デリーで四輪駆動を入手した一行は次の国、パキスタンへとむけて一路西へと荒れ地を突き進む。道中あの家出少女ことアンと再会したのには驚いたが、なし崩し的に空港まで同行させるしかなかった。
アンが世界を見て回りたいと話す中、誰も聞いてない一行のごとく十輪寺もまた思案にふけっていた。
(最近ぱったり夢を見なくなっちゃったのは、なんでだろう。)
それは十輪寺を苦しめていた予知夢の件だった。インドに入ってからこのかた、アヴドゥルの時の白昼夢以外は何も見ていないのだ。…それこそ、毎晩のように見ていた花京院の死ぬ予知ですら。おかげで最近目覚めは良いが、逆にそれが時折彼女の不安をあおって仕方がない。
(まさかあの石のせいだったりして。でもちょっと時期がずれるかな…)
最後に花京院の夢を見たのは、それこそ船の上だったはず。…つまり彼に予言をしてからパタリと止まったというわけだ。そのことに表情には出さないが彼女は苦渋する。
(全くつかめなかった…DIOが何をしてくるのかわからない。)
仲間の死によって見えかけた敵のスタンド能力が十輪寺は解けずにいる。皮肉なことだと思う。精神をすり減らすことがなくなった代わりに糸口は遠ざかった。
花京院は自身の夢のことを仲間の誰にも話していないらしい。十輪寺も当然、怖くて話せたものではなかった。
そんなことを考えていると急にクラクションが鳴った。先ほど追い越していった車が後方から煽ってきているようだった。
「おい!無茶な!承太郎!ジョースターさんまで!!」
街道の茶屋。一行は先程の事故を誘発してきた車の運転手をあぶりだそうと暴挙に及んでいる。花京院が止めようとする中、十輪寺はアンと呆然として様子を見ていた。
(いや、あそこまでされたし気持ちはわかるけど…)
だからといって一般人の可能性が高い人たちに手を出す気には到底なれない。ポルナレフが1人の客に手を上げようとした瞬間、背後からバタンと車の戸を閉じる音がした。一同がはっとして振り返るとその車は走り去っていく。
「俺たち…ひょっとしておちょくられたのか!?」
(ひょっとしてなくても、おちょくられてると思う。)
内心そう思いながらも十輪寺は四駆に乗り込む一同を止めはしない。はたしてこの相手は敵の追っ手なのだろうか。とりあえずアンを白鯨に飲み込ませた方がいいのだろうかと判断を仰ぐ前に車は急発進してしまった。
――そうこうしているうちに敵…『
***
「う~ん…モビー・ディックが車を飲み込めるくらいでかければもっと便利なのかもしれない…」
「それは求め過ぎってもんだぜユイ。十分いろんなもの積み込めてるじゃあねーか。」
ベッドに腰かけた能天気な声が応答するのに十輪寺は答える。
「でもポルナレフ、あの戦いで少しも役に立てなかったのはちょっと癪なの…」
「…それは俺も同じだから言うなって。」
その後一昼夜荒原を走り抜けて一行は国境を超えた。今はパキスタンのラホールという街で無事宿をとり休息中である。ここはポルナレフと花京院の部屋。することが特になかった十輪寺は要するに駄弁りにこの部屋を訪ねた。ちなみに夢のことを話して以来ポルナレフとはため口である。彼の持つ雰囲気が十輪寺の堅苦しさを取っ払ったのだ。
「そういえばあの家出っ子は?」
「ああ…空条先輩と離れたくないって駄々こねにあちらの部屋に。こちらこそ花京院は?」
「飲み物買いに行ったぜ。あいつはい~よなァ、遠距離見えるから。単独行動してもなんも文句言えねぇわ。」
べーと舌を出しながらポルナレフはおどける。それに笑い返しながら十輪寺も言った。
「そんなこと言って…。シルバーチャリオッツは純粋に強いじゃない。レイピアなんて珍しいしどうやって鍛えたの?」
「ん~?ちっせえ頃はこいつも結構自由に動き回っててな。最初は遊びがてらチャンバラやってたんだが、親父とお袋が亡くなってからは本格的に鍛えだしたって感じだ。」
彼はさらりと自身の重たい過去を話す。ウィンクまでして言うのだから本当にタフな人だと十輪寺は思いながら微笑み返した。
「私も似たようなものかな。夢を見だしてから怖くなって波紋を学んだの。まだまだ全然だけどね。」
「まだ上目指してんのかァ!真面目ちゃんだなあ。そういうトコ肩の力抜いたほうがいいぜ?」
ポルナレフは大仰に言って肩をすくめる。
「もっとこう、年頃の女の子なんだからおしゃれとか恋とかそっちに気を使ってみろよな~」
「あ、そういうのはいいです。」
「即答かよ…」
手を振りながらにこにこ笑って言う十輪寺にげーと辟易したような表情をポルナレフは返した。それを見て十輪寺は吹き出した。
「だって物心ついてからこれなんですもん。今更軌道修正なんて難しいわ。」
「そんなことないと思うぜ?あの家出娘だってどう化けるか…女の子は変わるもんだからなあ。」
ポルナレフはおもむろにベッドから立ち上がり荷物から櫛を取り出す。そしてドレッサーの前でわざと恭しく礼をした。
「さてお嬢様。まずは形から入ってみるのも楽しいと思うぜ?試しにやってみっか?」
ポルナレフの意外な行動に十輪寺はぱちくりと瞬きした。
部屋の前まで戻ってくると中から楽しそうな笑い声が2つする。トーンからして十輪寺が遊びに来ているようだ。そう判断して扉を開けた花京院の目の前には不思議な光景があった。
「…何やってるんだ2人とも?」
「おーおかえり花京院!」
「お帰りなさい。見ての通り、髪の毛いじってもらってるの。」
目線だけ花京院によこした彼女の亜麻色の髪は確かに、こめかみから結び目にかけて編み込みがなされていた。十輪寺はくすぐったそうに笑う。
「ポルナレフがおしゃれは形からなんていうから。」
「そりゃこんな旅の中じゃ癒しが必要だろォ?」
ポルナレフは器用なことにするすると束ねた先も三つ編みにしていく。花京院も思わず笑みを浮かべて茶々を入れることにした。
「やましいことは考えてないだろうな?十輪寺、そう思ったら波紋使っていいんだぞ?」
「わかってる。これでも呼吸は整えてるのよ?」
「おいおいなんだよお前ら!ひでェんじゃねーの!?」
2人がこんなことを言ってしまうのはポルナレフの懐が広いからだ。つい辛辣なことを言ってからかいたくなる。それでも許してくれるのが彼の度量の深さだろう。
しかし、と花京院は首をかしげながらベッドに腰かけた。
「慣れたもんだな。君にそんな繊細なことができるとは思ってなかったよ。」
「あぁ!?口が減らないおぼっちゃまだなァ!よくシェリーにやってやったんだよ。これくらい慣れっこだぜ。」
にかっと笑って彼は予備のヘアゴムを手に取る。ポルナレフは平素の陽気さに似合わぬ過去を抱えた1人の大人なのだと再認識して、2人は思わずぎこちない笑みを浮かべた。それを見て見ぬふりすることも彼は得意なようだった。
「女の子は髪も命だぜ?ユイ。お前こんな旅だからって手を抜いてるだろ?オニイチャンわかっちゃうんだよな~。」
「…バレました?」
鏡越しに上目遣いでポルナレフを窺う十輪寺にこつんとこぶしを頭に当ててポルナレフは言う。
「俺や花京院が気を使ってるのにお前ときたら…。ほれ、フィニッシュだ!」
言って彼はパッと手を挙げた。その顔はにやりと笑って満足気である。十輪寺も鏡の前でこめかみの編み込みを確認しながら楽しそうだ。
「わぁ…!凄い!たまにはこういうのもいいかも…」
「お、乗り気だな?じゃあ明日の朝もやってやるよ!」
やいのと盛り上がる2人を見て、兄弟がいたらこういう感じなのだろうかと花京院は思う。似合う?と聞いてくる十輪寺にうなずき返して彼は今しがた買ってきた水の瓶を開けるのだった。
***
そんな平穏な夜を過ごした後は、道なき道をただひたすらにカラチに向けて南下するパキスタン縦断の旅となった。いつのまにやら濃霧まで立ちこめるようになってくる。悪路が続く中崖下に街が見えたので、一行は少し早いが宿を取ろうと相成った。
「なかなかきれいな街じゃ。ホテルもありそうだな。」
ジョセフがそう言いながら先導する中、十輪寺は得も知れぬ妙な不安感に囚われていた。
(この感覚…覚えがある。何だったっけ…)
街は異様に静かで歩く人々の囁きすら聞こえない。彼らはただ粛々と生活をしている。それも相まってなのか言い表せぬ不気味さが彼女に警鐘を鳴らす。
「どうしたユイ?」
「…ううん、何でもない。」
前髪をかき上げながら十輪寺は笑って誤魔化した。承太郎と花京院も彼女をちらりと見たのち街のほうに目をやる。…彼らも若干この地の様子が引っかかっているようだった。
視界の端でレストランの店主にすげなく会話を打ち切られたジョセフを捉えつつ十輪寺は考えた。そしてはたと気が付く。
(…あ。あの時と、似てるんだ。貨物船の時と…)
静かにかかるプレッシャー。裏で誰かが手ぐすね引いているような予感。何故かはわからないがそのような感覚に彼女はまた陥っている。
(…どうか何もありませんように。)
見上げた空は濃霧に包まれている。彼女がそれに気を取られているのと同時にポルナレフから叫び声が上がり、皆はっとしてそちらに向き直った。
「…テレビは映らんか。やっぱり怪しいのォ…」
こんこんと備え付けのテレビをたたきながらジョセフが言う。不気味なこの街で穴ぼこだらけの死体を見つけたのち、宿をとって現在その一室で会話中である。
「これでは念写も念聴もできないですね。十輪寺ももうカメラのストックがないんだろう?」
「…ええ。怪しい街だというのに。」
彼女は表情を曇らせる。旅路の最中、少しでも刺客やDIOの情報を得ようと積載していたカメラを使ったことがあだとなった。よりによってこのタイミングで切れるとは。
「…いずれにしろおかしいな。君もそう思うんだろう?空条。」
「ああ。俺はあの婆さんも警戒すべきだと思うぜテンメイ。」
2人は常にない呼び方でお互いに声をかける。それを見て「わしもやっとくんじゃったなあ」とぼやくのはジョセフだ。それに同意するように十輪寺も軽くうなずいた。
「しかしの…念写で映るのは暗闇とDIOばかりと考えると何らかの邪魔をされてるとしか考えられんのじゃ。」
今までに念写で出てきたのはDIOの姿のみで、新たな刺客の情報は皆無だった。そして時折ジョースター2人が感じる『見られた』という感覚。
「…ハーミットパープルと類似するスタンド使いが向こうにもいるのでしょうか?」
「遺跡でのことを考えると物、という可能性もあるがね…」
十輪寺の言葉に花京院がぼそりという。それにそういえば、とジョセフが十輪寺を見た。
「お前さんが遺跡でとってきた石とやらをゆっくり見てなかったな…。ちと見せてくれんかね?」
はい、と応答して十輪寺は石を彼に手渡す。ジョセフはためつすがめつしてフームと顎に手を当てた。
「一見ただの鉄鉱石だのぉ。じゃが、儀式的な何かに使うとなれば…隕鉄の可能性も出てくるな。」
「隕鉄?」
学生3人組は聞きなれぬ言葉に疑問符を浮かべる。ジョセフはほれ、と石を十輪寺に返しながら言った。
「隕石じゃよ。大昔は空からもたらされた鉱石として珍重されとったんじゃ。それで剣を作ったりなんだりしてな。…まァ波紋でなんで隕石を守ってたのかはさっぱりじゃが。」
そう締めくくってこの話は終わった。話題はもとの敵襲の話に帰る。だが、答えは霧の街よろしく五里霧中で出ることはなかった。
***
「…ポルナレフが遅い。気になるから見てくるぜ。」
そう言い残して承太郎は階下へ行った。残った3人はばらけるのもよくないと部屋にとどまったままである。
「ほんと何なんでしょう、この街…人の騒めきすらしないなんて、やっぱりおかしい。」
窓の外を見ながら十輪寺がぽつんとつぶやくのにジョセフも唸る。
「警戒するに越したことはないが、まさか街1つを飲み込むようなスタンドなんてあるわけないと思いたいんじゃが…」
「わかりませんよ…あの貨物船の件があります。いつでも迎え撃てるようにしておかないと、ですね。」
3人は顔を見合わせて今度は部屋のドアを見た。確かにポルナレフが帰ってくるには遅すぎる。大方宿の女将と話しているのだろうが、その人物も他のメンバーから見たら要注意人物だ。
「まったく…危機感を持ってほしいものだな。」
花京院が嘆息するのに苦笑いを返しながらジョセフは言った。
「それもポルナレフの良い所ではあるんじゃがな。…この状況、対策は練らねばなるまい。十輪寺、すまんが夢は見ていないのだね?」
「…はい。何も。」
十輪寺が表情を曇らせるのに違うのじゃよ、と手を振りながら彼は続ける。
「お前さんは気にしすぎじゃ。こういう時は臨機応変に対応できるよう肩の力を抜いてな。」
にかっとジョセフが笑った時だった。
ひたひた、と急に廊下から何人かの人が近づいてくる音がした。高校生2人がはっと身構えるのにジョセフは人差し指を唇に当て制する。足音のようなそれはまだ止まらない。音の数と歩き方からしてポルナレフと承太郎ではない。足音は部屋の目前まで来た。途端ピタリ、と止まる。
『…包囲された、か。僕が隙間から見ましょうか。』
『いや、スタンド使いだったら厄介じゃ。ここから構えておいてくれ。』
スタンドの性質上ジョセフは攻撃手段に乏しい。そして十輪寺は確実に部屋を破壊してしまう上に一撃ごとの隙もでかい。この、扉を挟んだ狭い通路という場での攻撃に適しているのは花京院だろう。彼はそろりと扉の前に陣取る。
…沈黙がしばし続いた後、それは唐突に起こった。ガタタンと大きな音を立てて扉が大きくたわんだ。そしてそれを突き破って人が、確かに現地民がなだれ込んできた。
「一般人だと…!?操られ…!」
「花京院わしが代わるッ!ハーミットパープル!!」
なだれ込んでくる人は正気とは思えない形相をしている。だが仮にも一般人だ、傷つけるわけにもいかない。咄嗟にジョセフは花京院を下がらせ人々の進路を茨で塞いだ。
「くう…ッ何じゃこの数は!?ハーミットパープルが押されとる!」
花京院も法皇をクモの巣状に展開させてそれに加勢するが如何せん何の変哲もないホテルだ、壁に茨と触脚を突き立てても杭の役割にはならない。2人が作り上げた紫と緑の網から武器を持った腕が隙間を縫って出てきて振り回される。
「Shit!この数じゃあ時間の問題じゃ!」
その時十輪寺はあるものを目撃した。その飛び出した腕に空いた穴。後方の人の顔に這っていった虫。そしてどこかから漂う肉の腐ったような臭い。
「まさか」
呆然と十輪寺がつぶやいたのに何事かと2人は振り返る。それに十輪寺は、言った。
「この人たち…ゾンビなんじゃあ…」
「…!ま、まさか…街1つを犠牲にしたとッ!?」
ごくりと唾を飲み込んで十輪寺は一歩踏み出した。
「波紋ならわかります。人間なら気絶するしゾンビなら溶ける。それだけです。」
言って彼女は身に着けたマフラーをしゅるりと解いて飛び出た腕に向かって放った。
『
バチバチと音を立てて閃光が飛ぶ。固唾をのむ3人の前の人の群れは、果たして。
「えっ…!?」
びりりと引きちぎられるマフラー。ものともしていない人の波。――彼女の予想とは全く違う挙動。
「波紋が効かない!?」
ぎちぎちと人の圧は高まっていく。生きているか死んでいるかわからない人の山。このままでは決壊する。
「やむ負えん!十輪寺、アンガーテイルを撃ちこんでくれッ!!タイミングを合わせるぞ!!」
十輪寺がうなずいてさっと前に出る。とともに白鯨はその尾を床から出現させた。…ここはすでに敵地だ。ホテルを破壊することになっても敵は倒さねばならない。
花京院とジョセフが同時にスタンドを消した。人の波が前のめりに倒れ込みそうになる一瞬をついて錨の尾は人波を吹き飛ばすように思い切り振りかぶった。
「アンガーテイル!!」
めきゃりと嫌な音を立てて先頭の者に尾が激突した。勢いのまま人の波ごと後方にボンと吹っ飛んでいく。人の波は廊下の向かいの壁にしたたかにぶつかった。
「Oh…パワー型はほんとシャレにならん威力じゃの…」
「言ってる場合じゃないです!相手は波紋も効かないんですよ!?この程度でなんとかできたとは思えない…!」
十輪寺とモビー・ディックは再び構える。そしてその予測通り亡者はゆらりと立ち上がりつつあった。
「どうします…!?これじゃあ消耗戦です!私じゃあラッシュができないから食い止められるのも少しの間だけ…!」
「敵本体を叩くしかないだろう。幸い相手は人だ、スタンドを攻撃はできない。僕が這わせて追ってみるッ!」
「頼んだぞ花京院、わしと十輪寺で捌く!階下の承太郎たちが動いてるといいのじゃが…!」
死人が1人包丁片手に飛び出してくるのを茨で受け止めながらジョセフは早口にまくしたてる。その人物の腹に波紋を込めた蹴りを放ち十輪寺はジョセフをかばうように立った。
「モビー、もう一度だ!」
3人ほどが徒党を組んで襲ってくるのを尾ではじき返しながら自分のほうも亡者を足払いする。十輪寺の頭上を紫の茨がひゅっと通り抜け横なぎに人を払う。その足元の隙間を縫って触脚が走って階下に向かっていった。
「まずは承太郎たちを見つけ…っ!?」
花京院は触脚を通してみた光景に息をのんだ。1階で繰り広げられていたのは亡者の群れと1人奮戦する承太郎。こちらよりも多い人数を彼は難なく吹き飛ばしていく。
『承太郎!』
『花京院か、丁度いい。その婆さんが本体だ、ちょいと締め上げな。』
足に怪我をしているというのに至極堂々と冷静な彼を前に一拍反応が遅れたが、ああ、と応答して法皇は老婆の背後からひゅるりと忍び寄ってその首を取った。
***
「おほんおほん!…だからど~でもいいだろうがよォ!訊くなって!!」
激しい咳ばらいをしながらポルナレフが誤魔化し、ジョセフがからかう。先ほどまでの緊迫感はどこへ行ったのやら…と十輪寺は苦笑しながら救急セットを出した。敵の老婆はもう拘束して波紋を流してある。そうそう目が覚めることはないだろう。
「皆…外へ出てみろ。」
ふと承太郎の声がして皆顔を見合わせ外に出てみる。すると、そこには今まで確かにあったはずの街が、ない。そこにあったのは。
「…ここは荒野の墓場だったのか。」
「今度は街全体がスタンドだったのかという感じだが…」
各々がそれぞれの反応を示す中、十輪寺は思わず老婆のほうを振り返っていた。ジョセフも同じ心地だったらしい、ポツリと言葉を漏らす。
「スタンドの霧で街に仕立て上げたうえに墓下の死体を操る…この婆さん、とんでもない執念だ。」
そのまま話は老婆の処遇へと移っていく。
「この婆さんは連れて行く。幸い気絶させるには波紋が使えるし、喋ってもらわないとならないことがたくさんある。」
「…DIOのスタンドと刺客の情報、ですね。そう簡単に口を割るとは思えませんが…」
花京院の言葉にジョセフは己のスタンドを出した。
「わしのハーミットパープルを忘れるなよ…?」
「なるほど!そしたらテレビのある次の街で…」
一行が話し合っている時だった。この場にいた闖入者の存在を、彼らは完全に忘れていた。ジープのエンジン音がして振り返るとその先には走り去っていく車とホル・ホース。
「あの野郎!我々のジープをッ!!」
「俺はやっぱりDIOにつくぜ!忠告しておいてやるがその婆さんはすぐ殺したほうがいい!さもないとDIOの恐ろしさを改めて思い知ることになるぜ!」
ひひひと笑いながら彼は言い残して荒野の先に消えていった。
「~ッ!!んの野郎!!アヴドゥルの時といい今回といいッ!!今度会ったらただじゃあおかねぇ!!」
ポルナレフが地団太を踏みながらホル・ホースを罵る。――もっともアヴドゥルは今インドの病院で静養中ではあるのだが。
ともあれ、足がなくなった以上次の街までは歩きということになる。それには一行も頭を抱えざる負えなかった。
「…やっぱりモビーがもうちょっと大きければ…」
「それ以上大きいのも考えもんだがな。やれやれだぜ。」
はぁとため息をつく十輪寺の隣には老婆を背負った承太郎。当初老婆をモビー・ディックに飲み込ませようかと提案したのだが、老婆が目を覚ました瞬間に内側から攻撃されたらまずいということになって男メンバーが交代で背負うことになったのだ。時刻はもう日がほぼ傾いている16時30分頃。町はおろか民家一軒も見つからない。崖路を上ったので皆疲労が見えている。
「…潮時かの。ここは開けておるしテントを張るか。十輪寺、お前さんがいるから荷物の心配はしなくてすんでるんじゃ。それこそ車なんて飲み込んでみぃ…代償がありそうで怖いわい。」
ジョセフはぶるりと体を震わすジェスチャーをする。それに合わせて十輪寺も顎に手をやって応答した。
「重さで顎が外れちゃったりして。」
「シャレにならないぞ!だから高望みはやめるんじゃな!」
あはは、と笑い返して十輪寺はテントを吐き出させた。もうこの準備も皆慣れたものだ。いつもよりちょっぴりハードな環境での野営。ただ、それだけだった。
だから十輪寺は油断していた。久しくそれから離れていたことも相まってなのかもしれない。
***
―…え?
目が覚めた、と思ったら私はその場に立ち尽くしていた。街の中、日は中天に差し掛かっている。
―これは…予知夢!!
ざっと周囲を見回す。露店が立ち並ぶ大通り、壁のいたるところに張られたポスターと看板から察するに、ここはカラチ。
後方に馬車があった。旅のメンバー、相変わらず私は居ない。それを視認した瞬間からそれが始まった。
老婆の目から、鼻から、口から…触手があふれ出した。
「あばばばばぁ!!!」
老婆が馬車から転げ落ちながら叫ぶ。
「何故貴様がわしを殺しに来るぅぅぅ!!!」
振り返ると男が1人。4人を前にして端然と名乗りを上げていた。老婆の体を侵食する触手。
「DIO様がわしに肉の芽を植えるはずが…」
―肉の芽ですって!?
ぞわりと悪寒が走った。花京院とポルナレフに植わっていた、それが。思わず目が釘付けになる。急に耳が遠くなったような足元から崩れ落ちてしまいそうな感覚にとらわれる。
ジョースターさんが老婆に駆け寄ったところで、後ろにぐんと体を引かれた。
「DIO様は、わしを信頼してくれている…言えるか。」
老婆の最期の言葉が嫌に耳に残った。
ストックが無くなりかけているので次回から不定期更新にさせていただきます。