星の海を渡る船   作:仁倉

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ラバーズは相手を見ていない

その一撃は重く、気絶しなかっただけましというありさまのものだった。十輪寺はよろりと膝をつき、何とか呼吸を整えようと浅い呼吸を繰り返す。

スタープラチナの一撃。自身のモビー・ディックの尾打すらまともに経験したことのない彼女にとってはとんでもないものだった。慌ててジョセフが駆け寄ってくる。他の一同は敵の姿を捕捉しようと周囲を見渡すがそれをダンは嘲って立ち上がった。

「愚か者どもが…探しても見つかりはしない。」

言って彼は札を取り出し道にいた少年にぴっと投げ渡す。

「小僧、その箒で私の足を殴れ……殴れといったんだ!」

少年は一瞬躊躇ったものの、思いっきりダンの足を殴りつけた。――十輪寺の足に激痛が走る。

「ぐ…っ!」

呼吸を整え終えていた彼女でも呻く痛み。……これはおかしい。

「どうしたユイ!?」

何がなにかわかっていない一同の前に、ダンは高らかに宣言した。

「私のスタンドは体内に入り込むスタンド!もう既に彼女の中に入り込んでいる…。スタンドと本体は一心同体!私が傷つけばラバーズは暴れて数倍の痛みにしてお返しする!」

 

 

その言葉は十輪寺の中で棘のように引っかかった。

(また…また、人質にされた…!)

同じ轍は踏むまいと決めていたのに、再びとりつかれた不覚。それに打ちひしがれかける彼女を再び激痛が襲う。先ほどの子供がお金欲しさにまたダンの足をぶったのだ。ぐっと歯噛みする十輪寺を尻目にダンは子供を殴りつけ追い払う。

「ま、はっきり言って私のラバーズは髪の毛一本動かせない史上最弱のスタンドさ。だがね、人を思い通りにするのに力なんぞ要らないのだよ。」

そしてダンは肩をすくめて決定的な一言を放ってきた。

「まぁ、もともとエンヤ婆を殺すのは私の役目だったのだが手間が省けたというところか。お前たちが勝手に追い詰めてくれたおかげでな。しかし哀れな老婆だよ、情報を抜き取られそうになって自殺とは…。そもそも予知なんて眉唾だろうに、DIO様も酔狂なものだ。」

その言葉を聞いた瞬間、十輪寺は勢いよく立ち上がった。腹も足もひどく痛むが気にかけてられなかった。

「十輪寺…」

ジョセフが声をかけようとするのも気にも留めず彼女はダンに向けて一直線につかつかと距離を詰める。その表情は一行からは窺い知れない。場に緊迫した空気が流れる中ダンはまたせせら笑った。

「おや…物わかりのいいレディだ。大人しくついてきてくださるなら手荒な真似はしないし仲間たちにも手を…」

 

瞬間、十輪寺がとった行動に皆が度肝を抜かれた。

彼女はあろうことかダンに跪いてその靴にキスを落としたのだ。

顔を上げた彼女は険のこもった瞳でにっと笑って言った。

「……誰がついていくもんですか、このドサンピン。」

 

 

その言葉にかっとなったのはダンだった。十輪寺の三つ編みを掴み上げて彼女をしたたかにひっぱたく。勢いで転んだ彼女を足蹴にする前に、十輪寺は体勢を立て直しさっと後ろに飛びのいた。

十輪寺は頬を抑えつつ相も変わらず心底嫌だという目でダンを睨みつけて声を出す。

「残念。私が傷ついてもそちらにフィードバックはしないのね。」

「この小娘が…!」

一連の行動を見ていた一同はさっと動き出した。今にも飛び掛かりそうなほど相手を凝視する十輪寺を後ろに下げさせる花京院とジョセフ、前に出て臨戦態勢を整える承太郎とポルナレフ。

「こいつ…ッ!優位に立ってられるのも今のうちだ!ユイぶん殴った分はきっちりお返ししてやるッ!!」

その言葉にふん、と襟を正しながらダンは返す。

「できるならやってみるがいい。どうだ?なんなら私のラバーズが動く前に私を殺してみるか?ん?」

そんな余裕綽々な態度のダンの胸ぐらを掴み上げたのは承太郎だった。

「あまり舐めた態度とるんじゃねーぜ。それしか方法がないってんならやってやろーじゃあねえか。」

胸ぐらを掴み上げられ首が締まるような感覚が十輪寺を襲うが、彼女は息を乱すだけで何も言わない。その様にジョセフと花京院が焦る。

「やめろ承太郎!十輪寺を殺す気か!!」

「…空条先輩。やってください。」

承太郎の剣幕と十輪寺の物言いに、流石に余裕を持っていたダンも冷や汗を流した。スタープラチナがゆらりと出現する。その拳を振りかぶる。

拳が放たれた瞬間花京院とポルナレフが慌てて抑え込んだ。

「早まるな承太郎!!」

「やめろ承太郎!こいつは本気でユイからスタンド解除しやがらねーぞ!!」

2人はどうにかダンから承太郎も引きはがす。それを後ろから見ていた十輪寺が今度は自分がと前に出そうになるのをジョセフが食い止めた。

「十輪寺もやめるんじゃ!ここは一旦退いて」

「それでは私の気持ちが収まりませんッ!あの男よりにもよってあのお婆さんのことを…ッ!」

十輪寺は常日頃あった慎重さを全く感じられないほど切れている。このままでは本当に身の危険顧みずダンに攻撃してしまうだろう。ジョセフはさっと目線を花京院にやる。花京院はその視線に気が付いてうなずき、彼女の腕を取って駆け出した。

「ちょ…花京院!」

「そいつからできるだけ遠くに離れる!そいつを近づけないでください!!」

十輪寺の非難を封殺して花京院は彼女を強引に引っ張っていく。たたらを踏んで、十輪寺も走りだす。

彼らに追従しようとジョセフが動きだそうとした瞬間、ダンから鋭い声が飛んできた。

「おっとジョースターさん!!あなたにはここにいてもらわないと困る。…彼女ごとDIO様のもとに参じる『足』が必要ですからねぇ…」

その言葉にジョセフはピタリと動きを止めざる負えなかった。ダンが、バタフライナイフをちらつかせている。

「ふふ…遠くへ離れればスタンドが消えると思ったな?だが私のラバーズは力がない代わりにどのスタンドよりも遠隔操作が可能なのだ…何百キロもな。」

その言葉に残った3人は顔をゆがめた。

「てめぇ…だんだん品が悪くなってきたな。このツケは必ず返してもらうぜ。」

「できるならやってみるといい。どれ、じゃあもっと借りておくかなァ。」

 

 

 ***

 

 

十輪寺はなけなしの力で抵抗しようとするが、花京院が強引に腕を引っ張るためそれができないでいた。引きずられるようにして市街を走り抜けていく。道中どちらも無言だった。

かなり距離を置いたであろう所まで来てようやっと花京院は止まる。だが十輪寺を掴んだ手はぎゅうと強く握りしめられたままだった。振り返り様、彼は十輪寺を怒鳴りつける。

「君は馬鹿かッ!!あんな挑発するような真似に命を捨てるような真似ッ!!死んでいたらどうするつもりだった!!」

「じゃあ言いますけどあなたはあいつにむかつかなかったとでも言うんです!?私たちどころかあのお婆さんのことまで落としていったのよ!?」

花京院は十輪寺の突飛な行動に怒っていたし、十輪寺もダンの言動に切れていた。両者ともに譲らない、と睨み合う。

「それで死んだら元も子もないだろ!!無茶はするなと言ったはずだ!!」

「無茶?ええ、そうでしょうね、この旅は無茶しないと乗り越えられませんもの!皆だって死ぬほど無茶してるわ!」

肩を上げ息を乱しながらがなり合う2人を市中の人々が遠巻きに見ている。それにばつの悪い顔をして花京院は声をくぐめた。

「…その状態じゃあ勝てる戦いも勝てなくなるぞ、冷静になれ。」

十輪寺はぐっと押し黙った。悔しげにギリギリと歯ぎしりする。花京院はそんな彼女を連れながらまずは、と水道を見つけハンカチを取り出す。蛇口をひねって濡らしたハンカチをぞんざいに十輪寺に渡した。

「…冷やしてください。あとで腫れる。」

彼女は黙ってそれを受け取り頬に当てた。その表情は険しく、いまだ納得がいっていない様子で。

それに構わず花京院は悔しそうに口にした。

「…ジョースターさんがついてこない。あいつに留まるよう言われたか…予定が狂ったな、どうするべきか…」

「え…?」

十輪寺が困惑げに花京院を見上げると、彼はフンと鼻を鳴らして言う。

「やっぱり冷静さを欠いている。ただ逃げて射程外に出るだけだと思ったのか?ハーミットパープルなら念写で敵がどう動いているのかわかるはず。だから理由をつけて逃げたんだ。」

花京院は柳眉をゆがませた。

「だからハイエロファントも細く細くしてジョースターさんに結び付けている。これで僕たちの位置はわかるはずだが…あのダンとかいう男が、ジョースターさんから離れないと念写ができない…!」

はっと息をのんで十輪寺が目を凝らす。宙にか細い緑がきらめくのが目に映って、十輪寺は固まった。ややあって彼女はうつむき、ぽつりと言った。

「ごめんなさい。私、どうかしてました。…全く、気が付かなかった。」

「…今は後にしよう。僕も言い過ぎた。あいつをどうにか追い出して倒すぞ。」

その時十輪寺の足に激しい痛みがまた走る。呻いて彼女がよろけるのに慌てて花京院は手を伸ばした。

「くっ…この細さじゃああちらがどうなっているか見えない!何をしてるんだ、奴は!」

 

 

 ***

 

 

「なかなかいい橋になっとるじゃあないか、ホレホレホレ」

背の高い堀の上に承太郎が橋代わりになってダンを支え渡らせている。拒んだ瞬間十輪寺にダメージが行くなにがしかを仕掛けてくる以上、断ることは、できない。

後ろで見守っていた2人もダンから「それで渡るように」と言われ歯ぎしりが収まらない。よりにもよって承太郎を橋にしたうえに「それ」呼ばわり。だが、今逃げて距離を置いている彼女の足を止めさせることは、できない。

「くそ…!すまねぇ、承太郎…!」

ポルナレフたちが踏み越えていくのも支えながら承太郎は静かに怒りを蓄積させていく。

「ん~目的のところまであと少しだ。凱旋するにふさわしい『足』をご提供願おうか?ジョースターさん。」

ダンは大仰に手を伸ばしたが、はたと気が付いたように肩をすくませほくそ笑んだ。

「そうだそうだ…さっきの彼女の汚い一撃といい、この薄汚れた橋を渡ったことといい…靴が汚れてしまったな。…ポルナレフ。磨け。」

一行は歯ぎしりをするしか、残された抗いようがなかった。

 

 

 ***

 

 

「…私へのダメージは計算外においてください。まず一番は『敵をどうやって追い出すか』、です。」

花京院と十輪寺は相談して1つの目的地を定めた。そこに向かって市中を駆けながら言う。

「1つ目の言葉に同意はしかねるが相手の立場に立って考えるのは悪くない。そもそもまずこいつはどうやって君の脳内に侵入した?ハイエロファントと同じように透過したり口から?」

「でも何も感じませんでした!多分だけどコイツ…発言からしてもスタンド自体が脳に潜り込めるほどかなり小さいんじゃあ…!」

「その線で仮定しよう。とすると耳か?一番脳に近いのは耳だったはず。…おそらくそれが正解だろうな。」

敵の正体を考察しながら彼らは周囲を見渡す。

「ならば君から出ていくシチュエーションさえ作ってしまえばこっちのものだ…!」

そして、彼らは目的のものを見つけ出した。

 

 

 ***

 

 

「ははっ!!DIO様からの報酬だけでなくベンツまで!なんと役得な仕事だ…!」

ダンが向かっていた先は高級外車店だった。着いた直後ゆっくり品定めしながら、ジョセフに即金で支払わせ、それに乗り込む。

「んん~!最高の気分だ!この後遊んで暮らせる金が手に入ると思うと素晴らしいな!」

言ってダンはジョセフに向き直る。今にも殴り掛かりたい、という顔をしたジョセフに対してにたりと笑って彼は地面を指した。

「さぁてジョースターさん、最後の仕事だ。地面に這いつくばって彼女の位置を念写してもらおうか。なんせあのじゃじゃ馬なお姫様を迎えていくだけで報酬が1.5倍になるんだからなぁ。」

ジョセフはダンを睨みつけながら、しかし忠実に地面にしゃがみこんでハーミット・パープルを出現させた。砂道が地図を生み出していく。そして、目標の位置も。

「素晴らしい。ああ、これでDIO様もお喜びになるだろう!では諸君、さよならだ。ま、いきなり脳を食い破られる恐怖に怯えながら過ごすんだな。」

車に乗り込みながらダンは言い捨てて去っていく。それが遠ざかったところでポルナレフが「クソッ!!」と悪態をつきながら地団太を踏んだ。

「どうすんだよ!!これじゃああいつの思惑通り…!!ユイが連れて行かれちまう上にあいつも倒しきれねぇ!!」

ポルナレフが吠えた。……が、その時、ジョセフはくるりと振り向いて――にやりと笑ったのだ。

「なに、案ずるなポルナレフよ。承太郎も、気が付いているんだろう?」

「…ああ。」

えっとポルナレフが承太郎を振り返ると彼は何某かを手帳に書き込んでいる。ポルナレフがのぞき込むと、そこにはダンがやっていった悪行の数々が書き連ねられていた。

「あいつへのツケだ。これから返せると思うとワクワクするな。」

にっとジョセフと承太郎が顔を合わせて笑う。1人ついていけてないポルナレフは困惑気味だ。

「簡単なことじゃよポルナレフ。花京院が機転利かせてくれたおかげであいつを倒せそうじゃわ。」

 

「十輪寺の傍にいる花京院が、ハイエロファントを伸ばしておいてくれたおかげでな。」

 

 

 

 ***

 

 

 

「……探しましたよ?レディ。」

高級外車を道端に止めて降り立ったその男は、ぎっと睨んでくる2人組をものともせす飄々と礼をした。

「さて、紳士的にふるまっている間に決めるんだな。…素直に私に同行してDIO様にかしずくか、さらなる苦痛を受けつつ強引に連れ去られるか。」

ダンは余裕ぶって笑った。

「私のラバーズがいる限り、あなた方は手を出せませんからねぇ、だろう?花京院。」

ぎり、と唇をかむ花京院は十輪寺に目をやった。

「…いいでしょう。ついていきます。ただし私に指一本でも触れようとしてみなさい。全力の波紋をお見舞いしてみせます。たとえ私が死ぬレベルのものだとしても。」

十輪寺が冷徹に言いきるのにダンは嫌な笑みを深くした。

「素晴らしい。まぁ無礼な振る舞いをしてくれたことは水に流してやろう。さあ、後部座席にどうぞ?私は指一本触れないよ。」

花京院はただそれを見守ることしかできない。十輪寺が乗り込む瞬間、花京院に目配せをした。それに花京院も目線だけで答える。

ベンツが走り出すとともに、花京院は行動をとった。

 

 

『ジョースターさん、聞こえますか!十輪寺が敵についていきました!僕の射程外に出る前に仕留めますよ!』

スタンドを介しての会話。それを、数百メートル離れたジョセフに向かって飛ばす。

『ああ、聞こえとるぞ花京院。でかした!お前さんがこっちにハイエロファントを伸ばしててくれたおかげで話ができる。いいか、重要なことしか言わない。わしたちはそちらに向かって移動中。十輪寺にハイエロファントは結んだか!?』

『ええ、もう既に。しかし相手は車。急いでください。繰り返します。一直線に何も考えず僕のところに来てください。』

『わかった!そちらに向かうからお前さんはできる範囲で奴に追いすがれ。』

『了解。』

脳内をスタンドの会話が駆け抜けていく。それはまるで糸電話のようにジョセフと花京院と……十輪寺を繋いでいた。

十輪寺は聞こえてくる声に応答はしない。ただ、足を組んで腕を組んで待っていた。

慢心しきっている敵に一撃を与えるその瞬間を、待っていた。

 

 

(馬鹿どもめ…スタンド同士の会話は十輪寺に結んでいる時点で私にも聞こえているッ!!)

ダンは人知れずほくそ笑んだ。ラバーズは脳内に侵入するスタンド。ならば十輪寺に結ばれた今にも切れてしまいそうなこのか細い緑から伝う会話が聞こえないわけがないのだ。

十輪寺は何も言わない。何の様子も見せない。ダンに気づかれまいとしているのだろう。

(滑稽!もう聞こえているんだよ愚か者!そして私のラバーズのほうが花京院のハイエロファントより射程は上!!)

その時が来るのは、もう近い。何と簡単な仕事であろうか。

(エンヤのおかげでいい目に出会えた…!私にあの連絡が来たのは巡り合わせだったのだッ!!)

 

 

 ***

 

 

それはダンがカラチの酒場で作戦を練っている時に来た。店の店主が何故か電話がかかってきたとダンの名を呼びながら彼を探していたのだ。不審に思いつつ出ると、電話の主はかの館で執事を名乗っていた慇懃無礼な男だった。

『DIO様からの火急の伝達です。エンヤ婆の殺害は不要。たった今、自害したとのことです。』

なんだと、とダンは息をのんだ。彼らの拠点たるエジプトからパキスタンは直線距離にしても3700kmはゆうに届く。だというのにDIOはエンヤが死んだことを把握している。それどころかこうしてダンが今いる酒場すら当てて電話をつないできたのだ。

ダンはうすら寒い感覚を覚えた。知らぬ間に行動をすべて把握されている。これは、脅迫に近かった。

執事は淡々と続けた。

『そして追加のオーダーです。一行の中の女…十輪寺結を献上してください。なんでも予知能力者だとか。そうすれば報酬を1.5倍にすると仰せです。』

その言葉にダンはごくりと喉を鳴らした。元から提示されている額とて少額ではない。むしろこの家業の中では破格。それがさらに上乗せされる。

「…いいでしょう。乗った。従います。」

DIOの底知れなさと金の誘惑に、ダンは逆らわなかった。

 

 

 ***

 

 

内心大笑いしながらダンは車を港に向けてとばす。何と簡単なオーダーなのか。これであとは安全圏からジョースターたち1人1人に知らぬ間に肉の芽を植え付けていけばいいだけの話だ。初手でそれをしてもよかったのだが、ダンは優位に立って相手を加虐するのが好みだった。そのためわざわざ彼らのもとに現れて屈辱を残す形で立ち回った。とても爽快な気分である。

その時、また花京院の声が聞こえてきた。

『ま、まずい…ッ!これ以上進まれたらハイエロファントの射程からでるッ!!十輪寺!!聞こえるかッ!?十輪寺!?』

十輪寺は微動だにせず、表情も変えずに応答した。

『まだなんとか…!足止めしましょうか!?』

『たの…じゅ…』

『花京院!?』

危機的状況に陥っても平静としているその様はまあ褒めてやらんでもない、とダンは思いつつ笑いが止まらなかった。本当に、滑稽だ。これが私に筒抜けではないと思い込んでいるとは。

(はぁ~おかしいッ!笑いをこらえるのが大変だ!さて、そろそろネタ晴らしをしてやろう。)

車を進めたままダンはくくく、と笑い出した。十輪寺が何事かと眉をひそめるのにダンは大笑いしながら答えてやった。

「今までの会話ッ!!お前の脳内に入り込んだ私に聞こえていないと思ったのか!?ははは!!馬鹿が!!」

十輪寺がしまった、という表情で目を丸くする。ダンは痛快な気分になりながら種明かしをする。

「いやあ…これで私に射程距離を教えてくれるとはありがたい限りだ!!さて、あとはいつあいつらを殺してやるかだなァ。一番面倒そうな花京院から殺ってやるよ!!」

「貴様…!私が花京院にそんなことさせると思うの!?」

「できるさ!!何せいつとりつかれたか分からなかったんだものなァ。いつ出ていくかも分からないだろう!?お前は無力だよ!!十輪寺結!!」

そう話しつつもダンは命じていた。

(私のラバーズ!!花京院のもとに飛べ!!肉の芽を持って、さぁ!行くのだ!!)

ラバーズが十輪寺の中から出ていく。彼女は全く気が付く様子も見せず怒りに震えている。

「私は己の弱さを知っている…史上最弱が…最も恐ろしいのだよ!!!」

ダンが高笑いする中、十輪寺は歯をかみしめて俯いて耐えている。

 

(勝った!!!私の勝ちだ!!!)

 

 

ダンがそう思ったと同時に、ある人物も同じことを考えた。

 

 

瞬間、ダンの体にボキリ、と嫌な音がした。

 

 

 ***

 

 

「…えっ?」

ダンは突然体に走った痛みにまず、困惑した。

次に来たのはさらに激烈な痛み。思わず悲鳴を上げて車を急停止させた。と、するとさらにボキリという音。――見ると、左腕が、折れている。

「な…にぎゃぁぁぁぁあ!!!」

まさか車に何か仕掛けられていたのか、とダンは這う這うの体で車から脱出する。と、今度は足に衝撃が走った。

「ぎゃあああ!!」

ダンは慌てて視界をラバーズのほうにゆだねる。すると、ラバーズは……青い何かの隙間に挟まっているではないか。それが、ぎちりと狭まってラバーズを押しつぶしている。

「これは…これはぁぁぁぁ!?」

ダンが悲鳴を上げる中「あら」と軽い調子で車から降りながら十輪寺が言った。

「思ったよりも早く私の中から出て行ったんですね。あ~よかった。これで自由だわ。」

「なッ……なんだとッ!?」

十輪寺はことん、と首をかしげながらあるものを指に絡めて言った。

「あと、ハイエロファントの射程からまだ出てないみたいですから。ちゃんと見ておかないとだめですよ?聞こえてますもん。」

「あっ」

彼女の指に絡まったのは緑にきらめく糸だった。十輪寺は続ける。

『花京院、こちらは無傷です。そっちもうまくいった?』

「『…ばっちりさ。僕に忍び込もうとしたラバーズをスタープラチナが捕まえたよ。作戦通りだったが、思ったよりあっけなかったな。』…だそうです。」

「な…なんだとお!?」

ダンは驚愕した。

「だからといって!!わたしがラバーズを移動させるタイミングはわからなかったはず!?ど、どうやって…!?」

その時道路後方からワゴン車が一台駆け抜けてきた。十輪寺たちの目前まで来て、それは止まる。

「えっとですね…種明かしするとね?」

十輪寺の言葉にワゴン車の扉が開かれる。中には、運転席に座るポルナレフに助手席の花京院。その後ろでラバーズを摘まむ承太郎とスタープラチナ。そして……

「わしが、十輪寺が積載しとった発電機とテレビを使って念写してた…。と、いうわけじゃよ、お若いの。」

にかりとジョセフが笑って全員が車から降りてくる。ダンを取り囲む形で布陣した一行に、ダンは震えあがった。

 

 

 ***

 

 

まず最初に花京院と十輪寺が目指したのは電気屋だった。そこで積載していたジョセフのポケットマネーを申し訳ない思いを持ちながらも使ってテレビと発電機を購入する。即座にそれをモビー・ディックに飲み込ませながら十輪寺たちはわざと車が通りやすい場に移動した。ジョセフから車を買わされる、という伝達をハイエロファント越しに聞いていたのだ。

「さて、ここで仮定します。相手は私の脳にいるってことはスタンドの会話も聞こえるんじゃないかしら。」

「…だとするなら、僕の射程を偽っておびき出しをさせれば行けるな。大方、相手が次に忍び込むとすれば僕かジョースターさんの脳だろう。君はそれがどちらなのか聞きだして伝えてくれればいい。…演技してもらえるかい?」

「任せてください。腹に決めて演技するのは得意なほうです。」

そして次。積載していたテレビと発電機を道路の端において十輪寺はわざとダンに誘拐される。ジョセフたちにはこの時点で作戦は伝えていなかったが、老獪な戦士たる彼はすぐにそれを察して『重要なことしか言ってはならない』と伝えてきた。だから花京院は即座に『何も考えずに僕のもとに来てほしい』と伝達した。ラバーズの動きを観察するテレビもそれをまかなう発電機ももう既に場には揃っていたので。

ジョセフたちは予想通りワゴン車で現れた。あとは機材を積み込んで偽の情報を十輪寺……ダンに向けて流すだけだった。

 

 

 ***

 

 

「…って感じですけど、言う前に吹っ飛ばしちゃうんだもん。私も一発殴りたかったんですが。」

「ユイは元気だなぁ。…それ以上に承太郎のオラオラが凄まじかったけどよ。」

「やれやれだぜ。」

ネタ晴らしをすべて聞かせる前にダンはスタープラチナが繰り出したオラオララッシュによって壁に叩き込まれ、再起不能である。十輪寺が肩をすくめる中、一行は承太郎のメモ帳をのぞき込んでは笑って何かを書いていく。それは十輪寺の手にも回ってきた。

十輪寺は思わず吹き出す。……ダンの悪行が書き連ねられた後に、他のメンバーの署名。十輪寺も迷わずそれに名前を書き込んで承太郎に返した。

「己を知るってのはいい教訓だが…テメーは敵を知らなさすぎだ。勉強不足だったな。」

承太郎はそのページをびりりと破いてふわっと風に飛ばした。

 

「ツケの領収書だぜ。」


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