星の海を渡る船   作:仁倉

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砂漠に薄っぺらな嘘

一行は船旅を経てパキスタンからアラブ首長国連邦に入った。政情の安定しているルートを通っての現地入り。イスラム圏内であるため、女の十輪寺はアバヤという伝統衣装で顔を隠し、他のメンバーが誰か1人は必ずそばにいるよう体制を整えることとなった。申し訳なさ半分の十輪寺だったが、ジョセフたちは他のことも危惧していた。

「…DIOに予知夢のことがばれておる。しかも我々が見られたという感覚無しで、だ。」

ジョセフが唸るのに承太郎は低く返す。

「こっちを観察するスタンドが向こうにあるとみて間違いねぇ。ハーミットパープルを妨害しつつこっちを見てやがる。」

「それで敵は正確に刺客を送り込んでいるんじゃろうな…」

アヴドゥルがいない中旅の中核を担っているのはジョセフだ。だが彼も旅慣れているとはいえ限度がある。都度、ポルナレフの注意が外れた時にアヴドゥルに連絡を取っているがそれすらもバレていたらと思うと。

「…今後彼に連絡を取るのは避けよう。それに重要なことはもう伝えた。」

ああ、とうなずいて承太郎は部屋を出る。これ以上一族2人が固まって話しているのも、よくない。

もしも敵にラバーズのようなものがまだいて、とりついているのだったらアウトだな、と承太郎は思いながら自室に向かった。

 

 

自室に戻ると、ジョセフからこちらで待つようにと伝えられていた十輪寺が見慣れない格好で、見慣れた教科書とノートを片手に花京院と日本語でやいのとやり取りをしている。もうこの件があった以上十輪寺を単独で泊まらせるわけにはいかないため、部屋割りはジョセフ・ポルナレフ・十輪寺と承太郎・花京院という風になっていた。当の十輪寺はそれに難色を示すこともなく、理由についても気が付いていないようである。

気が付いていたらいたで気を揉みそうな彼女だ。だからそれに関しては触れないようこうして十輪寺のいない場で話していたわけなのだが。部屋に戻ってきた承太郎に2人は顔を上げてお帰り、と言う。

「…ポルナレフの奴は?」

「街に下りて行きましたよ。1人で行動しないようにって言ってるのに…」

肩をすくめながら目しか見えない十輪寺が言うのに承太郎は嘆息する。ポルナレフは地味に問題児だな、と思いつつも彼らのテーブルに近づいていった。

「で、お前らは何やってんだ?」

「ああ、そうそう。良い所に来てくれたよ承太郎。十輪寺が教科書持ってたものだから今どのへんかなって。」

ほら、と花京院は手元の冊子を指し示す。そこには承太郎が去年使っていた懐かしいものが何冊もあった。なるほど、急な出立だったからその日の科目はモビー・ディックに積載させていたらしい。

「どうせならご教授願えないか?帰ってから勉強ついていけません、じゃあ面倒だしさ。」

花京院がおどけるのにニヤッと笑って承太郎は良いぜ、と答える。過酷な旅や不安を忘れるにはこういうのはもってこいだ。

ひと時の余暇を、彼らはガクセーらしく自習に努めることにした。

 

 

 ***

 

 

「これからのルートじゃが…まずヤプリーンという村に出て、セスナを買ってサウジアラビアの砂漠を横断しようと思う。」

この旅にかかっている費用はどれくらいなのだろう、と場違いなことを思いながら十輪寺は後部座席で揺られている。そもそもこの車だって何故かこれから砂漠に向かうというのに高級外車だ。そのうえセスナまでとは。

「生涯に3度も飛行機で落ちた男と一緒にセスナなんか乗りたかねーな。」

承太郎がぼそりというのにムッとしつつも、ジョセフは次の案を出す。それは…

 

 

「なあおい…車と交換したはいいが本当に乗れるのか?乗ったことあるのか!?」

ジョセフの奇策。それはラクダに乗っての砂漠越えだった。だが肝心のラクダが言うことを聞かない。ついには強引に追い縋ってラクダを座らせようとする始末だ。見本たるジョセフがこれでは…と他の面子も唖然とするよりない。

暫く格闘した末彼はやっとこさラクダに乗り上げて解説していく。だが他の面々はしらっとした顔でそれを聞いていた。なにせジョセフがうまくラクダを操れなくて転げ落ちるものなので。

そんな前途洋々とはいかない出発となったがなんとかこぎつけた。なお、最初ラクダの繰り方をわからず全員が別々の方向に進みそうになったことは置いておく。

 

 

 ***

 

 

「やはり…どうも誰かに見はられている気がしてならない…」

花京院が言うのにポルナレフは「気のせいだろ」と気楽に返すが、他の面々も同様に視線を感じていた。灼熱の陽光下でスタープラチナが周囲を見渡しても何もない。

「何も見えない…が、何か妙だ…」

あまりの熱気に全員が汗を流す中ポルナレフが先を促しながら言う。

「おい、見ろよ…気温が50度もあるぜ。」

うんざり顔で温度計を見た彼は水筒に口をつけた。そんなさなかジョセフも時計を確認して言った。

「今が一番暑い時間…」

はっと息をのむ声。何事だろうかと熱でもうろうとしながら十輪寺はジョセフを見やる。と、そこでジョセフが叫んだ。

「承太郎!お前の時計いま何時だ!?」

「8時10…!?」

その言葉に一同は愕然とする。――午後8時を過ぎているのに、この太陽はなんだ?

途端に太陽が牙をむいた。

「馬鹿な!?温度計がいきなり60度に上がったぞ!」

「太陽が西からどんどん昇ってくる…!?まさか…あの太陽が、スタンド!!」

 

 

熱光が一行を襲う。ここは砂漠のさなか、敵の気配はどこにもない。まずいとジョセフはラクダを飛び降り岩陰に入る。

「一晩中蒸し照らして俺たちをゆでダコにする気か!」

「いや…サウナでも30分以上は危険とされる…そんなに、時間はかからない。」

これでは消耗戦、時間の問題。熱でうまく回らない頭で十輪寺は咄嗟にモビー・ディックを出現させた。

「とりあえずこのままでは危険!皆、モビーの口の中に退避してください!なんとかなるかもしれない!」

言って彼女は有無を言わさずラクダごと一行を飲み込ませた。

「なっ…!?十輪寺、それはどういう…」

「…こういうこと、です。」

白鯨が口を閉じたと同時にふっと熱気が掻き消えた。そして灼熱の太陽が照らした真昼間から、満天の星を抱えた真夜中に。足元は何も生えない砂礫から、踏むと鳴き声をあげる木板に。目の前は、荒涼とした砂漠ではなく、一面の凪いだ海に変化していた。

「なんだこりゃあ…!?風景が、変わった!?」

船の柵に身を乗り出しながらポルナレフが驚きの声を上げる中、十輪寺は淡々と説明した。

「ネイビー・モビー・ディックの『船内』です。いつもここにものを積載してるのです。…ここなら、モビーが口を開けない限り、何も立ち入らない。」

十輪寺は皆に背を向けながら甲板をきぃきぃ鳴らしラクダに近づいていった。崩れ落ちている5頭のラクダに手を当て「大丈夫みたいですね」とぼそりと漏らした。

「『中』が存在するとはな……お前が中にいる場合モビー・ディックはどうなってやがる?」

十輪寺はアバヤの頭の覆いを取って振り返らないで答えた。

「私とモビーは視覚共有していませんから、外の様子がわかりません。そして私が中にいる場合ネイビー・モビー・ディックは自立行動をとります。よって、長時間ここにいることも危険でしょう。…対策を、早急に練らなければ。」

この中に通ったことがあるのは花京院だけ、他の3人は思わず呆ける。その中、花京院は十輪寺の様子がどこかおかしいことに気が付いた。彼女を追って、その肩に手をかける。

「十輪寺?どうした?」

彼女は汗でぐっしょりぬれた前髪をかき上げながらそっけなく返した。

「大丈夫…なんでもない、です。」

花京院は眉をひそめる。嫌な予感がする。だから彼は声をくぐめて一言言った。

「十輪寺。1つ忠告だ。…君は嘘をつくとき、前髪をかき上げる癖がある。」

はっと彼女が息を飲むのが聞こえた。彼女の方が硬直するのが伝わってくる。――そして、彼女の体が異様に熱いのも。

「君自身はモビー・ディックのフィードバックを受けてるな?」

唇をかんで十輪寺は振り返った。その顔はいまだ汗が噴き出して止まらない状態で。

「…どうやらそのようです。そして、攻撃も。」

十輪寺は「皆!」と声を大きくして全員の注意を向かせた。

「モビー・ディックが攻撃されています!おそらくあの太陽から何かを打ち出して!…腕から血が…!」

彼女が言った瞬間、今度は彼女の足元に血が滴った。

「…!十輪寺、わしらを外に出すんじゃ!どのみちこのまま躱し続けることもできん!承太郎!出たらすぐにスタープラチナで穴を開けろ!!」

 

 

一旦インターバルを挟んだとはいえ、外は地獄のような熱気を呈しており、地面に穴が数多も開いているという悲惨な状況だった。幸い様子を見る限りモビー・ディックはその場を旋回することで攻撃を躱していたらしく、元居た地点と思われるところからは離れていない。再び灼熱の中に放り出された一行はすぐさま穴の中に逃げ込んだが、今度は敵の思うつぼ。双眼鏡を出して外を見ようとするジョセフが穴からそれを出した瞬間に撃ち抜かれる。

「Son of a bitch!どこにいやがる!!」

「今の攻撃…!やはり敵はどこからかこっちを見ているぜ!どこだ!?」

熱でぼうっとするどころではない十輪寺はもう目を閉じる寸前だった。大丈夫か、という声ももう遠くに聞こえかけている。辛うじて、うなずく。

「なんとか…なんとかしなければ…!」

ジョセフが地面を拳でダンと叩いた時だった。…横から、耐えきれない、とでもいうように妙な笑い声が聞こえてくる。

「くっくっく…ひひひひ…ッのほほ…ッ!!」

「…花京院?」

その笑い声に反応するかのように、同じように笑い出したのは。

「うひひひ…ふはははは!!」

「じょ、承太郎!?お前もか…!?」

ジョセフと十輪寺がいよいよぞっとしかけた時、ポルナレフも笑いだした。

「ははははは!!!」

ジョセフは承太郎の胸ぐらを掴んで呼びかける。

「気をしっかり持てッ!冷静に対処すれば必ず勝機はあるはず…!!」

「はははっ…!勘違いしないでくださいジョースターさん!」

声を上げたのは最初に笑い出した花京院。

「あそこの岩、人が隠れられるほど大きくありませんか?そして、その反対側にある岩も見てください。」

花京院が指さす先の岩を見て、ジョセフと十輪寺は首をかしげた。それが何だっていうのだ。

「反対側に全く対称の形をした岩があって、影も逆についている…ということは?」

そしてスタープラチナが動いた。

 

 

 ***

 

 

「あ~あ!鏡に隠れて尾行してきてるとはな!気が付かなかったぜぇ。」

太陽のカードは星の投擲の前にあっさりと沈んだ。呆然とするジョセフと十輪寺に承太郎が辛辣な言葉を浴びせる。

「暑さのせいで頭が鈍ったことにしといてやるが…勘が悪いんと違うか?」

「あう…」

十輪寺は肩を落とす。ラクダをかばった以外良い所がない。

「さぁ、次の目的地へ向かいましょう。それにしても砂漠の夜は冷えますね。」

その言葉に合わせたかのようにポルナレフからくしゃみが飛ぶ。砂漠に一行の笑い声が響いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「うわあああああ!!!ああああ!!」

突如叫び声をあげて花京院は飛び起きた。同室だったポルナレフに驚かれながらも、花京院は今しがた見たはずなのに覚えていない悪夢に頭を悩ます。

それから始まった朝だった。

 

 

 ***

 

 

ジョセフと承太郎は起きてもうセスナの確認に行っているという。では彼らと同室だった十輪寺はというと、浮かない顔をしながら持っていく荷物の整理積載をそのスタンドを活かして請け負っていた。ポルナレフがおはようと元気よく声をかけてくる中、十輪寺は何ともはっきりしない様子で返事する。

「なんだよォ~!そりゃセスナが4人乗りで、体格的に貨物スペース行きになるのはユイだからって気を落とすなよな。」

「そうじゃあないです…もっと別のことなんだけど、何か漠然としててはっきりしないのです。」

十輪寺は曇った顔で首をかしげる。と、ポルナレフについてきた花京院に対して「あれ?」と首をかしげる。

「花京院、なんかどっかで会わなかった?」

その言葉にポルナレフは吹き出した。

「何言ってんだよ!毎日顔付き合わせてるじゃあねーか!!」

ポルナレフが思わず突っ込む中、花京院は十輪寺と目を合わせて同様に顔を曇らせた。

「…奇妙な言葉だけど…わかる気がする。なんだろうな、これ…」

2人が思い出せないような何かに直面する中、ポルナレフは「ヒマなこと言うなよな」と行って食堂に向かっていく。残る2人も引っかかりを覚えながら、それに続いた。

 

 

「赤ん坊が熱!?わしらにも人の命にかかわる理由がある!2日も足止めを喰らうわけには…!」

「じゃあおたくらに飛行機を売ってあの赤ちゃんを見殺しにしろというのかね?」

飛行場ではジョセフが飛行機のオーナーと口論になっていた。何でも村の女性が連れてきた赤ん坊が高熱を出してすぐにでも医者に連れていく必要が出たらしい。

赤ん坊、と花京院と十輪寺はまた既視感を覚える。先だって見た犬の無残な亡骸や今朝会った時の妙な感覚といい、何かを忘れている気がする。

「あの…こうしてはどうでしょう。赤ちゃんをこの人たちに任せて連れて行ってもらうというのは…」

赤ん坊の母親と思しき人が提案するのにジョセフは渋るが、ふと、十輪寺は思ったことを口にしていた。

「連れて行きましょう。いざとなったら私がかばいます。それでいかがです?」

それに追従するようにポルナレフも飛行機を蹴っ飛ばしながら言った。

「それによ、ジョースターさん、この飛行機は正真正銘メカだぜ。」

「赤んぼの母親の意見を取るしかなさそーだな。俺はスタンドよりじじいの操縦のほうが心配だがね。」

かくして赤ん坊を連れて次の町に向かうことが決まった彼らはセスナの乗り込んだ。

 

 

「ところであの赤ちゃんどこの子かしら?」

「え、あんたが母親じゃあないのかね!?」

「なんか…あの子の鳴き声を聞いていたら飛行機に乗せなきゃって気になっちゃって…でも牙のような歯が生えてたわ!気持ち悪い…」

 

 

 ***

 

 

離陸してからしばらく。後部座席に座った2人が眠りについた頃、十輪寺は貨物スペースで身を縮めながら今朝のことを考えていた。

(…私はたぶん悪夢を見た…でも、内容が思い出せない。)

それは彼女にとって初めての経験だった。おそらく内容は朝見た犬の死なのではないかと推測するが、それにしては何かがおかしい気もする。いつもは鮮明に残って消えないドラマのような夢が、何故。

十輪寺がこのことを話すべきかどうか思案しているとなんだか嫌なにおいが漂ってきた。そして操縦するジョセフが何やらうなされている様子だったポルナレフを起こす。

「ポルナレフ!赤んぼのおしめを取り換えてやってくれ!」

ああ、それで、と十輪寺は納得して白鯨からごみ袋を取り出させる。……赤ん坊のおしめなど換えたことはないのだが多少は手伝おうと身を乗り出すと、ポルナレフの顔は心なしか青ざめていた。

「なんか…スゴク恐ろしい夢を見た気がするんだが思い出せない…」

夢。その単語に十輪寺は再び引っ掛かりを覚えた。

 

 

「これでいいのかなぁ?ま、い~ことにしよっ。」

ポルナレフがちょうどそれを終えた時だった。横で目を覚まさなかった花京院がまたしてもうなされる。そして。

「うわああああ!やめろ!やめてくれ!!」

唐突に眠ったまま花京院が叫びだし操縦席のほうを足蹴する。その勢いでジョセフが操縦桿を手放し。

飛行機のバランスが大きく乱れてきりもみし落下していく一瞬で十輪寺が目をやった先の花京院は、不自然にもいまだ目を覚ます気配すらなかった。

 

 

 ***

 

 

「花京院!一体どうなってるんだ、こうなったのはお前のせいだぜ!!」

飛行機墜落の影響で急遽砂漠のど真ん中での野営となった中で、ポルナレフの叱責が花京院に飛ぶ。うつむいた花京院に「疲れているんだろう」とジョセフが肩を叩く中、やはり十輪寺の心は晴れないままでいた。

(なにかが変だ。今朝から私も、花京院も…多分ポルナレフも、おかしい。)

3人に共通するのは『眠りと夢』。十輪寺自身は朝目が覚めた時から違和感がぬぐえない。セスナ内で目覚めた時のポルナレフの青ざめ方も尋常ではなかった。そして花京院の眠ったままで狂乱する様。明らかに何かが起きている。

(スタンド攻撃?でも確証が持てない…)

十輪寺は和やかなジョセフとポルナレフのやり取りを後ろに花京院を盗み見る。頭を抱えうなだれる彼は憔悴しきった様子で、やはり妙だ。

(…スタンド使いがいない場合もある。何か積載物に不自然なものが紛れ込んでないか確認しなおそう。)

そう考え彼女はモビー・ディックを呼び出して『船内』に入り込んだ。……その間に、事態が暗転するとはつゆ知らず。

 

 

 ***

 

 

「本当なんです!!この腕の傷を見てください!!」

船内に不審物は紛れ込んでいない。ならば原因は何なのだろうと考え十輪寺が出てきた時、花京院は窮地に立たされていた。

「これは警告なんです!夢の中でついた傷なんだ!!」

夢。その言葉に十輪寺も花京院の腕に目をやる。刃物でつけられた痛々しい『BABY STAND』の文字。

まさか、そんな馬鹿な、と十輪寺は咄嗟にそう思った。赤ん坊がスタンド使いだなんて、と。

だがその次に見た花京院の瞳の色で、その考えを思いなおすことになる。

(あの目は)

あの目は――かつて十輪寺が夢のことを打ち明けた時に皆に向けていた眼差しと同じだった。

 

 

だが事態は十輪寺の時とは真逆のほうに動こうとしていた。唖然とする旅の仲間たち。その顔は如実に『信じられない』と言っている。

「Oh,My,God…」

ジョセフの口から洩れた言葉に、花京院は見るからに動揺した。その目は泳いで皆を順繰りに見て、赤ん坊のほうに。

(まずい)

十輪寺は直感した。追い詰められた彼が何をするかわからないが、このままでは敵スタンドの脅威を暴けなくなる気がする。一行の皆が花京院を疑いの目で見ている。能力の詳細が、赤ん坊がスタンド使いだと気づいたことで逆にあだとなるものだったとしたら。十輪寺は咄嗟に花京院に鋭く声をかけた。

「花京院、落ち着いて。お願い。」

その言葉で、赤ん坊に向けられていた花京院の絶望したような視線が十輪寺に向いた。十輪寺はこの場を切り抜けるために一瞬で必死に考えをまとめて、ある動作をした。

 

 

「きっと疲れているんです…少し水でも飲んで、落ち着きましょう…?」

十輪寺はわざと前髪をかき上げながら、花京院に視線だけで『信じてる』、と伝わってくれと祈りながら、声をかけた。

花京院の目が見開かれる。――伝わったのか、果たして。

 

 

「……すみません…向こうで、休みます…。十輪寺、水をください。」

 

花京院が赤ん坊から背を向けて十輪寺のもとに歩み寄ってきた。――伝わってくれた。内心ほっと溜息をついて十輪寺は花京院とともに墜落したセスナの向こう側へと歩いていった。

 

 

 ***

 

 

「…自分でも、信じられないとは思ってる」

岩に腰かけかすれた声で花京院が言うのを片膝つき見上げる形で聞いていた十輪寺は水筒とカップを出す。

「軽率だった…確証が持ててないのにスタンド使いの前でそれを暴くような真似」

「大丈夫。落ち着いてください。まずはこれを飲んで。」

今にも消えそうな花京院の言葉をさえぎって十輪寺は水を渡した。これ以上は彼の神経を摩耗させるだけだと感じたからだ。現に彼はうわごとのように自分を責めている。ややあってカップに手を伸ばした彼はそれを一口含んで飲み下した。そして、その弱りきった目が十輪寺に向く。

「……信じて、くれますか」

彼を安心させるように十輪寺は困ったような笑顔を浮かべて返す。

「今朝からずっと引っかかってたんです。…私ね、今まで目が覚めた時に夢を忘れたことがないんだ。」

それに、と彼女は笑みを真剣なものに変えて言った。

 

「あなたは信じてくれたじゃあないですか。」

 

十輪寺は花京院の隣に座りなおして空を仰いだ。

「……能力の考察と対策を練りましょう。皆を説得するのは厳しいかもしれないけど、手をこまねくだけなんてきっと駄目。」

目を花京院に戻したことによって、視線がかち合う。――彼の瞳にいつもの怜悧さが戻ってきた。

(そう、あなたはそうでなくちゃあ。)

ニッと十輪寺は彼に笑いかけた。

(独りじゃない。敵の思うつぼになんか、させない。)

この人たちを守ると決めたのだ。なれば赤子とて手を抜くわけにはいかない。

 

 

 ***

 

 

(くくっ…ジョースターたちは花京院のことを信じていない!お前たちは自分たちに負けたんだッ!)

口の中に含んで隠していたサソリを吐き出してマニッシュは一息つきほくそ笑んだ。後方ではポルナレフがしきりに「花京院はもうだめなんじゃあないか」と言っている。状況はこちらが圧倒的有利だ。

(あとはこいつらをばらまいた後…あの女を合流地点まで連れていくだけだ!)

花京院とともに今はセスナの裏に回ってやつを宥めている謎の女。DIOからの伝達で『生かして捕らえれば安全は盤石にしてやる』と言われたがマニッシュにとってはどうでもいいことであった。一応、念のため朝花京院とともに夢に引きずり込んで『マニッシュ自身を連れて行くように』と暗示をかけはしたが。

(どのみち俺の能力を倒すすべはもう封じられたッ!後は全員引きずり込んであの女にもっと深い暗示をかけてやるだけだ!!)

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