしまったらしい。
はぁ、とまたため息をつく。正直なところ、本の内容など頭に入らない。
(十輪寺から疑われてないとわかって安心したというのに…本当はこちらか。)
承太郎からどうでもいいと思われているのか、と花京院は少し不安になる。
(…今まで極力人付き合いを避けてきたツケがこんなところで回ってくるとは。)
こうしていても気が晴れる気がしない。部屋に戻ろうとパタン、と本を閉じて花京院は立ち上がった。
(…そういえばポルナレフたちはどうなったかな。)
エレベーター前まできた花京院は、ふとロビーの方を振り返って考える。ロビーにはまだ警官がちらほらいるのだが、彼らの姿はどこにもない。
(現場検証、というやつだろうか。あの一室にいるのかな…見てみよう。)
ポーンと音がしてエレベーターが到着した。ただ自室に戻るのもなんとなく気が向かなかった花京院は、事件があった階のボタンを自然と押していた。ふわりと花京院の分身が隣に現れる。戸が開いたなり、するりと緑の人型は封鎖エリアの中にすべりこんでいった。本体の花京院は妙な疑いを持たれないよう、ごく自然に反対方面に歩いていく。
結果として事件のあった部屋には捜査員しかおらず、ポルナレフも十輪寺もいなかった。花京院はなんだ、と少しつまらなさそうにそっとため息をつく。スルスルと法皇を引っ込めて、次はどうしようかとぼんやり考える。
(ここにも居ないとなると…聴取が終わって部屋にでも戻ったのだろうか。ポルナレフはジョースターさんたちのところだな。)
来た道を戻りエレベーターに乗り込んだ花京院は、少し考えて、ある階を選択する。
(十輪寺はなんとなく、1人でいそうな気がするな…)
昨夜のことを思い返しながら彼はエレベーターの階数表示をぼんやりと見る。昨夜の出来事は、花京院にとってはまさに夢を見ていたかのように不可思議な体験だった。朝、何食わぬ顔で皆と合流した十輪寺は花京院を特に見ることもなくポルナレフと去っていった。何も変わり映えのしないその様子が夜あったことは嘘だったのではないかと信じてしまいそうなほど自然だったのである。
(…本当は何も起きてなくて僕の夢だったりして。)
思わず苦笑いをこぼしながら、エレベーターが開くのを待つ。扉が開き、彼はコツコツと靴音を鳴らしながら彼女らの部屋に向かっていく。
(…十輪寺は、僕と一緒…いや、僕以上に孤独を感じているんだろうな。)
花京院は自身の中に秘めていた、一生続くものだと考えていた思いと向き直る。……緑の相棒が誰にも見えないと知ったとき。両親から疑いと怯えの視線を受けたとき。そんなやつはいないと同学年の子に怪訝な表情をされたとき。いつもそばに思えば法皇は現れた。緑の友達、と親しんでいたと同時に、君がいなければ、とも思ったこともある。
一生解り合える人なんていないと思い込んでいた。
(結果として、得難い縁を運んできてくれた。)
……初めて出会った同類があの忌まわしい男だったのは、正直言って反吐が出るような思いではあるが。命を救ってくれて、ともに仲間として迎えられ。……不謹慎だが今、花京院の心は満たされているのだ。だが、と彼は考える。
(予知夢と独りで戦うとは…どういうことなのだろう。きっと、寂しいことなんだろうな…)
そうこうしているうちに、花京院は十輪寺たちの部屋の前までたどり着いていた。一瞬躊躇いを感じたが、意を決して部屋の戸をノックする。
……しん、と答えすら返って来ない。
(いないのか?)
しかし何となく彼女はここにいる気がしてならない花京院は、まさか、と嫌な考えに至る。
(敵襲じゃあないだろうな…?)
嫌な考えを払拭したくなり、花京院は法皇を出現させると戸の隙間から彼をするりと滑り込ませていた。
法皇の目を通して部屋の中を見る。ドア前の廊下を抜け、角まで来る。窓側のベッドに彼女はいない。ソロリ、と角から慎重に手前のベッドの方を見た。
(…いた。)
ベッドの上には、まるで胎児のように丸くなって横になる十輪寺がいた。規則正しく静かに寝息を立てて寝入っている。周囲を見回しても特別危険な様子はなく、ただ寝ているだけだったということに花京院はホッと息をついた。
(良かった、何もなかった…。神経質でいけないな…)
十輪寺に目を戻した花京院は……このときになってようやく、自分がしていることが見つかったら言い逃れのできないなかなかにマズイことであることに気がついた。
(ていの良い覗きじゃないか…!なんてことしてるんだ自分は!)
慌てて法皇を引っ込めようとしたその時、うう……と十輪寺が呻きを上げた。さっと彼女を見るとその表情は険しくなっており、手もぎゅっと握りしめられている。しかしその目は固く閉ざされており、目が覚めたときの身じろぎではないことを物語っている。
十輪寺の表情が、段々と苦しげなものに変わってきた。……額に、冷汗が浮いているのではないか?呼吸があえぐように苦しげではないか?
咄嗟に花京院は法皇に感覚を委ね、十輪寺に呼びかけながらその肩を揺さぶった。
『十輪寺!十輪寺っ!』
呻き声がやまない。どうしよう、と焦燥にかられ始めたその時、う……と、十輪寺は一声上げ少し身じろいでから、ゆっくりとまぶたを開いた。
「……ここ、は」
ややぼんやりとした様子ではあるが荒い息はついておらず、彼女は呟く。夢の余韻を引きずっていなさそうなその様子に花京院……法皇はホッとしたように目を閉じ息をついた。
(まさか、あんなに苦しそうだとは…)
良かった……と思わずつぶやいた時、ふと、十輪寺がまじまじとこちらを見つめていることに気がつく。きょとんとし、目を見開いて法皇――花京院をじっと見ている。
あ、と、声を上げて彼は十輪寺から飛び退いて距離を取った。覗きと疑われる!と慌てて彼は釈明する。
『ち、違うんだ十輪寺!その、ノックしても反応がなかったから心配になって…ええと…!』
ぽかんとしていた十輪寺は、アワアワと泡を吹く法皇の声を聞いて、ハッとした。
「あ、花京院さん!」
慌ててベッドから転げ落ちるようにして十輪寺は立ち上がりドアの方に向かう。まずい、どうしよう、と花京院は手を上げサッとドアの前から一歩離れた。ガチャリと時を待たずしてドアが開かれる。切迫したような様子の十輪寺が顔を出し……バッと、頭を下げた。
「ごめんなさい!眠ってて気が付かなかった…!」
え、と、思わず花京院は呆然とした。頭を上げて十輪寺は慌てた様子で身振り手振りしながら続ける。
「お見苦しいところをお見せしました…!起こしてくれてありがとう。心配させてしまったようでごめんなさい…!」
下手をすると自分よりも慌てているのではないか、という彼女の様子に唖然としていた花京院は、ええと、と前置きをしてから恐る恐る尋ねる。
「…怒らないんですか?」
「え?」
心底不思議という様子の彼女に内心頭を抱えながら続ける。
「その。僕がやってたことっていわば…覗きかな、と…すみません…」
後ろめたくなり花京院は目をそらす。ポカンとそれを見ていた十輪寺は、ややあって「ああ」と笑って呟いた。
「だって花京院さんがそんな考えでするはずないでしょう?…ご心配おかけしました。」
「…それでいいのかい?」
彼女は困ったように、しかし嬉しそうに笑いかけてくる。
「心配してくれた上に、起こしてまでくれた。ありがとう。…これが下心ありなポルナレフさんとかだったら波紋をお見舞いしてるかもしれないけれど。」
言葉の最後にはニヤリと笑った冗談。今度は花京院がきょとんとする番だった、ん?と、十輪寺が首を傾げるのに「いや…」と呟く。
「…イメージが変わったというか。そんな冗談も言うんだなって。」
その言葉に十輪寺はうっと口に手をやり、申し訳なさそうに彼を見た。
「ごめんなさい。つい、馴れ馴れしくなってしまいました…。肩の荷が下りたような気がして…つい…」
至極申し訳なさそうにする十輪寺を見て、花京院は段々笑みがこみ上げてきた。
(なるほど。これが本当の君なのか。)
いいえ、と頭を横に振って花京院は声をかける。
「心を許してもらえたようで嬉しいです。…同じ学生なんだ、これくらい気楽に行きましょう?」
その言葉に、一瞬目を見張った十輪寺は嬉しそうにクスクスと笑いながら、そうですね、と彼を部屋に招き入れた。
「そうか、ポルナレフは警察に…ご愁傷さまだな…」
部屋付けのポッドでコーヒーを入れて一息つきながら、2人はのんびりと話している。
「あ、おんなじこと思ってる。…なんて、庇われた私が言っちゃいけないんだけど。」
クスクスと本当に楽しそうに十輪寺は笑う。その様子に今までかなり気を張っていたんだろうなと感じながら、花京院も笑って続けた。
「いいんじゃないですか?船で散々付き纏われてたんだ、ちょっとした罰でも当たったと思えば。」
「花京院さんてば辛辣だねぇ。アレは困ってました。」
「アヴドゥルさんなんて呆れ果ててものも言えない感じだったなぁ。」
船での一件を思い返して2人して苦笑する。お調子者を気取っているポルナレフに対して、2人とも割と容赦はしない質らしい。それでも、2人は妹の復讐に心を燃やすポルナレフの事が心配でならないほどには、既に彼のことを慕っていた。
「…ポルナレフさんのこと、どう思ってます?」
苦笑の色を変えて十輪寺が尋ねる。質問の意図を正確に読み取った花京院は心配です、と返す。
「若輩者の僕が言うべきではないが…。彼も、独り…なんでしょうね。独りで戦っている。」
コーヒーに目を落とし花京院は呟く。その様子を見ていた十輪寺はしばし黙したあと、コーヒーをすすってから言った。
「…なんとなくですけれど。あなたならどうにか出来る気がする。」
え?と花京院が十輪寺をみやると、彼女は穏やかに笑って続けた。
「花京院さんは誰よりも仲間思いです。そして皆と正面切って向き合えるだけの強さもある。…きっかけさえあればポルナレフさんも心を許すと思うな。」
今まで友人と呼べる存在も作らなかった花京院は、十輪寺の柔らかい笑みすら少し痛く感じ、すっと目をそらして自嘲する。
「…そんなこと、ないです。」
自分を卑下する花京院に、いいえ、とはっきりと十輪寺は笑って言い切った。
「大アリですよ。あなただから私も勇気をだして話せたんだし、空条先輩もあんなに気安く接しているんでしょう?」
朗らかに笑う十輪寺に、え、と花京院は目を丸くした。
「彼…あれで気安いのかい?」
……あまりにもな言い草に、十輪寺は思わず吹き出した。腹を抱えて笑う十輪寺に、あ、いや、と花京院も少し笑いながら答える。
「そういう意味じゃあないんだ。僕はあの様子が普通なんだと思っていて。他人と接するJOJOなんて見たことなかったから…」
「分かってますよ…!言い方が面白くって、つい…!」
ひとしきりけとけと笑って十輪寺は続ける。
「…私も詳しくは知らないけれど、そもそも先輩が自分から相手に話しかけに行くってことが稀だと思うなあ。ひたすら一匹狼って印象でしたから。誰かと親しげに話してるなんて見たことなかった。」
「そうだったのか…。というか、あれで親しいというのもちょっと考えものだな。」
全くだ、と頷いて十輪寺は言う。
「彼に普通に接する同年代もほとんど見たことなかったですよ?だから空条先輩もなんだかんだ嬉しかったんじゃないかなぁ。私も近寄りたくない存在だったし。」
「…まあ、確かに…あれでは、ね」
思い当たるフシのある花京院は苦笑した。見た目、家柄、雰囲気。どれを取っても近寄りがたい存在である。花京院もスタンドがなければ確実に彼から距離をおいているのは間違いない。
「話してみれば普通なんだが…」
「…普通と思えるから、花京院さんには気安いのか…」
ぼそっと納得したように十輪寺は呟く。それに苦笑して花京院は続ける。
「…今、置いてけぼりを食らっているからそうでもないと思っていたよ。」
「ああ、それ…なんか不自然ですよねぇ。よっぽどの何かがあったのかしら?」
十輪寺は不可解だと首を傾げる。どうやら本当に自分は承太郎と仲がいい部類なのだな、と花京院は内心ホッとした。
まあ、いいですよと彼は言う。
「こうして君とゆっくり話せているから。…でもなんだかすみません。十分休めてないだろう?」
それを聞いてとたんに彼女は顔をしかめた。
「…いえ、全然。むしろ感謝しています。…夢見が悪くて、しばらく寝たくない。」
とても気分転換になってるんです、と十輪寺は微笑んだ。その表情を心配そうにじっと花京院は見守る。少し沈黙が降りたあと、十輪寺は花京院を見返して、疑問をぶつけた。
「…夢の内容、訊かないんですね。」
直球な質問に、花京院は僅かに動揺する。ふ、と口に笑みをたたえて彼は返した。
「教えてくれないってことは、言いたくないんでしょう?…根掘り葉掘り聞くのは好きじゃあなくて。それに、思い返させるのも…辛いでしょうから。」
――確かにそう思っている。でも違う、と花京院は思う。
(…本当は。僕が死ぬ夢だったらどうしようと、訊けないんだ。)
十輪寺はじっと花京院を見る。ややあって、十輪寺はふと微笑んだ。
「……。優しいなぁ。嫌な未来を回避する前に、私のことを心配してくれるなんて。」
十輪寺はどこか泣きそうな顔でニコッと笑い、その後真剣味を帯びた瞳で花京院を見据えた。
「危機が迫ったら私が必ず動きます。もちろん、あなたの危機にも。…だから」
震える声で、彼女は続けた。
「だから……。頼っても、いいでしょうか。見たときは、夢のことを、話してもいいでしょうか」
彼女の声で、花京院はハッとした。夢の内容を話すということを、彼女は「巻き込む」と考えていると気がついたのだ。
「当たり前です。」
花京院は即答していた。そして、ぎこちなく笑って続けていた。
「運命を変えるなんて大仕事、独りですることはない。遠慮なく言ってくれ。」
安心させるように笑いかける。十輪寺は、泣きそうな顔で笑った。
「…ありがとう」
***
シンガポールの街は美しく整備されている。十輪寺と花京院の2人は道すがら今までの襲撃と夢の話をしつつ宛もなく歩いていた。気を抜くために散歩をすることになったのだ。
「…成る程。タワー・オブ・グレーの時や貨物船の時は乗客や船員が死ぬのを見て敵の力がわかった。逆に、ダークブルームーンの時は敵である船長の瀕死を予見した副産物で爆弾の存在を知った、ということか。」
花京院の要約に全くもってそうだと十輪寺はコクコク頷く。
「ええ。本当に副産物というのが的確ですね。…夢の対象者は今まで出会ったことがある人だけでした。でも対象を絞ることはできないし、勿論予知できないこともあります。」
「…飛行機の機長の死や、クレーンで殺された船員の時は夢に見なかったからわからなかった。君の行動にムラがあったのはそういう事だったのか。」
花京院は理解が早い。その言葉に暗い顔をして十輪寺は「はい」と答えた。それに対し花京院は自分を責めないでください、と返す。
「すべてが見えたなら…君はそれこそ、ただすれ違った人の運命までも背負わされる事になる。そんなの無理難題だ。むしろ、本来犠牲になるはずだった命を救えたことを誇りに思うべきです。」
嘘偽りのないはっきりした口調で肯定されたことで、十輪寺の心は幾ばくか持ち直す。ほうっと息をついて彼女は少し微笑んだ。
「…ありがとうございます。」
その様子に花京院も微笑んだ。
「…でも悩んでいるんです。このままついて行っていいのかなって。」
そういってふと彼女は表情に陰りを見せる。そのことに関しては花京院も周知しているが、ここは彼女の意思を尊重すべきなのではないかと今となっては思っていた。
「昨日の件なんですが。」
そう切り出して彼は続けた。
「別に予知夢を見たわけではないでしょう?それでも咄嗟の判断でポルナレフを助けたんだ。僕個人としては心強いと思うがね。」
そう言われて十輪寺は困惑している。花京院ははぁとため息をつきながら呆れたように言った。
「…僕は君がついてきたいなら反対はしないよ。口添えもしよう。だが、無茶なことはされたら困るってだけさ。」
「いいんですか?」
「いいも何も…僕も似たような立場ですし、君の強さは見てきて分かっている。夢のことも話すんだろう?ならば異存はないかな。」
その言葉を聞いて、十輪寺は目を丸くした。そしてぐっと手を握って強気に笑った。
「わかりました。となれば私の有用性ももっとアピールしてみましょう。」
怪訝な表情をした花京院に彼女はニヤッと笑いかける。
「モビー・ディックにいろんなものを積載してもらうんです。そうすれば旅も安全に進める。」
彼女はくるりと背を向けて市場の方へと足を向けた。その足取りは軽やかだ。
「手伝ってください、花京院さん。着替えとかテントも積んじゃいますから!」
先程とはうって変わったその表情に、花京院はあっけに取られるほかなかった。
***
2人がホテルに戻ったのは15時をまわる頃だった。ひとまずジョースターさんに戻ったと伝えよう、と彼らの部屋に行くと、戸をノックした途端血相を変えたアヴドゥルがいきなり顔を出す。
「なっ…!花京院!!お前、今までどこにいたんだ!?」
「えっ?」
ともすれば怒っているかのようなその様子に、思わず花京院と十輪寺は身を引く。その様子を見てアヴドゥルはハッとして謝り、2人を中に招き入れた。
中には同じく驚いた様子のジョセフと仏頂面の承太郎、その彼に抱きついて離れず花京院を凝視するアンがいた。承太郎は学ランを脱いでおり、よく見ると腕や顔にまで火傷に似た跡があるではないか。
「…あの、何か?」
嫌な予感を抱えつつ花京院は尋ねる。ジョセフとアヴドゥルは顔を見合わせ、承太郎は帽子を深く被る。
「…やれやれだぜ。こちらはテメーに散々な目に合わされたというのに、テメーはのんびりデートかよ。」
花京院はデート、という単語をわざと聞き逃しながらその若干棘を含んだ彼の不可解なジョークに問い返す。
「は?話がよくわからないんだが…」
2人は困惑した面持ちでちらりとジョセフたちをみる。コホンと咳払いをしてジョセフが答えた。
「簡単に言うと、花京院になりすましたスタンド使いに襲われたようなんじゃ。この通り倒したようじゃが。」
「えっ」
他人になりすますスタンド。その存在に花京院と十輪寺は思わず顔を見合わせた。
「ホテルから出る時にすり替わったらしい。で、今まで本物のお前がいなかったからまさか、というところだったんだぞ…?」
アヴドゥルが頬をかきながら言う。ジョセフも安心と呆れが混じったため息をついていた。花京院は思わず苦笑して事情を説明する。
「…それはなんだかすみませんでした。置いてけぼりを食らって、この通り十輪寺と合流できたので街の方に。」
彼がさっと手を向けると、十輪寺も肩をすくめて苦笑する。
「私はポルナレフさんのおかげで聴取がすぐ終わったもので。…言ってから行くべきでしたね。」
「全くそのとおりじゃ!ま、無事ならいいわい。」
ひらひらと手を振ってジョセフは言った。その後、アンが居るからかスタンドを介した言葉に切り替えてこちらを見ずにサラリと言う。
『承太郎が敵について聞き出している。ポルナレフが戻ったら会議だ。』
その言葉に皆さっと表情を引き締める。ジョセフはチラと十輪寺を見て伝える。
『十輪寺、悪いがこの少女と部屋にいてくれ。』
『…承知しました。』
その言葉に一瞬表情を硬くしたものの、ぱっとそれを柔らかいものに変えて、十輪寺は承太郎の隣につくアンに声をかける。
「大変だったね。一旦部屋に帰って休みましょう?」
穏やかな笑みの十輪寺を見てアンも険しい表情を少し緩める。が、彼女は承太郎から離れようとはしなかった。
「だ、大丈夫だよ!あたしは襲われてないし…。それにここに居たほうが皆いるじゃないか!」
アンの本音は危険から守ってくれた承太郎から離れたくない、なのだろう。それを察した十輪寺は半ば戯けて話を強引に持っていくことにする。
「あら?私を信用できない?それともやっぱり怖かった?」
「なっ…!そ、そんなわけじゃあーねぇよ…!」
まだ年端もいかない少女はちらり、と承太郎を見上げてそのズボンを握りしめる力を強くする。その様子を見て十輪寺はにまりと笑って続けた。
「じゃ、あなたを守ってくれたナイト様が付き添えばお部屋にも戻れるかな、お嬢さん。」
「!」
「おい、十輪寺てめー…」
承太郎が眉根を寄せて不服そうに言おうとするが、十輪寺はちらりと目線で黙殺する。彼の言葉を遮るように彼女は決まり!とアンの肩を叩く。
「お部屋に行きましょう?ナイト様は最後までお嬢様に付き添ってくださるんでしょ?」
にっこり笑って十輪寺は扉をクイッと指し示した。アンが引っ張るのを感じ、承太郎はハァーと長いため息をついたあと、重たい腰を上げて立ち上がった。
「……さて、花京院。悪いが詳しい話を聞かせてくれるかの?」
十輪寺たちが出ていったあと、ジョセフは花京院に向き直り、おもむろに問いかける。真剣な眼差しのそれから花京院は話の内容を悟る。
「十輪寺のことですね?」
花京院が目を細めて問うと、ジョセフとアヴドゥルは一瞬目を合わせ頷いた。アヴドゥルが言う。
「花京院、今の様子から察せたよ。…お前は彼女から何か聞き出せたのだろう?」
『何か』。それは彼女が自分から言うべきことである。どの程度まで前置きしておけば良いだろうかと考え、花京院は逡巡したあと頷いた。
「…そうか。」
アヴドゥルは目を閉じて一瞬思案したあと、彼を見据えて言った。
「お前から話さない、ということは彼女が打ち明けるのを待てということだろうか?」
その言葉に花京院はわずかに目を見開いた。はい、と頷く。
「彼女は…僕に話す時も、相当躊躇っていました。ですが時が来れば話すでしょう。そして、彼女は何が何でもこの旅についてきたいと言っている。」
一旦言葉を切って、彼は強く続けた。
「僕は彼女の意思を尊重します。十輪寺は強い。そしてもう自分独りで抱え込むこともさせません。…仲間として連れて行ってあげてください。」
その一言に、2人は顔を見合わせ沈黙した。花京院はまっすぐと2人を見る。
暫しの間をおいて、ううと唸りながらジョセフが言葉を紡いだ。
「まさかお前さんがそっちにつくとはな…。女の子なんじゃぞ。」
戦友の親類だから巻き込みたくないのが本音なのだろう。そんな煮え切らないジョセフにはっきりと花京院は返した。
「それ以前に、1人の誇り高き人間です。僕はその由縁を知りました。だから味方します。」
誇り高き。その一言を聞いてジョセフは目を見開いた。……そして、しばしののち。
「……わかった。ここは折れよう。戦士に対して生まれ云々は無礼に当たるな。」
ジョセフは決意を固めた瞳で花京院を見返した。
「いずれ話してくれるんじゃな?」
花京院は強く頷いた。
「はい。僕は、十輪寺を信頼しています。」
花京院の目をじっと見たあと、ジョセフはふっと笑って手を振った。
「ならば良し!お前さんが言うなら大丈夫じゃろう。ま、気にはなるがお預けというところか。」
その言葉にアヴドゥルも笑みを浮かべ頷いた。それを間近に見て、花京院は思う。
(…そうか。僕も不安だったのか。)
花京院はふと思い返す。敵として前に立った自分をどう思っているのだろう?ふとした瞬間に前はよぎっていた考えが、最近はとんとなくなっている。
(僕も、信頼されているんだ。)
花京院は今までにない満足感を得ていた。
家出少女と手をつなぎ前を歩く十輪寺の姿を見て、承太郎は考える。
(…花京院の奴。何か聞き出したようだな。)
十輪寺の態度が若干軟化したのを承太郎も感じ取っていた。そして、花京院の様子にも。
(昨日の夜か?)
早朝まだ日が白む頃合い。目が覚めたときには、ベッドに花京院の姿はなく、ベランダの戸が空いていた。承太郎がカーテンを開けると空を見る彼がいた。そういえばおはようと声をかけてくる花京院が、どこか嬉しそうだと感じていたのだ。
(…まぁ、良い。ヤツが何も言わんなら、そういうことなんだろう。)
承太郎は花京院の人となりを思い返して納得していた。十輪寺が自分から話すまで待てということなのだろう。
怜悧とはあいつのことを言うのだろう、と承太郎は花京院を評している。サポートに徹することができるほどの判断力と能力を持つというのに、時として大胆不敵な戦法を取る。最初こそ敵として良いイメージは持たなかったが、その本質は高潔で筋の通った信頼できる男である。承太郎としては特に多くを語らずとも察してくれる点も評価している。
(気になるもんだが…仕方ねェ。保留にしておいてやろう。)
やれやれだ、と独り言ちながら前ゆく女子2人の後ろをヌシヌシ歩く。彼女のその明るい笑いに、嘘は見えなかった。
2/14追記
この話だけ文章量が多くなってしまったのでラストの章を次話に改稿しました。