星の海を渡る船   作:仁倉

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夜戦

「手短にいこう、この状況で長話してるのは双方に怪しまれる。まず、敵の能力だ。」

冷静さを取り戻した花京院は口元に手を当てながら早口に思案する。十輪寺もそれにうなずいて同様、まとめていた意見をすぐに発言する。

「『夢の中で何かする』能力でしょう。それも、あなたの腕の傷を見る限りおいそれと目覚めさせてくれない夢に引きずり込めるとみて間違いないかと。」

一拍置いて十輪寺は続けた。

「ポルナレフが起きたのはジョースターさんが起こしたからだったと思う…。そして夢でおきたことは忘れてる。ただ、ものすごく嫌な夢を見たという感覚だけが残ってる。」

2人は顔をしかめる。花京院は腕の傷をなぞりながら疑問を呈した。

「1つ、僕は夢に引きずり込まれた際にナイフで自分の腕を切ってこれを残した。そこまでするということは…スタンドを使えない状況だったんじゃないかと思うんだが。」

「…眠ってる間、ですもんね。だからスタンドを出せないのでは…」

その回答にたどり着いて十輪寺は半ば絶望的な心地になる。これでは本体をどうにかすることしか打つ手がないが、相手は赤ん坊。しかも先ほどの花京院の殺気立った様子からジョセフたちのガードは固くなっているはず。皮肉にも味方が障壁になっている状態だ。

「…モビーの中に一度入れてみて、起きてるのを確認させたら…」

「それも考えたが、ジョースターさんたちはそのことを知らない。いきなり話して、比較対象がない状況で信じてもらえるかがわからない。」

花京院は軽く頭を抱えつつ言う。そもそも赤ん坊がスタンド使いで、こちらを害そうとしている状況だというのが信じられないような状況。しかも花京院が言うにはサソリを的確に殺したところから考えて、おそらく彼の知能は相当高いとのことで。

「……自分で言ってて信じられなくなってくるな、まさしく幻覚でも見てたようだ。」

「何か…ほかに残された、手掛かり…」

花京院が自嘲する隣で十輪寺も必死に首をひねる。何か、引っかかることがあったはずだがそれが思いつかない。眉間に皺を寄せて思考する十輪寺を見て、花京院はぼそりとつぶやいた。

「…君は疑わないんだな、赤ん坊が本体だって。実際に見た僕ですら信じられない思いなのに。」

十輪寺は彼の言葉に意外そうな表情をして答える。

「だって、あなたやポルナレフたちは生まれつきスタンドがいたんでしょう?なら赤ちゃんがスタンドを持つのも不自然じゃあ無いかなって。そりゃあ大人並みに頭がいいって話は信じ切れないけど…。スタンドが一人歩きして暴走することだって普通にあるんだし、どのみち対策は練らないと。」

「…なるほど。君、意外と論理的だったんだな。」

そこまで言って花京院はニヤッと笑う。――いつもの調子が戻ってきた証だ。そう思った十輪寺はわざと不服げな表情を作って返した。

「意外とは余計です。今まで感情的で悪かったですね。」

「おっと失礼、失言でした。」

くすっと笑ったのち花京院は真剣な表情をして、ポケットから折り畳みナイフを取り出す。

「しかし…こんなものに頼らなきゃあならなかった状況は危険だよな。相手はスタンドだから攻撃なんてできないわけで…」

花京院がそれの刃を立てて見まわす仕草を見て十輪寺ははっとした。

その実物を、花京院が自らを傷つけてまでヒントを残した()()()()それを。

「それだわ花京院。このスタンド…眠るときに身に着けてるものは持ち込めるんじゃないかな…!」

十輪寺の意見にはっと花京院も息をのむ。……光明が、見えた。

「……そうか。なら話は早い。眠るときにスタンドを()()()()()逆手にとれる。」

花京院は十輪寺に目を合わせた。

「だがこれは賭けだ。もし目論見が外れたら敵の術中にまっしぐらだからね。危険になったらさっき同様腕を傷つける。だからその時は君は皆を起こして回れ。」

十輪寺は目を丸くして花京院に言う。

「…眠ったままスタンドを出せるの?」

「できるだろうが確実性を取るには君の協力が必要だ。ハイエロファントを地面に潜り込ませて隠すから、君の波紋で僕を気絶させてくれ。…その様子では君は眠ったままスタンドを出すことはやったことがないな?じゃあ必然的に役回りはこれになる。」

花京院の傍らに一瞬ハイエロファントが出現し、地面の中にするりと潜行した。

「波紋を流す理由は僕を落ち着けるためでいいだろう。寝ずの番を頼むのも忍びないが…頼まれてくれるよな?」

 

 

 ***

 

 

(…何故だ?なんであの女は眠ってない?)

その深夜。マニッシュは皆が眠りについたころ合いを見計らって死神(デス)13を発動させた。……だが、その中に招いたと思っていたはずの女が見当たらない。ちらり、と本体を見やると一見眠っているように寝袋に収まって固く目を閉ざしているのだが。狸寝入りしているのだろう、これではうかつにマニッシュも動けない。自身も寝たふりをしながら意識を夢の世界に向ける。

(どうする?この人数を一気に招き入れた上にポルナレフは二回目だ。さすがに起きた時に違和感が残っちまう…。決行するっきゃねーか…!?)

まさかあの女は花京院の話を信じているのだろうか。2人きりで数分ほど話していた時に情報共有がなされたのか。だが確信してる様子には見えなかったし、ハモンとやらで花京院を眠らせたところから考えて墓穴を掘っているのは間違いない。

(…どのみち夢の中にスタンドは持ち込めねぇ!眠ってる間に発動させてられる奴なんてそうそういねぇからな…。運は俺に味方してる!女は生かして捕らえろと言われてるしな。このままやってやるッ!!)

 

 

 ***

 

 

十輪寺は寝返りをうつふりをして赤ん坊のかごに背を向け、花京院のほうに顔をやり薄目を開けた。眠る前に寝袋の位置取りは慎重を期した。花京院からのSOSが赤ん坊に見えないように、かつ見落とさないように。

(あとは忍耐ね…。早いところあの赤ん坊がぼろを出すか行動に移してくれれば…)

十輪寺が起きていることは赤ん坊の能力からしてお見通しだろう。ふと、十輪寺は催眠能力がなくてよかったと頭の端に思い浮かべる。

(無防備な夢の世界に放り込むだけでも脅威的なのに、これに催眠術でも持ってたら手に負えなかったな…)

今のところ緩やかな眠気が襲ってくるだけで何かされている感覚はない。これならば悪夢を見たくなくて起きていた時と大して変わらない。内心ほっと息をつきながら十輪寺は花京院に視線を合わせた。

(夢の中にスタンド…無事連れてけたのかな。でも今のところサインはないし、表情もうなされてる感じじゃない…)

そう思考していたその時、うう、と背後のほうで声が漏れた。――この声は、ポルナレフ。

(…始まった?)

起きてる彼女は後回しにすることにしたようだ。十輪寺は眠気から一転緊張感をもって集中するが、花京院に変化はない。

(お願いします…どうか、うまくいって)

無言の、長い静かな戦いが起きていた。他の3人からうなされるような苦しそうな声が聞こえてくる。赤ん坊と花京院からは何も聞こえない。変化がない。

それは本当に長かった。寝たふりをして誤魔化すしかない十輪寺にとって、とても長かった。

だが、数十分経った頃にぐっ……と別のところから声が聞こえてきた。――赤ん坊のかごから、だった。

次第に赤ん坊が苦しそうにひゅうひゅう吐息をしてせき込む。これはおそらく、と十輪寺も予想する。

(ハイエロファントに締め付けられてるんだ…!)

途端、かごからごそりと音がして赤ん坊が這い出てくる気配を感じた。這いずる音がこちらに向かってくるように感じたが……途中で、それは止まる。そして。

 

 

「…もう手出しするなよ。今度は本体であるお前の首を絞めるぞ。」

パッと、眠っていたのが嘘のように花京院が起き上がって十輪寺越しに赤ん坊のほうにどすの効いた声を投げかけた。

それに目を見開いた十輪寺に花京院は目を合わせて微笑んだ。

「作戦成功だ。もう2時は過ぎてるんだろう?…後は僕が起きてるから、君はおやすみ。」

 

「信じてくれてありがとう。」

 

 

 ***

 

 

翌朝。朝食を作りハキハキとした声で花京院が皆を叩き起こしている中、十輪寺だけはその対象にならず彼らより少し後に起きて気持ちのいい目覚めを得られた。ジョセフとポルナレフがベビーフードを赤ん坊に食べさせようと動いている中、花京院はアウトドアテーブルに戻ってきて顔を洗ったばかりの彼女にホットケーキを差し出す。

「はい、どうぞ。」

「ありがとう。」

十輪寺が折り畳み椅子に腰かけると花京院も隣に座った。そして小さな声で伝えてくる。

「予想は大当たりだったよ。寝たままスタンドを持ち込むのは有効だった。一件落着だな。」

上機嫌に花京院が言うのに十輪寺も微笑み返す。そして、ふと過去思ったことを訊ねてみようと思い至った。

「そうだ、ちょっと関係ないのかもしれないけれど…」

「ん?」

「あの、私が夢のことを話した時にどうしてすぐに信じてくれたの?」

その問いに花京院は一瞬手元のステンレスマグに目をやって「ううん…」と呟いて、十輪寺に目を合わせた。

「多分、理由は今回と一緒だと思うよ。違和感があって、それにぴたりと当てはまる答えがあった。突拍子もなくても、お互いの人となりを知ってたから信じられたんじゃあないかな。」

「…そっか。改めてありがとう。」

ペコっと頭を下げる十輪寺に花京院は肩をすくめた。

「これではお礼の言い合いになるからもうやめとくけど、僕もだよ。心強かった。」

2人で笑いあった瞬間、ジョセフとポルナレフの壁に隠れて見えない赤ん坊が尋常でない叫び声をあげたのに十輪寺はぎょっとした。

「な、なに?」

「さぁ?」

コーヒーをすすりながら花京院はしれっと言う。……その様子に十輪寺は思わず訊ねた。

「……あの、花京院、何をしたの…?」

「なんのことやら。」

何となしに花京院が答えるのに十輪寺は顔をしかめた。

「あなたは嘘をつくのがお上手ね。自然すぎて分からないわ。」

「君が分かりやすいだけだろ。まあ、あまり嘘はつかないほうがいいんじゃあないか?」

十輪寺はその物言いにむぅと黙り込む。それをみて花京院はまた笑った。

「ま、いいじゃないか。これに懲りてもうスタンドは乱用しないだろう。」

「…本当に何をしたの?」

「ちゃんちゃん、ってやつだね。」

花京院が十輪寺の問いに答えることは結局なかった。


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