過去に言われたことがある。
お前ってエロゲーの主人公なみにスペックが高くて女子にモテるよな。
俺もそう思う。昔から何をするにも人並みを二段飛ばした出来栄えで、顔の造形も凡人を突き放すように整っていて、平均未満から美女・美少女までの女子から言い寄られていた記憶しかない。
嫌味な言い方だと思うか。
しかし、ここで謙遜したらしたで嫌味な奴だと思うんだろ。どっちを選んでも嫌味とか抜かすから、俺は自分を包み隠さずにさらけ出す。
恨むんなら不平等に才能を偏らせて与えた神様を恨め。自分の意思の介入もなく生まれてきてしまった俺を恨むのはお門違いなのだから。
だけど人間は嫉妬深い生き物だ。俺は誰かに嫉妬したことはないが、俺以外の人間は何かにつけて優劣を争って劣っていると妬み嫉みを抱く。そして、大抵の場合には俺に向かってくる。
劣性に立たされた人間は面倒だ。ナイフを振り回してきたり、事故を装って硬球を全力投球してきたり、金で雇った恐いお兄さんたちを差し向けてきたり、罠にはめて評判を陥れようとしてきたり。直接的な手段から自分の仕業とばれないような間接的な手段まで、バリエーション豊かな悪意をぶつけてくる。
その度に俺は言い寄ってくる女子たちを守りながら薄っぺらい悪意を払いのけていった。
ナイフを振り回して襲ってきたモテない上級生は振り回したナイフが勢いあまって自分の太ももを刺してしまったかのように仕向けて、俺はただの被害者でしかないと知らしめておいた。
手を滑らせたという免罪符を掲げて全力投球してきた野球部男子にはボールをキャッチして右肩目がけて投げ返しておいた。彼は俺に彼女を取られて怒り狂って犯行に及んだようだけど、その邪心のせいで肩を壊してエースの座を退く羽目になったそうだ。
恐いお兄さんを差し向けた下級生男子には、やってきた恐いお兄さんを倍の値段で買収して襲わせておいた。お金の繋がりはあらゆる結束の中でもっとも脆い解けやすいものだって、彼は身を以て学ぶことができただろう。
作り話の醜聞や偽装した写真を学校内やネットに流そうと企ていたインドア男子には、俺が作り上げたあることないこと噂や画像を流して情報発信の危険性を再認識させておいた。便利っていうのは恐い。
そっちがその気ならこっちもやってやる。
座右の銘じゃないけど、この言葉を胸に向かってくる奴を相手してきた。
そしたら頭がよくて運動ができる強いイケメンと認識された。やっぱそうなるよな。
そうなるんだけど、どんなに頭がよくて運動ができる強いイケメン男子でも、スピードの乗ったトラックに衝突されれば死んでしまうのが人間の心理。
ドンと背中を押されて歩道に突き飛ばされた感覚があるので、自殺じゃなくて他殺だ。
殺されてはやり返せない。なんて皆さん思ってしまうけど俺は違う。
突き飛ばされた瞬間にぐるりと身体を反転させて、その身体を捻った勢いを利用した蹴りを突き飛ばした男子の頭に叩き込んでやった。
轢かれる瞬間に見たのは蹴飛ばした男子の頭が街灯に激突する光景だった。あれは死んだな。俺を殺すから命を落とすんだぜ。
――――ぐしゃり。
桜の花びらがひらりひらりと舞い落ちる。冬から目覚めた春の風はいまだに肌寒くある。ちょっとだけ厚着してくれば良かったが、あくまでそれは室外での話であって何百人も収容できる体育館の中では必要がなかった。
校長の長い話を右から左に受け流す。小学校といい中学校といい高校といい、どうして校長先生というカテゴリーの人間はやたらと話が長いのだろう。太古の昔から連綿と続いてきた校長という役職のイメージがそうさせてきているのか。それとも、立場の偉い人間は為になるような長話ができると賢いと思っているのか。
なんであれ、とにかく長い。長すぎる。どうしてそこまで話すネタがあるのかと思ってしまうくらい長い。日頃誰にも相手にされないから長いのか。
あくびを噛み殺しながら退屈な演説を聞く。聞くだけでちゃんと聴いて話の内容を吟味はしない。疲れるしな。
入学式の一番の難関である校長先生の有り難いお話を聞き終わると、俺たちはそれぞれ割り振られた教室へと向かって、これからの一年間を過ごすことになる。
教室には当然ながら人数分の机があり、当然ながら場所が指定されている。俺の席は最前列の真ん中。俗に言うがり勉席だ。俺は勉強熱心じゃないだけどな。
席に座って一息つく。まさか校長の演説を立ったまま聞かなければならなかったとは。足が棒になってしまうだろ。
机の右上に貼り紙がしてある。
『織斑一夏』と印刷された字が俺の新しい学校生活が初々しいものであると告げている。もう二回目の高校だっていうのに初々しいのはどうだろう。
新しい机に身体を突っ伏す。眠くはないけどやることがないからの処置だ。誰かが話しかけてくれば応じるけど、周りは遠巻きに眺めてくるだけでそれ以外にはなにもしてこない。つまり檻の中のパンダだ。黄色い悲鳴を上げて餌を投げてこないだけマシだけどな。パンダって笹以外に何を食べるんだか。
大人しくパンダしているとふと誰かが近づいてくる。恐らく女子だ。何故ならこのクラスには女子しかいない。いや、この学校には女子生徒しかいないというべきか。
インフィニット・ストラトス。通称ISと呼ばれる女性にしか扱えないパワード・スーツだ。十年前に唐突に現れていつの間にか社会に癒着していた。そして気がついたらISを専門的に扱う学校もできていた。さらにどういう理由か分からないけど俺はそこに入学していた。入学しなければならなかった。
男なのにISを動かすことができてしまったから、というまさしく主人公な行いをしてしまったからだ。
問題行動を起こした俺はメディアに追われる身分となってしまったので暫くは自宅で大人しくするという選択をして、今日ようやく外に出ることができた。
さぁ、ウキウキワクワクの高校生活だ。なぁんて想いは微塵もない。ようやく大手を振って外を歩けるぞ、て気分の方が圧倒的に強い。
強いけど外で奇声を発したり万引きや暴力といった警察のお世話になる行動はしない。そういうのは勘違いな個性派がやればいい。
俺はただ外に出れたことが嬉しいだけの慎ましい人間なので、こうして机に身体を預けて満足できる。
担任が来るまでは机と親密な仲を続けていくのだろう。そう思っていた矢先にドンと机が蹴られて、俺は億劫に思いながら上体を起して事態把握を始めた。目の前に短い金髪少女がいた。以上、状況把握終了。
「何か用か?」
若干の高貴さとそれをほぼ覆い尽くしている荒々しさを持っている少女に問いかける。
「アンタが織斑一夏?」
言葉に高貴な雰囲気がなかった。
織斑一夏。転生した俺の名前だ。前世の名前は秘密だ。
「そうだけど。そちらさんは?」
「セシリア・オルコット。これがわたくしの名前だ。よぉく覚えておきな」
少女改めセシリアは「わたくし」がとても似合わない奴だと思った。
「で、そのセシリアさんとやらが一体何?」
「アンタはレアモンなんだってな」
「まぁ、そういうことになるな」
「それはつまり、多少なりとも強いんだよな」
「すげぇ理論だな。馬鹿丸出しだぜ」
呆れているけど物は言える。セシリアはちょっとの高貴さと獣のような荒々しさとすごい馬鹿っぽさが混同した生き物のようだ。
この手の相手が次にどんな行動をしてくるかはおおよそ見当がつく。見当がついてしまうから身構える。
長年の勘は嘘をつかない。身構えると同時に、セシリアが机を前に押し出す蹴る。俺は椅子から素早く飛びのいて隣の机の上に着地した。蹴飛ばされた俺の机は滑るように床を移動して後ろの机を巻き込んで倒れた。後ろの席の方には大変申し訳ないと思っている。思ってるだけで具体的に何かする気はないけど。
「あぶねぇだろ」
セシリアの頭めがけて足を突き出す。男女平等を掲げる俺の前では金髪だろうが美少女だろうが関係のないことだ。幼女を相手にするのは犯罪になるから別の話になるけど。
俺の蹴りを首を捻って回避するセシリア。そこそこマジに放った一撃を避けたことから腕に覚えのある獣なのだろう。戦闘狂の血が騒がないぜ。流れてないからな。
「中々の蹴りだぁ!」
向こうは流れているみたいだ。迷惑な。特殊な血は同じ人種とだけ暴れてくれよ。
嫌だなぁ、死んでくれないかなぁ、と気が散っていると足場の机を蹴られてバランスを崩してしまった。そこを狙われた。
セシリアの握りこぶしが俺の視界をぐらりと揺らす。ヒット、思いのほかヒット。
それが限界だった。実は流れている戦闘狂の血がビクンと反応。
俺は殴られて怯む人間じゃないものでセシリアの顔を殴り返してやった。そしたら殴り返されたので、また殴り返す。気がついたら互いに四肢をフルに使った喧嘩に発展していた。数分先のビジョン? まぁったく見えてないけどそれが何?
「さすがレアモン。わたくしがぶっ殺してやる!」
「だったらぶっ殺返してやるよ!」
高校生にして中学生の会話。拳では語れないこの熱き想いはシンプルでありながら実行したら複雑な状況に追い込まれてしまうだろう。きっとどっちが勝っても「キレやすい若者」というレッテルが張られることだ。後はゲーム脳で人の生き死に対しての感覚が軽いとか言われるのかな。実に嫌な未来だ。
セシリアの右肩につま先を突き刺した時一瞬だけ状況の打開を考えたが、彼女の拳が鳩尾に入って思考するのが面倒になってしまった。
やられたらやり返す。必要以上にものを考えない良い言葉だ。
周囲から沢山悲鳴は聞こえてくるが、目の前で喜々として拳を振るってくるセシリアからは一度も聞こえてこない。殴り慣れてるし殴られ慣れてる。
拳の応酬、もう一時間は経過したんじゃないだろうか。時計を見ようとしても迫りくる拳に邪魔されて見れない。
時間の確認はできなくても互いに披露していることは分かる。スタイリッシュバトルとは無縁な正面からの殴り合いは確実に体力を削っていた。
セシリアと視線が重なる。目と目で通じ合った。次の一撃で決める、と。
「死に晒せぇ!」
「死んで詫びろぉ!」
互いの拳が放たれる。次の一撃で決めるという想いに偽りのない、今出せる全力の拳だった。
おそらくセシリアも全身全霊の拳を解き放ったことだろう。
互いの全力の拳は肉を打ちつける音と共に止まった。ボコボコと熱く沸騰する戦闘狂の血は収まるべくして収まったのだ。
「おい!?」
「ちょっと!?」
お互いの拳が顔面へと到達する後少しのところで止まっていた。正確には止められた。
「もうやめてください」
熱を冷ます冷静な声。俺とセシリアの間に黒髪のポニー・テール少女がいた。両手を伸ばして俺たちの拳をしっかりと受け止めて、それ以上の進行を妨げていた。拳を掴む手に力を込められる。ゆっくりと俺たちの伸ばした腕を元の位置まで戻してから、少女はふぅ、と息を吐き出した。
「全くもう。担任が来ているんですから、ほどほどのところで切り上げなくては駄目じゃないですか」
やんわりと怒るのは幼馴染の篠ノ之箒。俺やセシリアなどでは相手にならないような実力者だ。
俺は箒がとても強い人間だと知ってるから素直に頭を下げて謝った。
セシリアも肌で強さを感じたのか素直に謝った。
「今度からは注意してください」
箒はふふふと上品な微笑みを浮かべて自分の席に戻っていった。俺たちの乱闘の被害にあった机とかは眼中にないようだった。アレも意外に着眼的がおかしい生き物だ。
俺とセシリアは顔を見合わせて自分たちの机だけ元に戻して座ることにした。
副担任の山田真耶が怒り慣れてないことがありありと分かる調子で俺たちを叱りつけたので、これまた俺たちは無視することにした。
これから定期的に続くことになる問題の一発目は俺とセシリアの喧嘩になりましたとさ。