「よし。ではわしとアヴドゥル、承太郎とポルナレフの組で船内を捜索する。花京院はここに残り伝令を。…十輪寺、君には船員たちの警護、任せたぞ。」
ジョセフの指示に皆頷いて、それぞれの方向へ歩き出した。……船員の警護は十輪寺自身が申し出たものだった。もしも人質として取られたら厄介だと告げ、自分の白鯨ならばいざとなれば飲み込むことで皆を守れると説明し、了承を得た。
(また不審がられるでしょうけど…気にしてられない。)
船室に向けて十輪寺は踏み出す。心身が嫌だと拒否する中、それを押し殺して進み出す。
(あんな大惨事…絶対、起こさせない!)
船員が入っていった猿の檻がある船室に踏み込むと、ちょうど少女と船員が合流したところだったようだ。
「さあ、向こうの部屋で我々と一緒に…。おや、嬢ちゃん?」
十輪寺に気が付いた船員から声がかかる。それに答えながら十輪寺は質問する。
「私も皆さんと一緒にいるように、と。船内はどんな感じですか?」
「それがようわからん…!勝手に計器が動いてるってのが謎だよ。一応、シャワー室は水が出るみたいだがそれ以外はまだ調べてねぇ。」
「!ありがとう。充分です。…とりあえず何もない船室に行きましょう。みんなで固まっていたほうがいい。」
(水が使える!ならば波紋で探知ができる…?)
十輪寺の心にわずかに光が差し込んだ。まだ、自分でも役に立てることがあるかもしれない。
……そのことに気を取られて十輪寺は気づいていなかった。アンが不安げに猿の方をじっと見遣っていることに。
食堂室で休むよう船員を誘導し、十輪寺は厨房にあった大平鍋に水を注ぐ。幸いなことに水はここでも蛇口をひねれば出てきた。
足音を感じて振り返ると、男ばかりの船員の中で不安だったのだろう、アンが顔をのぞかせている。
「お姉さん…何してるんだ?」
「う…。なんて言えばいいかな…」
直球な質問に十輪寺は返答に窮した。その様子に、すかさずアンはまくし立てるように言う。
「あんたたち何者なの?ただの人じゃあないんでしょ?まさか…超能力者?」
アンの目に怯えよりも好奇心の色が強いことに、十輪寺は少し驚く。自分よりよっぽどこの子のほうが肝が座っている。これならば多少話しても差し支えないだろうとみて十輪寺は答えた。
「…そう思ってくれていいよ。今からちょっと超能力で敵を探ろうと思ってね。」
途端、アンの目がキラキラとしだした。おずおず近づいてきた彼女に見えるように鍋をテーブルに置く。
「…これで?どうやって?」
「見ててね…」
十輪寺は呼吸を整えて鍋に触れた。すると、大きな波紋がうわんと走ったあと、小さな波紋がいくつも盆の中心すぐ近くに不自然に現れた。
「なにこれ…?水面が変だわ…」
「この波紋1つ1つが人で私が中心。…つまり船員さんとあなたぐらいしかこのあたりにはいないってこと。」
「そんなことがわかるんだ…!じゃあ、誰か来たらわかるのか?」
「ええ。…ほら、縁の方からこっちに向かってきてる。この波紋の大きさはジョースターさん。」
水鏡の説明をしていたちょうどその時、一際大きい波紋が1つ、こちらに近づいてくるのを見つけて説明する。ジョセフがこちらに探索に来たのだと十輪寺は思った。
――だが、波紋は中心目前まできたというのに足音も声もしない。
「…え?」
ひたり、と悪寒が走りかけたその時、スタンドを介した声が聞こえてきた。
『それは多分わたしだ。ハイエロファントが換気口を通して君たちの近くにいる。』
ハッとして顔を上げ厨房の壁を見回すと、天井すぐに設けられた排気口に緑の煌めく帯が居た。それを見て十輪寺はほっと胸をなでおろす。
『花京院さん!でも、なぜ?この大きさはジョースターさんの波紋の力だとばかり…』
『…?よくわからないが、スタンドの影響で波紋が大きくなってるんじゃあないか?』
「あっそうか。波紋じゃなくてスタンドの方なのか…」
突然の独り言にアンが首を傾げるのをみて、ハッと十輪寺は息をのみごまかし笑いを彼女に向けた。
「何でもないわ。この波紋は敵じゃないよ。」
そして排気口の法皇に向けて声をかける。
『こちらは今の所動きなしです。そちらは?』
『…くまなくハイエロファントを這わせたが…人1人として居ない。探索チームは今、スタンドの手がかりを探すために戻ってきてるよ。』
『ありがとうございます。引き続きこちらもこれを使って探ってみます。』
『わかった。…君は人命優先で動いてくれ。交戦は我々が請け負う。』
言って、きらびやかな帯はするりと消える。それをただじっと見ていた十輪寺に不意にアンから声がかかった。
「…なあ、お姉さん。この、時々混じるでっかい波紋はなんなんだ?」
「え?」
アンの言葉に十輪寺は鍋に視線を落とした。しばらくじっと見ていると、確かにアンの言ったとおり、中心から鍋の縁にまで行く大きな波紋が1つ混じった。
(…?見たことない波紋の形だ…)
まるで中心にコインでも落としてたった、さざ波のような、一見すると普通の波紋。だが、この水鏡を行っている最中にそのような波紋が起きたことはなかった。訝しがる十輪寺の隣から、「船の揺れのせいかなぁ?」ともっともらしい意見が出る。
「…そうかもね」
気には掛かったが、誤差の範囲だろうと十輪寺も考えることにした。
水鏡をそのままに2人が食堂に戻ると、船員たちが真剣に話し込んでいた。
「やはり通信は打ったほうがいい。この船…不気味すぎる!」
「ああ。…幸い無線室は生きている。早めに脱出したほうがいいぜ。」
無線室、という言葉を聞いて十輪寺はピタリと動きを止めた。押さえ込んでいた恐怖の波が、勢いを増す。
(船員さんの言っていることはもっともだ…。どうする…!?)
夢のとおりにしたくなければ彼らを機械に近づけないのが手っ取り早い。しかし、この場で彼らを納得させるだけのすべを十輪寺は持たない。……その上。
(皆、敵の正体は掴めていない!事態は膠着している…。ならば。)
ゴクリとつばを呑み込んで、十輪寺は船員たちに声をかけた。
「…行きましょう。救難信号をお願いします。」
事態を動かす方に彼女は賭けることにした。
***
『花京院さん、居ますか?』
船員を先頭にしんがりを務める形で進む中、何処かにいるであろう法皇に向けて十輪寺はスタンドで声をかける。……何秒かおいて、わざと存在を隠さないで来たのだろう、左の壁に気配を感じた。
『…配管にいる。どこへ移動するんだい?』
『無線室です。船員さんたちが救難信号を打つと。…私は彼らを一気に庇えるよう動いています。』
十輪寺はぎゅと拳を握り直す。それを知ってか知らずか、壁の気配は十輪寺に並走して答える。
『…そうか。ならばわたしも付いていこう、何か動きがあるかもしれない。』
『恩に着ます。』
スタンドを介したやり取りをしているうちに、船員たちから声が上がる。いよいよ件の無線室だ。果たして、その中は。
十輪寺は呼吸を整えて中に踏み込んだ。
(……ああ、やっぱり)
最初の感情は、諦念だった。無線室の内観は夢に見た場所そのままでそこに存在していた。遅れて寒気と警戒心がじわじわと押し寄せてくる。
(やるしかない。彼らの命は私にかかっている。)
ふうと大きく息をつき、彼女は腹を括った。無線機を取り囲む船員たちから少し離れた戸口のすぐ近く、駆け出せば一気に白鯨が皆をがぼりと飲み込める位置に陣取った。
船員たちが「随分旧式だ…」「トンツーと繋がってないんじゃないか?」と準備する中、十輪寺は壁にもたれ、わざと気を抜いているようにゆるりと腕を組み船員を眺める。実際は壁に、機器に意識を集中させ、何かが動き出すその時を見逃してたまるかと構えている。
『…今JOJOがこちらに向かっている。無線を使うならば敵も動く可能性が高い。』
壁の中の存在が天井の通気口に移動しながら状況を報告する。かすかに頷いて十輪寺も答えた。
『助かります。…花京院さんも気をつけて。多分、一番攻撃を受けやすいのはこうして機械に面しているハイエロファントだから。』
『解っている。…やはり、機械を操るスタンドだと思うか?』
『ええ…。敵は貨物船というフィールドをわざわざ準備して出向いてきていますからね。』
するり、と通気口から法皇の触脚が姿を表す。さながら船員たちを俯瞰するように動いたとき、彼は『…ん?』と声を上げた。
『あの少女はどこだ?一緒じゃないのか?』
「えっ」
十輪寺はハッと息をのんで慌てて船員の中にその姿を探す。――確かに、アンがどこにも居ない。
「まさか…ッ!」
十輪寺がさっと廊下の方を振り返った瞬間に、それは貨物船内で同時多発に起きた。
「…!!」
アンが皆から離れシャワーを浴びようとしたのは、ただの出来心だった。ボートに飛び乗る時に波をかぶってしまい、ただ、ベタベタした髪をキレイにしたかっただけ。
なんで、と彼女は後悔する。なんでこの船から脱出するのを待てなかったのだろう。
「きひひ…」
アンの目の前に、あの猿がいた。シャワーを浴びるため服を脱いだ彼女の目の前に。
思わず声も出ないまま、咄嗟にタオルで身をくるみ後ずさる。
思えば、この猿は最初からおかしかったのだ。何もない貨物船に、なんでこの猿だけが乗っているんだろう。――そして、アンしか見ていなかった、この猿の奇妙な行動。錠を開けろと指差したり、今しがたカットしたかのような果物を渡してきたり。……人間の女の子のピンナップを見ていたり。
……猿が、アンに手をぬっと伸ばしてきた。
カンカンと音を立てて、承太郎は1人無線室へと向かっていた。あちらには十輪寺と花京院の法皇がいる。敵が仕掛けてきたとしても、あの2人のことだ、初撃は余裕で対処できるだろう。しかし、人命優先に動く2人だけでは防戦一方になりかねない。自分の役目はオフェンスだ。
(そして、本体の見当もついたというべきか…)
承太郎はその手に握った大きな錠をちらりと見やる。この幽霊船で、ただ1人……いや、1匹だけ最初からいた存在は、どうやったのかその檻から抜け出したようである。
(隅々まで探しても人はいねぇ。ならば、そうとしか考えられねぇな。)
まさかとは思うが、と承太郎は歩を早める。他にも謎も残るのだ。
(…クレーンを操った時、スタンド像は見えなかった…それは一体?)
承太郎がその謎の壁に向かい合った時だった。
「きゃああああ!!」
女の悲鳴。十輪寺ではない。あの少女だと判断し、承太郎は声の方に駆け出した。
***
法皇は艦内をくまなく這いまわった。部屋はすべて把握した。それでも、一行以外の人は影も形もない。これでは埒が明かないと考えていたその時、船員が行動に出ると報告を受けた。
……彼らを囮にするのは褒められることではないだろうが、それしかないと十輪寺には動いてもらう。花京院も十輪寺のサポートのため、法皇の伸ばした触脚を一旦戻し無線室に集中させた。
花京院が意識を無線室の方に移していたその時だった。不意に足元が沈むような、奇妙な感覚が襲ってきた。
意識を自身に引き戻しはっと下を見たとき、体が――いや、法皇が握りつぶされんばかりに拘束された。
『ぐあッ!!』 バキィッ!!「きゃああああ!!」
大仰な音を立てて壁の配管がぎちりとうねった。同時に花京院が呻く。どこか離れたところから少女の悲鳴が聞こえてきた。一瞬それに気を取られた十輪寺が再び振り向いたときには船員が触れていた無線機までもが不気味にガタガタと震えだしていた。
「なっなんだ?!」
「うおぉ?!」
船員が無線機から離れた刹那、壁の配管が、唸りを上げた。
一刻の猶予もない。十輪寺に躊躇はなかった。ダンッと床を蹴り悲鳴に近い叫びで分身を呼んでいた。
「モビィィーッ!!お願いッ!!助けてぇッ!!」
船員に突っ込むように駆ける十輪寺の足元からそのスタンドは現れ、大口を開けて彼らを一気にすくい上げた。
猿がアンに襲いかかる一瞬、「おい」と男の声がした。なんだと猿が振り返った瞬間に頭に鈍器が振り下ろされる。猿は思わず悲鳴を上げて倒れ込んだ。「JOJO!」とアンは歓声に似た声で彼を呼ぶ。
「てめーの錠前だぜ、これは!!」
悠々と構えた承太郎に、猿はなんとか飛び上がり怒りに満ちた表情で掴みかかる。
「このエテ公…ひょっとするとこいつが!」
猿は右手で殴りかかってくる。承太郎がスタープラチナに拳でガードさせた途端……猿は、ほくそ笑んだ。後方でばきりと音がした。異音に承太郎が振り返る間もなく扇風機の刃が勢いのまま承太郎の肩に突き刺さる。
「うぐっ!」
承太郎の呻きに猿はニマニマ笑っている。
「こいつが外したのか…!しかし…スタンド像はなぜ見えない?」
ふいに右肩の痛みが増した。承太郎がはっとして見るとプロペラがぐんと曲がり、今度は承太郎を殴り飛ばした。勢いのまま彼は鉄の扉に激突し、扉ごと後方にふっとばされる。猿が吠えた。すると窓ガラスがバリンッと割れて不自然なことに承太郎の方めがけて飛んできたではないか。彼は咄嗟に分身を出現させる。
「スタープラチナ!!」
その正確な動作でガラス片を指で止める。それをそのまま武器として猿に殴りかかるが。
「…ぬうっ!?」
猿を殴った感触がない。あるのは壁に拳が当たった硬い感触。はっと見ると、猿が壁にめり込んで高笑いをしているではないか。そのままズブズブと猿は鋼鉄製の壁の中に消えた。
(エテ公が壁にめり込んで消えやがった…!)
やばい、と直感した承太郎は少女を呼ばう。慌てて駆け寄る少女をかばいながら承太郎は周囲を警戒する。
(奴に触れたとき…確かにスタンドのエネルギーが出ているのを感じた。なのに、何故見えな……)
その時、承太郎は1つの可能性に至った。
(まさ…か…。もう、見えている…としたら…!)
ガンッ、と殴られたような衝撃を感じて十輪寺は呻く。船員を狙った配管が白鯨を叩きつけたのだ。だが、それを確認して彼女はどこか安堵していた。
――紙一重だった。敵の攻撃より、僅差で白鯨が船員を飲み込むほうが早かった。
救えた。彼女がつかの間そう思った時にはしかし、敵の魔の手は彼女の足元に伸びていた。ギギギ、と音を立てて不意に十輪寺の足元が沈んだ。彼女がハッと下を見ると、文字通り、まるで流砂に飲まれるように足が床にめり込んでいくではないか。飲まれた足に、締め付けられる鈍い痛みが走った。
甲板に残った面々は床に取り込まれ、もがくことも許されないまま呻く。
廊下で交戦していた承太郎は、急に壁から伸びた配管に縛り上げられ壁に叩きつけられた。
「こ、この貨物船は!?まさか、この『船自体』がッ!?」
ジョセフが叫ぶ。
「『スタンド』はこの貨物船かっ!!」
敵を理解した承太郎はぐうと唸った。
「この船がッ!?水夫や女の子にも見えるスタンドがあるのかッ!?」
飲まれながらポルナレフが叫ぶ。
「あ、足がっ…!うあッ!!」
十輪寺が痛みに悲鳴を上げたときだった。壁の中の法皇が苦しげに声を絞りだして言う。
『十輪寺ッ…逃げろッ!コイツは機械を操るスタンドじゃあないッ!船自体がスタンドだッ!!』
「な…ッ!」
馬鹿なと目を見開く十輪寺に法皇は続けた。
『僕たちも捕まった…!今にも胴を切断されかねないッ!君はまだ足だけ…君だけでもどうにかして逃げるんだ…!』
「そんなっ」
彼女が声をあげたその間にも敵の攻撃は止むことはない。壁からベキベキ音を立てて配管が十輪寺と白鯨に襲い来る。
(どうにか…どうにか!!)
一瞬のうちに思考した十輪寺はまず足を引きずり出すために波紋を流した。独特の呼吸音が響く。が、しかし波紋は床で散れてしまって効力をなさない。
(ならば!)
「アンガーテイル!」
彼女は一度消えたモビー・ディックを再度出現させた。そして錨の尾を思い切り床にたたきつけさせる。床が一瞬たわんだ。それを見逃さず、足にぐっと力を込めて引きずり出す。締め付けられていた靴が脱げると同時に、彼女はモビー・ディックの船体に捕まり地面から離れた。
「やった!」
だがそれでも敵は執拗だった。配管や計器がみちみちと音を立てて十輪寺たちに向かってくる。モビー・ディックの巨体では躱せない。体にしたたかに打ち付けられる。そしてそのまま配管が巻き付こうとしてきた。
(マズい…!このままだとパワー負けする!)
十輪寺は打開策を考えようとした。だが思いつかない。白鯨の体が拘束された。――このままでは、全滅。
その一言が脳裏に浮かんだ時だった。モビー・ディックがあるものを勝手に吐き出したのだ。それは――
拘束された承太郎の前に猿は船長服を着て現れた。そして挑発するように辞書を見せつける。―Strengthの文字。それはタロットの暗示。そのまま見せつけるように敵はルービックキューブをカチャカチャといじった。その隙にスタープラチナで拘束を破ろうとしたが防がれる。
(このエテ公…勝ち誇ってやがる!)
猿がルービックキューブを完成させた。そのまま力を見せつけるかのように握り砕く。奴はにやにやと嘲笑いクルリと承太郎に背を向けて、少女の方に手を伸ばした。
この状況の打開策を承太郎はすぐさま思いついていた。ぐぐ、と制服に手を伸ばしてボタンに手を伸ばす。それを引きちぎって猿の頭にこつんとぶつけた。
「…それはてめーのスタンドじゃあねーぜ。」
その安い挑発に、まんまと猿は乗ったのだ。猿がこちらに襲い掛かろうとした時、すぐ近くの船室から爆音が響き渡った。
「こ、このままでは…おしつぶ…される…!」
同刻、甲板。捉えられた4人は呼吸すらままならないレベルで船に取り込まれていた。圧迫が強まる。万事休すかと思われたその時、下部から爆発音とともに一頭の鯨が躍り出るのを目視した。
「あれは…ネイビー・モビー・ディック!」
その尾には船の天井らしき鉄板が突き刺さっている。――船体を突き破って出てきたのだ。その証拠にジョセフたちの拘束が一気に緩まった。
「爆音…!まさか!飲み込んでいた爆薬を使ったのか!!」
ジョセフが気付いて唖然と叫ぶ。それが正解とでもいうかのようにモビー・ディックはふらふらと下降してくるではないか。その口をがばりと開く。そこには頭から血を流した十輪寺の姿……それでも彼女の目は強い光を宿していた。
「もう一発だッ!!アンガーテイルを皆の近くに!!」
その言葉でふらりとしていた白鯨は軌道を持ち直した。噛みしめるように大口を閉じ、再度甲板にその尾を振りぬく。どしん!と大音を立てて甲板に振動が伝わった。それとともに拘束がさらに緩まる。
「これなら!マジシャンズレッド!!」
アヴドゥルの炎が、的確に全員の周囲の船体のみを焼き尽くした。
『ぎゃあああああ!!!』
猿が悲鳴を上げ始めたのはそれと同時だった。腹を抱えもんどりをうって悶え苦しむ。
「ほう…船体にでけー穴でも空けられたってとこか。あの爆弾を使われたワケだな。」
言って承太郎は配管を引きちぎる。猿はその様を目視してさらに悲鳴を上げて壁まで後ずさった。服を引きちぎり腹を見せる。降伏のサインだった。
「…許してくれってことか?しかしテメーは動物の領域をはみ出している…」
「だめだね。」
スタープラチナのラッシュが決まったと同時に甲板では皆が抜け出して脱出を図っていた。再び口を開いたモビー・ディックの中から十輪寺が声をかける。
「上に乗ってください!スタンドならできるはず!このまま一気に乗ってきたボートに移ります!」
各自はうなずいてスタンド像と己を重ねる。そのまま白鯨の背に飛び乗ってボートを目指した。ボートが目前に迫った時、十輪寺はモビーに命じる。
「船員を吐き出すんだ!ボートに乗るように!」
それを待っていた、とでも言わんばかりに一行が乗るボートとは違うものに白鯨は口から船員を一気に吐き出した。……そして、モビー・ディックは限界だというようにふっと消えた。それとともにまた十輪寺の意識も暗転していった。
「…全身を軽く火傷しておる。これくらいなら治療は簡単じゃろうが跡は残るやもしれん。」
2隻のボートが離れることなく海上を漂う中、ジョセフは気絶した十輪寺を抱えながらそう言った。あの後ボロボロに姿を変えた貨物船は跡形もなく小型船に変わり、流されていった。猿がどうなったかは言う必要もあるまい。十輪寺に助けられた船員たちは訳も分からず、といった様子で順々に目を覚ましているが肝心の彼女はまだ起きない。
「…この子、無茶をしすぎだぜ…よりによって爆弾起動させるなんて。」
ポルナレフがぼそりと呟く。それに伴って一同には沈黙が流れた。船頭達はできる限りの範囲で潮流を見てボートを操作し救助を待っている。
「助けられたのは事実。船員たちも皆無事だ。…だが、これ以上は。」
一同の懸念は、十輪寺の過剰な自己犠牲に終始していた。
彼女が目を覚ましたと同時にシンガポール行きの漁船に救助されたのは、実に2時間後の事だった。