どうして軽々しい生き方ができないんだろう。
私はなんで責任なんて重苦しい荷物を肩に乗せてしまうんだろう。
疲れるけど休むことができない。
みんなが期待を寄せてくるから。
期待を抱いてくるから。
期待に応えることを求めてくるから。
だから私は期待に応えるために頑張らなきゃいけない。頑張って努力して、「頑張ってね」と言われたらさらに頑張って期待に応えなきゃいけない。
気がついたらおかしくなっていた。
最初は両親の期待だけだったはずなのに、いつの間にか友達の期待が肩に乗せられて、社会に出たら上司や名前も知らないような人の期待が背中にのしかかってきていた。
全部の期待に応えた。期待に応えて見せた。期待に応える以外のことができなかった。
本当は、もういいんだよ、と声をかけてくれるのを待っていたのに。誰もその一言をくれない。頑張っていればいつかは誰かが優しく止めてくれると思っていたのに。
両親は一番欲しくない言葉しかくれない。
高校受験の時もママは「きーちゃんの頭ならこの高校に入れるはずよ」と期待の言葉しかくれなかった。
見てよママ。どの教科も100点満点だよ。スポーツも評価5を貰ったんだよ。県大会で優勝して、全国大会も1位取ったんだよ。だから褒めてよ。よく頑張ったね、て言ってよ。頑張り過ぎよ、て笑ってよ。そう言いたい気持ちを抑えて、地元で一番偏差値の高い高校に入って、そこでもずっと一番を維持したんだよ。部活も手を抜かずにやったんだよ。だからそんな自慢げな顔で新しい期待を持ってこないでよ。
心が張り裂けそうになるのを自覚しながらも、緊張の糸で破れかけた心を無理矢理縫合して両親の期待に応え続けた。いつかは、もういいんだよ、て優しく言ってくれることを信じて。
でもずっともらえなかった。
きーちゃんなら一番難しい大学に入れちゃうわよね、とママもパパも期待してくるから一流の大学に入って、次は大手企業に就職できるはずよなんて期待されたから、今一番採用が難しい超大手企業に就職して見せたのに、一度も私のほしい言葉をくれなかった。自分たちの期待を押し付けてくるのに、私の期待には取り合ってくれない。
両親じゃ駄目かもしれないけど社会なら、と仕事を頑張ってみた。
その結果、さらに期待を寄せられてしまった。
苦しい。気持ち悪い。
でもそんな弱音は吐けない。
期待されているから。
期待に応える責任を負ってしまったから。
責任を勝手に放棄するのはいけないことだから。
ボロボロになって崩れ落ちそうになる体は、虚空から伸びてきた緊張の糸によって立たされ、期待に応えるために操られる。身体も心も緊張の糸で雁字搦めにされて負の想いを封じ込められた。
苦しい。気持ち悪い。弱音を吐き出すことができれば救われる気がする。でもその言葉は口にできない。
だって、私は人の命という重い責任を背負ってしまったのだから。
緊張の糸によって動く身体は限界を迎える前に壊れた。
交通事故という外的要因によって。
嬉しかった。
期待に応えられない理由ができて。
無責任な死に方じゃなくて。
嬉しかった。
どういう理論かは分からないけど、転生という事象を経て新しい人生を手にすることができて。
両親が私に多くの期待をしない人で。
可愛い弟がいてくれて。
とても嬉しかった。
でもそんな幸せな時間は消えてしまった。
両親が私と弟を捨てていなくなっちゃったんだ。
一週間経っても帰ってこない。
ああ、捨てられたんだな。
そう思うのは簡単だった。
でも、そこから先はずっと大変だった。
私はそこそこの年齢で自分で多少は何とかできるけど、弟はまだ両親の庇護の下でなければ生きていけないような年齢だった。まだ二桁にもなっていない弟なんだ。
弟が「お姉ちゃん」と言った時、私は弟からの期待を感じてしまった。
お姉ちゃんならボクを養ってくれるよね。ボクのことを見捨てないよね。
実際はそんなことを考えていないかもしれない。私の思いこみなのかもしれない。
でも実際がどうであれ、私の背中には弟の命がのしかかってきてる。
弟からの期待と、命を見捨てないという責任が緊張の糸を作り出して私の弱音を締め上げる。叫ぶことも泣くことも許されないと頭が理解してしまったんだ。
転生しても期待や責任からなる緊張の糸に縛られる。
記憶を持ったままの転生は魂が真っ白に洗われてないから生き方を変えられないんだ。魂が汚れているから、自分の生き方を貫く以外の選択肢がないんだ。
真っ白な魂は生きていく過程で汚れていく。それは汚いという意味ではなく、ジーンズをはき続けて味を出すのと同じ意味だ。使い古せば味が出てくる。魂も生きることに使われていけば味が出て独特なものになる。
それは自分では決して綺麗にはできないし、新しく染め上げ直すこともできない。
生き方を変えられない私は弟のために頑張った。
みんなが優しく「頑張れ」と言うから今以上の頑張って生きてきた。誰も「少し肩の力を抜きな」とか「ちょっと休憩しなさい」などの、私が求める優しい言葉を言ってはくれない。
だから私はさらに頑張った。いつか誰かが私の求める言葉を言ってくれることを期待して。
みんな期待している。私が世界一の人間になることを。
転生して二十年が経過した。
私は全世界から注目されていた。
インフィニット・ストラトスの世界大会『モンド・グロッソ』に出場して明日に決勝戦を控えている身分だからだ。
私は宿泊先のホテルの一室で緊張していた。二度目の決勝戦なのに心臓がばくばくと騒がしい。
世界が期待している。私ならきっと世界大会二連覇をしてくれると。
頑張って生きてきたからこそ、さらなる期待を寄せられる結果になった。私はこんなこと望んでないのに。
辛い。
ベッドに寝転がりたくなったけど、前世では感じたことのない期待のせいでベッドに倒れ込むことができない。そんな暇があったら頑張らなきゃいけないと思考回路に深く突き刺さった杭が訴えかけてくる。
ああ、もう駄目だ。決勝戦は明日だけど、この時間もがんばらなきゃ。期待に応えられるようにしなきゃ。
まずはホテル周辺を一周回ろう。
そう思って部屋を出ようとドアを開ける。
すると外に女性が立っていて、ドアが開くなり私を押し戻すように部屋に侵入してきた。
抵抗することはできたけど、私は無抵抗のまま部屋に押し戻され、ベッドの上に押し倒された。まさか、決勝戦の相手の国の刺客か、とは思わなかった。
代わりに、どうしてこの人がここにという疑問が頭の中にあった。
「久しぶりね、千冬」
にっこりと笑いかけてくれる女性。とても若々しくて子供を二人を生んだとは思えなかった。
「お、お久しぶりです、ママ」
遥か昔に育児放棄して逃げ出した母親が私を見下ろしていた。どうして、なんで、という考えが頭の中で浮かんでははじけて、また浮かんでははじけてを繰り返していた。
「ずいぶんと綺麗になったわ。お母さんとても誇らしい」
「どうして?」
「どうして? ああ、どうしてここが分かったかってこと? 調べたのよ」
「なんで?」
「なんで? なんで現れたのかってことね。そうよね、千冬からしてみれば自分を捨てた親だものね。そりゃあいい気はしないでしょう。でもね、お母さんも辛かったのよ」
そう言って私の頬にキスを落とすママ。とても柔らかくて暖かかった。
「お父さんがとても残念でね。子供が嫌いだって言ってたから、もしかしたら千冬と一夏に暴力を振るうんじゃないかなって思ったのよ。だから、お父さんを貴女たちから遠ざけるために家を出たのよ」
「嘘」
信じられなかった。私にあんな重い期待を背負わせる原因を作った人の言葉を信じることができなかった。
「そう思うよね。でもこれは本当。だから会いにきたのよ。お父さんを事故死に見せかけて始末することができたから。ようやく千冬と一夏を危険に晒す人を消せたから」
もう一度落とされるキス。次には頭をよしよしと撫でられた。
「千冬。今まで頑張ったね。まだお母さんに頼らなくちゃいけない子供だったのに、一夏の為に必死に背伸びして。本当によく頑張ったわ」
身体を抱き起される。
「だからもう安心して。お母さんが帰ってきたから。お母さんが守ってあげるからね。もう無理しなくていいのよ」
頭を抱きかかえられる。ママの胸に顔を埋める形になった。良い匂いがする。緊張の糸が緩んでいって心がゆっくりと暖まる。
求めていた言葉が耳にすぅっと入ってきて全身を駆け巡る。プツンと身体を吊るしていた緊張の糸が切れる音が聞こえてきた。
「……ママ」
私はママの胸で涙を流して泣いた。前世からずっと泣くことができなかった瞳からはポロポロと涙があふれて出て止まらない。
「ママ!」
私は一晩中泣いた。ママも一晩中私を抱きしめて背中や頭を撫でてくれた。
そうして迎えた決勝戦で、私は初めて感じた清々しさを胸に抱きながら敗北した。
緊張の糸がプツン。もう頑張らなくていいんだ。