星の海を渡る船   作:仁倉

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謎の貨物船

……予定された沈没から辛くも逃れたこの船は、船長を欠きながらも予定の進路を航海する。頭が偽物だったと知った船員たちの狼狽はあったものの、そこは船の操り手としての意地があるのだろう。すぐに指揮形態を整え進みだしていた。

甲板でぼんやりと風を受けながら十輪寺は思案する。

(爆発は防げた…これで、予定通りに進めるはずだけれど…)

十輪寺のなかには1つ大きな引っ掛かりがあった。――あの時夢に見た、もう1つの光景。見慣れぬ通信室で虐殺されゆく船員たちの夢だ。

(あれは一体何?この船ではないとしたら…また、敵襲があるとでもいうの?)

あれから2日経った。シンガポールは目前に迫っている。船長入れ替わり事件のどさくさにまぎれ十輪寺はこの船の通信室を見た。……が、その内装は明らかに夢のものとは異なっていた。

以来その場面の夢は見ていない。見るのはいつものあの夢だ。

(…なんでこう自由が利かないものなのかな。花京院さんの夢が一番こたえるというのに。)

視線を甲板に移すとすっかり馴染みとなったビーチベッドで本を読む花京院の姿がある。彼はここが気に入っているのか、大体船室内に姿が見えないときはここに居る。他の面子は別のところで暇をつぶしているのか今は見当たらない。

(…逆?こたえて、一番どうにか変えたい未来だからこそ何度も見てしまうの?)

十輪寺の視線に気がついたのか、花京院がふと顔を上げて視線がかち合う。ぎこちなく笑いかけて、十輪寺は海に視線を戻した。

……そのため、彼女が花京院の顔に憂いの影がさしていることに気がつくことはなかった。

 

 

しばらくして、ザザンと静かな波の音だけを聞いていた十輪寺のもとに花京院が歩み寄ってきた。

「…何か見えますか?」

「いいえ、何も。」

実際、変わり映えのない風景が続いていた。陸が見えるでもない、魚の影が見えるでもない。だから他の皆は船内に居るのだろう。大方賭けポーカーでもしているんじゃあないかと十輪寺は思っていた。

海を見たままぼんやりと質問に答えた十輪寺に被せるようにしてまた花京院の問いが飛ぶ。

「では、なぜいつも海を見ているんですか?」

珍しいな、と彼女は花京院を盗み見た。この青年がこんな不毛なことを聞いてくるとは。

「…質問の意図は?」

思わず問い返すと、彼は海を見たまま、いえ、特にと返してくる。

「あなたはいつも海を見ているようでしたので。」

「ああ…そうかもしれないですね…」

それを言ったらあなたはいつもそこで本を読んでいるじゃあないか、とは返さず十輪寺は答えた。

「別に何もないですよ。ぼんやりするにはうってつけなだけです。」

探りを入れられているようで虫の居所が悪くなった彼女は髪を掻き上げながら戯けた。

「最近はここにいるほうがポルナレフさんから逃げられるみたいだし。…お邪魔なら退散しますが?」

「…失礼。無粋でしたね。」

十輪寺のつっけんどんな物言いにやっとこちらへ目を向けた花京院は苦笑した。

「もしかして敵襲を警戒しているのではと思って。そうでないならば良いのです。」

敵襲、と十輪寺は反芻し、半分的を射ているなと考えた。実際夢の内容が気になっているのだから当たってはいるのだ。

「…それは申し訳ない。そこまで殺気立ってはいないですよ。」

苦笑いを浮かべて十輪寺は返した。そしてふと今浮かんだ疑念を花京院にぶつけた。

「…まさか花京院さんもそうじゃあないですよね?」

チーム唯一の遠隔操作の利くスタンド使い。その役割を遂行するためにあえて外にいるのでは?

「……そのまさかだったら、どう思います?」

真意を読み取れぬ作り笑いを口に浮かべて花京院が切り返してきた。十輪寺は困惑したが、思ったことを素直に言うことにした。

「…頼もしいですが、心配です。あなただけじゃあ大変でしょう?」

「そうですか……くく…っ」

その言葉を聞いて……花京院は口元をおおってクスクスと笑いだした。その様子に謀られたと悟り十輪寺は恥ずかしくなる。

「ちょっ!からかいましたね!?人が真面目に言ったのに嘘か!!」

「ノホっ…!すみま、せん、怒らないでください、半分は本当ですから…っ」

花京院は十輪寺を宥めるが、笑いが抑えきれていない。全く、と多少ブスくれながらも半分という言葉に彼女はとりあえず怒りを引っ込める。

「半分に免じて許しますけど…そんなに笑うことですか?」

「ふふっ。…すみません、違うんです。」

ひとしきり笑ったあとふぅと息を吐いて花京院は微笑む。

「…嬉しくて笑ったんだ。ほら、他の皆なら気にしすぎだとか、臆病だと言われるかもしれないでしょう?」

「ああ…なるほど。」

そういうことか、と十輪寺も笑った。やはり花京院も自分と同じで慎重派なのだと再認識する。そして、その言葉に思うところがありポツリと彼女は呟く。

「…臆病と慎重の差って、何でしょう。私は臆病だけどあなたは慎重なだけだ。」

「捉え方の差なのでは?僕からすればあなたは全く臆病には見えないんですが…」

困ったような顔で花京院は十輪寺を見る。それに対し十輪寺も苦笑する。

「…花京院さんは自分のこと臆病だと思ってます?」

「ええ。…少なくとも、この中では。」

船室の方に視線を移して花京院は言う。その目に憂いが宿っているのを見て、十輪寺は自分と同じだと感じた。……だからなのか、自然と言葉が口をついて出てくる。

「…波紋の教えに、こういう意味のものがあります。」

ん、と興味を持った花京院がこちらを見る。十輪寺は笑って海に目を移す。

「『恐怖』を感じることは悪ではない。『恐怖を乗り越えることができる』からだ。…恐怖を感じないことは即ち『勇気』も知らない。」

言って、にっと十輪寺は彼に笑いかけた。

「私の座右の銘みたいなものです。」

「…なるほど、発想の転換ですね。いい言葉だ。」

花京院の目から憂いの色が薄くなった。フッと彼も笑って続ける。

「…『臆病者』同士、お互いの『恐怖』を乗り越えられるよう願ってます。」

互いに笑いあった時だった。――不意に、青い空が見えなくなった。

はっと息をのんで2人はさっと視線をめぐらせる。あたりは白くもやがかり、先程まで明るく照らしていた太陽すら見えない。

「…霧の中に突っ込んだ…?」

十輪寺の言葉に「馬鹿な」と花京院も呟く。

「さっきまでそんなもの全く見えなかったぞ…!」

まるで風景だけが切り替わったような不気味な変化。これは敵襲だ、と判断した2人の行動は早かった。花京院はさっと法皇を出現させ船室に向けて全速力で伝令に走らせる。十輪寺も白鯨の全身を出し、いつでも波紋が打てるよう呼吸を整えた。

十輪寺が船の前方、花京院は後方と背中合わせに船の縁で構えた時だった。不意に大きく暗い影が甲板に差し掛かった。 

「え!?」

影は船右舷からいきなり現れた。ちょうど、2人がいるその場所に目掛けて来たその影は。

(衝突する…ッ!!)

咄嗟に花京院は十輪寺の腕を掴んで先に放っていたハイエロファントに己の体を船室に向かって引かせた。十輪寺は白鯨の尾を襲い来る影の主に向けて思いっきり叩きつけさせる。

同時にそれが行われた反動で2人は勢いをつけて船室の方に吹っ飛ばされた。

バキバキバキと轟音を立てて彼らのいた位置が破壊されていくのを視界の端に捉えながら、花京院は十輪寺を庇うように引き寄せ背から壁に向かっていく。十輪寺は白鯨を壁と彼の間に滑り込ませるように出現させた。

ドンッ!と大きな衝撃が襲い、2人とも一瞬激痛に息が詰まる。だが、モビー・ディックをクッションにしたことで予想していたよりは衝撃は軽く、2人ともすぐに身を起こすことができた。

「十輪寺!怪我は!?」

「平気です!痛みを緩和します!」

十輪寺が整えていた波紋をそのまま治癒に転じさせようとした時だった。バンと勢い良く音がして船室と甲板をつなぐ戸が開いた。中から真っ先に躍り出たのはジョセフだ。

「なっ…!こ、これはッ!どういうことじゃあ!?」

彼は自らの目に映った信じられない光景に思わず叫んだ。

「どうしたジョースターさん…って、うおあ!?な、なな…!」

バタバタと複数の足音がする。船員も含む皆が甲板へと出てくる度に仰天し思わず絶句する。

「皆!」

花京院の呼びかけにようやくハッと我に返った面々は慌てて2人の方を見た。

「花京院!十輪寺!一体何が起きたッ!?」

「わかりません!いきなり霧に覆われたと思ったらアレが突っ込んできました!」

十輪寺は波紋を花京院に流しながらさっと衝突してきたものの方を指差した。その額には、冷汗がダラダラと流れている。

「…私達が、ちょうど立っていたところです…」

皆、一様に視線をそれに戻した。

……船首を無残に破壊し、轟音とともにその動きを止めた……この船より一回りはあるであろう、大きく古びた貨物船に。

 

 

 ***

 

 

「ボートは無事か?」「全員入るな?」「早く!」

船員たちの怒号が飛び交う中、十輪寺はただじっと衝突してきた貨物船を見据えていた。

(さすが鋼鉄船…全く破損なしとは…)

深い霧の中突如として現れた貨物船は、この船を完全に廃船にした。船室に損害がなく、乗員1人として重傷者が出ていないのは不幸中の幸いか。

「おい!通信おくれ!ひとまず相手方に引き上げてもらうぞ!」

バタバタと動く船員と、ボートの準備を手伝うジョセフたち。しかし十輪寺はただ立ちすくんで貨物船をじっと観察していた。

(…こんな大きな船、一体どこから現れた?直前まで私達が海を見ていたというのに?)

つい、と十輪寺は視線を花京院に向ける。彼はそのスタンドの射程を活かして、すでに貨物船を偵察している。同じことを考えているのだろう、その目には鋭い光が宿っている。

(不自然すぎる…敵が乗ってるのは間違いない…)

十輪寺が貨物船を睨んでいると、ふと頭上に影が降る。目だけその方に向けると、彼女と同じように船を睨んだ承太郎が横に立っていた。

「…どう、思いますか?」

視線をまた貨物船に戻しながら十輪寺は尋ねる。承太郎はわずかに目を細めながら返答した。

「…こんだけの事をしておいて、誰も顔を覗かせないのは何故だろうな。」

「ええ。…それに、衝突のときもまるで見計らったかのようでした。」

「…てめーらが立ってたとこドンピシャってわけか。」

「はい。」

簡潔に淡々と2人が情報を整理していると、法皇をそのままに花京院も歩み寄ってきた。

「…2人とも、バッドニュースだ。…あの船、誰もいないかもしれない。」

「えっ?」

「まだ甲板だけしか探ってないが…人の気配すらない。これだけの衝突事故…向こうにも何らかの損害があってしかるべきだろうに…」

十輪寺たちの中の疑念が大きくなる。おおい、と背後からボートへの避難を呼びかける声がする中、貨物船に最後の一瞥をくれて、3人は身を翻した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「スタンド使いが潜んでいる可能性がある…心せよ、皆。」

「わーったよ!ま、気配を感じたら即対応、だな!」

降りてきたタラップに足をかけたアヴドゥルとポルナレフが先を行く。血気盛んな船員たちは、もうすでに乗船済みだ。

考察を残りの3人に伝え話し合った。結果、この不気味な貨物船に乗船して敵を叩くことと相成ったのだ。船を破壊されて怒り心頭の船員たちを抑えられなかったこともあるが、もし敵の船だとしたらボートでは到底逃げることはできないというのも事実。この大洋で漂流することになるよりは幾分かマシ、と、虎穴に入ることとなったのだ。

「…ああも気楽になりたいものだな。」

「自信がある、というのは強みですね。実際強いから羨ましい…」

花京院と十輪寺がポルナレフを評しながら後に続く。最後尾はジョセフと承太郎……と、あの家出少女、アンだった。

「…捕まりな、手を貸すぜ。」

タラップに飛び移った承太郎がアンにさっと手を伸ばす。が、アンはその手とタラップに立つ2人を交互に見て、ポンっとジョセフの腕の方に飛び込んだ。

承太郎の方をちらりと振り返ってべえっと舌を出す少女に「…やれやれ」と承太郎はため息をつく。それにジョセフも苦笑し、少女を下ろしてタラップを登っていった。

 

 

 ***

 

 

甲板から船内へ。船内すぐの階段を下り無線室、そして操舵室へ。船のことは船乗りに、と数人の船員を引き連れジョースター一行はここまで来たのだが。

「…操舵室に船長もいない。無線室に技師もいない。なのに見ろ…!計器や機械類は正常に作動しているぞ…!?」

操舵室は奇妙なことにもぬけの殻だった。舵がかってにからり、からりと不気味に揺れている。

「どういうことだ…?」

花京院の言ったとおり、確かにこの船に人の気配は見当たらなかった。

この不気味な貨物船を調べる中……十輪寺は見てはいけないものを見たような感情の中に突き落とされていた。

(………まさか…)

ここには誰もいない、と無線室から皆すぐに出て戸を閉めた。最後尾だった十輪寺は中を見てはいない。だが、操舵室まで来て、ふと、思い至ったのだ。

夢に出てきた無線室。虐殺される船員たち。――もし、この船の無線室がそれと一緒だったなら?それが脳裏から離れない。

なぜ今まで失念していたのだろう、と十輪寺は臍を噛む。先程から誰の言葉も頭に入っていなかった。

(それに…こんな状況だから?…感覚が変だ。)

十輪寺は胸が重苦しく締め付けられるような、独特のプレッシャーを感じていた。……何故か、いたる所から見られているような感覚。誰かが裏でほくそ笑んでいるような気分の悪さ。船内に入った瞬間から、それは増している。

「…一旦甲板に戻りましょう。」

胸に手を添えたまま十輪寺は提案した。夢では配管や計器が襲ってきた。即ち、相手は機械を操るスタンド使い。ならば囲まれているここは危険だ。……それだけではない。息苦しい、一刻も早くここから出たい、外気に触れたい、と彼女の心も身体も今までに経験したことがないほどの警鐘を鳴らしているのだ。

「そうじゃな、そうしよう。ひらけた場ならば相手の出方も分かるじゃろう。」

ひとしきり操舵室を観察したジョセフの鶴の一声で、一同は来た道を戻るべく動き出した。早く逃げたいと怯える心を押さえつけながら十輪寺も列に加わる。と、するりと合間を縫って花京院が彼女の隣に滑りこんできた。恐らく彼女しか彼の挙動に気がついた者はいないだろう。怪訝に思った十輪寺が花京院を見上げると、彼も同じ様な表情で彼女のことを見ている。

「…大丈夫かい?気分が悪そうだ。それとも、さっきの衝突の影響か?」

他の誰にも聞こえないよう小声で伺ってくるあたり、本当に気の回る人だ。そう思いながら十輪寺は力なく笑って「臆病風に吹かれただけです」と返した。

 

 

(…また、だろうか?)

返答したきりこちらも見ず周囲に気を張っている十輪寺を、花京院はただ見据えていた。

(何かが起きるから、彼女は甲板に戻るよう言ったのか?)

ジョセフの一声で皆甲板に戻るべく動き出している。だが、そのきっかけを作ったのは彼女の一言。ジョセフや他の面々は操舵室内に気を取られていたため気がついていなかったようだが、花京院はその時彼女の方を振り返っていたのだ。……あの一言を、彼女は今にも吐きそうな青ざめた顔で絞り出していた。

(臆病風?そんなやわなものでは無い表情だった…)

そのため、彼は思わず側に寄ってまで尋ねたのだった。勿論、十輪寺の体調が心配だったこともあるが……彼女の、奇妙なほど正確な勘に不信感を持っているからだ。

(十輪寺は…まるでこれから何が起こるか解っているかのような行動をとる時がある。…敵と通じているのではと疑うくらい…的確に行動する!)

花京院が十輪寺に違和感を持ったのは、ほかでもない、最初に出会ったときからだった。肉の芽の影響でぼんやりとした記憶ではあるのだが、キャンバスに向かう自身を十輪寺が凝視していたのを不審に思ったのは覚えている。

(あの時僕は、ハイエロファントを階段の方に放っていた。だが、彼女は僕の方を見ていた。その後すぐにつけてきた…最初から僕が本体だとわかっていたんだ!)

一歩先を行く十輪寺の背中を見ながら花京院は目をすがめた。

(だが…今まで彼女が奇妙な行動を取ったとき、僕達が被害を被ったことはない。寧ろ逆だ。)

花京院は思う。

(この秘密は、見過ごすわけにはいかない。)

自分の先を行く十輪寺の背中は、どこか小さく怯えているように見えた。

 

 

 ***

 

 

「みんな、来てみて!」

一行が甲板に出る、その時だった。不意にあの少女の呼び声がどこかから聞こえてきた。

ハッとしてジョースター一行は声がした方に早足で向かう。一度甲板に出て、開け放たれている戸の先、ひらけた船室の中にアンがいた。彼女はこちらを見て奥を指差した。

「…猿よ。檻の中に猿がいるわ。」

猿…?と、花京院とジョセフは中に入っていく。緊急性はないと判断したアヴドゥルとポルナレフは甲板を探索する船員たちの方に向かっていった。承太郎は二者を見たのち、戸口のところで立ち止まり中を伺う。十輪寺もそれに倣って恐る恐る中をのぞき込んだ。単純に、船室内に入りたくなかったのだ。

そこには確かに檻があり、中に大きな茶色の毛皮をまとった猿がじっと大人しく彼ら来訪者を見つめていた。

「オランウータンだ…」

何故こんな所に、と花京院が呆然と呟くが、ジョセフは猿の存在から逆説的に、飼育している何者かの存在を考える。

「こいつに餌をやっている奴を手分けして探し…」

ジョセフが甲板の方に振り返りながら言ったときだった。

音もなく、貨物クレーンのフックが、揺れ動いた。それも、勢いをつけて、すぐ近くにいる船員めがけて。

「アヴドゥル!その水兵が危ないッ!!」

ジョセフが叫んだ時には……もう、後の祭りだった。

 

 

ドガァ!!! ……ばりばりばり……

「うおおおっ!?」

クレーンのフックはいともたやすく1人の船員の頭部に突き刺さった。そのままギギギと音を立ててクレーンは引き上げられた。ばりばりと、皮膚が裂ける音がこだまする。大量の血がボトボトと流れ落ちる。……さながら、見せしめのようにクレーンは巻戻って船員を吊るし上げ、ピタリと止まった。

「きゃあああ!!!」

現状を理解したアンが悲鳴を上げる。と、承太郎がさっと彼女の目を手で覆い隠した。

「…やれやれ。こういう歓迎の挨拶は女の子にゃあきつ過ぎるぜ」

「だ……誰も!操作レバーに触らないのにクレーンが動いたッ!!」

船員からも恐怖に満ちた叫び声が上がる中、ジョースター一行は冷汗をダラダラと流しながらも、スタンドでの会話に切り替えて会話する。

『誰か、今…スタンドを見たか?』

『…いや』

『すまぬ…クレーンの一番近くにいたのに感じさえもしなかった…!』

脳内を皆の会話が駆け抜けていく中、十輪寺はただ呆然と吊り上げられた船員を見ていた。会話の内容など頭の中に入っていない。

『よし。わたしのハイエロファントグリーンを這わせて追ってみるッ!』

ギュンと緑の光が足元を駆け抜けたことで彼女はやっと我に返った。途端、わなわなと震えが這い上がってくる。

「おい!機械類には決して近付くなッ!全員いいと言うまで下の船室内で動くなッ!」

ジョセフが半ば怒号のように船員に指示を飛ばす。船員は自分たちのほうが専門家だと不満げではあったが、その剣幕に押され渋々従うように船室の方へと歩をすすめる。アンも、それに従うようにこちらを振り向き、振り向きながらもついて行った。

そこまで来て十輪寺はハッとする。船室内に船員だけが向かっているこの現状。……夢の無線室には、旅の仲間たちは誰1人としていなかったではないか、と。

まずい、と体を動かそうにも震えが止まらなかった。何もできず見るしかなかった惨状に一歩が踏み出せない。声も出ず、その場に立ちすくむことしかできない。

(どうしよう…どうしよう!)

その時だった。船員とともに向かっていたはずのアンが壁の影からこちらを見ているのと、目が合った。怯えと不信感の混じったその瞳。……十輪寺の視線の先に気が付いたジョセフが少女に向かっていく。すっとしゃがんで目線を合わせ、ジョセフは力強く笑って言った。

「君に対してひとつだけ真実がある。……我々は、君の味方だ。」

――その言葉を聞いた途端、十輪寺の体からすっと力が抜けた。アンに向けた言葉だというのに、彼女の心にもその言葉は温かく力強く染み込んできた。自然と、体の震えは収まった。

パシ、と顔を軽く叩き十輪寺は呼吸を整える。深く呼吸ができた。

(そうだ。…1人じゃない。)

十輪寺はすっと一歩を踏み出し、ジョセフのもとに向かった。


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