星の海を渡る船   作:仁倉

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ベナレスへの道中

その日半ば重責を感じながらも眠りについた十輪寺は、予想に反して夢を見ることなく目を覚ましてしまった。別に決して見たかったわけではない、悪夢なんて見ない方がいいのだ。だが危険があるならば先に知っておきたいのも事実。

(…これが何も起きない好調の印ならばいいんだけれど。)

心なしかとぼとぼと朝食の場に向かう。朝食はホテルのレストランだ。他のメンバーもぱらぱらと集まりつつある。最後にアヴドゥルが席に着いたことでまた味気ない食事会が始まった。テーブルには1つ、空席がそのままである。

「…結局帰ってこなかったのォ…」

ジョセフがぽつんというのに皆一様にその席を見つめるのみだった。

 

 

「十輪寺。」

部屋への道すがら花京院に呼び止められて十輪寺は振り返る。何を聞かれるかわかっているつもりだった十輪寺は首を振った。それをみて花京院は表情を曇らせた。

「…そうじゃない。君、顔色が悪いですよ。何度でも言うが思いつめないでください。」

その言葉に十輪寺ははっとする。ぱしりと己の顔をはたいて花京院に向き合った。

「そうでした…失礼。とにかく今日は皆さんどうするつもりなんでしょう?」

それに花京院も首をかしげる。

「ジョースターさんがもう少し待ってみようとおっしゃってたよ。けれど迷っているようだった。ポルナレフの復讐だからどう関わるべきかって。」

「…ですよね。私は部屋にいます。何かあったら教えていただけると。」

分かったと返事をして彼は去っていく。その後ろ姿を見て十輪寺もまた踵を返した。

(そう。もう気負う必要はそんなにないんだ。独りで解決しなくていいんだから。)

十輪寺は少し肩の荷が下りたような心地で部屋に戻って椅子に座る。その時だった。

 

 

「…花京院。アヴドゥルみてねーか?」

花京院が部屋の前に戻るとそこにはジョセフと承太郎がいた。ジョセフは周囲をきょろきょろとし、承太郎は難しい顔をしている。

「え?いいえ…アヴドゥルさんがどうかしたんですか?」

「いや…さっき部屋に行ったら返事もなくてのォ…」

ジョセフが頬を掻きながら答える。これはもしかしなくてもポルナレフのもとに向かったのだろう。しかし独断で動くとは。

「…探しに行った方が。」

「じゃよね。うむ。…悪いが十輪寺にも声をかけて…」

ジョセフが言い切らないうちにバタバタと大きな足音が廊下に響いた。さっとそちらを見やると十輪寺が血相を変えてこちらに向かってきているではないか。

「十輪寺!?ど、どうしたんです…」

がっと彼女は花京院の腕をつかんで顔を上げた。その顔は恐ろしいほど蒼白だっだ。呼吸を整える暇もなく彼女はあえぐようにうったえた。

「アヴドゥルさんが危ない…!殺される!!」

尋常でないその様子に3人は一瞬顔を見合わせた。

 

 

 ***

 

 

それは白昼夢なんて生ぬるい、頭痛のように脳裏に走った像だった。

開けた泥道。雲が若干さす青空。濡れて水たまりがかった足元。

前方には相対する人。背中を向けているのはポルナレフさんだった。向かい側にいる帽子の男は銃を構えているように見える。場の景色が嫌にスローモーションに見えた。一瞬にしてシルバーチャリオッツが甲冑を脱ぎ捨て剣を払う。だが、弾丸は曲がってその軌道を変えた。

そこからは怒涛だった。ポルナレフさんが突然駆け寄ってきた誰かにかばわれそれを躱す。かばったのはアヴドゥルさんだ。マジシャンズレッドを出して迎撃態勢をとるアヴドゥルさんに弾丸が弧を描いて返ってくる。迎え撃つ、というその時に彼の背中から血が飛んだ。そして。そして。そして。

 

 

 ***

 

 

「嫌だ…!!」

頭を抱えて崩れ落ちそうになる十輪寺を花京院は慌てて支える。今にも叫びだしそうな彼女を目にし、ジョセフと承太郎は唖然とするしかない。花京院が顔を上げて2人に早口でまくし立てる。

「僕が何とかします。2人は先にアヴドゥルさんの捜索に向かってください!早く!」

「お、おう…わかった。任せたぞ。」

2人は背を向けて先を急ぐ。花京院はそれを目の端に捕らえながら十輪寺を軽く揺さぶった。

「落ち着け!まだ起きていないことなんだ、変えられるんだろう!?とにかく落ち着くんだ。大丈夫、みんないる。」

その言葉にはっと息をのみ少しずつ平静を取り戻してきた十輪寺は荒げていた呼吸を整え始める。

「……ごめんなさい。大丈夫、大丈夫。」

自身に言い聞かせるようにつぶやく十輪寺の背をたたいて花京院は急かし気味に言う。

「辛いだろうが状況を教えてくれ、見えたんだろう?アヴドゥルさんとポルナレフを絶対に助けるぞ。」

彼の強い意志を感じる声に十輪寺はうなずいて、見た光景を何とか反芻して花京院に伝えていった。

「…つまり、敵は」

「2人です!」

その言葉とともに2人は外へと駆け出した。

 

 

 ***

 

 

「銃は剣よりも強し…ンッン~名言だな、これは。」

独り仇の両右手の男を探すポルナレフの前には西部劇から出てきたような男が立ちふさがっていた。ホル・ホースと名乗るその男は両右手の男を知っていると嘯きながらも余裕綽綽でポルナレフを挑発する。

「おれのスタンドは拳銃だ。ハジキに剣では勝てねぇ。」

「なに?おハジキだぁ?」

余裕を崩さず突然笑いだす両者。――先に仕掛けたのはホル・ホースだった。

「ブッ殺す!『皇帝(エンペラー)』!!」

煙草を打ち抜きながらの一発。だが弾丸くらいなら見切れる。そうポルナレフはチャリオッツを出現させる。甲冑を脱ぎさえすれば。

だが目論見は外れることになる。皇帝の弾はチャリオッツがその剣を振りぬこうという瞬間に軌道を変えた。

「な、何ィ!?」

(弾丸だってスタンドなんだぜェ!予想しなかったあんさんの命取りなのさァ!)

弾がポルナレフに迫る。あと数センチで着弾する。

「ポルナレフッ!!」

 

 

2人はジョセフたちから遅れてホテルを飛び出し、インドの雑踏の中をかき分けていく。

「どんな場所だった!?」

「人がほとんどいない泥道!メイン通りから離れてるけど露店が並んでたわ!」

十輪寺の言葉に従って花京院は先導しながらわき道に逸れて周囲を見渡す。そこに幸運なことに雑踏から声が飛んだ。

「おい、あっちで喧嘩みたいなのが起きてるぞ。」

その言葉に2人は顔を見合わせ賭けることにした。同時に何も言わずにそちらへ方向転換し角を右に左に曲がっていく。

――その光景を先に見たのは一歩早かった花京院だった。

背中から噴き出す血、眉間から噴き出す血。倒れていく体。花京院に続く十輪寺も当然それを見た。目の前の見覚えしかない光景に彼女の目が見開かれる。

(間に合わなかった…!!)

「こいつァラッキー!この軍人将棋にもう怖い駒はないぜ!」

夢で見たガンマンがにやりと笑う中2人はアヴドゥルに駆けよる。それを一瞥してポルナレフは舌打ちした。

「説教好きだからこうなるんだぜ。だから独りでやるのがいいと言ったんだ。」

花京院がポルナレフに怒りをぶつけそうになるが、そのやり取りすらも十輪寺に頭には入ってこなかった。ただ呆然と、抱えられたアヴドゥルを見つめて動けない。

(私が取り乱したせいだ。冷静に、すぐに動けなかったせいだ…!)

仲間を失う恐怖に振り回された結果、現実になった。わなわなと震える手でせめて、とアヴドゥルに触れようと手を伸ばす。

そうして、彼女は触れた瞬間気が付いた。――まだ、微弱ながらも生命エネルギーが、ある。

(…!!)

既に手首からの脈はない。だが、と十輪寺は思い起こした。手首の脈がないからといって頸動脈の方は。花京院がポルナレフになにがしかを叫んでいるが聞こえてこなかった。そろそろとアヴドゥルの首に触れる。……微弱ながら、脈が触れた。

(まだ生きてる!!ならば!!)

死なせるわけにはいかない。誰にも気付かれないように波紋の呼吸を整え始める。敵が2人いるこの状況下で彼の命をつなぐために真っ先にすべき行動は……敵も味方も欺くことだ。

「…花京院。敵を引きはがして。私は隙を見て亡骸を運びます。奴らが遺体に何するかわからない。」

十輪寺はアヴドゥルの生存を秘匿して小声で花京院に伝える。花京院ははっとし目だけで応答した。ポルナレフに向かって声を絞り出す。

「あのトラックに乗って逃げるぞ!ここは一旦退くのです!」

「…ち、ちくしょ……」

『おい、ポルナレフ…クク…』

ポルナレフが断腸の思いで踵を返そうとしたタイミングで、仇は卑劣にもガラスという安全圏から挑発してきた。

『お前の妹は可愛かったなァ…聞かせてもらうといい。どーやって俺に殺してもらったかをなァ~』

「や……野郎!!!」

「挑発に乗るなァー!ポルナレフ!!」

――ポルナレフはそのガラスを砕いてしまった。途端敵はその位置を次から次へと移っていく。

『ホル・ホース、撃て。とどめだ。』

「アイアイサー!」

弾丸とナイフがポルナレフに迫る。それを見た花京院は一刻の猶予もないと行動した。

「『エメラルドスプラッシュ』!」

その瞬間、花京院と十輪寺は別々に行動した。花京院はトラックに駆け寄りエンジンを。十輪寺はアヴドゥルを白鯨に飲み込ませ大通りに向けて。だがこれが功を奏すことになる。ホル・ホースが咄嗟に皇帝を構えようにも二手にばらけた後。しかも片方はすぐに走り去り射程圏外となった。

「ちっ…だが女を狙うのもなぁ…」

そうこうしているうちに十輪寺も走り去っていく。やれやれ、とため息をついたホル・ホースはふと気づく。相棒の吊られた男、J・ガイルがいない。

「ヒヒ…とことんポルナレフを始末する気だな?」

 

 

 

 ***

 

 

 

大通りに出てきてまず十輪寺が目指したのは承太郎とジョセフとの合流だった。一刻も早く怪しまれずにアヴドゥルを病院に運ばねばならない。それにはジョセフの助力が必須だった。

(どこ?どこなの!?急がなきゃ!!)

周囲に目を走らせながら十輪寺は人混みを縫っていく。と、その時「十輪寺!」と呼ぶ声が聞こえた――承太郎だ。

「空条先輩!!」

この外国でも頭一つ抜けて大きい彼を見つけ十輪寺は急いで人をかき分けていく。そして開口一番に告げた。

「アヴドゥルさんが瀕死です!ジョースターさんはどこに!?」

「なんだと…!十輪寺、お前」

承太郎がすがめになる。だがそれに怯んでいる暇なぞ十輪寺にはなかった。

「説明は後でします。だから早く病院に!このままだと死んでしまう!!」

「…わかったぜ。」

恐ろしく蒼白で尋常ではない様子の彼女を見て、承太郎は踵を返しジョセフと別れた地点へ向かいだす。十輪寺も歩幅の差に慌てて走りながらそれに続いて行った。

 

 

――その後の吊られた男とポルナレフの仇討ちの顛末は語るまでもないだろう。

ポルナレフと花京院の機転で吊られた男が倒されようとしていたまさにその時、現地の大病院にて緊急手術が終わろうとしていた。あの後間もなくジョセフと合流した十輪寺はすぐさま人のいない脇道でアヴドゥルを白鯨に吐き出させ波紋治療に当たった。

そして彼女は今、手術室前のベンチに腰掛け項垂れている。ジョセフはその隣、承太郎は壁にもたれて。2人とも手術室の扉をじっと見つめていた。沈黙は手術が始まってからずっと下りたまま。それほどまでにアヴドゥルの容体は危険な状態だった。

(どうか…どうか。)

祈る他ない十輪寺の前で手術室の扉が開かれる。中から出てきた医師がマスクをとりながらジョセフに向かって微笑むのを見て、やっと彼女は肩から力を抜くことができた。

 

 

「おいおいおいおいおい…デマ言うんじゃあねーよ…この俺にハッタリは通じないぜ?」

皇帝を乱射しながらホル・ホースが言うのに対し、2人はしらっとした様子でそっけなく答える。

「300m先に奴の死体があるぜ。見てくるか?」

「………」

ポルナレフの冷徹な言葉にホル・ホースがとった行動は逃げの一手だった。

「よし見てこよう!!」

「野郎ッ!逃げる気か!?」

(こいつはかなわんぜッ!俺は誰かと組んではじめて実力を発揮するするタイプだ!1番よりナンバー2!)

ホル・ホースが通りに逃げ込もうとしたその時、不意に拳が一撃、彼の頬を直撃した。その先にいたのは。

「ジョースターさん!承太郎!十輪寺!」

「アヴドゥルのことは十輪寺から聞いた…簡素だが埋葬してきたよ。」

ジョセフの言葉にポルナレフと花京院は一瞬目を伏せたがぎっとホル・ホースを睨みつける。旅の一行全員がホル・ホースを逃がさんと包囲した。

「判決を言うぜ……死刑!!」

ポルナレフがチャリオッツを出現させ切りかかろうとした瞬間。

「お逃げください!ホル・ホース様!」

偶然か必然か、運はホル・ホースの味方をしたのであった。

 

 

 ***

 

 

「ったく…あんのやろ~…君もあんなのに騙されるんじゃあないぜッ!」

次の目的地を聖地ベナレスに定めた旅の一行は、まずは電車に乗りバスをつかまえることにした。そしてベナレスはホル・ホースに利用された……と思われる女性の出身地らしく、そのまま道すがら同行といった形になった。ポルナレフはその若い女性に対して半ば説教めいた恨み言を口にしながらも、フランス男の性なのかちゃっかりとエスコートしている。その様にため息をつきつつ、ジョセフが承太郎に切符を渡しながらつぶやいた。

「あー…あの様子じゃと娘さんに迷惑がかかるかもしらんからわしもついて行くわい。お前たちは空いてるところに座りなさい。」

「ああ。分かったぜ。」

女性を伴ってずんずん進んでいくポルナレフについて行くジョセフを見送り、承太郎達高校生組は反対方向に運よく空いていたボックス席を見つけて滑り込んだ。窓際に十輪寺と花京院、彼女の横に承太郎。一応女である十輪寺を気遣っての席次である。

「…ポルナレフのやつ。調子がいいのだから。」

ぼそりと花京院が苦笑をたたえながら呟く。それに曖昧に笑って十輪寺が返した。

「きっと強がりもあるんだと思う。でも、もう大丈夫でしょう。」

花京院はふっと笑みを消して俯いた。

「…代償が大きかったからね。…アヴドゥルさん…」

その言葉に承太郎と十輪寺は顔を見合わせた。そして承太郎はちらりと周囲を見渡す。そして声を潜めてそっと告げた。

「それなら朗報だぜ。…アヴドゥルは生きている。」

「!!」

花京院が目を見開き唖然とするのに若干笑みを浮かべて承太郎は続けた。

「病院に担ぎ込んだのが間に合った。だが傷が傷だ。死んだことにして一旦離脱させた方が身のためってことであんなことを言った。」

十輪寺も言葉をつなぐ。

「ホル・ホースが逃げてくれた分、敵にも目くらましがきくでしょう。…傷が治り次第合流できるか相談といったところでしょうか。」

「…そうか……。無事、なんだね?」

「ええ。」

2人の強い首肯に、花京院は目を潤ませた。良かった、と心からの言葉を呟く彼に十輪寺が申し訳なさそうに眉を下げる。

「あの時はごめんなさい。敵がいる手前生きてるって悟られるわけにはいかなかったから…」

花京院は首を振る。

「それでよかったんだ。無事ならそれでいい…。このことはポルナレフには?」

またしても承太郎と十輪寺は顔を見合わせる。わずかに渋い顔をして承太郎が言った。

「少なくともじじいは悩んでるぜ。あの様子だと浮かれてしゃべくっちまいそうだしな…」

「ああ…僕もそう思う。灸をすえるという意味でも黙っていた方が賢明だと思うね。」

「皆辛辣なんですね…。わかりました。内緒の方向で行きましょうか…」

苦笑いしながら十輪寺も同意した。ポルナレフのことを考えてどうするべきか迷っていたようだ。だがアヴドゥルの安全には変えられない。それに対しやれやれだぜ、と口癖を言いながら承太郎は言う。

「でけー秘密黙ってたお前が言うんじゃあないぜ。そんなに俺たち信用できなかったのかよ。」

承太郎の思わぬ言葉に花京院が反応した。この言葉の意味は、つまり。

「十輪寺、2人に夢のことを話せたんだね?」

「…はい。」

恥ずかしそうにはにかみながら十輪寺は言った。曰く、実績があったので割とすんなり信じてもらえたと。疑われるのは杞憂だった。肩をこてんと落としながら十輪寺は言う。

「ジョースターさんにはもう無茶をするなとこってり絞られました…」

「あたりめーだ。」

「まぁ当然だね。今後は夢を見たらひとりで抱え込まないこと。」

2人の言葉に肩をすくめながら、困ったように笑って十輪寺は礼を言った。

 

 

「しかし、君のその夢って何なんだろうな?モビー・ディックの能力は飲み込んで吐き出す能力なわけだろう?」

花京院のもっともな疑問に十輪寺も難しげな顔をして唸る。

「ええと…前例?はあるみたいなんです。父が言うにはどうも波紋の才能が由縁じゃあないかって。」

「波紋ってのは何でもアリか。じじいは何も言ってなかったが?」

承太郎の訝しげな言葉に十輪寺も唇に手を当て思案しながら言った。

「どうやら波紋使いでもかなり珍しいみたいなんです。一流の占い師みたいに未来を予言できる人がまれに生まれると。100年前の老師がそうだったらしくて調べてくれてたんです。」

「100年前…ちょうどDIOがご先祖さんと戦った時期だな。」

「そういえば私はそのあたりのこと教えてもらえてないんですよね…。私の血筋にもかかわることだってジョースターさんも言ってたのに。」

口をへの字に曲げる彼女に対して花京院が返す。

「そりゃあご両親も教えたくないだろうさ。予知夢で苦しませたくなかったんでしょう。」

「でも、蚊帳の外にされたみたいでなんかちょっと…」

「やれやれだぜ。」

なおも食い下がる十輪寺に対して2人は内心嘆息する。こんなことを言っているのに、どこが臆病だというのか。壁を取っ払った彼女の物言いはやはり普通の女子高生とは思えないほどの豪胆さをはらんでいる。それが常に表に出るのも危なっかしいが、とは思いつつも前の独りで抱え込んでいた時に比べればよくなっているため、2人は特に何も言わなかった。

「…まあ空条先輩も最近知らされたんですもんね。そういうものなのかな…」

うーんと考え込む十輪寺にふと花京院が気が付いたように言う。

「そういえば十輪寺は先輩呼びをやめないのか?なんかよそよそしいように見えるけど。」

「ええ…?だって先輩ですもん…それに名前呼びなんて後が怖いですし…」

大仰にわざと承太郎から距離をとるように窓にぴたりと寄って十輪寺はおどけた。

「この状況だって空条先輩のファンクラブに知られたらどうなることやら…。花京院さんは知らないからそんなこと言えるんですよぉ。」

「…おめー喧嘩つえぇのに何言ってるんだ。」

「喧嘩強くても孤立するのは嫌です。」

べっと舌を少し出して十輪寺は承太郎に応戦した。それに苦笑しながら花京院はさらりと告げる。

「じゃあせめて僕に対しては敬語もやめてくれ。同学年なんだしいいだろう?」

「…わかりました。善処します。」

「早速敬語じゃないか。」

一戦終わった後の車内に朗らかな雰囲気が流れた。十輪寺がそうだ、と花京院に対して言う。

「ボタン全部外しちゃったんでしょ?裁縫箱だしま…出すね。」

言って彼女は周囲を確認しすっと白鯨に裁縫箱を吐き出させた。このさりげない動作もこなれたものになりつつある。ああ、と花京院は彼女の裁縫箱に手を伸ばした。

「自分で縫うよ。これでも学ランは自分でやってるから。」

「そうなの!?…私より上手いじゃん…」

とほほ、と十輪寺が何故か落ち込む中、花京院は苦笑するしかなかった。

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