竜の群を束ねる女王がドラゴンより弱いとでも思ったか   作:Amur

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世界征服

 

ナザリック地下大墳墓――

 

 アインズ・ウール・ゴウンはギルド拠点へと戻り、カルネ村での出会いを皆に語っていた。

 

「――というわけだ。私は竜王国女王ドラウディロンの招きに応じ、かの国を訪れようと思う。これについて皆の意見を聞きたい。賛成、反対、疑問なんでもいいぞ」

 

「ご質問よろしいでしょうか、アインズ様」

 

その問いかけに一番手で手を上げたのは当然というべきか、ナザリック最高の叡智を誇り、防衛時の指揮官を務める階層守護者――悪魔デミウルゴスである。

 

「うむ。遠慮なく聞くがいい、デミウルゴスよ」

 

「ありがとうございます。ではまず、その者たちの力量を確認したいと考えます。アインズ様の見立てでは、竜女王たちはかなりの実力者なのですね?」

 

「そうだ。だが、私よりはセバスの方がよく分かるだろう。お前の目には連中がどの程度の腕前に映った?」

 

「私如きにアインズ様以上の目利きが出来るなど滅相もありませんが、僭越ながら見解を述べさせていただきます」

 

 セバスが姿勢よく礼をすると、皆に向き直って説明を始める。

 

「リーダーであるドラウディロン殿を含む6名ですが、強さは全員が戦闘メイド――プレアデス以上。戦っているところを見ていないので上限までは不明ですが、中には階層守護者の方々に比肩する者もいるかもしれません」

 

 ざわっ、と守護者一同やプレアデスたちが騒ぎ出す。

 

「人間風情がわたしたちと同等? 信じられないでありんすね」

 

 階層守護者で最強とされる少女――吸血鬼シャルティア・ブラッドフォールンが不満気にセバスを睨む。

 

「シャルティアよ。彼女たちは半数以上が人間以外の種族だ。それに人間にも強者はいる。忘れたのか? 過去にナザリックに侵攻してきた者たちを」

 

「っ! もちろん忘れてはおりません。敗北時の記憶はないのですが、守護者という大任を仰せつかっておきながら、役目を果たせなかった失態……その事実を忘れることなどありません!」

 

 ユグドラシル時代にあった傭兵NPCなども合わせて1500人というプレイヤーによる大侵攻。第八階層で撃退することに成功はしたが、シャルティア含む階層守護者たちは戦死している。

 

「過去のことは今後の行動に活かせばよい。つまり、人間という種族を甘く見るなということだ。彼女らの内、2人は人間だ。それはこの世界でもユグドラシルと同様に人間の強者がいるという証。皆も分かったな?」

 

「はっ!」

 

 全員が深く首を垂れる。絶対支配者の言葉を疑うこと、ましてや逆らうなどありえない。

 

 いうまでもなく竜女王のドリームチームはこの世界でも例外中の例外であり、各国トップクラスの人間でも守護者どころかセバスを除くプレアデスに敵う者すらそうはいない。

 

「カルネ村の村長に聞いた話ではドラウディロンたちと同格のアダマンタイト級冒険者は各国に1~2チームほど存在するらしい。つまり、守護者級の存在が王国や帝国にも10人以上いる計算だ。余計な騒ぎを起こして、これらと敵対する愚は避けるべきだろう」

 

 冒険者のランクは同格でも、強さはまったく違うのだが、辺境の村長にそこまで分かれというのは酷である。今のところ情報源がカルネ村の住人と竜女王たちしかいないため、各国の戦力が過剰に見積もられている。

 ちなみにアインズや階層守護者が100レベルなのに対して、一般的なアダマンタイト級冒険者のレベルは30未満である。

 

「しかし、そうなってくるとアインズ様の主たる目的をより慎重に進める必要がありますね」

 

「む……(ん? 主たる目的ってなんだ?)」

 

「え? アインズ様の目的って何のことなの?」

 

 デミウルゴスの発言に階層守護者の一人にして、ダークエルフのアウラ・ベラ・フィオーラが初耳だと疑問の声を上げる。

 

「アインズ様。あのとき御身よりお聞きした話を皆にも伝えてよろしいでしょうか?」

 

「うむ。話すがよい。デミウルゴス」

 

 俺にも教えてくれと思いながら許可を出すアインズ。

 

「はっ。……アインズ様が夜空をご覧になられたとき、こうおっしゃいました。『私がこの地に来たのは誰も手に入れていない宝石箱を手にするためやもしれない。世界征服なんて面白いかもしれないな』と」

 

 おおおーっ!

 

 しもべ一同から歓声が沸き上がる。

 対照的にその言葉を発したとされる本人は――

 

「(あああー! 言った! 言ったよ、確かに! けどそれは比喩というかただの冗談だろ!? 本気で世界征服を命じたと思ってるの!?)」

 

 察しが良すぎるというか、何もないところから妄想レベルで話を広げていく悪魔によって組織の最終目的は自然と決定されていた。

 

「腕ガ鳴ルナ」

 

 第五階層守護者、蟲王(ヴァーミンロード)のコキュートスが戦意を滲ませる。武人として生み出された彼は自らの力を振るう機会を待ち望んでいた。

 

「世界という宝石箱を手に入れたアインズ様、その横には妻である私が……くふー!」

 

「おばさんの妄想は聞いてられないでありんすね」

 

「ああ!? 誰がおばさんだ、偽乳が!」

 

 感情の沈静化が行われているアインズをよそに、しもべたちは世界征服に向けてやる気を漲らせている。

 

 ――たしかにそれが可能なら、ギルドの仲間たちを探すのもやり易くなる。けど、その場合はこの世界の強者たちや他のプレイヤーを完全に敵に回すぞ。それを避けつつ、穏便な方向での征服……いけるか?

 

 おほんっ、と咳ばらいをするとしもべたちが沈黙し、注目する。

 

「竜女王たちの話を聞いて、ギルドの仲間たちがこの世界に来ている、もしくは未来にやって来る可能性を知った。だからこそ、地上に、天空に、海に、この世界の知性を持つすべての者にアインズ・ウール・ゴウンの名を知らしめる。友たちの下に、その名が届くように」

 

「ははあっ!」

 

 今まで以上にしもべたちが嬉しそうだ。自らの創造主と再会できるかもしれないという希望は彼らのテンションを跳ね上げていた。そして、アインズは方針説明を続ける。

 

「たとえどのような強者がいようとも、ナザリックの圧倒的な力をもってすれば世界を掌握できるだろう。だが、私は瓦礫の山の上に立つ趣味はない。暴力を背景とするのはよいが、それだけでない支配というのもお前たちなら可能ではないか?」

 

 いけるだろデミウルゴス、アルベド。期待しているぞ、という思いを込めて見る死の支配者。

 

「……ははっ! このデミウルゴス、しかとアインズ様のお考えを理解いたしました! 全力を以って当たらせていただきます」

 

「すべてはアインズ様の御心のままに」

 

 ナザリック最高の頭脳を持つ二人が全力で賛成する。

 他のしもべたちも当然ながら否とは言わない。

 

「うむ……。(ふーっ。これで少しはマシになるだろう。あのままだと大虐殺とかやりかねなかったからな)」

 

 

 

 アインズが去った玉座の間でしもべたちが話し合っていた。

 

「暴力だけでない支配……。わらわには難しすぎてわかりんせん。どうすればいいか、教えてほしいでありんす」

 

「ようするに、話し合いもしろってことじゃないの?」

 

「ぼ、僕もそう思います……」

 

 頭を使うことに向いていないシャルティアは同僚に丸投げ状態だ。彼女よりはまだ交渉ごとに向いているアウラと弟のマーレも遠大な計画を練るということは向かない。

 中心となるのはやはりデミウルゴスとアルベド。

 

「どう思うかしら? デミウルゴス」

 

「そうだね。アインズ様は竜王国を利用するつもりだろう」

 

「竜王国ヲ乗ッ取ルトイウコトカ? シカシ相手モ強者揃イ。激シイ戦イニヨッテ国ハ瓦礫ノ山トナルノデハナイカ?」

 

「もちろんあの国と戦うわけではないよ、コキュートス。アインズ様は竜女王とは友好関係を築いていくおつもりだ。となれば、かの国を後ろ盾としてナザリックを表舞台に出すというのが早道だろうね」

 

「どのタイミングになるかは情報不足の今では断言できないけど、いずれはナザリックを国家として成立させるおつもりのはずよ」

 

 彼らはアインズの頭の中で建国までのプランが完成していると信じて疑っていない。

 

「あ、そうだわ。竜女王たちの力量についてはセバスの見立てと大差ないけど、彼が語っていない重要なことがあるわよ」

 

 にんまりと笑ったアルベドは自慢げに皆に告げる。

 

「彼女の女としての目は確かよ。なにせ、一目でこの私をアインズ様の妻だと見抜いたのだから!」

 

「は!? はああああああ~!? なんですって! その女、とんだ節穴でありんす!」

 

 激怒するシャルティア。竜女王への好感度が下がった。

 

「あ、でも彼女は良いとして要注意な女がいるわ」

 

「そいつも良くはないけど、どういうやつよ?」

 

「イビルアイという女吸血鬼よ。あいつはこともあろうにアインズ様に『どっかで会ったことあるよね?』とナンパの常套句を使ったのよ!」

 

 実際はそこまで軽い言い方ではなかったが、アルベドたちにとってはどうでもいいことである。

 

「ああ!? なんだそのふざけたやつは!」

 

「そうよね! あいつだけは気を許してはいけないわ!」

 

 アルベドとシャルティアのイビルアイへの好感度が下がった。

 

 

 一方、アルベドの話を聞いたナザリック最高の頭脳を持つ悪魔は――

 

「アインズ様に会ったことがある……はっ!? もしや、そういうことですか――!?」

 

「何カ分カッタノカ?」

 

「……いえ。いまはまだやめておきましょう。確証のない話で、皆を混乱させたくありません」

 

 1を100にし、0も10にする悪魔の深読みが始まる。

 

 

ーーーー

 

 

「イビルアイ……か」

 

 自室にて一人になったアインズはカルネ村で会った吸血鬼を思い出していた。

 自分に会ったことがないかと奇妙なことを訊ねた少女。

 

「会ったことはない。その名前にも記憶に引っかかるものはなかった。だが、だが……何故だ。仮面を取ったあの顔を見たとき、このアンデッドの心がわずかに動いた気がするのは……」

 

 死の支配者は謎の現象に思い悩む。

 その疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。

 

 

ーーーー

 

 

 竜王国――

 

 

 プレイヤーとのファーストコンタクトを終えて、ドラウディロンとツアーは参謀であるラナーを交えて今後のことを協議していた。

 

「一触即発だったね。いつ血の雨が降るかと冷やりとしたよ」

 

 なんとか乗り切ったと一安心するツアー(白銀鎧)。

 

「そうか? わりと平和的な会談だっただろう」

 

 ドラウディロンとしては大まかに予定通りいったので、相方との温度差に首をかしげる。

 

「ほら、従属神らしき女戦士――アルベドが激高したときだよ。私の横に座っていたやつが先制攻撃で殴りかかるんじゃないかとハラハラしたよ」

 

「横のやつって私のことか?」

 

「それ以外いないでしょ」

 

 ツアーはナザリック勢を警戒しつつも、一番目を光らせていたのは竜女王が暴れ出さないかだった。

 

「お前、仲間の方を警戒するとかどういうことだ」

 

「だって今までの前科が……」

 

「……」

 

 数々の心当たりがあるため無言で視線を逸らす。

 そんな二人を無視してラナーは今後の計画の話を進める。

 

「では、建国させる方向でいくのですね?」

 

「ああ。やはりあれだけ力のある勢力が表舞台に出てこないはずがないからな。ならばこちらである程度誘導した方がいい」

 

「初会合が上手くいったことで、想定していたプランの一つでいけそうですね。異邦人たちの転移場所がリ・エスティーゼ王国の領土というのも好都合です。好き放題できますから」

 

「相変わらず自分の生まれた国にも容赦のない奴だな」

 

「あら。ドラウ様もそう思っているでしょう?」

 

「まあそうだがな」

 

「……ラナーはそれでいいのかい? 君はあの国の王女だろう?」

 

「いまは竜王国の女王専属の参謀ですわ。もはやあの国に未練はありません。お父様やお兄様の命が助かればいいなくらいは思いますが」

 

 本来の時間軸のラナーであれば、親兄弟の命など完全にどうでもいいとしていたが、この世界の彼女は多少なりとも肉親への情を残していた。もっとも、一般的な人間に比べればずいぶんと薄いものではあったが。

 

「そうか。まあ私が口出しすることでもないか」

 

「私は国が亡ぶなら為政者は責任を取るべきだと考えている。だが、力不足とはいえランポッサⅢ世は善政を目指していた。死以外の結末があってもいいとは思う」

 

「ドラウ様はなんだかんだでお優しいですね。お父様たちを助けてくれるのですか?」

 

「確約は出来ないが、善処はしよう」

 

「十分です。ありがとうございます」

 

「一つの国が終わり、新たに生まれるのはぷれいやーによる国家か……」

 

 ツアーがポツリと呟く。おそらく六大神がスレイン法国の建国に協力した時代を思い出しているのだろう。

 

「不満か? ツアー」

 

「いや……それで彼らに一定の抑制が効くのであれば、選択肢としてありだと思うよ。後はどんな国になるかだね。正直、スレイン法国が今みたいな人間至上主義の国になるまで放置したのは失敗だったと思っているから」

 

「今以上に人間種が追い詰められていた時代故、あのような方針となった法国の事情も分かるがな。もっとも、異形種が中心のアインズのギルドはそうはならんだろう」

 

「そうだね。配下のアルベドを見て少し不安になったけど、ギルド長は話の通じる相手で良かった」

 

 アルベドも対応を間違えれば地雷だが、ナザリックには他にも大規模な地雷が山ほど潜んでいる。あの場にいたもう一人がナザリックの良心であるセバスだったのは幸運であった。

 

「そういえば、会談の最後にイビルアイ(キーノ)が言っていたあれは何だったんだろう?」

 

「アインズに会ったことはないかと聞いていたあれか」

 

「おや? そんな会話があったのですか?」

 

「ああ。とはいえ、結局、気のせいだったということになったが」

 

「見た目が似ているのは六大神のスルシャーナだけど、彼女が生まれる前に八欲王に殺されているはずだからね。やはり何かの勘違いに過ぎないのかな……?」

 

「うむ……」

 

 ドラウディロンには思い当たる可能性があったが、説明のしようがないので黙っているのだった。

 

 

ーーーー

 

 

「ここが竜王国か」

 

 アインズ・ウール・ゴウンは錚々たるメンバーを引き連れて竜王国王都への街道を進んでいた。

 階層守護者であるシャルティア、コキュートス、デミウルゴス。そして守護者統括アルベド。

 あまり相手を威圧しないようにと少数精鋭で来ているが、ここの手勢だけで並みの国家を滅ぼすに余りある戦力といえる。

 

 彼らは女王ドラウディロンに用意してもらった竜車――ドラゴンが馬の代わりを務める車――にてのんびりと移動している。転移や飛行を使わないのはアインズが景色を楽しみたかったことと、直に地形を確認する為という趣味と実益が理由だ。

 

 

「のどかな風景だ……」

 

 ――竜が引く車に乗っての旅行などまさに異世界だなあ。もっとも普通の馬車ですら元いた世界では乗る機会などなかったけど。

 

 満足気に窓から見える風景を眺める主を見て、デミウルゴスも頬を緩める。

 

「王国や帝国と比べれば、やはり国家としては小さいようですね。アインズ様」

 

 用心深いギルド長はここに来る前に簡単に周辺国家に偵察を送っていた。短期間の調査だったが町並みからどの程度栄えているかくらいの情報は掴んでいる。

 

「そうだな、デミウルゴス。だが国名の通り、ここにはドラゴンがいる。国家規模以上の戦力があると見るべきだろう」

 

「たしかにドラゴンだけは油断が出来ません。この乗り物を見ても、竜王国が多数のドラゴン種を従えていることを表しています」

 

「ゴーレムやアンデッドに引かせる案なら考えたが、ドラゴンに馬の真似をさせるとは贅沢な使い方だ」

 

「乗リ心地モ悪クアリマセンナ。ナカナカノパワートスピードデス」

 

「ビーストテイマーのチビ助(アウラ)が聞いたら悔しがりそうでありんすね」

 

「それは仕方ないわ。ナザリックの防衛を考えたら、全員を連れてくるわけにはいかないもの」

 

「やはり、アウラとマーレに来てもらった方がよかったんじゃないかな? アルベドは前回もアインズ様に同行しただろう?」

 

「いいえ、ダメよ! イビルアイ(あの女)がいるところに私がついて行かなくてどうするのよ!」

 

「そうでありんすよ、デミウルゴス! 一発、ガツンと言ってやるために今回はわたしも絶対にいくでありんすよ!」

 

「そうですか……」

 

 最初はナザリック防衛の指揮官であるデミウルゴスが外出するなら、アルベドは待機という方向で話が進んでいたが、絶対についていくと彼女が駄々をこねたので、結局このメンバーで行くこととなっていた。

 

 ――大丈夫かな、こいつら。置いて行ったら何をするか分からないから同行を認めたが、頼むから問題を起こすなよ。

 

 アインズは不安だった。

 

 

 

「竜王国へようこそおいでくださいました。皆さまを歓迎いたします」

 

 黒竜城の入り口で一行を出迎えるのはリザードマンの門兵たち。

 

「歓迎に感謝する」

 

 アインズパーティーが変装も無しで王国や帝国を闊歩していたら騒動になっただろうが、竜王国の民たちは女王の奇行で調教されている慣れているので、明らかに異形種の一行が国内を歩いていても騒ぎはしない。

 特に王城にはドラゴンやアンデッドなども平然と出入りをしている上、異形種や亜人種の兵もいるので環境としてはかなりナザリックに近いものとなっている。

 

 ちなみにしもべたちは普段の格好のままだが、念のため、アインズは仮面とガントレットを付けている。

 

「ふむ……。国家の中枢たる王城に亜人種を採用しているのだな。やはりドラウディロン殿が純粋な人間ではないゆえか」

 

「その通りです。アインズ・ウール・ゴウン様。女王陛下は種族の垣根なく、国に招かれています。我々の部族もトブの大森林を探索していたあの方と出会い、雇っていただくこととなりました」

 

 他国の要人を出迎える場合、異形種や亜人種にはリザードマン、人間種には同じ人間の門兵が対応することとなっている。

 

 

 

 王族用の貴賓室に到着した一行をドラウディロンが出迎える。

 

「遠路はるばるよく来てくれた、アインズ殿とそのお仲間たち。我が国は貴方たちを歓迎しよう」

 

「こちらこそお招きありがとう、ドラウディロン殿。貸していただいた竜車の乗り心地も快適だったよ」

 

「それは良かった。まだあれは数が少ないのだが、いずれは我が国の目玉の一つにしようと考えている」

 

「ほう……。たしかに普通の人間国家では用意できないだろうな。どれだけの大金を積んでも手に入れようとする者は後を絶たないだろう」

 

「ふふふ……そうだろう?」

 

「私も欲しいくらいだよ」

 

「お土産に一台プレゼント……と言いたいところだが、先程も言ったように数が少ないのでな。それは今日の話次第で考えるとしよう」

 

「ふ……なかなか商売上手だな」

 

 和やかに会話をするドラウディロンとアインズ。

 主が他の女と仲が良さげにするほど、アルベドとシャルティアの不機嫌度は徐々に上がっていく。もっとも、この二人の機嫌は同席するイビルアイを見つけたときからマイナスで始まっているが。

 当然、それに気が付いているデミウルゴス。主が楽しげなのは大変良いことだが、反比例して二つの爆弾のボルテージが上がっていくことに困り顔だ。やはり置いてくるべきだったか、と考えているのだろう。

 

「ドラウディロン殿。そちらの女性はカルネ村には来ていなかったな?」

 

 アインズがラナーの方を見て問いかける。

 

「紹介が遅れたな。彼女はラナー。私専属の参謀だ」

 

「ラナーと申します。お会いできて光栄です。アインズ・ウール・ゴウン様」

 

「うむ。今日はよろしく頼む」

 

 ドラウディロン側はラナー以外にツアー、フールーダ、イビルアイが同席する。政治的な話になりそうなので、番外席次やブレインは興味がないとして別室で休んでいる。

 このメンバーだとイビルアイが浮いているような気もするが、彼女の生まれは亡国の第一王女であり、政治的な話も問題なくついていける。

 

 

 

「なるほど。最終的には建国を考えているのか」

 

 会談は進んでいき、アインズ側は仲間を探すためにアインズ・ウール・ゴウンの名を世に知らしめたいという考えを話していた。さすがに世界征服という単語は出していない。

 

「ああ。とはいえ、そう容易くないことも理解している。このもらった地図を確認すると、ナザリックのあたりはリ・エスティーゼ王国の領土らしいしな」

 

「そうだな。なので、どこかの国を後ろ盾として土地を手に入れるのが無難だろう。順当にいけば拠点のある王国になる。となれば手がないでもない――」

 

 地図を広げながら意見を交わす二人に吸血鬼の少女が声をかける。

 

「アインズ様。土地が無いのであれば奪えばいいのではありんせんか? 例えば、この竜王国などどうでしょう」

 

 シャルティアが竜女王に向けて挑発的な笑みを向ける。

 アホの子がうっかり挑発してしまったのはアルベドへの妻発言で微妙に好感度が下がっていたからである。

 

「ふ……。出来るものならやってみるがいい、小娘」

 

 ドラウディロンも余裕の笑みを浮かべながら、吸血鬼に挑発を返す。

 

「……」

「……」

 

 こちらから手を出すなと厳命されているシャルティアも、この場でのホスト役の竜女王も本気でやり合う気はないのだろうが、周りの者たちは気が気でない。

 

「お、おい、シャルティア……(え? なんでこの子、いきなり挑発を始めちゃってるの?)」

「お、落ち着いて、ドラウ……(え? なんでこの女王、ためらいなく挑発で返してるの?)」

 

 本人たちでなく、その主と相方が無いはずの胃を痛めている。(ツアーは本体にはあるが)

 互いがそれに気が付いたのか、目線を向け合う。

 

「(苦労してるようだな)」

「(そっちもね)」

 

 出会ってさほど経っていない二人だが何故だかアイコンタクトが通じている。

 

 

 無言で睨み合う二人に空気が張り詰めるが――

 

「シャルティア。じゃれ合いはそのへんにしておけ」

 

「申し訳ありません、アインズ様」

 

 主の制止により素直に引きさがる。

 

 同じく白銀の騎士も仲間に苦言を呈す。

 

「ドラウも頼むから冷や冷やさせないでくれ」

 

「はっはっは。すまないな、ツアー」

 

 

「さて、話が中断してしまったが、先程ドラウ殿は土地を手に入れる手段があるようなことを言っていたな?」

 

「ああ。ナザリックのあるあたりはリ・エスティーゼ王国でも辺境だ。上手くすれば割譲させることも可能だろう」

 

「金で買うということか?」

 

「それも一つの手だ」

 

「ふむ……。たしかに悪くないが、聞いている王国の内情から考えれば、貴族たちが反対するのではないか?」

 

「そうだな。上手く交渉が進んでも、本来の土地の価値以上に吹っ掛けてくるだろう。……ここからは私の独り言だが」

 

「ん?」

 

 唐突に妙なことを言い始めた女王。

 

「リ・エスティーゼ王国は国家として末期。放っておいてもバハルス帝国にあと数年で併合されるだろう。ならばどこかの力ある勢力が欲しいだけ分捕っても末路は同じだろうな」

 

「むお……!? 国家元首としてその発言は大丈夫なのか?」

 

「私の独り言がどうかしたのか? 単に周辺国家の情勢を呟いただけだが」

 

 目の前で堂々と危ない発言をしておきながら、まったく悪びれない女王。

 

「……」

 

 ツアーは無言で話の成り行きを窺っている。

 

「だが大義名分はどうする? こちらから仕掛けてしまえば、他国や私たち以外のプレイヤーに言い訳できんぞ」

 

「ご安心ください。それについては考えがあります」

 

 ラナーが挙手をして発言をする。

 

「まずゴウン様たちは王国に転移事故で拠点ごと移動してきたこと、そのため、周辺の土地を購入したいことを申し出ます。しかし、これは先程の話の通り、貴族たちの妨害で拒否されるでしょう」

 

「うむ……」

 

「ポイントは交渉時に莫大な資金、豊富なマジックアイテムなどを見せつけておくこと……これだけで連中は勝手に食いついてきます」

 

「交渉が決裂することは確実。その後、王国側の貴族、もしくは第一王子あたりが見せつけられた財を難癖付けて取り上げようとするわけだ。たしかにそれなら先に手を出したのは王国側という形にできる」

 

「はい。そうなることは間違いありません。彼らの行動は私が誰よりも分かっています。それに、万が一交渉が成立してもそれは妥当な価格で土地が手に入るということなので悪くはありません」

 

 竜女王の補足にはっきり頷くラナー。王国の元王女だからこそ言葉には説得力がある。

 

「まあ、まさかそこまで愚かなのですか!」

 

 アルベドが信じられないと、しかし同時になんと都合がいいと表情に滲ませる。

 

「素晴らしい。これならナザリックの建国も想定より早く出来そうですね」

 

「本当ね、デミウルゴス。あとは――女王陛下。王国、そして帝国との橋渡しはやっていただけるのかしら?」

 

「ああ。それは私に任せてもらおう。王国との関係はよくないが、交渉の場を設けるくらいは出来る。そして、帝国皇帝との関係は良好だ」

 

 女王自身はわりと本気でそう思っているが、いまだにジルクニフの嫌いな女ランキングで単独トップはドラウディロンである。

 

「話が早くて助かるわ」

 

 ギルド長を放置して頭脳派のしもべが容赦なく話を進めていく。当然ながら二人はアインズも同じ考え、どころか一手も二手も先を読みつつ、任せてくれていると考える。実際のところは展開が急すぎて止めるタイミングが無いだけなのだが。

 

「(ちょっと待て、話が急すぎるだろう。ええと、周辺国家の情勢を整理すると……ナザリックは王国の土地が欲しい。帝国は王国の領土を狙って戦争準備をしている。竜王国は帝国と仲良しなのでナザリックを紹介してくれる。つまり……俺たちは帝国に協力して王国と戦争する? その大義名分として先に王国に手を出させる、こういうことか?)」

 

 デミウルゴスたちが所々省略して会話しているので分かりにくいが、アインズも方向性が理解できている。シャルティアとコキュートスは詳細は分からないながらも、何となく戦いの予感を感じて笑みを浮かべている。

 

「フールーダはどう思う?」

 

「私は賛成しますぞ。帝国は王国領土が手に入り、王国の民も圧政から逃れられる。困るのは愚かな王国貴族だけでしょう。ジル――皇帝ジルクニフも喜びます」

 

「それは良かった」

 

「私も反対はしないが、王国にもまともな貴族はいる。そういう者たちを助けることは出来ないか?」

 

 その数少ないまともな貴族であるラキュースがパーティーにいるイビルアイが方針の修正を希望する。

 

「我が国であればラナーやレエブン侯のように受け入れてもいいぞ。まともな為政者は竜王国としても歓迎する」

 

「ほう。さすがに権力を完全に掌握しているだけあるな、ドラウ。王国だとそんな簡単に亡命者の受け入れなど出来んぞ」

 

「このスピーディーさが専制君主制の利点だからな」

 

 

「(これは問題ないのか?)」

 

「(そうだね……まあ、やり過ぎない範囲であればいいんじゃない?)」

 

 目線で尋ねるアインズに同じく返すツアー。

 

 基本的に人間国家同士の戦争に竜王が関与することはない。そこに漁夫の利でナザリックが王国の土地を奪ったとしても、その程度のことであればツアーも邪魔する気はなかった。

 

「ふむ……」

 

 ――なら帝国の勝ち馬に乗るというのは悪くないか。だが、王国の戦力が未知数だ。ナザリック側に犠牲は出したくない。冒険者は戦争に参加しないらしいが、王国の正規兵にも強者はいるだろう。女王に聞けば教えてくれるだろうが、裏付けを取るために情報収集は必須だな。

 

 結局、アインズを含めて反対する者は皆無であった。この時点でリ・エスティーゼ王国の命運は決まったといえる。

 

 方針が定まり、会談が一段落したことで、やや気が抜けるアインズ。そこでふと何かを思い出したのか、おもむろに仮面を外して彼女――イビルアイの方を向く。

 

「あ……」

 

 その骸骨の顔を見て何か言いたげになるイビルアイだが、結局何も言わずに自分も仮面を外す。

 

「……」

 

「……」

 

 互いに無言で見つめ合い、しばしの時間が流れるが――

 

 ガタッ

 ガタッ

 

「アインズ様。少々、失礼いたします」

 

「私も失礼しんす、アインズ様」

 

 突然、アルベドとシャルティアが二人して席を立つ。

 

「? ああ、よかろう」

 

 謎の行動を疑問に思うが、許可を出すアインズ。

 

 ガッ!

 

「え?」

 

 二人は凄い勢いでイビルアイのもとに辿り着き、左右から彼女の両脇を抱え上げると部屋の外に連れて行った。

 

「ちょっ、二人とも! どこに……いえ、なにをしに行くのですか!?」

 

 爆弾二つが起爆しようとしていることを見たデミウルゴスも慌てて立ち上がる。

 

「アインズ様! 私も失礼いたします! コキュートス、手伝ってください!」

 

「ウム! アインズ様。私モ失礼イタシマス」

 

 

 

「――小娘が――身の程を――」

「――いい雰囲気を――作ってんじゃ――」

 

 物騒な会話が部屋の外から漏れ聞こえてくる。

 そこに急行する守護者二人。

 

「――悪魔の諸相:豪魔の巨腕!」

 

 デミウルゴスが腕を巨大化させる声が聞こえる。

 悲しきことに彼の異世界で初の戦闘スキルは仲間の制止に使われた。

 

 

「……さっそく仲良くなって何よりだ」

 

「……そうだね」

 

 あらぬ方を向いて聞こえないふりがしたいアインズとツアー。

 フールーダとラナーは我関せずだ。

 

「言ってる場合か。いくぞ、アインズ殿」

 

「あ、ああ。そうだな、イビルアイ嬢が心配だ」

 

 この後、二人の加勢でアルベドとシャルティアは鎮圧されるのだが、わざわざ愛するアインズが助けに来たという事実が、ますますイビルアイへの敵対心を強めることとなった。




・次回 みんなで帝国に行こう。

ド「ジルクニフのやつ喜ぶぞ」
ジ「嫌な予感がする……!」


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