「う~むむ…なんかこんなところの病院なんて…まぁ仕方ないか…」
そう言ってジョセフは1人医者に向かい。
「どうせなら彼女を送り届けてくるぜ!んじゃな!」
と、ポルナレフは女性……ネーナを伴って雑踏の中に消えていく。
「…さて、僕たちはホテルを探す感じかな?」
「そうだな。久しぶりにまともな宿が取れそうだぜ。」
男子2人が相談する中、後方に控えた十輪寺は市外に位置する岩山をただじいっと見据えていた。
「…波紋の遺跡?」
「ええ。ちょうどこの近くにあって。…伝承だと『鍵』なるものがあるらしく。」
適当な宿を見つけて三室借り、そのうちの一室で一息ついた後、十輪寺は2人に話し出した。
「ひょっとしたらこの旅で何か役に立たないかなあと。でも許可取る前にジョースターさん病院行っちゃいましたからね…」
「いいんじゃねぇか?4時にあの地点集合さえ守りゃあ文句言わねぇだろ。」
承太郎の返事にうーんと唸りながら十輪寺は続ける。
「それが、盗掘除けの仕掛けがあるらしくて。ちょっと危ないかなと悩んでます。」
「だが僕たちにはスタンドもあるのだし…承太郎、僕たちも行ってみよう。どうせすることもないのだから。」
うなずく2人を見ながらそれならば心強い、と十輪寺も喜色を滲ませた。
***
(それがまさか、ここまで危険なものなんて思わないでしょ…!)
天井に無数に下がった鎖の一本に掴まりながら十輪寺は下を見下ろす。そこには迷路のようにやや入り組んだ岩壁と、いくつかの点在する遺物。
(確かに、確かに聞いたことがある!波紋はスタンドに近づくための技術だったって!)
入ってきた扉から風が吹き込んだ。十輪寺の前髪を撫ぜていったとともに、瞬き1つで景色に僅かな違和感が生じる。
(だからって…!この部屋自体がスタンドなんて!!どういうことなの!?)
鎖が不穏に揺れる中十輪寺は必死に思考を巡らせ始めた。
***
数分前。ベナレスからそう遠くない岩山にある洞穴の前に3人は立っていた。周囲は財団管轄の土地らしく、ところどころ錆びたフェンスとキープアウトの看板が無造作に立っているだけ。随分と不用心だなと承太郎が言うのに対し返事をしながら十輪寺は洞穴に入っていく。
「そうそう簡単に突破できないからですよ。まず最初の関門が波紋でしか突破できません。」
中は意外なことに迷路のように枝分かれしていた。十輪寺は懐中電灯片手に迷わず足場の悪い道を進んでいく。
「随分詳しいな。」
「一回来てるんです。その、扉の前まではたどり着いたんだけど、開けて試練に挑むのは何があるかわからないからと財団でも保留中で…」
「それに挑むんってんだからおめーも度胸あるよな。」
「そこまでしないと…相手は吸血鬼ですからね。」
そう話していると、不意に開けた空間に3人は出た。そこには風化したのか、あるいは意図的なのか腕一本がようやっと通りそうな穴がいくつか開いており、僅かに陽光が差し込んでいる。空間――もはや部屋といった方がいいだろう――の中心部には四方に伸びた鎖とそれにつながる壁に埋め込まれた鉄製の燭台。そして視界の先には石造りの扉。
「…本当に遺跡じみてるな。まるでインディ・ジョーンズさながらだ。」
花京院が呟くのに「私も思いましたよ」と十輪寺は軽く応じて鎖をつかむ。
「それは何だい?」
「第一の関門ってやつです。これ、あの燭台と繋がってるでしょう?これを使って同時に火をつけるんです。寸分違いなく。」
そんなことがスタンドなしで可能なのかと2人が顔を見合わせる中彼女は呼吸を整え始める。
「実は私はこの技苦手なんですけど…やるだけやってみます。」
コオォと呼吸音が空間に響いた。そして鎖の上に赤い光が迸る。
『
赤い閃光は同時に燭台に届き、それを伝って炎が一瞬で駆け抜けていった。燭台に火が付く。部屋が一気に明るくなるとともに、ギギギと何かの駆動音がした。
「できたっ!」
十輪寺の跳ねた声とともに石扉に隙間ができる。徐々に扉は開いていくが人一人が滑り込めるかどうかというところでぴたりと止まってしまった。
「…どうやら老朽化してるようだな。俺がこじ開ける。」
言って承太郎はスタープラチナを出現させて扉に手をかけた。さすがのパワー型の怪力に沈黙していた扉も動き出す。
「ありがとうございます。」
「これくらいどうってことはねぇ…が、次は面倒そうだな。」
扉の向こうを見た承太郎がぼそりとこぼすのに首をかしげながら十輪寺がのぞき込むと、そこには一面の岩でできた針のむしろが存在していた。
「…波紋てのは本当に何でもありだな。」
波紋の呼吸をしながら針の先端をバランスを取りながら歩いていく十輪寺を見て承太郎はぼやく。それに全くだと返しながら花京院は腕を組んだ。
「まぁハイエロファントの射程圏内までは付き添えるからいいけどね。十輪寺!危なくなったら手を出すからな!」
その声に応答するように小さく暗闇に溶け混みそうな十輪寺の影が手を上げる。針の道をスタープラチナで壊しながら進むことも提案したが当の彼女が頑として譲らなかったのだ。曰く、遺跡を壊すのは先人に対する非礼だと。波紋で突破してこそ意味があるのだと。
「…頑固な奴だぜ。おかげで変な疑いまで持っちまった。」
やれやれだとため息をつく承太郎に花京院も苦笑する。
「氷解したからいいものの、というやつだな。さて、僕は向こうに集中するよ。」
緑の触脚をきらめかせながら法皇も遠ざかっていく。それを見てふと承太郎は疑問に思ったことを口にしていた。
「…そういえば花京院、おめーそういうふうにスタンドとばしてる時どういう風に見えてるんだ?」
「どうって…説明が難しいな。君こそスタープラチナの視界はどうなっているんだい?」
逆に問われて承太郎もむと押し黙る。思い返してみると確かに口で説明できるものではない。
「…スタンドは人それぞれだね。波紋も大概だがスタンドも大概だと僕は思うよ。」
そんな話をしていると奥の方からおおい、と十輪寺の声がした。どうやら第二の関門を渡り終えたようである。
『とりあえずただの道が続いているな。』
「そうですね。でも仕掛けがあれだけだとは思えない。」
『先行しようか?』
「いいえ、大丈夫。とりあえず進んでみましょう。」
針のむしろの先は一本の道になっていた。十輪寺と法皇は話しながら先に進んでいく。光は届かないため懐中電灯を使って足元を確認しているが、入ってきた時とはうって変わってきれいに整地されている。入口のあれはフェイクだったのだろう。
『今僕たちから離れて80mってところかな。』
「距離分かるんだ?というより、よくそこまで離れても平気ですね。」
『承太郎にも言われた。…と、どうやら第三関門のようだぞ。』
法皇が軽いトーンだった声をくぐもらせ指をさす。その先には今度は金属製の扉が岩盤に埋め込まれたかのように鎮座している。十輪寺もいったん立ち止まって、ふうと息を吐いた。
「今までのはそこそこ鍛えた波紋使いなら突破できるレベルの仕掛けでした。だけど、次は多分もっと高度なものになってくるはず。…行きますね。」
十輪寺は扉に手をかけた。何かが発動するような気配はない。力を込めて引くとずずずと音を立てながら扉は地面をこすりながら開いた。来た道からのわずかな気流がその先にも入り込んでいく。十輪寺が恐る恐る部屋の中を覗き込むと、暗闇で先の見えない一本道が続いている。だがその一本道の壁は2mほどの高さという中途半端さだ。天井には無数の鎖が垂れ下がり、壁の向こう側の空間の存在を示唆している。
「これは迷路でしょうか。でも何だろう、それにしては抜け穴が多いように見えるけど…」
『確かに妙だな。念のため僕は上の方を見てくるよ。』
言って法皇は十輪寺の隣からふわりと浮上し天井の鎖を見分しだす。それを見送って十輪寺も先に目をやりながら一歩踏み出した。
こつん、と靴の中に違和感を持った。
(…?石が入っちゃった?)
何が起こるか全くわからない遺跡内である。万全の状態で行きたいと考えた十輪寺はひょいと片足を上げて靴の中を確認した。その時、ふと周囲が暗くなったような気がして振り返る。
先程の、扉がない。
道が続いている。
「えっ」
足を下してまた先の方を見ようと後ろを向く。と、そこには先程までなかった――明らかに異様な物体が壁にめり込んでいた。暗闇の中十輪寺が目を凝らすと、それは。
「!!」
人間の頭蓋骨だ。それがまるで埋め込んだかのように平らな石壁から半分突き出ている。
それを認識した瞬間に十輪寺は思わず後ろに飛び退った。瞬きを1つ。するとそこには曲がり道があった。――先程まで先が見えなかったのに?
これは、と十輪寺が思ったと同時に離れたところから法皇が声を上げた。
『十輪寺?どこに行ったんだ?』
「花京院気を付けて!この部屋おかしいッ!!」
法皇を捕捉しようと上を見上げるために体勢を変える。すると今度は垂れ下がった鎖の位置が変わった。それとともに左袖が引っ張られるような感覚を持つ。
見やると、ちょうど手首の上あたりの布地が、壁にめり込んでいる。
(…まずい!!)
咄嗟に十輪寺はポケットからサバイバルナイフを取り出し布を切った。そして壁から離れようとまた一歩……後退する前に踏みとどまった。
また風景が変わったのだ。目の前にあった壁が瞬きの一回で道に変わる。これは、もしかしなくても。
「空間転移…ッ!まさかッ!天井の鎖はッ!!」
踏み込みだ。今まで一瞬のままに起こってきた変異は踏み出したことを契機に始まっている。十輪寺は波紋の呼吸をしながら跳躍し天井から垂れ下がる鎖に手を伸ばした。またしても鎖の位置が変わるが、幸運なことに他の鎖の先端ぎりぎりをつかむことに成功する。
「くっ!」
『十輪寺!?いつの間にそんなところに移動したんだ!?』
法皇が後方から声を掛けてしゅるりと十輪寺のすぐそばに飛んでくる。それを横目に見ながら十輪寺は腕の力だけで鎖を上りつつ、早口で法皇に仮説をまくし立てた。
「この床が原因です!一歩踏み込むごとに空間転移させられた!だからこの鎖があるの…床を使わずに移動するためにッ!!」
『なんだと…!?そんな技術があるというのか!?』
その言葉に鎖に揺られながら彼女はつばを飲み込み答えた。
「いいえ…こんな超常現象、波紋で聞いたこともない。」
「これは、スタンドよ…!」
***
『この部屋自体がスタンドだというのか!?そんな馬鹿な!!』
大体、と法皇は暗闇の中その身を煌めかせながら声を上げた。
『本体がいないじゃあないか!ここは遺跡!そして間違いなく今この場には僕たちしかいないッ!』
「でもこんな超常現象が他にあるというの…?」
『…とりあえずそれは置いておこう。十輪寺、今すぐ戻ってくるんだ。何があるか分かったもんじゃあない…!』
十輪寺も冷や汗を流しながらその言葉に同意しかけた。だが、ふと周囲を見渡してあるものに気が付く。燭台だ。鎖につながるように燭台が点在している。これは第一の関門と同じく、波紋でつけることを想定されているものだと思い至る。
「…花京院さん、ちょっと離れてて。」
『え?』
彼女は呼吸を整え集中した。やってみるだけの価値はあると踏んだのだ。そして来た時と同様
室内は単純な迷路のように石壁が簡素に設けられている。その壁にはところどころ不自然に布やら木片やらが埋没されていた。――この空間転移は困ったことに非常にざっくりとしたものらしい。転移先に物があった場合重なってしまうのだろう。
(思えば最初の靴の中の石もこれだったんだわ…偶然転移が重なって入り込んだんだ。)
床には無造作に古代の貨幣袋と思われるものが点在している。朽ちかけた木箱もだ。勿論壁にめり込んだものもある。儀礼用の刀剣、波紋の秘宝と思われる織物、水を湛えた儀式用の背の高い水盆など、まさに遺跡らしいものもその場に――いや、瞬間転移して場所が変わった。
(…この中から探せ、というのが試練なわけね。つまりここが最後の関門…)
十輪寺は黙考する。この、人命が懸かっている旅路の最中に無理をしてまでもその鍵と例えられたものを手に入れる価値があるのだろうか。それを行った場合のリスクと引き換えにできるほどの何かを得られるのだろうか。
ややあって彼女は他の鎖に手を伸ばした。……扉とは逆方向の、中心部に向かうために。
『…十輪寺?何を考えてるんだ…?』
法皇が狼狽するのに謝罪をしながらも、十輪寺は言い切った。
「ごめんなさい。これを、この試練を解き明かして乗り越えてこそ、私は自信を持てる気がするの。…今選択するべきじゃあないかもしれない。でも、何かの役に立つかもしれない。」
『…それが君の覚悟か。』
こくん、とうなずきながら十輪寺は鎖を伝って中心へ、上へと向かった。そして部屋を一望できるところにまで来て目をすがめる。その額には未だ冷や汗が流れていた。それでも挑むと、決めていた。
『…わかった。ただし、口は出させてもらうよ。仲間なんだから。』
「ありがとう。」
***
扉から隙間風が吹いてくる。不規則なタイミングで床に置かれたものの転移は起こっている。
「…?床から私が離れたのにまだ起こっているの?しかも時間が一定じゃないわ…」
十輪寺はたるんだ鎖に足を掛けながら事態を慎重に静観していた。…腕の力だけでぶら下がったままではとてもではないが体力が持たない。そのうえ鎖の上から物を見つけて取り、それで間髪おかずにまた鎖に戻って出口に向かわなければならないのだ。体力は温存しておくことに越したことはない。
『…今考えたんだが。』
法皇が前置きをして横から仮説を述べてくる。
『例えばこれがスタンドだとして、本体がいないのならば…トリガーが存在するんじゃあないか?』
「トリガー?」
『だって意思が伴わないわけだろう?ならば何をもってこの転移が引き起こされているというんだ。今のところ現象はランダムに起きている。…何かあるはずだよ。』
その言葉に十輪寺も転移の原因を探そうと目を凝らして見下ろす。幸いにも光源のおかげで中のものは壁の陰に隠れていない限りは見渡すことができている。法皇も慎重に十輪寺から離れその死角をカバーするように探索を開始した。
(何か。…不自然な何かがあるはず。)
天井から下がった燭台の炎が揺れるとともにまた転移が起こる。試しに木箱に近づいていた法皇がそれが目の前から消えた事に歯噛みする。
『くっ…これじゃあ調べることすらままならないぞ…!一体何が原因だ?』
「…整理しましょう。まず、私が床にいた時。一歩歩いただけで転移は起きた。」
目を走らせながら十輪寺は言う。風が額を撫でた。また物の配置が変わる。
『次、今のように何も床を踏んでない時に起こる転移。それの契機になるような…今起きたことは何だ?』
法皇の応答に十輪寺は眉根を寄せて考える。何か不自然なことは起きていないはずだ。ならば自然な何かだろう。――自然な、何か?
「……風?」
『何?』
「風が吹いたわ。扉から流れ込んでくる風。…まさか!」
十輪寺は燭台に再び目をやる。それにはっとしたように法皇も浮かび上がって部屋内部を注視した。
燭台の炎が揺れた。
転移が起きた。
「揺れた!」
『!!あたりだッ!十輪寺!!』
風と共に転移が起こる。そうして十輪寺はふと思い至った。
「あの扉…そういえば引き開けた時地面をこすっていた。隙間風一つ通さないような作りになっていたのね…!」
『…成程。これはそもそも1人で挑む試練ではないのかもしれないな。』
「というと?」
『扉はこの部屋から見たら外開きだ。開いた扉を地面に接さずに閉めなおすなんてできっこない。』
その言葉に確かに、と十輪寺は思い返す。入り口近くに鎖はあるが長さが足りないのだ。逆にすべてが終わった後に蹴破って出ることができる仕様、ともいうべきか。
「…でも風程度の接地でこれが起きるっていうならそれこそ地面に近づいた時点でアウトですよね。大本は別のものなんじゃないかしら。」
『それなら…心当たりがあるぞ。十輪寺。』
法皇は言いながら指をさす。
『思えばこんなものがあるなんて、不自然だったんだ。遺跡だからと見逃していたが、そうでもない限りこれはとても不自然なものだったんだ。』
炎が揺れるとともに、それの水面が、揺れた。転移が起きる。
『大本は……本体は十輪寺、あの水盆だ…!!』
再び転移して別の場所に現れた水盆を示しなおしながら、彼は言った。
***
十輪寺はごくりを唾をのんだ。その儀式用の水盆は今はさざ波一つなく沈黙している。
法皇の……花京院の仮説はおそらく正しいと直感が告げていた。水盆は妙に背が高い。それこそ鎖の先端ぎりぎりにぶら下がれば手を浸けることができるほどの高さだ。そしてこのギミックの骨端が、十輪寺には見えた。
「…床を歩く振動や風による振動であの水面が揺れる。でも、波紋を通したら水面の揺れは止められる…」
はっと法皇は十輪寺を見た。そしてしゅると水盆に近づいていく。そして彼はその中に沈められたものに気が付いた。
『石だ…石のような何かがあるぞ!』
「石?赤いですか?」
石と聞いて十輪寺がすぐに思い浮かべたのはエイジャの赤石だった。もしもまだ純度の高いそれが現存するのであればこの管理に納得がいく。だが違う、と法皇は首を振った。
「むしろ何の変哲もない石のようだが…。まるで金属片のようにも見えるとがった黒い石だよ。」
十輪寺は首をかしげながらも他の遺物をざっと見まわす。確かに貴重なものはあれど鍵と呼ばれるにふさわしいかといわれれば疑問を持つものばかりだ。
「…考えてもしょうがないですね。その石が何なのかわからないけど…やってみましょう。」
そして彼女は法皇に頼みごとをする。
「花京院さん、扉を閉じて向こうで待っててください。…必ず戻ります。」
『…5分だ。それまでに戻らないなら助け出す。』
ずずずと扉が閉ざされることにより炎が揺らめいて空間転移が起きたが、完全に閉ざされたのち、それはぴたりと収まった。ふうと一息ついて十輪寺は策を巡らせ始める。
(まず位置ね。長い鎖のところに水盆を誘導する必要がある。)
「…ネイビー・モビー・ディック、まずは服を吐き出してみて。」
彼女の分身が巨体をくゆらせ口からシャツを出す。一瞬ひらりと漂った後それは床に落ちた。――転移が起きる。水盆はすぐ近くまで転移したが鎖の長さが足りない。
「この程度の振動でも転移するのか…。今積載してるもので一番多かったものって何だったかな…」
鎖の上でバランスを取りながら十輪寺は思案し、とりあえず余分に積んでいたものを思い出しては吐き出させていった。何個か物を落とし、水筒がからんと音を立てて落とした時ちょうど長い鎖のすぐ下に水盆が転移した。
(来た!慎重にいかなければ…!)
波紋の呼吸を整えて彼女は鎖を伝っていく。機敏に、しかし風を立てないようにできる限り天井に近い所を伝ってその鎖の所を目指す。汗が滴った。指先に波紋を集中させて鎖にくっつく波紋を流していく。2分といったところだろうか。やっと目的の鎖にたどり着く。花京院に告げられた時間まであと3分弱。それに十輪寺の体力と緊張の糸がどこまで持つかわからない。意地を通すためには早期決着が望ましい。
十輪寺は慎重に慎重に鎖を降りていく。腕に余計な力が入るが気にしていられない。あともう少しで片腕を伸ばせば届くかといったところで……汗が、一滴したたり落ちた。
「!!」
まずい。反射的に十輪寺は鎖を揺らして壁を蹴り、水盆の方に飛び込んだ。振動で水盆が転移する前にかたをつけなければならない。両手に波紋を集中させる。彼女が最も得意とする水を操る波紋。指先が水に触れた瞬間水面が氷のように固定された。そのまま落下の勢いで手を水中に沈めつつもう片手で水盆の淵にぶら下がった。波紋の光が迸る中、十輪寺は沈められていた石を掴んだ。
波紋を流しながら彼女は水盆をよじ登ろうとした。だが、それより先に恐ろしいことが起きてしまった。……勢いのまま衝突するように飛び込んできた彼女の重量に、水盆が耐え切れなかったのだ。その軸はあまりにも細く、地面に固定されているわけでもなかった。――水盆が、傾き始めたのだ。
「!!」
掴まった状態だった十輪寺にはどうすることもできなかった。ガシャン、と音を立てて水盆は倒れる。その拍子に十輪寺は水盆から離れてしまった。
風景が切り替わった。水盆が消失するとともにまたしても風景がどんどんと移り変わっていくいく。
(まずい!倒れたことによって予期せぬ反応が起こり始めたんだ!!)
変わっていく風景の中、十輪寺は身動きが取れなかった。天井の鎖に掴まろうにもすぐに場が置き換わるため狙いが定められない。
(…こうなったら…!一か八か!!)
十輪寺は覚悟を決めて起き上がりざま波紋の呼吸で跳躍した。――鎖に掴まるためではない。出口を見つけるためだ。飛び上がった一瞬の中で扉の方を見定める。
「モビー!アンガーテイル!!」
自分の足元に鯨の尾を出現させて、振りかぶらせた。
***
「…で、得られたその石が何だっていうんだろーな?」
洞穴から出たことで目を眩ませながら高校生3人は話し出す。
「わかりません…こればっかりは研究者さんに丸投げかなあ。でもなんか使い道あるかもしれないし、この旅の間はお守りがわりに持っとこう。」
訝し気な2人に対し十輪寺はどこか晴れやかだ。よほど遺跡の仕掛けを突破できたことが嬉しかったらしい。無茶をする奴だと思いながらも承太郎は黙っておいた。
「さて、今15時か…そろそろ合流地点に向かおう。そういえばジョースターさん虫刺されは大丈夫かな?」
「へーきだろ。あのじじいのしぶとさはピカイチだからな。」
「そんなこと言って…ジョースターさんだってお歳なんですからね?」
やいのと言い合う3人はまだ知らない。今夜のためにせっかくとった宿が、その虫刺されが原因でふいにされてしまうことを。