星の海を渡る船   作:仁倉

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*注意*
前話が長くなってしまったので、前話の最後の章をこちらの話に移動させています。重複ではないのでご了承ください。
もう読んだ方は後半をお楽しみいただければ幸いです。


インド上陸

ポルナレフが戻ったのはそれから1時間は経った頃だった。電話を受けそれぞれの部屋に散っていた高校生たちはジョセフの部屋に向かう。そして、その電話は十輪寺にも来た。

『…たった今こちらも覚悟を決めた。君にこの旅についてきてもらいたい。…良いかな?』

ジョセフの一言に内心舞い上がりつつも気を引き締めなければ、と十輪寺はアンを説き伏せて彼らの部屋に向かった。

最後に部屋に来たのは十輪寺だった。「あの子は?」とアヴドゥルの言葉に「なんとか留めてきました」と苦笑する。

「すまんの。やはり我々の戦いに巻き込むわけにはいかんし…」

「いえ。…それは彼女も薄々わかっているようです。同行はここまででしょう。」

手をひらりと振って十輪寺は皆の輪に近づく。ふと皆に見えないように笑った花京院が自分のすぐ隣に置かれた椅子を示した。十輪寺もちらと目だけで礼を言ってそこに収まる。

「お?ユイ、何か雰囲気変わったな?元気になったっていうか!」

「ありがとうございます。…で、敵に関してですが」

「ちょ…急くなァ。全く、頼もしい子だぜ。」

十輪寺の態度にめげないポルナレフに皆ため息と苦笑が漏れる。その波が去ったのちジョセフが切り出した。

「あー、敵に関してだが。…やはり、タロットの暗示を持つ者たちが控えておるようじゃ。承太郎が4~5名聞き出しておる」

その言葉にすうと皆の目が真剣味を帯びた。

「タロット…。偶然ではなく必然、か。アヴドゥルさん、残りは何人と考えられますか?」

花京院の問にアヴドゥルも頷いて答える。

「タロット通りとしたら…『女教皇』、『女帝』、『皇帝』、『恋人』、『運命の輪』、『正義』、『吊られた男』、『死神』、『太陽』、『審判』…そして『世界』の10人だ。」

10人、とジョセフは顔をしかめた。

「わんさとよって集ってメンドーだな。…今こちらに向かっているのは『女帝』『皇帝』『吊られた男』『死神』…だとよ。」

フンと息をついて承太郎が言う。十輪寺が指折り考えながら言葉を発する。

「少なくとも4人…暗示に基づいた能力なのでしょうか?」

「うむ…今までのことを考えるに、一見関係ないようだが、何か繋がる点があるやもしれない。」

アヴドゥルが首をひねりつつ答えた。……スタンド能力は対峙したそのときにならないと解らない。敵は情報網からこちらの手札はわかりきっている。

「…憶測で動くわけには行かねぇ。なんてアンフェアな戦いなんだか。」

はぁ、とため息をついたポルナレフにふと、十輪寺は気になったことをぶつけてみた。

「ポルナレフさん…それと、花京院さんも。心苦しいことをお聞きしますが…敵のことで何か覚えていることはありませんか?」

ポルナレフと花京院は顔を見合わせ、どちらも頭を振って否定する。

「…肉の芽を植えられたあと、僕はほとんど夢の中のように意識が曖昧だった…。それに、DIO以外とは顔も合わせていない。」

「オレも似たようなもんだな。すまねえ。」

「…いいえ、すみません。答えてくれてありがとう。」

場に沈黙が降りた。各々現状と敵について考えていると、おもむろに、承太郎が口を開いた。

「……1人だけ、手掛かりのある奴がいる。」

ハッとした全員の目が承太郎に向かう。だが、彼にしては珍しくどこか躊躇うように、承太郎は言葉を続けた。

「『吊られた男』だ。…鏡を使う、スタンド使いらしい。」

「鏡…」と誰かが反芻し、十輪寺は思わず部屋のドレッサーの鏡を振り返った。そこには難しい顔をした自分と皆の顔、姿が映るのみ。鏡だけではどういう性質の敵なのかがわからない。

なおも表情険しいままの承太郎。それを読み取れるものはなかなか居ないだろう。だが花京院はその彼の些細な表情から、承太郎が発言を躊躇っていることがあると見抜いていた。

「JOJO、1ついいかい。」

花京院が声をかけるとピクリと承太郎の肩が動いた。

「…君、まだ何か話していないことがあるんじゃあないか?」

さっと皆の視線が承太郎に向いた。……ややあって、ハァーと大きくため息をついた承太郎は、意外なことにある人物をきっと見据えて発言した。

「…『吊られた男』は…。ポルナレフ、おめーの妹の仇だ。」

皆が驚きに目を見開く中、ただ、ポルナレフはその目に鈍い光を宿した。

 

 

「しっかしよぉー、居ないとちょいと寂しい気もするが…。なあ、JOJO。」

シンガポール発寝台特急の食堂車。ガタガタと軽い揺れを感じながら一行は次の目的地に向かっている。ポルナレフがいつもの軽い調子で承太郎に絡むのを尻目に、アヴドゥルは1人、ポルナレフを盗み見て思案していた。

(ポルナレフ…平静を装っているが、あのときの目は復讐に燃えていた。)

あの一瞬だけカッと宿った暗い炎。それは、燃え上がるような爆発の火ではなく、グラグラと地を這うような溶岩のようなものだった。一見落ち着いて見えるが、最も火力の高い熱。

(…妹の仇、か。…もし、ポルナレフが敵と出会ったなら…。こいつは、きっとすべてを振り切って鉄砲玉のように飛んでいくんだろう…)

自分たちをも突き放して。

アヴドゥルが懸念していることも露知らず、旅の面々は談笑している。ポルナレフは例の通り十輪寺に絡み、彼女はのらくらとそれを躱す。合間に花京院が窘めるのを承太郎はただわずかに笑って眺め、ジョセフはポルナレフをからかった。

「ジョースターさん!そりゃひどいぜぇ!」

ポルナレフの気がジョセフにそれた。

「なーに言っとるんじゃ。お前のようなやつが良いように手玉に取られるんじゃよ。なぁ、アヴドゥル?」

「…全くです。少しは恥じるべきだな、ポルナレフ。」

「なんだとぉ!?エラソーにィ!!」

ポルナレフの怒りに思わず笑ってしまったことで、アヴドゥルの思案は途切れた。

 

 

ポルナレフが2人に絡んでいったことで、丁度テーブルで別れる形となる。それで花京院はそういえば、と思い出す。

「しかし…。全く、嫌な気分だな。僕そのものに化けるスタンドなんて…」

話の折に出てきていた花京院の偽物――黄の節制(イエローテンパランス)のことではぁ、と彼は溜め息をついた。

「私、ちょっと見てみたかったかも…」

ボソリとつぶやかれた十輪寺の言葉にムッと花京院は彼女を睨むが、彼女は意に返さず平然と承太郎に尋ねる。

「空条先輩…似てたんですか?」

好奇心抑えられない様子の十輪寺とどっこいな、人の悪い笑みを承太郎も浮かべた。

「まあまあ似てたぜ。ま、早い段階で似せるのをやめたのか奇行が目立ってたがな。」

「奇行…?何ですそれ、どういう」 

「十輪寺!」

妙にキラキラとした目で十輪寺が聞き出そうとしているのを花京院は一声押しとどめた。

「…JOJOも言わないでくれ。僕は、聞きたくない。」

ジトッと睨め上げる様子が物珍しく感じたのか、承太郎はさも面白そうに片眉をひょいと上げて言葉尻を突いた。

「ほお…。十輪寺、聞きたければ後で話してやる。本人は自分がいない所なら良いらしいぜ?」

「くっ…!言葉の綾だ!君、なかなかに嫌なやつだな…!」

「わかりました。では後ほど…」

「だから十輪寺っ!」

常に思慮深く周りを見ている花京院の珍しい慌てように、承太郎も十輪寺も完全に悪ノリしておちょくっていた。2人がニヤニヤと笑う中、花京院はぐぬぬと押し黙り、そっぽを向くしか残された手がない。全くもって多勢に無勢。幸いな事に一番からかってくるであろうポルナレフは向こうのテーブルで逆にからかわれているのだが。

「ごめんなさい、ごめんなさい。花京院さん怒らないで」

へそを曲げられて困ったように十輪寺は言うが、口元は笑ったままである。

「武士の情けで言わないでおいてやる。」

そして何故か上から発言の承太郎。

「…君たち全く反省してないだろ。というか言う気満々な笑みを浮かべるな承太郎!」

思わず彼を呼び捨てながら花京院が返すと、あははと十輪寺が楽しげに笑った。承太郎も目元を破帽で隠しながら肩を震わせ笑っている。

2人を見てふん、と息をつきながらも、どこか満足している自分がいるのを花京院は感じていた。

 

 

花京院の珍しい様子が見れて満足した十輪寺はクスクス笑いを少しずつおさめ、残していたフルーツに手をのばす。十輪寺がもぐもぐと食べだしたことで、この話は終わったと判断したのだろう、花京院もふぅ、と一息ついて気持ちを切り替えていた。ふと、彼は承太郎の更に残った赤いふた粒にまた目を戻していた。

「そういえばジョジョ。そのチェリー食べないのか?ガッつくようだが僕の好物なんだ…くれないか?」

ああ?と承太郎は自分の更に目を落とす。そういえば食べないで残していたのだった。先程散々からかった詫びとしてもいいだろう、と、皿を花京院の方に出した。

「サンキュー」

嬉しそうに笑って花京院はチェリーを咥えてぷちりとヘタを取った。そして。

「レロレロレロレロレロレロ…」

……その様に承太郎と十輪寺は唖然とした。特に承太郎は、己が戦った花京院の偽物を思い出してしまい開いた口が塞がらない。2人が彼の意外すぎる癖に呆然としていることに気が付かない花京院は、窓の外の風景に目を移していた。

「レロレロ…おっ見ろ!フラミンゴが飛んだぞ!」

呑気に声をかける花京院の様子に、先に持ち直したのは十輪寺の方だった。だが、調子が狂ったのだろうか、彼女も思わず的はずれなことを訊く。

「…あの、花京院さんって…。もしかして、ベロでヘタ、結べたりする?」

「ん…?ああ、1つだけならできるよ。」

言ってヘタを口の中に入れ、まごまごと舌を動かす花京院。それをまじまじと見守る十輪寺。

承太郎は、突っ込むことも諦めて、こっそりため息をついた。

「…やれやれだぜ。」

その、目の前でそいつが繰り広げているそれこそがテンパランスがしていた奇行の1つだ……とは言えず、承太郎は思わず目を伏せる。

(花京院……案外、わからんやつだな…)

おおォ!とはやし立てる十輪寺の声がするということは、その特技はどうやら成功したようだった。

 

 

 ***

 

 

シンガポール国内では寝台列車を乗り継ぎ、港に出た後は船を2つ乗り換えて。ジョースター一行は敵の目を欺く工作を幾度も重ねながら最短の距離を移動する。

今までの旅路と反してシンガポールからインドへの道は実に安穏としたものだった。刺客の警戒は怠らなかったものの、何故か彼らが襲ってくることはない。

「大方、インドで迎え撃つよう備えているに違いない。心せねば。」

「うむ。今の所ほぼ単独で襲い掛かってきているのが幸いじゃな。…スタンド使いにとって、自分のスタンドの情報は最も明かしたくないもの…か。」

アヴドゥルとジョセフというチームの要2人が甲板の隅で話し合うのを横目に、十輪寺はモビー・ディックの帆のような背びれを撫でた。

(スタンド能力が知られる、すなわち対処方法を練られる、か)

十輪寺はこの仲間にも白鯨の能力の詳細は明かす気がなかった。……いや、明かしたところで皆の認識とは大差ないのではあるが、なんとなく鯨の中の星の海は、自分だけのものにしておきたかったのだ。

(…でも、それをあなたは望んでなかった。だから彼を呼んだのかい?)

撫ぜているひれの主は答えてはくれない。ふぅ、と息をつき、また海の方に視線を戻す。触れた手が離れたことでか、白鯨はその姿を消した。

(…これからどうしよう。あれ以来新しい夢は見ていない…。大怪我すら負わずに乗り越えられるという裏返しだといいのだけど。)

十輪寺の夢は、断片的でやや正確性に欠ける。そう彼女は認識していた。見たい場面が見られるわけではない。その人の危機を必ず見ることができるという訳でもない。

(不安でしかない…条件がなくなったというのに…)

十輪寺の夢の、今はなくなってしまった法則性。夢を見る時間は深夜2時前後。見るのは一場面。同じ夢は見ない。そして。

(…予め出会ったことのある人の危機しか、わからない。)

しかし、この原則こそが……実は、まっさきに崩れたものだった。

(あの時点では、花京院さんと会ったことなんてなかったのに。)

また、今夜もあの夢を見ることになるのだろうか。顔をしかめて海を眺めていると後ろから「十輪寺」と声が掛かった。振り返ると、件の花京院が十輪寺のもとに歩み寄ってくる。

「花京院さん。…本は読まなくても大丈夫そう?」

ニッとジョークを混ぜて笑いかけると、彼も片眉をひょいと上げて苦笑する。

「乗る前に乗客乗員は把握したし、危険物も調べたからね。…まあ、ぼちぼち読む程度でいいかなと。」

「さすが」

本当に抜け目がない。頼りになる人となりとそのスタンドに頭が下がる思いで、十輪寺も続けた。

「…こちらも新しい夢は見てないです。多分インドまでは無事につけるんじゃあないかな。確信は持てないのですが。」

不安は消えないが今のところは大丈夫と、十輪寺は花京院に笑いかける。その顔を、花京院は難しい表情をしてじっと見ていた。それに気が付き、十輪寺は怪訝に首を傾げる。

「どうしました?」

いえ、とどこか迷う様子の花京院。……十輪寺は黙って彼の言葉を待った。花京院は、ためらいながら口を開いた。

「…ならば、今はどんな夢を見ているんだ?君の目の下から隈が消えてないということは、悪夢自体は見ているんだろう?」

やはり確信に迫る内容だった。十輪寺はすっと目をそらす。その行動は、花京院がずっと抱えていた考察を裏付けるものだった。

花京院は、暫し沈黙したあと、意を決して十輪寺に語りかけた。

「……僕は、受け止める覚悟は出来ている。」

はっと十輪寺が花京院の顔を見上げた。それにぎこちなく笑って彼は続ける。

「君はよく僕のことをじっと見ていたからね。…警戒されているのだと思っていた。でも、違った。ならば答えは1つだろう…?」

十輪寺の瞳が揺れる。ああ、正直な人だなと、どこか他人事のようなことを思いながら花京院は言った。

「……僕も、まずは1つ『恐怖を乗り越えよう』と思ったんだ。」

彼は笑みは崩さなかった。だが、その目には強い光が宿っている。

十輪寺も、その光を見て……覚悟を決めた。

「……大怪我をするかもしれない。私の想定が崩れるかもしれない。…でも、今の所の私の仮定を述べます。」

花京院は、ただじっと言葉を待っている。

「この旅路…あなたは無事にエジプトに辿り着くでしょう。」

迷い迷い、十輪寺が言うのを彼は静かに問い返す。

「……途中で死ぬ、ということはないんだね?」

「おそらく。……あの男が、DIOならば…」

その言葉に花京院は目を見開いた。思わず、ポツリと彼は言葉をこぼす。

「僕は……DIOに、殺される…?」

ゾクリ、と背筋に寒気が走るのを花京院は感じた。DIOと対面した状況がフラッシュバックする。甘美であり、おぞましいほど心の中にすべりこんでくる声を思い出す。優しくかけられた…嘘とわかりきっているのに逃れられなかった、あの言葉。

ぞわりと全身鳥肌が立つ恐怖を彼が押し殺そうとする様子を見ながらも、十輪寺は夢のことを述べるのをやめなかった。

「…私が見たのは、金髪の大男とあなたが対峙する場面。…敵の攻撃はわからない。けれどあなたはそいつのスタンド能力で、殺される。」

十輪寺も悪寒が止まらなかった。面と向かって誰かに死を予言することなど今までなかった。ましてそれが仲間に対してになるだなんて、誰が想像するというのだろう。

重たい沈黙が降りた。花京院と十輪寺、互いに今になって突きつけられた恐怖と人知れず向き合っている。

船の柵を手が白くなるまでギュッと握りしめながら、十輪寺は息を殺して花京院の言葉を待っていた。

暫くして、花京院が口を開いた。

「…ひとつだけ、聞きたい。」

十輪寺は彼を見守り、言葉を待った。花京院は床を見たまま微動だにしなかった。

「僕は、DIOに立ち向かえているのかい?」

答えるまでもなかった。十輪寺は彼に向き直り、力強く頷いた。

その様子を視界の端に捉えたのだろう。硬直していた花京院はその目を閉じ、ややあって1つ大きく息をついた。そして、十輪寺をみて…笑った。

「なら、良い。僕は恐怖を乗り越えられるんだね。」

その笑顔に晴れやかさが混ざっていることに危機感を覚えたが……十輪寺が、それを口にすることはできなかった。

 

 

 ***

 

 

「アヴドゥル…いよいよインドを横断するわけじゃが…その…」

カルカッタへの到着を艦内放送が告げる中、ジョセフがおそるおそる、という様子でアヴドゥルに話し掛けている。

「わしは実はインドという国は初めてなんだ…」

その言葉に後方にいた十輪寺も思わず苦笑いする。彼が言いたいのは、自分も2~3年前に思ったことだと直感したからだ。

「インドという国は乞食とかばかりいてカレーばかり食べていて…熱病かなんかにすぐにでもかかりそうなイメージがある…」

その考えに賛同するようにポルナレフも合いの手をいれる。

「オレ、カルチャーギャップで体調を崩さねェか心配だなー。」

その言葉にアブドゥルは笑って返答した。

「フフ、それは歪んだ情報です。心配ないです、皆…素朴な国民のいい国です。私が保証しますよ。」

ギギギと音がなって、船のタラップが降りていく。

「さあ!カルカッタです。出発しましょう!」

ぞろぞろと皆がアヴドゥルに続く中……十輪寺はわざと最後尾につき、皆より一歩遅れ付き従った。

 

 

しかして、そこは。

「ねぇ!恵んでくれよぉ!」 「ドルチェンジレートいいね!」 「ホテル紹介するよ!」 「歌歌うから聞いておくれぇ!」

インド、カルカッタの港。船を降りた一行を待ち構えていたのは…刺客ではなく大挙した民衆だった。皆大声で我先に「恵んでくれ!!」とよってたかる。見るからに外国人なジョースター一行は特に群衆の格好の的だったのだ。

「お金ちょうだい!」 「女の子紹介するよ!」

人だけではない。道路には牛がゆうゆうと闊歩し、場を気にもとめず糞をする。群衆から外れたところにはお構いなしに道路に寝そべる現地人。人だけでなく、ハエも多くたかってくる。

「恵んでくれ!」 「恵んでくれないと天国へいけないぞニイチャン!」

恐れ知らずの子どもたちは、あろうことが承太郎にまでそんなことを言う。

「うえぇ〜!!牛のウンコ踏んづけちまったチクショー!!」とポルナレフが嘆けば。

「僕はもう財布をスられてしまった…」とポケットを探る花京院も嘆く。

「た…たまらん喧騒だ!タクシー!あれに乗ろう!」と、ジョセフが車を指差した途端。

「おれだ!」 「俺がドアを開けてチップをもらうんだ!!」 「駄賃くれ駄賃!」

タクシーの扉にまで群衆が群がるのだ。しかもそのタクシーは神聖なる動物の牛が目の前にいるから動かない、という。

「ア、アヴドゥル…これがインドか?!」

「ね。いい国でしょう。これだからいいんですよ、これが!」

アヴドゥルがおおらかに笑う中、その圧倒的な活気と欲に一行は皆閉口した……

……のを、十輪寺は少し離れた店の中からジトッと見て(大変だなぁ)と考えていた。

(みんなに群がったスキにくぐり抜けられてよかった…。でも、どうしよう。)

実を言うと、十輪寺は一度父の研究の付き添いでインドを訪れたことがある。その際散々に揉みくちゃにされたため、とてもではないが二度と経験したくないと今回皆をおとりにしたのだった。……わざわざ駆け込んだ先の店主にチップを握らせて、さっと店内に紛れ込んで。

(とりあえず救出するか。ええと、コインをっと…)

十輪寺がポケットを探り、店を出ようとした時だった。

トントンと肩を叩かれて十輪寺が振り返ると、そこには満面の笑みでアクセサリーを掲げた店主。

「オネエサン安くしとくよ!!1つどう?!半額だよ!フレンドだからね!!」

大声で言う店主に観光客だと振り返る数人の浮浪者たち。

……今度は駆け込む店も選ばねばならない、と抜けがけをした十輪寺は学んだ。

 

 

「おい、人が悪いんじゃあねえのォユイ!おめーオレたちエサにしたろォ!?」

「なんのことやら…」

「こら!オニイチャン怒るよ!?」

その後……少し離れたところで十輪寺がコインを何枚か犠牲にしたことで乞食から逃れたジョースター一行は、カルカッタの中では高級店が立ち並ぶ大通りにほうほうの体で駆け込んだのだった。流石にここは浮浪者は少ない。寄ってくる何人かを手で追い払いながら一行はとりあえず宿を探す。

遠くから皆を助けたことから、逆に皆をおとりにつかったことがバレてしまった十輪寺はポルナレフから絶賛お説教を食らっている。

ごめんなさい、と苦笑して十輪寺はポケットから包を取り出した。

「お詫びの印ってことで、どうぞ。」

「…なんだよコレ?」

「ネックレス。ナンパにでもお使いください。」

そのやり取りに盗み聞いていた他の面々は思わず吹き出す。ポルナレフが「あのなァ〜!」と言いげんこつを準備するのを見て、十輪寺は前行く花京院の影にサッと隠れた。突然巻き込まれた花京院も笑いながら、されるがままポルナレフと彼女の間に立っている。

「…おい、花京院!ここはちょいとお説教が必要だよなァ?」

「花京院さん助けて。ネックレスあげるから」

「…うーむ、これは困りましたね。どうしようかな。」

三者三様笑いを隠しきれない顔で睨み合う。さながらじゃれあっているような様相に他の3人も笑いが抑えきれていない。

「この間の件で、僕も十輪寺には恨みがあるしなあ…」

そう嘯いて彼はくるりと十輪寺と場所を入れ替える。「ええ〜!」と非難の声を上げる十輪寺をよそに、ポルナレフも花京院もニヤニヤが止まらない。

「ポルナレフ、程々にどうぞ。」

「よっし!グリグリの刑!」

げんこつを十輪寺の頭にコツンと当て、軽く力を込めてポルナレフは拳をグリグリと回す。ポルナレフと、きゃーと痛がりつつも楽しげに笑う十輪寺を見て一行も朗らかに笑った。

 

 

 ***

 

 

「要は慣れですよ。慣れればこの国の懐の深さが分かります。」

「中々気に入った。いい所だぜ。」

アヴドゥルと承太郎のやり取りにジョセフが突っ込みを入れる中、ポルナレフはトイレに向かって席を立つ。もっとも、悲惨なことに独特な方式のトイレに怯んで悲鳴を上げることになるわけだが。

「ったく災難だぜ…こいつァ一生馴染めんような気がするな…」

ポルナレフは思わずつぶやいて手洗いに向かう。手を洗ってついでに顔も拭っていると、テーブルの方ではもう料理が運ばれてきている。おっと急がなければと鏡に向かった時に異変は起きた。

背後から、ミイラのように包帯ずくめのスタンドがぬるりと窓を開けて侵入しようとしてくている。

「!!」

振り返って構えをとるが、そこには何も見えない。幻覚かと再び鏡に向き合うとそこにはいる。

「何だコイツは!?鏡の中だけにッ!見えるッ!」

ヤバいと直感したポルナレフは咄嗟に鏡を突き割った。そして勢いよくレストランホールに駆け戻る。

(両右手の男…本体はどこだ!いない!?)

すわ何事かと旅の一行含め皆が見る中彼は外へ駆け出した。それでも外は大人数。雑踏の騒めきの中で敵を補足できそうもない。

「…くっそぉ!」

「どうしたポルナレフ!何事だ!?」

仲間の声にポルナレフはいつになくドスの利いた声で答えた。

「…俺の妹を殺したドブ野郎……ついに会えるぜ!」

その言葉に全員がはっと息をのむ。ということは、次の相手は鏡を使う「吊られた男」。ポルナレフにとっては仇敵だ。これは最大限の警戒を積んで挑まねば、と誰もが考えた時、思わぬ言葉がポルナレフから飛んできた。

「ジョースターさん…俺はここで別行動をとらせてもらうぜ。」

皆がポルナレフを見た。彼の目にはいつになく燃えたぎる暗い炎が灯っていた。常日頃の彼はどこに行ったのか。ポルナレフは続ける。

「この近くにいるとわかった以上待ちはしない。こっちから探してぶっ殺す!」

「…相手の顔もスタンドの正体もわからないのにか?」

ジョセフの問いにも彼は耳を貸さなかった。

「『両方右手』とわかってれば十分!奴も俺に寝首を掻かれないか心配のはずだしな。」

ポルナレフの言葉はどこまでも冷たく鋭い。だがそれとは裏腹に冷静さを欠いているように一行には映った。それを危惧してか、冷静な声で苦言を呈した人物がいた。――アヴドゥルだ。

「こいつはミイラ取りがミイラになるな。ポルナレフ、別行動は許さんぞ。」

「なんだと…?」

そこからは口論だった。互いが互いの地雷を踏みぬくかのような発言の数々。雑踏の民衆すら足を止めるその有様。他のメンバーは動けなかった。緊迫感が場を制圧する中亀裂はどんどんと広がっていく。

「アンタはいつものように大人ぶってドンと構えとれや!アヴドゥル。」

「…こいつッ」

思わずアヴドゥルが手を上げようとするのを制したのはジョセフだった。

「もういい、やめろ。…行かせてやろう。こうなっては誰にも彼を止めることはできん。」

腕を下げながら、苦しそうにアヴドゥルは言葉を漏らした。

「彼に対して幻滅しただけです。…あんな男だとは思わなかった。」

遠ざかっていくポルナレフの背中と少し小さく見えるアヴドゥルの背中。高校生たちはそれをただじっと見るよりほかなかった。

 

 

(ポルナレフさん…)

十輪寺はたった今起こった口論に硬直するしかなかった。ポルナレフの「最初から独りで戦っていた」という発言が胸に深く突き刺さる。その気持ちが分かるとともに、間違った考えだと自覚したからこそ、彼女の心をえぐっていた。

(敵は多分狡猾だ…ポルナレフさんをわざと分断したんだ。このままでは…!)

ぎゅっと手を握ったところだった。肩をポンとたたかれはっと振り返る。手の主はジョセフだった。彼は帽子に手をやり十輪寺に目線も併せずレストランの中に戻っていく。他のメンバーもそれに続いていく中、迷い迷い、十輪寺もそれに続いた。席まで戻ってきたところで彼女は思う。

(…お願いします。今日こそ正確な予知を、見せて。)

でなければ、ポルナレフの命が危ない。

出された食事を、スパイシーだともおいしいだとも誰も言わずに食事は続いていった。

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