「セシリア。お前は何度私の顔に泥を塗ったら気が済むの!」
ヒステリックな叫び声が書斎に響く。けっこう広い部屋なのにキンキンと五月蠅い。
「シラネ。何時までも塗るじゃねぇの?」
正直なことを言う。正直なことは悪いことじゃないからだ。正直すぎるのは人間関係に問題ありだけどな。まぁ関係ないけど。
母はキンキンと騒ぎ立てていて五月蠅い。となりで秘書のように控える父は金切声がする度に身体を震わせていてなんと情けないことか。
「はぁはぁ。セシリア、名門たるオルコットの姓を持ちながら、どうして貴女は毎日毎日そこらの路地裏の塵と一緒になって恥ずかしい行動をするのです!」
高価な木製のデスクを叩いて立ち上がる母。全然迫力がないのにどうして父はそこまで驚くのか。わたくしを見習ったらどうだって話だ。
「そもそも何です。その言葉使いは!」
「聞いての通りの言葉使いだってぇの」
「何度もみっともないから直しなさいと言っているでしょう!」
「だからこっちが譲歩して『わたくし』って言ってあげてんだろ」
アタシが駄目だって五月蠅いから努力してやったのに。どうしてそっちは無理矢理にでも意見を通そうと思うんだか。わたくしに言うこと聞かせたいなら強くなるんだね。
まぁ、こんな金持ち名門お嬢のお母様って奴に言ったところで何にも理解してもらえないだろうな。考え方がまるで違うから。リバーシと将棋並に考え方が違う。つまりなんだ?
わたくしはまるで部下のように立ったまま母の言葉を聞く気なんてないので来客用のソファーに腰を下ろす。フカフカで身体がぐっと沈み込む。いつもはゴミ箱や木箱やでっかい岩の上に座っているもんだから居心地悪い。まぁ、だからといってハイそうですかと立ち退いたりしない。今引くと母の眼力に負けたと思われるからだ。人間は大なり小なりプライドがある。わたくしみたいに大海の中にポツンと浮かぶワカメのようなプライドもあれば、母のように道の真ん中に迷惑極まりないどでかい車を路駐するようなプライドもある。
「ま、まぁいいです。今日は貴女に話があるので、わざわざ部下を使ってジメジメとした場所から連れ出したのですから」
口元を隠してほほほ、と笑う母。三流悪役みたいで面白い。面白いけど呼び出しておいての話がつまらないものなら面白くなさすぎて手が出そうだ。
ニコリと微笑む母。明らかに何かを企んでいる人間のそれだった。きっとわたくしには痛くもかゆくもないことなんだな。
死んだ人間がどうなるのか皆目見当もつかなかった。
死後の予想を立てられないからこそ、アタシは平気な顔して向かってくる奴を殴り殺していった。
一番最初に手をかけたのは父親だった。
いやぁ、あれは父親なんて大層な生き物なんかじゃあないね。あんなのは単なる獣だ。雄の本能を垂れ流して息を荒げる獣。母親に逃げられて、残った私の背後に母の面影を見て愛してくる気持ちの悪い男だった。
中学生になって暫くした時に覆い被せられ欲望をぶちまけられた。気持ちよくなかった。吐き気がして学校に行けなくなった。
母親の名前を呟き、アタシに母の代わりを務めるように強要してくる父親。アタシは諦めてその役割を受け入れた。
勝てないと分かっていたから。自分の弱さを知っていたからだ。
でも、人間はどこかで変わる。良い方向にも悪い方向にも。きっかけは様々だ。
アタシも変わった。
父親を殺したのがきっかけかもしれない。いやどうだろう。その後から変わるきっかけがやってきたのかも。
父親を殺すのは簡単だった。アタシを抱こうと服を脱いでいるところを背後からガツン、と花瓶で殴りつけたのだ。バタンと倒れる父親はあっけなく死んだ。仰向けに転がすと男の象徴がそそり立っていたが、それがとても憎々しいのでソレにも花瓶を叩きつけてやった。ピクリとも動かない父親を見て勝ったと思った。
その後はもちろん逮捕された。これまたあっけないほどにな。
数年間服役して、外の世界に戻ったアタシはもうおかしくなっていた。
勝ちたいと思うようになっていた。相手をぶん殴ってぶっ倒して、さらに強い奴をぶん殴ってぶっ倒したい。
勝利に対して愛が芽生えた。努力することを厭わないほどの純粋な愛だった。
この愛を満たすには喧嘩するしかない。ストリートファイトじゃ駄目だ。ちょっとやそっとの連中じゃ生ぬるい。
裏社会に身を置いてしまおう。
決断してとある無法地帯に赴いた。警察すら不干渉を決め込むほどの危険な領域。ギャング共の巣窟に足を踏み入れ、ある組織の構成員をぶっ潰して、腕を示して組織に入った。
最初は女だから身体を使ったんだろう、て陰口叩かれたから、適当に強い奴見繕ってボコボコしてやれば陰口も消えた。
敵対組織の強い構成員を潰せば潰すほどアタシの組織での地位は上がり、いつしかボス専属の殺し屋と言われるほどになった。
でも死んだ。
呆気なく死んだ。
敵対する組織連中にマークされて刺客を何人も送り込まれたからだ。半数は殴り殺したけどそこで限界が来た。後はサクサクっとナイフで刺されて死んだ。
死んだ後にアタシのいた組織がどうなったかなんて知らない。まぁ、他の組織に潰されただろう。アタシが組織内の武闘派を全員消したせいで、あの組織は弱体化していたしな。頼みの綱のアタシも死んだから、長くはもたない。残念。
強い奴と戦うことが好きだ。
だから入学初日に織斑一夏に喧嘩を吹っ掛けた。わたくしの睨んだ通りに一夏は強かった。強かったと思うと同時に鍛えればもっと強くなるだろうとも思った。ありゃあ化けるね。
一夏と拳を交えてからよく一緒に行動するようになった。類は友を呼ぶ。アイツは楽しい。
わたくしの脳内レーダーは敏感に察知してる。このクラスには強い奴がいるって。ビビビッて、ビビビッてな。
まずは一夏だ。それもまだまだ成長できる。将来性のある奴だ。
次は篠ノ之束だ。コイツはまだよく分からないが、わたくしと一夏の渾身の一撃を止めたからな。きっと強いに決まってる。殴り合ってみたいが、上手く戦闘に発展させられない。くっそが、もうちょっと血の気を多くしろって話だ。
最後にラウラ・ボーデヴィッヒ。コイツは空っぽの人形みたいな奴だ。姿勢正しくまるで模範みたいに椅子に座っている奴だが、軍人だそうだから絶対強い。だけど、残念な奴でさぁ、わたくしに殴られても平気な顔をして素通りしやがる。やり返してこいよ、て挑発してみたけど「そのような指示は受けてませんので」と機械じみた返答をするばかりで握りこぶし一つ作らない。
あぁ、暇だぁ。
イギリスにいた時は暇つぶしに路地裏でチンピラ狩りができたのに、ここは変にささくれた奴がいないから問題が起きなくてつまらない。わたくしのクラスの奴らが急に戦闘狂に目覚めねぇかな。
ささやかな希望を抱いて席に座れば、ちょうど副担任の山田がやってきた。相変わらず担任様は遅刻らしい。
「はい。みなさん座ってください。しょーとほーむるーむを始めますよ」
山田は副担任でありながらまるで担任のように仕切ってくる。つまりそれほど担任の織斑千冬が役に立たないってことだな。
「さぁて、今日はボクたちのクラスに新しい仲間が来てくれましたよ」
ポンと手を合わせて自分のことのように喜ぶ山田。一人分の手間が増えると考えると思うと辟易すると思うんだが、もしかしてそこまで考えられてない?
まぁ、わたくしの負担にはならないから知らないなぁ。
「シャルル・デュノアさん。入ってきてください」
言われて入ってくるのはヨタヨタと頼りない足取りの女だった。
顔を見た瞬間に気がついた。
わたくしの前世の勘が訴えている。
アレは危険な生き物だって。
危なくて危険で……それでいて殴りがいの生き物なんだってな。
「はぁーい。みんなのアイドル候補、二十八歳二十歳のぴちぴちの現役高校生になりたがる中学三年生女子の皮を被って純情ぶったチャレンジ高校一年生ことシャルル・デュノアだよぉ。本名はシャルロット・ヴァリエッターなんだけど、みんなは好きな方で呼んでくれていいよん」
……脳みそが危ない生き物だったのか。