星の海を渡る船   作:仁倉

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血の轍

波の音は寄せては返し、海風に野草が揺れる。今頃先に上陸していた『審判(ジャッチメント)』がこの島のどこかで動きを見せているのだろう。

その場に立った壮年の男は常人では持ち得ない視力で浜辺に集まる一団を遠方から見る。ジョースター一行は2人を除いてあそこに集まっている。

「期は、今。そして雪辱もまた、今。」

 

 

「阻まれた50年前の悲願、達成させてもらうぞ。……ジョセフ・ジョースター。」

 

 

 ***

 

 

「えっ…船を叩き壊す?でもそれじゃあ帰りはどうするんです?」

紅海上のとある孤島。一行はここでアヴドゥル――変装していてポルナレフだけ気が付いていない状態だったが――との合流を果たした。今はその晩である。

1人になったポルナレフが不安だということでアヴドゥルが追いかけていったその後、ジョセフたちは浜辺に来て出立の準備をしていた。そしてジョセフは十輪寺に乗ってきた船の破壊を頼んでいる。

「なに、アヴドゥルに頼んだとっておきがあるから大丈夫じゃよ。船は証拠隠滅のために一応壊して進んでおこうと思ってな。」

にかっと笑うジョセフを前に十輪寺は首をかしげる。とっておきとは何のことなのだろう、と他の2人に目をやるが、どちらも同様に知らないようだった。

「まぁ、わかりました…。空条先輩と一緒にやればいいんですよね?」

「おめー1人でできるだろ。尾を振り下ろせば一撃だ。」

承太郎はあくまで手伝う気はないらしい。確かにこの大きさの船舶ならモビー・ディックの全力の一撃で行けるだろう。はぁ、と軽くため息をついて十輪寺は白鯨を出現させる。

「じゃあ本当に行きますよ?モビー、アンガー…」

十輪寺が白鯨に錨を振りかぶらせた瞬間だった。――どこか遠くから異音がする。

「何だ?」

不審に思って全員動きを止めてそちらの方を見た。ギャリギャリギャリと不快な響きをもってその音は近づいて――もはや、轟音というのに近い響きとなってきた。

「何か来る…!まさか敵襲か!!」

承太郎がスタープラチナを出現させ構えを取る。それと間もなくしてその轟音の正体が闇夜に浮かび上がった。

巨大で赤黒い鈍く光る回る車輪。返り血を浴びたかのように毒々しいまだらの入ったドームのような(ほろ)。進むたびにぎしぎしと悲鳴を上げる湾曲した角の生えた車体。

それは禍々しい様相を呈した幌馬車だった。牽き手となる獣もいないのに、それは猛スピードで一行に向かって、生い茂る草に車輪を取られることもなくただ一直線に向かってくる。

「スタンドか!?なんだあの幌馬車は!?」

花京院が叫ぶようにして声を上げる。そうでなくては声すら通らないような酷い音が響き渡っているのだ。そしてその判断を下す間もなく幌馬車は一行の目前まで迫っていた。

「ちぃッ!受け止めきれるか!?」

スタープラチナが拳を振りかぶる。もう一刻の猶予もない。スタープラチナが全力で拳を繰り出し幌馬車と衝突した瞬間メギャリ!!と凄まじい音とともに衝撃波が周囲に波及する。

「ぬうっ!?」

承太郎の足が砂をえぐって後退させられている。スタープラチナが押されている状況に彼は咄嗟に拳をラッシュに切り替えた。

『オラオラオラオラァ!!!』

だがそれでも幌馬車は止まらない。スタープラチナごと承太郎を轢き殺さんばかりに車輪がギャリギャリと不吉な音を立てる。砂塵が凄まじい勢いで舞い、承太郎の後ろに控えた3人も思わず目を保護するように腕を構えざるをえない。未だラッシュが続く中、幌馬車は壊れる気配すらなく承太郎を押し戻す。

「モビー!!アンガーテイル!!」

これはまずいと判断した十輪寺も承太郎に加勢すべく白鯨の一撃を繰り出した。未だ回転する車輪の片方に向けての重い尾打。グワン、と盛大な音がしてさすがに車体のバランスが崩れた。その隙を見てスタープラチナは正面からではなく横殴りに車体に一撃を与えて横転を狙う。

紙一重だった。紙一重で一直線だった幌馬車の軌道が逸れ一行は辛くも衝突を免れた。砂浜をえぐって片輪走行で馬車は海に突っ込んだと同時にそのヴィジョンを消す。

「やはりスタンドッ!!わしらを一網打尽にしようとしたな!?」

ジョセフが言う間もなく、再び異音があたりに響き出す。――幌馬車がまた、こちらに目掛けて突進してくる。

「よけろ!!パワーはやべぇがあの馬車はきっと曲がれねぇ!!」

承太郎のうなりに応じて4人は十輪寺とジョセフ、承太郎と花京院で左右に走り分かれた。それからものの数秒もしないうちに幌馬車は一行の後方にあった船を轢き潰し再度消失する。

「なんという破壊力とスピードだ…!2人の全力でやっと軌道を変えられるレベルだと…?」

分析する間もなく轟音が迫りくる。3撃目。十輪寺とジョセフの組を狙った攻撃。

「止まってはいかん!!横に走り抜けるんじゃ!!」

2人は全力疾走して一直線にしか進まない幌馬車から逃れようとする。が、それを察したかのように幌馬車は姿を消したかと思うと、一瞬間をおいて走っている2人の()()()()()()出現した。

「な、なにぃ!?」

慌てて方向を変え跳ねとんだ2人の後方を幌馬車は駆け抜け、今度は承太郎と花京院のほうにまっしぐらに向かっていく。承太郎たちもジョセフたち同様に横に跳んだ。

幌馬車が消失する。そしてまた異音が鳴り響く。次は一行が一直線になったちょうどのところを目掛けて突進してくる。

「まずい…!いやッ!まずいどころではないッ!!敵はこちらの消耗を狙っているッ!!」

「スタンド自体が壊せない!なら本体を狙うしか…!」

その勢いは『運命の車輪(ホウィール・オブ・フォーチュン)』と比肩して相違ないだろう。それがヴィジョンを消しては即座に軌道修正して向かってくるという異常事態。このままでは息が上がるのに何分とかからない。

これは早期に決着をつけなければ全滅もありうる。ならばとまず動いたのは花京院だった。

「ハイエロファントグリーン!上空から敵を探ります!!」

法皇が触脚を伸ばしながら出せる全力をもって天に向かう。が、その間も幌馬車はこちらを狙って(わだち)を作る。承太郎が花京院の腕をがっと引いて叫んだ。

「やめろ花京院!スタンドで見てる間テメェ自身が手薄になるし格好の的だ!!おい!!皆一度固まって原っぱに戻るぞ!!一瞬隙を作ってくれりゃあ俺のスタープラチナで捕捉する!!」

その号令に皆うなずいて一斉に元居た草地に駆け出した。するとそれを待っていたかのように幌馬車は一拍の間をおいて、一行の進行方向からこちらに差し迫る。

それを見て、承太郎は確信した。そして指示した。

「十輪寺!躱したら即横からアンガーテイルを叩き込め!!」

それを言うと同時に彼は地に転がっていた礫をスタープラチナでさっと掴んだ。そして自身は迫りくる幌馬車を前にして、泰然と構えた。他3人から悲鳴に近い警告が飛ぶ。それでも彼は動かない。ギリギリまで軌道から外れない。

「射程に入った!!アンガーテイルッ!!!」

十輪寺は半ば祈るようにその瞬間に一番の威力でもって尾打を叩き込ませた。巨大なスタンド像同士が衝突を起こす。衝撃波が炸裂する中スタープラチナは投球の構えを取った。幌馬車が横に傾いだ、その一瞬。承太郎の、スタープラチナの目は確かに横転しかける幌馬車とモビー・ディックの巨体の合間を縫う、たった数センチの一直線な一点の軌道を見い出した。

『オラァァ!!!』

スタープラチナが全力で礫を投球する。礫は未だ消えない2つの巨大なスタンドの合間を潜り抜けて剛速球で向かっていった。

そしてそれは間もなくゴキャリ!と嫌な音を立てて何かに衝突した。と、ともに幌馬車のヴィジョンが揺らぐ。

「な…なんじゃ…!?」

3人が呆然とする中、承太郎は淡々と言った。

「賭けは成功したな。やれやれだぜ。」

ヴィジョンが掻き消える前に、と承太郎は拳の向きを変えて幌馬車に向かってラッシュを叩きこむ。

『オラオラオラオラオラ!!!』

幌馬車に僅かにひびが入った。が、それを良しとしないように姿はすぐに消える。ちっと舌打ちして承太郎は幌馬車が来た方向目掛けて駆け出した。

「今本体に石ぶち込んでやったから動けねぇはずだ!こいつは確実に再起不能に追い込まねぇと後が面倒だぜ。」

「じょ、承太郎…なぜ敵がそっちにいるとわかったんだ!?」

追い縋りながら花京院が問うと承太郎は振り向きもせず告げる。

「一方向にしか走れねぇってことは発動起点が本体の可能性が高ぇ。しかも軌道が90度近く変わったとき一瞬()があった。おそらく本体が移動したんだろうぜ。」

「なるほど…それでさっきスタンドをギリギリまで避けなかったんですね…!?」

「避けたら移動されるか攻撃が当たらねぇからな。……見えてきたぜ、あいつだな。」

下草を無残にえぐっている轍の上を駆け抜けた先に、その人物は――

 

立っていた。

何の怪我も負わず、ただそこに佇んで、こちらを黄色く濁った眼でじっと凝視していた。

 

 

(なんだと…!?)

承太郎は人知れず驚愕した。スタープラチナは全力で礫を投石した。そして衝突音も確実に聞こえた。だというのに相手はさも平然と立っている。まるで何事もなかったかのようにこちらを見てくる相手に承太郎は得体のしれない違和感を持った。

「……今の一撃。」

男は緩慢に手を上げる。そして両手を広げて肩をすくめて言うのだった。

「私でなければ再起不能だった。まぁ、これだけ距離が離れていたのも功を奏したが。」

こんこん、と頭を指さして男は続ける。

「見事なコントロール。今の一撃は私の前頭葉を揺さぶりこの地に膝をつかせた素晴らしき一撃だった。DIO様が警戒なさるのも納得の一撃。」

DIOの単語を聞いて4人はより警戒心をむき出しにして男を睨みつける。だが男は構いもせず口に手を当て思案しだした。

「これはひょっとしたら楽しみかもしれない…。お前たちを見逃して、DIO様との対決を見るのもまた一興かもしれない。…だが、お前たちは『覇者』たりえない。統一するという意志を持っていない。『君臨する』という意志を持っていないのだ…」

「おい、何ごちゃごちゃ言ってやがる」

「君臨者たるもの『野心』が不可欠だ。だがお前たちにはそれがない。あのお方のような、ひいてはDIO様のような『器』ではない。」

承太郎の言葉を黙殺して男はぼそぼそと独り言を言う。そして一転、手を上げある人物を指さした。

「なによりあのお方を弑した蛮行は許すまじ。ならば私はここでお前たちを轢き潰し糧にする必要がある。……特にお前だ。」

その指は、ジョセフを指し示していた。ジョセフは内心冷や汗をかきながら平然とした態度で肩をすくめ返して男に問う。

「何じゃあお前さんは?『あのお方を弑した』?わしが?なんのこっちゃ分からんね。」

それに対して男はわずかに口角を上に歪ませた。

「そうか。しかし……50()()()と聞いてもそう言えるか?」

その言葉にジョセフははっとする。

50年前。世界の、人類の存亡をかけた戦い。しかしそんなはずはない。目の前の男はどう見ても壮年だ。その当時赤子ですらなさそうな風体。

だが、可能性が1つだけあった。

それを証明するかのように、男はにいっと口を開いて、そこに生えている鋭く尖った犬歯をまざまざと見せつけた。

「ジョセフ・ジョースター……これはカーズ様という『覇者の器』を破壊した貴様を葬るための戦いでもあるのだ。」

 

 

「覇者たる器無き者皆悉く、我が『血の轍(ブラッド・オン・ザ・トラックス)』の糧となれ。」

 

 

 

 ***

 

 

 

「お前は……まさかあの時の吸血鬼!?始末しそこなっていたのかッ!?」

愕然としたようにジョセフが叫ぶ中、黄ばんだ目で一行をまざまざと見渡したその男は犬歯を見せてかかと笑う。

「おお、耄碌していなかったようだ。その通り。私はあの時カーズ様に吸血鬼にしていただいた雑兵のうちの1人。」

吸血鬼ときいて他3人も思わず身構えた。それを一転険のある目で見やって吸血鬼は続ける。

(わっぱ)どもは話伝手しか知らなんだろうが、カーズ様は種の頂点たる『器』の究極地におられた。しかし、そこの今は老いさばらえた男に弑されたのだ。真の理想体系を理解しようともしないただの人間に。」

男はぼそぼそとただ言葉を紡ぐ。4人を相手にしてもまるでどうということはないというように。

「私は果てしなく長い生を得てもなお『仕えるべき主君』を探していた。そしてその方は再び私の前に現れた。DIO様だ。あの方は我が悲願、『完全に統一された世界』を築き上げるだけの器がある。」

「…何言ってるかさっぱりだな。イカレてんのかテメー。」

承太郎が険しい顔で睨むのに吸血鬼は肩をすくめて眉を下げた。

「分かってもらうつもりもない。私が語ったのはジョセフ・ジョースターに対するただの当てつけだ。これから糧になってもらうお前に対してな。」

『糧』。先ほども出てきた言葉だとジョセフは警戒する。ジョセフは黙ってその吸血鬼を見据えて拳を握った。この男は理性を保った吸血鬼だ。そのうえ先ほどの凄まじい威力のスタンド。これは吸血鬼としての性質が反映されているのだろうか。だとしたらDIOもその可能性があることを考慮しなくてはならない。どのみち、ここで倒される我々ならDIO打倒は夢のまた夢だ。

「わしらを倒せるなら倒してみるがいい。お前のスタンドは直線一方の攻撃。この距離でこの4人で躱して攻撃できないとでも?」

ちょいちょいと指でこちらを招きながらジョセフは挑発したが、吸血鬼は一笑に付しただけだった。

「いいだろう。口車に乗ってやる。」

 

 

言った途端、男の姿が忽然と掻き消えた。

「!?」

そして件の轟音が一行の()()から響きだした。

「なッ!?まさか今の距離を一瞬で移動して…!?」

幌馬車は轍を作って差し迫る。即座に飛んで躱す一行に、今度は別方向からまたヴィジョンを一旦消して向かってくる。

「しまった…!吸血鬼の身体能力は人間よりはるか上!!一定の距離をもって跳びまわって攻撃してくるのなんて朝飯前!」

「その通り。」

瞬間、吸血鬼はジョセフの()()に居た。

「!?」

「そして我がブラッド・オン・ザ・トラックスにはある特性がある…」

吸血鬼はその長く伸びた爪で何かを摘まんでいた。――それは、羽虫だった。

「この並外れた威力と速度の代償として『命を糧として発動する』のだ。」

ぐしゃり、と男が羽虫を潰した瞬間ジョセフの前に幌馬車が現れた。――この距離では退避が間に合わない、そう直感したと同時にスタープラチナが幌馬車の側面に重い一撃を与える。幌馬車はまたしても紙一重の片輪走行で軌道をそらして走り抜けていった。

「惜しい。童が近くにいたか。」

「…確かにパワーとスピードは驚異的だがそれは正面だけのようだな。横っ腹はがら空きと見たぜ。」

承太郎と十輪寺がそれぞれヴィジョンを出して吸血鬼を睨む。こちらにはパワー型が2人、どちらも側面への一撃によって馬車を横転させるには支障ないスタンド使いだ。だが吸血鬼は顎に手を当て余裕を見せる。

「…童と舐めていたがそれもそうか。おまけに波紋使いが2人。ならば私は隠れることにしよう。」

男は後方にだんと跳躍した。たった一蹴りだというのに十数メートルは距離が離れる。逃がすか、と承太郎が投石するがその前に幌馬車が前に躍り出て石を砕き向かってくる。

「ちっ…!」

再び躱しざまに幌馬車に打撃を与えるが本体は吸血鬼。ダメージはすぐに回復してしまう。これではフィードバックが無いに等しい。直撃は免れるが正攻法での対処ができていない。

「これでは消耗するばかり…!本体を叩くしかないというのに逃げられるッ!!」

「しかもこの草原!小動物や虫なぞ無尽蔵…相手の能力発動を封じる術がない…!」

轟音が駆けてくるのを躱しざまジョセフが指示を飛ばした。

「離れてはいかんッ!そして2人も対抗策が見つかるまでパワーを温存するんじゃ!!」

「しかし!敵の位置を補足する為には『隙』を作らねばッ!」

またしても別方角から下草を薙ぎ払って襲い来る幌馬車を皆で息を合わせて避けながら十輪寺も叫んだ。

「一か八か波紋を通した一撃をこのスタンドに当ててみます!空条先輩どうか援護をッ!」

「それがよさそうだな…!」

本体が吸血鬼だというのならスタンドを介して波紋エネルギーを流し込むことができるかもしれない。となればヴィジョンを足止めした瞬間に流し込むのが得策だろう。

「よし…!その役目はわしが引き受けるッ!この分じゃと真っ向から止めない限りあれは進んでいっちまう!2人で正面から受け止めるんじゃ!!」

幌馬車は角度を変えて進み来る。ぎしぎしとけたたましい悲鳴を上げながら差し迫る。承太郎と十輪寺が残り2人の前に出た。スタープラチナとネイビー・モビー・ディックが予備動作を取る。

幌馬車が射程圏内に入った。

『オラオラオラオラァ!!!』

「アンガーテイルッ!!!」

衝撃波と爆音が草むら広範囲にわたって波及した。ともすれば本体2人すら吹き飛ばされそうな程の凄まじい威力。草々は薙ぎ倒され、地面には陥没が生み出される。

それでも幌馬車はまだ沈黙しなかった。パワー型2人の全力をもってしても正面は破壊される兆しがない。だが隙は生まれた。すかさずジョセフがハーミットパープルに波紋を流して幌馬車に茨を伸ばす。茨は衝撃波に押されながらもなんとか衝突を繰り広げるスタンド像の合間を縫って到達した。

「『波紋疾走(オーバードライブ)』ッ!!」

独特の音を立てながら茨のまとわりついた先から電撃がほとばしった。

しかしそれは幌馬車の『表面』を走り抜けただけだったようだった。――血の轍は、沈黙しなかった。

 

 

「波紋が効かない…ッ!!」

轢き潰してこようとする勢いは留まることを知らないばかりか、スタンドヴィジョンの変化すらない。十輪寺は咄嗟に白鯨に身を翻させ側面の車輪にアンガーテイルを叩きこむ。幌馬車が再び横転する。ヴィジョンが掻き消えようとする。

「Holy Shit!スタンドを介してだと効果がないのか!?」

ジョセフが叫んだその時、ふと、承太郎はその精確無比なスタープラチナの視点を介してあるものを捉えていた。

幌馬車の前面の垂れ布が一瞬ふわりと浮き上がったのだ。その先――すなわち幌馬車の中に空間が確かに存在したのを目視した。そして、そこに。

「あれは…ッ!?」

承太郎は思わずつぶやいた。

ヴィジョンが消える僅か数コンマにも満たない瞬間。だが承太郎にとっては十分な時間であり、このスタンドの成り立ちについて判断するに問題ない根拠となり得た。

「おい!俺の勘が正しけりゃあ突破口が見えたぜ!」

「なにッ!?それはなんじゃ承太郎ッ!」

承太郎が説明しようとする間もなく別方向から血の轍は再び異音を立てる。これでは埒が明かないうえに体力も消耗する。そう判断した承太郎は要点だけを叫んで再び構えた。

「もう一発俺と十輪寺でアレを止めるッ!!その隙に花京院とじじいはあの幌馬車の()()()を引きずり出せッ!!」

「中だとッ!?」

血の轍は既に目前に来ていた。3人は言葉に驚愕する前に対処に迫られる。だが、ほかならぬ承太郎の言葉を疑う余地もなかった。すぐさま迎撃態勢を整えた十輪寺は再び承太郎と息を合わせ幌馬車との激突をこなしてみせた。

またしても巻き起こる爆風。それでも2人のパワー型は耐えてみせる。その隙を縫って花京院とジョセフはスタンドを放ち幌馬車内部に滑り込ませた。

「こ…こいつはッ!!」

ハーミットパープルとハイエロファントグリーンが、そこにいる何かに触れた。慌てて2人はその存在を拘束し、思いっきり勢いをつけて引きあげた。

幌馬車の垂れ幕がたなびくと共にそれはみちみちと嫌な音を立ててついに外界に存在を露呈させた。――今にも朽ちて果てそうな細くボロボロの上半身に、らんらんと光る赤い瞳。ミイラのようなスタンドヴィジョンが幌馬車の荷台と同化していたのだ。今にも荷台から引き剥がされようとしているミイラが遠吠えの如く咆哮する。そのちぎれかけた腕を振り乱してもがいている。

承太郎が叫んだ。

「そいつがこのスタンドの本丸だッ!馬車のほうはチャリオッツのアーマーみてぇなもんなんだ!そいつになら波紋が効くかもしれねぇ!!」

「わかったぞ!承太郎!!『』!!」

ジョセフは再び呼吸を整え波紋を放った。雷撃が紫の茨を伝い走っていく。それは間もなくミイラに到達し独特の反響音を響かせた。

『ぎゃああああああああ!!!』

あたりにけたたましい断末魔が、響き渡った。

 

 

 ***

 

 

「ば…か…な……ッ」

男の体には波紋症による損傷が確かに現れていた。それは彼にとって驚愕以外の何もでもないことだった。数多もの命を糧として引き潰してきたはずのブラッド・オン・ザ・トラックスが崩れ去る。DIOという秩序の頂点に立つに値する器に再び巡り合えたというのに、その行く末を向届けることができなくなる。

(おのれ…波紋…ッ!おのれ!ジョースターッ!!)

最後の力を振り絞ろうにも、もう既に腕はぐずぐずに崩れていた。スタンドを出そうにも力が入らない。油断していたつもりはないが、完敗だった。

歯ぎしりする余裕もない中、さく、さくと何者かが近づいてくる音がした。

「………」

男は無言で足音の主――ジョセフ・ジョースターを見上げた。ジョセフはただ、吸血鬼を静かに見下ろしていた。

「…無様だと思うか?」

吸血鬼の自嘲に淡々とジョセフは答える。

「いいや。正直そのスタンドには震撼したわい。じゃがわしらの敵ではなかったな。」

「……やはり衰えている。お前ひとりではなく、童が居なければ何ともならなかった…」

もう息も絶え絶えの吸血鬼はなけなしの力で嘲笑ったが、ジョセフは意に返さなかった。

「それがなんだというのじゃね?それこそが人間じゃ。仲間があって、困難に打ち勝っていく。そしてその意志すらも受け継いでいく。」

ジョセフは波紋の呼吸を整えた。

「吸血鬼に落ちたものには、もう解らんじゃろう。…わしらは先に進む。ここで止まるわけには、いかんのじゃ。」

「……DIO様は、私の比ではないぞ。」

「それでも打ち勝ってみせよう。運命に決着をつけるのが、脈々と受け継がれてきた我々の意志なのじゃから。」

波風が吹き抜ける草むらにぱちりと僅かな波紋が響いた。

 

 

 ***

 

 

「ちっくしょ~ォ!!俺だけ仲間外れにしやがってェ!!」

ジョセフたちとは正反対の浜辺で『審判(ジャッチメント)』に襲われていたポルナレフの嘆き声がこだまする。それに軽く申し訳ないと返しつつ、本格的なアヴドゥルとの合流を皆喜んでいた。

「で、とっておきって何なんです?船などは見当たりませんが…」

「それがとても目立つ買い物でな……さぁ、それに乗って出発するぞォ!!」

ジョセフの掛け声とともに海の中からそれ――潜水艦が浮上した。

「こ、ここまで買う!?」

 

 

現在地点は紅海のとある島。……エジプト上陸まで、もう間もなくだった。

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