世界は狭いようで広い。飛行機で世界一周なんて一年もかけることなく達成することができてしまう程度の狭さである。しかし、一か国のそれぞれの地域をじっくりと見て回るとすれば一年あっても足りないほどの広さがある。
そして地域ごとに出会う人も様々だ。その人からしてみればおかしく見えるような人もいれば。、馬鹿みたいに真面目に見えるような人もいる。もっと細かく見ようとすればどの人も全く同じということを当てはめることはできなくなる。
おかしなことかもしれないが、もしかしたらその中には普通では想像できないような特別な人間が潜んでいるかもしれない。
たとえるなら現代に蘇りし勇者。
たとえるなら前代未聞の大量殺人犯。
たとえるなら遥か先の時代からやってきた未来人。
たとえるなら人間に擬態している化け物。
探せばもしかしたらいるかもしれない。
悪魔の証明と同じでいままで見なかったからいないと断定することはできない。ただ、見つけられないだけなのかもしれないからだ。
そう世界には多くの神秘が隠されているかもしれないのだ。
そんなことはともかくとして、日本のとある県のとある地域にある一人の女性がいる。彼女は愉快な同僚と愉快な問題児に囲まれて愉快に仕事に勤しんでいた。
仕事をしていてありがちなのはやはりというべきか押し付けである。やりたくない仕事を他者に強引に譲り渡すこと、仕事が立て込んでてどうしても人手が必要な時に無理矢理譲渡すること。様々な場面と理由で人は人に仕事を押し付けてしまうものなのである。真面目な人間はそうなると責任という言葉にのしかかられてやらなくていいのに押し付けられた仕事をこなそうとしてしまうものだ。
女性は超やクソがつくほどの真面目ではない。かと言っていい加減な性格をしているわけでもない。時と場合にもよるけれどそこそこ真面目。それが彼女の仕事ぶりに対する周囲からの評価だ。もう一度言う、仕事ぶりだけに対する評価だ。
「ちょおっとまたれいでください!」
教員室で大好きなコーヒーゼリーを食べていた女性は現国教師にあるまじき日本語を操った。
名前を
好きなものはコーヒーゼリー>>>ギリギリ越えられない壁>>>国語(実力は問わない)。嫌いなものは断固理系男女カップル。理由は大学時代の友達がそういうカップルで惚気話の合間に科学的な話を延々と聞かされて嫌になったからである。
手に持ったコーヒーゼリーの容器は冷蔵庫から出して間もないので手のひらにひんやりとした感覚が広がっている。それと同じくらい和茶美の心には凍えるような吹雪が吹き荒れていた。冷蔵庫から出したばかりのコーヒーゼリーと互角でしかない弱ーい吹雪。
和茶美の幸せはコーヒーゼリーによってもたらされるものである。コーヒーゼリーと一緒にこれまでの苦難を乗り越え共に幸福な時間を共有してきた。彼女にとってコーヒーゼリーとは戦友と言っても過言ではない。言い換えればどんなに彼女の機嫌が悪かろうがコーヒーゼリー1つで直すことができる。安っぽい人間だ。
和茶美の心を吹雪かせる原因を持ってきたのは黒髪と鋭い目が特徴的な女性だ。
名前は織斑千冬。ISの世界大会で優勝した経験を持つ実力者で和茶美の後輩だ。常日頃から上から目線で話しかけてくるが確かに後輩なのだ。
「だからだなぁ。二年の更識がいるだろう。少しアイツに説教しに行ってほしいのだ」
気怠そうに用事を押し付けてくるが千冬はあくまで後輩だ。和茶美の後輩でしかないのだ。
「いーやーだーです」
「やれ、これは命令だ」
後輩なのについに命令しはじめる千冬。念のために言っておくがIS学園内の教師の序列はIS選手歴ではなく普通に教師歴によって先輩後輩が決まるのである。決して千冬が先輩になれるわけではない。
「自分でやればいいでしょう。私には一切の関係はありません」
プイと顔を逸らしてコーヒーゼリータイムを再開しようとする和茶美。スプーンでゼリーを掬い取ろうとしたが、手に持っていた容器が消えてしまった。
和茶美の持っていたコーヒーゼリーはなんということでしょう、千冬の手の中にあるではありませんか。
「人が喋っている時に食べるな」
「人が食べている時に喋らないで」
卵が先か鶏が先か。堂々巡りの口喧嘩になると思われたが、ふと千冬は思い出した。そういえば和茶美がコーヒーゼリーを食べていた時に話しかけたなと。
「そんなことはどうでもいい。それよりも私の話を聞け」
口喧嘩が和茶美に軍配が上がると見えた千冬はすぐさま試合を棚の上の奥にしまって見えなくした。負け戦はしないのだ。
「実は今日、たまたま二年のIS実習を担当している先生が風邪で休んでな、それで代わりに授業をすることになったんだ」
「その話何時間かかります?」
「望みとあらば何時間でもしてやる。ほら言えよ、休憩なし五時間ぶっ通しコースか」
和茶美は土下座をして謝る。そしてお口にチャックをしておく。チャックなんて存在しないのだけど。
「更識の奴は私の授業と知るや、生徒会の仕事が忙しいとかで授業を欠席したんだ。許せんよなぁ? 許せんだろぉ?」
和茶美の肩を抱いて同意を求めている千冬。これで脇腹辺りにナイフを突きつけていたら完全に脅迫だ。いいや、IS専用の馬鹿でかいブレードを片手で振り回せる世界最強の女に武器なんて必要ない。拳一つあるだけでもう脅迫そのものである。
和茶美も世界最強の拳の危険性に気がついていたので自分も握りこぶしを作っていつでも対応できるようにした。なにかあればストマックを再起不能にする所存だ。元カレ直伝の拳は伊達じゃない。
「それは”千冬”の授業を拒否したことで頭にきているのか、それとも学業をおろそかにしたのが許せん許せんぞー、なのか」
「……教師として一人の人間として授業を受けることの大切さと授業を受けられる有難さを教えたいだけだ」
日頃は不敵に笑うことしかしないというのに、今の千冬は眩しいほどの笑顔を浮かべていた。まるで太陽のようだ。日の光に遮られて直視できない太陽と同じだ。
「……素敵ですね。尚更ご自身でやるべきではないでしょうか、と思ってしまうくらい素敵な理由ですねー」
柔らかい笑顔の和茶美。表情は愛しい子を見守る母のようであって、瞳は可哀想な子を見るような憐みが込められていた。こんな痛々しい理由を嘘くさい笑顔と一緒に出すなんて、よっぽど周りから良く見られようと必死なんだね、と目が語っていた。そのキャラを崩してまで頑張る姿に瞳がウルウルしてきた。もうあまりに憐れなので泣きそうだ。
しかし、千冬は涙目になっている和茶美の真意を知らず、ただ千冬の教師らしい姿に感心して感動して自分のふがいなさに泣いているのだと思っていた。実際は180度違うというのに。知らないことは幸せということなのだ。
「分かってくれるか、私の教師としての熱意を」
「はい。千冬が(自分を良く見せようと)とっても頑張っているのが分かりました(がそれがどうしました?)」
同意(嘘)を得たことでうんうんと嬉しそうに頷く千冬。知らぬは本人ばかりなりとはこのことだろうか。まぁ、知らない方がためだ。和茶美が病院送りにされる心配がないので。
「ならば仕方がない。お前には教師としての経験を積ませてあげようじゃないか。無事に更識に教師の素晴らしさと授業の大切さを説いてくるんだ」
とても先輩想いの言葉に和茶美は泣きそうになった。後輩がどうして先輩に経験させようとしているが分からなくなって。授業の大切さだけではなく教師の素晴らしさまでも説きに行かなければならなくなったことに。
和茶美は重い足取りで生徒会室に入り込んだ。
結局あの後、和茶美はやんわりと拒否し続けたのだが、いつまでも頷かない彼女に業を煮やした千冬が冷蔵庫に入っているコーヒーゼリーを人質にとった為に、泣く泣くミッションを受注したのだった。
生徒会室に入ってまず目に付くのは、生徒に与えるには豪華過ぎるデスクだ。企業の社長とか名のある文豪とかが書斎に置いてそうな品と権威の溢れている。
次に目につくのはそのデスクに腰を落ち着けて携帯ゲームに興じている女子生徒だった。金持ちご用達のデスクが尻の下で泣いている気がしてならない。もしもあのデスクの人格ががヘンタイなら喜んでいるかもしれないが。
生徒会室に入って五秒。和茶美は状況を把握し動き出す。真っ直ぐにデスクへと近寄っていき、その上で呑気にゲームをしている女子生徒を蹴飛ばした。現国の教師である和茶美は日本語だけでなく肉体言語も操ることができるのだ。
「いったーい」
デスクから蹴り落とされた女子生徒は立ち上がるとゲームを引き出しの中に仕舞う。
「もう。都京先生、いきなり激しいんですから。ドキドキしちゃいますよ」
「そのまま心停止すればいいのに」
理不尽な蹴りを受けても怒らずに冗談を飛ばす女子生徒。
名前を更識楯無という。ペンネームでもニックネームでも、こんな名前が良かったなぁという中二的憧れの名前でもなく、また本名でもない。彼女の家のルールで世襲した名前である。本名はまた別に存在するが、公的な名前は世襲した方の名前である。
彼女はIS学園生徒会長であり、生徒たちの頂点に君臨する問題児だ。
「それで蹴ってまでして何の御用ですか?」
軽い毒を吐く楯無。無視する和茶美。問題はだらしない格好でゲームをしていた楯無に問題があるのだから蹴られても仕方がないと思っているのだ。これが公になれば体罰だ、ってことになって和茶美の教師人生に傷がつくことになるが、生憎IS学園は治外法権なので関係なかった。
「用事がなければ来ませんよ。別に訊かなくても用件くらいは分かるでしょうって。もう四度目になるんですから」
「四度目かー。和茶美先生とも結構長いですね」
「一年半でまだ四回ですから、麦茶を味が感じられなくなるまで水で割ったうっすい関係だから。よかったよ、キミのクラスの現国担当じゃなくて」
「またまた〜。照れちゃって」
楯無が身体をくねらせ茶化してくる。その姿はまるで流水のように軽やかだった。排水口に流れて行けばいいのにと和茶美は思った。
「さてと。四度目ともなるといい加減気がついているかもしれませんが」
「それは本来私が言う台詞だよー」
和茶美が抗議をするが、言ったもん勝ちですと一蹴された。この弱肉強食のIS学園において年功序列はもはや形骸化しているのだ、一部の教師に限った話ではあるが。織斑千冬? あれにタメ口聞く生徒はもう存在しない。
「怒りにきたんです」
「でしょうねー。知ってましたよ、もう四回目ですから」
楯無は悪びれもせず言ってのける。
「そう、四回目。なら分かるでしょう。和茶美先生じゃあ私を捕らえて土下座させて説教は絶対に無理」
腰に手を当てて高笑いをする楯無。まるで悪人だ。生徒の味方である生徒会長は教師にとって敵でしかないから悪人であることには違いない。というか、授業を無断欠席して生徒会室でゲームしているような奴は普通に悪人。
「無理?」
「ええ。いち現国の先生では対暗部組織の次期当主にして歴代最強。この更識楯無に勝てる確率は二%もない。いいえ、二%でも多すぎるくらいね」
楯無の人の神経を逆なでするような態度は自信からくるものだ。過去三回、和茶美は不本意ながら千冬の使いとして彼女のことを説教しに行き、その全てを説教することもできずに逃がしてしまっていた。彼女の持つ訓練された動きと、更識家次期当主ということを真実足らしめる身体能力によって、和茶美は毎回追うこともできずにその背中を見送るしかなかったのだ。
過去三回の例があるからこそ楯無は捕まらない自信がある。
しかしながら、今回に限って和茶美も捕まえる自信があった。
生徒会室にたどり着くまでの間に何かを仕込む時間があった。三回分のデータから楯無の逃亡ルートを予想して仕込むだけの知恵は浮かんでいるのだ。問題があるとすれば今が休み時間であり、廊下には常に関係のない生徒がうようよしているから罠とか物騒な物を仕込むことができないということか。
つまるところ和茶美は何かしら準備するという考えはあったが、タイミングが合わず何も仕掛けることができなかったのだ。要は無策。無謀な挑戦だった。
「二%はさすがに過小すぎますよー。私だってIS学園の教師なんですよ。それも現国の」
IS学園現代国語教師・都京和茶美はその顔をから笑みを消して(そもそも笑っていなかったが)ゆっくりと構える。中腰になり両腕を前に出し、手は指がピンと真っ直ぐなるようにしている。世にも知られるウルトラマンの構えだった。
「……それで?」
冷たい反応だった。
「……ご…ごめんなさい」
和茶美は耐えられず誤った。
「今のは冗談ですよ。本気はこれから出します。ほら、言うじゃないですか。仏の顔も三度まで。その例にあるように和茶美の顔も三度まで。四度目となる今日は本気の本気のそのまた本気に行かせてもらいますよ」
改めて宣言。和茶美はさきほどのふざけた構えから一転、ボクシングのファイティングポーズを取る。見様見真似の構えではない。元カレによって身体に教え込まれた技術だ。
呼応するように楯無も独自の構えを取る。更識家直伝の実践的な構えだ。
これは認識を改める必要がありそうね。
構える和茶美の姿の自然さに楯無は警戒をわずかに警戒を上げた。
楯無は生徒会長の座にあり、また対暗部組織である更識家の令嬢ということもあって学園の上層部とは親しい。だから、学園に勤務している教師の情報を幾つも所持することができている。いざという時の為に許された特権だ。
その特権を使い楯無は教師たちの情報を見ていったことがあった。危険な思想を持った人物や、テロ組織と繋がっている人物がいないかどうかを知るためにだ。
情報の中に当然ながら千冬や和茶美のものもあり、案の定というべきか千冬のことが書かれた資料には『重度のブラコン』という記載がされていたのを楯無は思い出した。
そして、和茶美の情報が載った資料には現国の教師にしておくには勿体ないほどの格闘技の経験が書かれていた。世界中に点在している格闘技を全てマスターしているのではないかと疑ってしまいたくなるほどの量を習得していると。
しかしながら楯無は危険人物と判断しなければならないような人物とは思わなかった。理由は簡単。子供が強いキャラに憧れて取りあえず知ってる格闘技を列挙していったようにしか見えなかったからだ。
楯無が入学してから一年は経っているが、一度も何かしらの格闘技を習得していると思わせるようなそぶりは見たことがなかった。
だから今も警戒を見せるが、それでもたっぷりの余裕があった。今回もまた理不尽な説教から逃れられると。理にかなった説教なのだが、サボりの常習犯にしてみれば理不尽だ。
「さて、愚か者。今キミは逃げられると思ったよね。この程度なら楽々スイスイと脇をすり抜けて逃げられるってね。だけどそれは甘い。コーヒーゼリーよりも甘い。馬鹿、コーヒーゼリーは苦みが売りだ、甘くないから!」
「何も言ってませんけど」
「知りませんって話です。対暗部の更識の技で簡単にすり抜けられると思っているかもしれませんが、それはもう慢心」
ビシッと人差し指を楯無に向ける。人様を指で指さないという常識を和茶美はちゃんとし知っている大人だ。その常識を守る日と守らない日があるだけで、ちゃんと常識だと知っているのだ。
「更識の技は元カレから既に教わっていますって話です!」
人差し指を引っ込めて、和茶美は右の拳を突き出したのだった。
放課後の一年一組はおかしなことになっていた。現在最後列窓側の席に座っている私の知らないような展開になっている。
この物語の主人公である一夏が椅子に縛りつけられ、ヒィヒィと泣き声を上げながら『スーパー超ベリー柔らか優しい現代国語』と銘打たれた問題集と睨めっこしていた。彼の周囲にはヒロインズの面々が受刑者を厳しく監視する刑務官さながらに立っていた。
「おーい。国語の勉強よりもISの訓練した方がいいんじゃないのか?」
「それよりもまずは国語だ。馬鹿者」
「そうですわ。母国語をきちんと扱えるようになるのが先です」
「ちゃんと文章読んで、登場人物の心境を理解しないさいよ、アタシたちの為にも」
「そうだね。それが一番大切だよ」
「嫁ならできる。できるようになるまで私たちがしっかりと教えてやろう。だから安心しろ」
何あの地獄。というか、どうしてあの子たちはISよりも国語に力を入れてるの?
原作みたいな流れは? もうすぐまた襲撃が起こるよ!? 国語なんてやってる場合じゃないよ!