ジョースター一行は当初の予定からは大きく軌道の逸れた旅路を歩むことになった。軌道修正のために取られた手段は海路を経由してのエジプト入り。
(そのためとはいえ…)
十輪寺は船風を受けながら、半ば呆れた心地で船員と話すジョセフを見ていた。
(まさか帆船1つその場でチャーターした上に船員まで完全手配させるとは。)
一体、どれだけの莫大な財産が……いや、考えないでおこう。
「しっかしいい天気!こんな時は泳ぎたくなるよなァ~!」
そんなことを思う十輪寺の横で笑うのは件のフランス人。
「君ならどんな水着も似合うんだろうな、ユイ!」
にししと笑うポルナレフに、ひきつった笑みを返すことしか十輪寺には出来なかった。
(…なんでこんなことになってんの?)
無事にチャーターした船に乗ることができた一行には、ポルナレフという頼もしい味方もできた。
ポルナレフが自身の過去を明かしたのだ。DIOに付け込まれた理由。それは、無残にも殺された妹の敵討ち。仇を探すポルナレフを、DIOは利用した。
おぞましい話だと十輪寺は思う。スタンド使いの下衆が、この世に大勢居る。……そして、それをもおそらく手中に治めるDIOという吸血鬼の存在。
ポルナレフは一行との同行を望んだ。DIOを追えばおのずと仇とも相見えるだろうと。一行にも異存あるものはいない。味方は多いほうがいい。かくして、ポルナレフはジョースター一行の一員となったのだった。
だがこの頼もしい味方、重たい過去に似合わない能天気さと一行の中誰にもなかった軽薄さも合わせ持っていたらしい。そんなこんなで、ナンパまがいの絡まれ方を十輪寺は朝から受けているわけである。
(…フランス人なめてた!)
いい加減うんざりしてきた十輪寺はため息をついて言うことに決めた。
「…ポルナレフさん、お褒めにあずかり光栄ですが…眠れてなかったので部屋に居ます。…失礼。」
足早に船内に去っていく十輪寺をぽかんとして見送ったポルナレフは、ややあって、感心したように呟いた。
「日本人てのはお固いなァ!あれが俗に言う『大和撫子』ってヤツか!」
「…十輪寺を否定するわけではないが、違うと思うぞ…」
あまりの考えの相違に、ため息まじりにアヴドゥルは返すしかなかった。
ポルナレフから逃げるように来た自室に入ると、十輪寺はすぐにぼふりとベッドに倒れ込む。
(優しいのは嬉しいけど!慣れない!!)
このやり取りがしばらく続くのか……と頭を抱えて彼女は仰向けに寝そべる。
(それどころじゃあないと思うんだけどなあ!)
ふと、今空条邸で臥せっているホリィを思い起こす。
(必ず、間に合わせます。だから、どうか…)
柄にもなく、神に祈るように十輪寺は呟いた。
「…この旅の末に、幸運を」
***
―前途多難なのはどうしようもないらしい…
いつの間にか眠りに落ちてしまったようで、私は船の無線室にいた。乗船してから何度か見かけた船員たちが話し合いながら無線に手をかけ何やら行っている。
―転覆でもするのかな…はは…。笑えない…
無線室にこんなに人が集まってすることなんて、ただ1つ。…そもそも不吉な夢しか見ないのだ。まぁ、十中八九そういうことだろう。
―さて、沈没なんてどう防ごうか。何が原因かしら?
うーんと頭を抱えようとした時。視界の一部が…いや、壁の配管の一部がぐにゃりと歪んだ。
―えっ!?
それを皮切りに、今度は計器もメキョメキョと音を立てて動き出す。船員が驚いて後ずさろうとしたとき。
………虐殺が始まった。
赤い血が飛び交う中、またしても風景が切り替わる。
呆然と、その波に飲み込まれるしか、無かった。
今度は甲板に放り出された。今しがた見たおぞましい光景に頭の中の整理がつかない中、今度はジョースターさんたちと誰かが対峙している様を、その誰かの後ろから見る位置にいる。
―2つめの、夢?
混乱の中、整然と進んでいく夢の流れを見ていく他、私にできることはなかった。
敵だろう男をよく見ようとする前に男は空条先輩のスタープラチナに吹っ飛ばされて海の中に落ちていく。
―あっ、しまった!
見逃した、と船の縁までぱっと向かう。…男のスタンドか、半魚人のようなものが女の子を抱えて落ちていく。すんでのところでスタープラチナが掴みあげたが、その腕には岩のような何かが増殖していた。
―何だこれ…!
そしてまるで引きずり込まれるようにして先輩も海に消えた。駆け寄った皆も思わず海中を仰ぎ見るが、何も見えては来ない。
…ほんのしばらくして、いきなり海がうずまき始めた。他の面々がスタンドを送る中何かに弾かれたように渦には近づけない。
ここまで来て、私はある違和感に気がついた。
―…あれ?何だか…まるで、早送りのような…
夢の展開が異様に早くはないか?ジョースターさんたちの動きも、どこかいつもと違う。
…まるで時間がないから、要点だけ伝えられているような。
ふと、渦を見ると。少しずつ渦の勢いが弱まってきている。先輩が相手を倒したのだろう。
……もう?
―あっしまった!顔を見ていない…!
ハッと気が付き、私は一瞬躊躇したもののそのまま柵を乗り越え海の中に飛び込んだ。
水しぶきもない。呼吸だってできる。ただ、すっと湯船に浸かったときのような浮遊感だけがあった。
視界の先には浮上していく影と沈んでいく影。浮上するのは先輩だろうと踏んで、沈んでいく方に近づこうと水をかいた。
―…っ!?アレはッ!!
影が、なにかポケットから出してはいないか。その男はまるでスイッチを押すように指を動かした。
背後から、バッと閃光のように強い光と振動。
思わず振り返り浮上すると…
―沈没の原因は…爆弾!?
ぐん、と、後ろに体がひかれた。
ガバリと十輪寺は起き上がる。部屋の中にはゆりかごのような一定の揺れと静かな波と機械音しか響いてこない。
「…どう、いう。」
この船は特別チャーターで、船員の身元確認もしっかりしているはず。
十輪寺は時計を探す。……壁掛時計の時刻は11時。船に乗ってから4時間といったところ。そして、眠りに落ちてからは30分も経っていない。
「…なんで」
あえぐように息をついて。十輪寺は混乱の只中にいた。
***
「嬢ちゃん!ここはあんたの来る場所じゃねぇぜ!ほら、用があるのはどこだい?」
船の中枢にひょっこりと現れた十輪寺に船員は呆れながら行き先を尋ねてくる。
「ごめんなさい。ちょっと探険で、つい。…この船の設計図ってありますか?」
「ああ?んなもん渡せるわけ無いだろう。」
「そこをなんとか。…こっそり返しますから!」
初めての船で興味津々、でもきちんと気をつけます、と見えるように十輪寺は船員にお願いするが「ダメだね」とすげない返事をして船員は手を振った。
「ほら、あっち行った!こっから先は関係者以外立入禁止!」
「…失礼しました。」
チラリ、と横目に見た無線室は……夢のものとは、異なっていたように思う。
(…流石に設計図は無理か。となると…)
客室の廊下、十輪寺はその壁に掛けられた船内図をじっと見つめる。
(これしかないんだよね。…でも、まさか客室に爆弾仕掛けるとは思えないし。仕掛けるとしたら船底貨物室とかの見つからない場所だよね。)
はぁ、とため息をついて十輪寺は頭を抱えた。
「しっかしこんな暑いというのに…お前たち、学ラン脱がぬのか?」
「僕らはガクセーでして。ガクセーはガクセーらしくですよ。…と、いうのはこじつけか」
十輪寺が船内探索に動き出した時、他の面々は甲板にて穏やかに会話して過ごしていた。
「十輪寺もセーラーだからなぁ…日本のガクセーとは、わからんもんじゃ…」
「…そういえば彼女は大丈夫でしょうか?」
ポルナレフが散々かまい倒したせいで逃げるようにして自室に行ってしまった彼女のことを、ふとアヴドゥルが話題に出す。
すると横にいた元凶が「俺、ちょっと行ってご飯誘ってこよっかな〜」などと言い出したため、アヴドゥルは呆れ果てながら窘め始めた。
「お前な…嫌がられているのがわからんのか…」
「何言ってるの!女の子をひとりぼっちにしとくのは良くないぜ?」
「…少なくともポルナレフが出る幕ではないと思いますが。」
「同じ。」
ビーチベッドに寝そべったガクセーふたり組まで参加してポルナレフをいじり始める。「なんだよお前らー!」とポルナレフが絡みに行って、その場がにわかに賑わい出す。その様子を微笑ましいと感じながら見ていたジョセフが声をかけた。
「…全く。わしがちと行って様子見てくるから、皆ポルナレフを食い止めといてくれ。」
「ちょっとジョースターさんまでぇ!」
非難の声を上げるポルナレフを無視して手をひらひらと返すとジョセフは船内へと向かっていった。
食堂からかすめ取ったボウルに水を注ぐ。息を整え、コオオ……と独特の呼吸音が響いたその時、ボウルの中の水面が不可解な波紋を描き始めた。
(人、人、人…当たり前か。人の場所はこれでなんとなくつかめるけれど、こんなのでは爆弾なんて夢のまた夢だわ…)
十輪寺が行っていた試み。それは波紋を使った爆弾の探知。だが、そんなことができるわけがない。波紋は生命に働きかける力。水面の波紋が描くのは、辛うじて近くにいるであろう人間の位置くらいなものである。
(…ああ、探索できるスタンドがほしい。ハイエロファントやハーミットなんて先が予見できれば心強いこと間違いなしなのに。)
思ってはっとし、十輪寺は自嘲する。
(…ダメダメ!モビーを否定してるみたいじゃない。彼女がいたから、私は私になれたのに。)
ふぅ、とため息をついて十輪寺が虱潰しに船内を捜索することを決断した時ある変化があった。ふと水面が大きく波紋を描き、それは中心部に移動してくる。
(あら?こんなに強い波紋…初めて見る。こっちに向かってきているわ…)
十輪寺が今まで見たことのない軌跡に思わず見入っていると廊下の角からジョセフが現れた。
「おお、十輪寺。こんな所におった…って、何をしとるんじゃ?」
何やら盆をのぞき込んでいる十輪寺をみて彼は怪訝な表情で近づいてきた。
「え?あ、ジョースターさん。…成る程。これはジョースターさんの波紋だったのか。」
「んん?」
ジョセフもともに水盆を覗き込む。大きな波紋が中心部で揺れている。
「なんじゃ、波紋を使っての探知か?…何だってこんなことしとるんじゃね?」
「え!?…ええと…」
しまった、と思いながらも彼女はハハ、と取り繕う。
「や、なんとなく不安になっちゃって。…飛行機の件がありましたし。」
まぁ杞憂ですよ……と十輪寺は微笑んで盆をかたそうとした踵を返しかけた時、待てとジョセフが制した。
内心ビクリとしながらも十輪寺は彼の顔を見る。ジョセフは難しげな顔をして十輪寺を見ていた。
「……いや、一理あると思ってな。して十輪寺。君は何を探していたんじゃ?」
「何、とは?」
「そのままの意味じゃ。スタンド使いそのものか?…それとも、爆薬などの危険物か?」
爆薬を言い当てられて内心焦りを持ったが、夢のことをできれば話したくはない。十輪寺は誤魔化すように前髪をかき上げ苦笑した。
「いや…特には考えてなかったです。そもそも波紋で探知できるのはどこに生き物がいるか程度。…それこそ、悪意の探知でもできれば良いのでしょうが…」
へらりと笑ってジョセフに返す。そんな十輪寺をしばし見たあと、ジョセフはふむと口を開いた。
「…丁度いい。わしもこのハーミットパープルの力を試したかったしな。新たな活用法を模索したい。」
「新たな?それはカメラを使わないということでしょうか?」
ジョセフは頷いて十輪寺に説明する。
「地図を使った念写じゃよ。何とか行けるのではないかと思ってな。」
「なるほど…!もしかすると位置を割り出せるかもしれない…!やっぱりもう一度交渉が必要ですね!」
喜色にじませながら十輪寺はくるりと操舵室の方に足を向ける。
「ジョースターさんと一緒なら貸してもらえるはず!お願いできますか?」
「…もちろんじゃ。行くかの。」
……十輪寺の発言を一言一句聞き逃してはいなかったジョセフは、それを全く表には出さずに微笑んで頷いた。
***
「…まぁ、依頼主が言うんじゃあしょうがねぇけど…」
大人がいるということの効果は絶大である。ジョセフが船員に交渉したところ、彼はあっさりと地図を手に入れ戻ってきた。
「どう言って借りてきたのです?」
うまい口実が見つからなかった十輪寺が思わず尋ねるとジョセフはサラッと答えた。
「なに、単に万が一も兼ねて船の構造を知りたいと言っただけじゃよ。急なチャーターで向こうも訳ありだとわかっているじゃろうから、それをそのまま利用しただけ。」
「ああ、直球でよかったのか…」
思わずポツリと呟いて、十輪寺はさっと船内図に目を落とす。
「客室と船員室…貨物室がある最下層…。およそ、3階層というところですか。」
真剣に地図を見る十輪寺をただじっと見つめていたジョセフはさらりと彼女に言う。
「…ま、亀の甲より年の功というところじゃな。十輪寺はまだ子供じゃし、しかも女とあっては相手も軽く見る。わしの名を出せば良かったのにィ」
それに一瞬ムッとした十輪寺は、しかし事実だと解っているからか軽く毒を返す程度にとどめた。
「…確かにそうでしたね。今度からは遠慮せずお名前使わせて頂こうかな?」
「おおい!怖いことに使うなよ?」
大仰におどけてジョセフは返答した。さて、と彼は続ける。
「食堂の机でも拝借しようか。十輪寺、コインかなにか持ってるか?」
はい、と移動しながら彼女はポケットから財布を取り出し何枚か手に握る。
「コインはどんなものでも大丈夫です?」
「平気じゃ。……さて、地図の上にコインを放ってくれ。」
足早に食堂の戸を開いた十輪寺に続きジョセフは机に地図を広げる。十輪寺は迷わず手に握った5〜6枚のコインを軽く地図に放った。それを確認したジョセフは、手に茨を出現させる。
「ハーミットパープル、探知せい!」
バチバチと音を立てて地図の上を茨は駆け抜ける。するとコインが3枚反応した。不自然に転がり、船最下層の見取り図の上の3地点に倒れ込む。その様に十輪寺は息をのんだ。
「3ヶ所…!ここに、何かある!ジョースターさん!」
パッと興奮隠しきれずに顔を上げる十輪寺に、ジョセフは頷くにとどめた。
「…まずは1ヵ所目じゃな。何があるか分からん、用心せい。」
船底の貨物室。船員の目をどうにかかい潜り、2人は地図に示された一点の部屋の前にたどり着く。
「食物庫でしょうか…。この時間なら船員が頻繁に出入りしていたはず。…開けます。」
昼食の準備で何人か出入りしていたであろう今の時刻。そこから推察するに扉をあけて爆発することはないと踏んだ十輪寺はキイと扉を開いた。
中には棚と木箱に入れられた食材や調味料が並ぶ。その合間を2人は慎重に抜ける。
「ふむ…とりあえず探知を………。ハッ!?」
ジョセフが茨を狭い室内に張り巡らせたときだった。狭い部屋の中……隠者はある木箱に触れた途端、その正体を探知した。十輪寺もジョセフの声にさっと振り返る。
「十輪寺…コレじゃ!この木箱の中…火薬と発火装置!間違いない、爆薬じゃ!」
冷汗を垂らしながらジョセフは箱を凝視する。
「なんてことじゃ…!この量があと2つだと?…発火したら確実にこの船は木っ端微塵じゃないか…!」
その言葉に十輪寺もさっと顔を青ざめさせた。くっと歯噛みしてそろりそろりと箱の前に近づく。
それを、ジョセフは止めなかった。――ただ、じっと彼女の出方を窺った。
「…どうする?十輪寺。箱を動かす訳にもいかんぞ?」
ジョセフの言葉に返答せず、十輪寺はただじっと箱を凝視する。食物庫の中は、緊迫の糸が張り詰めていた。
――暫くして大きく息を吸い込んで、彼女は勢い良く腕を上げた。
「ネイビー・モビー・ディック!飲み込んで!!」
声とともに床から大口が飛び出す。白鯨は爆薬の入った箱だけをまるで蟻地獄のように下からがぼりと飲み込んだ。
な、とジョセフは彼女の決断に動揺する。白鯨は箱を飲んだ瞬間にフッと姿を消す。
場に、沈黙が流れた。
……何秒経っただろうか。何十分にも感じられた沈黙のあと、十輪寺が、はぁぁ、と大きく息を吐いてその場にへたり込んだことで止まった時間が一気に動き出した。
「十輪寺!?」
呆然としていたジョセフは慌てて彼女に駆け寄る。それに若干荒い息をつきながらも、十輪寺はへらりと笑って答えた。
「ジョースターさん…!これで大丈夫、一個解除しました!」
「なんと…!爆弾を飲んで平気なのか!?」
コクコクと糸が切れた様子で笑いながら十輪寺は頷く。よほど緊張していたのだろう、額には幾筋も汗が流れていた。
「良かった…。これなら、あと2つも行ける…!」
ぐっと汗をぬぐって、彼女はようやっとふらりと立ち上がった。ジョセフに対して力強く笑いかける。
「私があと2つの解除に回ります。ジョースターさんは早く皆にこのことを知らせて敵襲に備えてください!」
一瞬間をおいたあと、うむ、とジョセフも頷いて判断を下した。
「…解った。これでハッキリしたな。敵は確実にこの船内に侵入しておる!十輪寺、すまんが、残りは任せたぞ。」
真剣な眼差しでコクリと頷いた十輪寺は、ジョセフの横をするりと抜けて食物庫の扉を開けて出ていった。
残されたジョセフも、ふぅ、と息をつくと十輪寺とは反対の方、階段を上って皆のいる甲板に出るべくして歩き出した。
……その間、ジョセフは今までの経緯を考察していた。
(…全く持って奇妙じゃ。まるで、先にわかってたとでもいうように動いている。)
十輪寺のことだった。今までの彼女の様子、そして会話を思い返しながらジョセフは考える。
(まずはホリィを助けたあの戦い。波紋使いとはいえ、遠方からゾンビが現れる場所を特定する?そんなことは出来ぬはず。)
あの夜、ジョセフはあえて訊くことはしなかった。仮にも愛娘を助け出した恩人であるからだ。
(次に飛行機でのこと。まるで乗客を狙う事を知っていたかのような位置取り。…あの速さすらわかっていたようじゃった。)
心配して駆け寄ったものの、十輪寺がいた場所にはずっと引っかかりを持っていた。アヴドゥルから後で聞いたが彼女はわざわざ前もって移動していたというではないか。
(そして今回。口ではああ言っていたが…確実に、爆薬があると分かっていたのじゃろう。事前に地図を借りようとしていたり、コインを複数準備したり…。お陰で、わしも危険物に的を絞って探知ができた。)
十輪寺の言動の端々をジョセフは分析していたのだ。巧妙に鎌をかけながら。対処すべき大きな物事があると、彼女はそれに気を取られるのであろう。見事に、全てに引っ掛かってくれた。それで爆弾があるとわかったからこそハーミットパープルでの探知が可能となったのだ。――流石に何があるかわからない、誰が敵なのかもわからないでは探知能力も精度が落ちる。
そして彼女の奇妙な言動に対しても、ある程度目星がついた。
(十輪寺は、確実に何が起きるかを知っている!!だが、それは断片的なもの!!)
おそらく、とジョセフは考察する。
タワー・オブ・グレー戦後の機長の死による飛行機不時着を、彼女は知らなかった。知っていたら今までの言動から察するに何がなんでもコックピットを死守するように動いていたはずだからだ。
また、今回の件も「爆弾がある」ことしかわからなかったのだろう。だから捜索しようとした。数もわからなかったからコインを複数準備した。
(…考えうるは2つ。1つは本当に未来がわかるということ。……もう1つは…)
ジョセフも、おそらく他の面々も薄々感じて疑いを持っていること。
……一行の行動が、敵に筒抜けとなっている。つまり秘密裏に偵察されているということだ。
だが誰もその気配を感じ取っていない。こちらには正確無比に観察できる承太郎も、彼方を探索できる花京院も居るというのに、だ。勿論念写できるジョセフも何度か試したが、対象がわからぬでは探知しようがない。
つまり現状が表しているのは、遠隔視ができる未知のスタンド使いが相手方にいることと。
(…内通者。考えたくもないわい…!)
ジョセフはその疑念を払うように頭を振る。だが、これは危険な旅路。考えうる全てを、チームの要であるジョセフは想定しなければならなかった。
(だが彼女には肉の芽なぞ植わっていない。しかしスタンド能力は1人1つのはず。)
十輪寺の行動と先程の笑顔。どう考えても善良な者にしか見えないが……彼女もまた、取り繕うのが上手い。悲しいことにジョセフや花京院のように嘘をはきなれているところがある。ジョセフは交渉や敵を欺く武器として使うため、仲間に対してはからかい程度にしか使わない。花京院は、おそらく信頼したもの同士嘘は嫌う質なのだろう。他人にはサラリと嘘をはいて丸め込んでいる様を目撃したがジョセフたちには至極素直に応対する。
だが、十輪寺は皆に対して何かを必死に隠そうとしていた。それが未来がわかるということなのか?モビー・ディックの能力をすぐ開示しなかったのもおかしい。
(…十輪寺。君は、一体。)
甲板への扉に手をかけて、ジョセフは皆のところに急いだ。
***
甲板に照りつける太陽にくらんだジョセフの目が慣れた時、眼前では皆が何やらドヤドヤと囃し立てているようだった。よもやすでに敵襲か、と皆のもとにかけたジョセフが見たのは、海に飛び込む承太郎の姿。
「なんじゃ!?何があった!」
慌てた様子で現れたジョセフに、ああ、とアヴドゥルが若干狼狽えた様子で事情を説明しだす。
「ジョースターさん、密航者です。あの少年が逃げようと海に飛び込んだのですが…鮫がいる!」
「何?密航者じゃと?」
バッと海の方に目をやったその時、ばしゃりとひときわ大きな音がして鮫が宙に吹き飛んだ。それを追って現れたのは承太郎のスタープラチナ。拳のラッシュを鮫に叩き込んでいるではないか。
「…で、彼を助けようとJOJOが飛び込んだというわけですが…あの様子なら大丈夫そうですね。」
海に目をやりながら花京院が苦笑いして続けた。
ジョセフは呆然と承太郎の姿を追う。密航者の少年――いや、帽子の下の長い髪を見ると少女のようだ――を、承太郎が掴んでこちらに泳いでくる。
「おおっと、女の子かよ!おい、救助用のなんかねーのかい?」
ポルナレフが呑気に船員に対して問いかけるなか、何故か固まったままのジョセフの様子に気がついたアヴドゥルが彼に問いかける。
「ジョースターさん?どうかしたんですか?」
「あ、いや…!」
ハッと我に返ったジョセフが船の危機を皆に伝えようとしたときだった。あっと海の2人を見ていた花京院が声を上げる。
「何だあの影…大きい!JOJO!何か来るぞ!急げ!」
その影を目視した承太郎は急いで浮き輪に向かってくるがしかし、影の方がスピードは上だった。あわやというところで花京院が一声を上げる。
「あの距離なら僕に任せろ!」
すんでのところで放たれた法皇が承太郎の腕をつかんでそのままに引きずり上げた。と同時に何ものかによって浮き輪が木っ端みじんになる。そしてそのまま、影は消えた。
「スタンドだ!今のは!」
「海底のスタンド…うわさすら聞いたことがない…」
各自が警戒する中ジョセフははっとする。
(仕掛けてきたか…!だがまだ爆弾の解除が終わっていない!)
彼はスタンドでの会話に切り替えて皆に危険性を伝える。
『皆!結果から言う、この船に爆弾が仕掛けられておった!』
『何だと…?』
承太郎が険のある瞳でジョセフを睨む、それにうんと頷きながら彼は一同を見まわした。
『たった今十輪寺が解除に回っている。ここは敵を見極め慎重に時間をかせぐぞ!』
その言葉に皆軽く目を見開いたが、承太郎だけは表情を変えないままジョセフをじっと見ていた。
『となると…いちばん怪しいのはこの女の子か…?』
すっとアヴドゥルが目線をずらすと、そこには名も知れぬ少女が息を乱して手をついている。密航者。他の船員の身元ははっきりしている中、唯一分かっていないのは彼女のみだ。じっと一同が見ていることに気が付いたのだろう、少女ははっとナイフを構え威嚇してくる。
『くっ…証拠が足りん。何か正体をつかむ方法はないものか…』
そのジョセフの言葉でアヴドゥルは鎌をかけることにした。
「おい、DIOの野郎は元気か?」
「DIO?なんだそれはっ!おれと話したいのかそれとも刺されてーのかどっちだァ!?」
そんな言葉を発しながらも、その少女の様子はまるで蛇ににらまれた子猫のように見えた。
「この妖刀が340人目の血をすすりたいと慟哭しているぜッ!」
その言葉に思わず花京院は吹き出した。それを見て少女はあわあわと慌てている。
「なんか、この子は違う気がしますが…」
「うむ…しかし…」
ジョセフがでは誰なのだ、と思案したのと同時刻。
「…あった!この箱だ!」
船底の貨物室に食糧庫と同じ形の箱――爆薬を見つけて十輪寺は喜色を滲ませた。これで3つ目、最後だ。十輪寺は迷わずそれをモビー・ディックに飲み込ませる。床板から出現した白鯨は箱だけを飲み込んで消える。
「これでよし!あとはジョースターさんたちに…」
彼女は踵を返そうとしてはたと気が付く。……夢の内容では、起爆スイッチを相手は握っていたはずだ。もし、もしもだが起爆スイッチを押された場合、モビー・ディックの中に取り込まれた爆薬は反応するのだろうか。それとも反応しないのだろうか。……前者だった場合。
(私は、内臓破裂なんかじゃあ済まされない…!)
ここまで思考してやっと十輪寺は己がしたことの行き当たりばったり性に気が付いたのだ。このままでは転覆すると思わず動いたはいいものの、その後のことをきちんと考えられていない。冷や汗がどっと流れてくる。命の危機がまたやってきた。恐怖に身がすくむ。
(なんて愚かなことを!)
しかしモビー・ディック以外ではこの事態をどうにかするものはいないのだ。他の人間では解除ができない。皆を守らねば、と震えを抑えようとした時、ふわりと半身がマストだけを床板から出現させた。……これは、彼女たちだけの合図。白鯨が十輪寺に甘える時にする動作。だが、今はそれが違うものに映った。――励まし。
……ここは、賭けるしかない。
「起爆装置を奪うんだ…!」
十輪寺はマストをポンとたたく。それと同時に白鯨はまた潜行した。
***
「シブイねえ…オタク。本物の船長はすでに海底で寝ぼけているぜ。」
承太郎の鎌かけに見事引っかかった船長……いや、偽物は本性を現した。彼はとうとうと語りだし一行を挑発する。
「じゃあてめーは地獄の底で寝ぼけな!」
承太郎が返した時だった。
「きゃああああ!!」
海中から突如として現れたスタンドが少女をつかんで人質にとったのだ。そして敵は自分がタロットの月、
「1人1人やろうと思ったが仕方がない。今から小娘と一緒にサメの海に飛び込む!当然海中に追ってこざるおえまい!」
言って彼が海に向かって後退しようとした時だった。
「モビー!吐き出して!!」
船室の方から弾丸のように十輪寺が駆け出してきた。なに、と一同が見る中、その手には果物ナイフ。彼女はまっすぐ船長に向かって突き進む。
「おおおお!!」
その勢いのまま、彼女は偽船長の右腕に一太刀、果物ナイフを突き刺した。
「うぐあ!な、何ィ!?」
呼応するようにスタンドからも血が噴き出る。それを横目に捕らえて彼女はモビー・ディックに命令を下す。
「射程内に入った!モビー、アンガーテイルッ!!」
鯨の錨の尾が宙に出現する。それはおもいきり振りかぶってダークブルームーンの体目がけて直進していく。それと同時に、十輪寺はナイフを引き抜いた。そして、ナイフを偽船長のポケットへ一閃。さくりと布が裂け、そこには。
(あったッ!起爆装置ッ!!)
モビー・ディックの尾が迫る。偽船長は一瞬のうちに起きているこの事態に対応できていない。十輪寺はポケットから零れ落ちたスイッチに手を伸ばす。なんとしても地に落ちる前に掴まなければ。
十輪寺の目にはそれがスローモーションに見えた。自分の動きがスローすぎて焦りが先行する。
(なんとしてでも!思い通りにさせないッ!!)
手がスイッチに触れた。ボタンは上向きだ。このまま掴める。掴んだ。そして振りぬかれたモビー・ディックの尾がダークブルームーンの背に触れた。
(あとは…この子を船上に戻すだけ!!)
錨を振りぬいた。衝撃は調整している。少女だけを手放す程度の威力。それを船上の方向へ。十輪寺は足にぐっと力を入れてダークブルームーンの方に振り返った。そしてそのまま。
「こっちにその子を飛ばすんだ!!モビー!!」
モビー・ディックは忠実に、ダークブルームーンの背だけに錨をたたきつけていた。もんどりを打って偽船長とダークブルームーンが、少女を受け止めた勢いで跳ねた十輪寺と同時に飛んでくる。
旅の仲間たちはその時正確に動き出していた。花京院がハイエロファントグリーンで十輪寺を受け止めると同時に、承太郎がスタープラチナで飛んできた偽船長にラッシュを食らわせた。
「オラオラオラァ!!」
船長が海上に殴り飛ばされ水しぶきを上げるとともに、十輪寺の緊張の糸がぷつんと切れた。そしてその勢いのまま、彼女は気を失ってしまった。
***
「…う。」
「!」
呻き声とともに十輪寺が目を覚ました時はすべてが終わっていた。少女を受け止めた勢いで腹をしたたかに打った十輪寺は起き上がろうとして再度呻く。それに付き添っていたジョセフが波紋を流して痛みを緩和しようとしてくれた。
「全く!無茶しおってからに!」
「ご、ごめんなさい…。あの、敵は?」
「承太郎が倒した。爆弾の起爆スイッチもほれ、そこに置いてある。」
言ってジョセフはくいと親指でテーブルをさす。そこには誤って押されないように固定された起爆装置があった。それを見て十輪寺は人知れずほっと息をつく。その様子をすがめになりながらジョセフは続けた。
「十輪寺…わしに嘘ついたな?解除できるならスイッチなんていらぬ…。なんという無茶をしたのだ!」
「ち、違います!飲み込んだ後でそのことに気が付いて…。慌てて取って返したらあの子が人質になってるものだから、つい。」
「ついって…お前さんなァ…!」
ため息をつきながらジョセフは事の経緯を説明した。曰く、少女は無傷であること。あの後偽船長を殴った承太郎にフジツボのようなものがまとわりついて海下に引きずり込まれたこと。渦潮のなか承太郎が敵を討ったこと。一連をとうとうと聞かせるジョセフに頷きながら、十輪寺はまた安堵する。
(夢と乖離がない…本当はあの一撃で倒せればよかったんだけど。)
しかし贅沢も言ってられまい。船の爆破を防げただけましだ。十輪寺は呼吸を整え、自身の痛みを軽減した。そのままベッドから起き上がりながら爆弾の起爆スイッチに手を伸ばした。
「じゃあ、これはモビー・ディックに飲み込ませておきます。シンガポールで解除なりした方がいいでしょう。」
「わしとしては今すぐにでも吐き出してもらいたいんじゃが。」
「…海、汚すことになっちゃいますよ。」
「それどころではないのが分からんか!命かかっとるんだぞ!!」
ジョセフの焦りからくる怒号に笑いかけながら、十輪寺は言った。
「大丈夫。モビーの中に入れてしまえば誰にも取り出せません。私以外、ね。」
十輪寺が目を覚ました。ジョセフからもたらされたその一言で皆が一様にほっとするのを承太郎はどこか冷めた心持で聞いていた。いや、心配でなかったわけではない。ただ不信感がぬぐえなかっただけだ。
(今回もそうだ…都合がよすぎる。詳しい経緯を聞いちゃいないが爆薬を見つけたのも十輪寺だろう。)
今のところそれで支障が出ているわけではないが、疑念は尽きない。……スタンド能力は1人1つのはず。十輪寺にとってそれは『飲み込んで吐き出す』能力のはずだ。となると彼女固有の何かがあるとみるべきか。
(いずれにせよ、しゃべらない上に無茶しやがる。どうにかなんねェモンか…)
視界の端でポルナレフが見舞いに行くと言ってアヴドゥルに止められている。それに目をやりながら、彼は口癖にやれやれと独り語ちるのだった。