竜の群を束ねる女王がドラゴンより弱いとでも思ったか 作:Amur
ナザリック地下大墳墓――
「……というわけでアルベドとシャルティアはバハルス帝国に行くメンバーに加わることは出来ません」
メガネを光らせながらデミウルゴスが二人に沙汰を伝える。
「そんな! 私たちはアインズ様のために行動しただけなのに!」
「横暴! 横暴でありんすよデミウルゴス!」
「黙りなさい。この決定はアインズ様に了承いただいています」
その言葉に愕然とする二人だが、すぐに激しく喚き出す。
アルベドは頭を両手で抱えていやいやと振り、シャルティアは両膝を地面に付いてバンバンと拳で床を叩いている。
「そんな! 何故なのですか、アインズ様!」
「うあああああ~! なんという悲劇でありんすか~!」
「アインズ様のためと言っていますが、私からは単なる嫉妬に見えました。しばらく頭を冷やすといいでしょう」
普段はナザリックの仲間にとても優しいデミウルゴスだが、大事な会談をあやうくぶち壊すところだった二人に流石に怒っていた。
「帝国には前回留守番だったアウラとマーレに来てもらうことになります。私も同行するので、共にアインズ様のために頑張りましょう」
「はーい! 頑張ります! 楽しみだなあ、アインズ様とのお出かけ」
「ぼ、僕もアインズ様のために頑張ります」
第六階層守護者を務めるダークエルフの双子、アウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレは主との外出に嬉しさを隠せない。
「デミウルゴスは前回の竜王国も行ったでしょ!」
「そうでありんす! ずるいんじゃありんせん!?」
「たしかに私だけ二国続けて行くのは心苦しいですが、アインズ様が是非私もと望まれましたので、行かないという選択肢はありません」
「くうぅ~!」
「なぜデミウルゴスだけ……!」
納得いかない様子の二人だが、傍から見れば妥当な判断である。
彼が重用されるのはその有能さだけでなく、いまも喚いている
パンドラズ・アクターを同行させるという手もあるが、黒歴史をナザリック外に出す踏ん切りがまだつかなかったため、アインズは今回の頭脳担当にもデミウルゴスを抜擢していた。
ーーーー
バハルス帝国――
「喜べ、ジルクニフ! バハルス帝国がリ・エスティーゼ王国を併合するときがやってきたぞ!」
「は?」
唐突なドラウディロンの言葉に思わず馬鹿を見るような目を向けてしまう皇帝ジルクニフ。
ちなみにそれなりに長い付き合いになってきた二人は名前で呼び合うようになっている。
「ドラウディロンが予想外のことを言いだすのはいつものことだが、今回は内容が物騒だな」
「よいではないですか、陛下。元から帝国は王国への領土的野心を隠していないのですから」
同席するフールーダが女王の発言に追従する。
貴賓室で行っている会談だが、竜王国側に女王ドラウディロン、そして竜王国魔法省特別顧問としてフールーダが座っている。
この魔法爺が帝国側に座っていないことに当然ジルクニフは怒っているが、そこを突っ込んでもいなされるだけなので黙っているのだった。
皇帝の後ろには四騎士の一人であるバジウッド・ペシュメル、秘書官のロウネ・ヴァミリネンも控えている。
「まあ、そうだがな。だが、何故そんなことを……いや、待て。まさか例の連中か?」
「察しがいいな。以前に話したプレイヤーたちだ。先日、竜王国で会談を行ってな。やはり危険な力を持っているが、トップは話せるやつだった」
そしてドラウディロンは会談の内容を詳しく伝える。
「――なるほどな。王国の辺境を手に入れるため、そのナザリックとやらは帝国に協力すると」
「都市の一つや二つは欲しがるかもしれんが、その程度であれば悪くないだろう。なにせ、連中がいれば帝国は一兵も損なうことなく、王国に勝てるのだからな」
「……そこまでなのか? 王国にはガゼフ・ストロノーフもいるんだぞ。あいつには帝国騎士の頂点に立つこのバジウッドでも勝てない。そうだな?」
「そうですね。王国戦士長殿の武勇伝が本当なら俺では勝てんでしょう」
四騎士筆頭のバジウッドが素直に認める。
「ギルド拠点には怪物が大勢いるが、普段表に出る者たち(守護者とプレアデス)だけでもガゼフより強いのが10人以上いる」
「……ふう。非常に信じ難いが、お前が言うなら、そうなんだろうな」
「話が早くて助かるぞ。これが王国での会議だったら、おそらく信用を得られずに話が進まなかっただろう」
「王国貴族より優秀と言われてもまったく嬉しくないぞ」
凄く嫌そうな顔をするジルクニフ。彼からすれば比較対象のレベルが低すぎた。
皇帝があっさり信じた話の内容にバジウッドとロウネは顔を青くしている。
「王国に先に手を出させて大義名分を得ます。これで他国、さらに他にプレイヤーがいても、ナザリックは反撃しただけと言い訳ができるわけです。私はこの方針で問題ないと考えますが、陛下はいかがですか?」
「ああ。私も良いと思うぞ。協力関係を結ぶ我が国や竜王国にも好都合だ」
「仮にナザリックが先に手を出してしまうと、同盟する国にも非難の矛先が向かうからな。法国や聖王国あたりは怒りそうだ」
「ところで陛下。リ・エスティーゼ王国を併合した後は、どのように統治されるおつもりですか?」
「それは私も気になるな。帝国のように貴族の一斉粛清をするのか?」
「そうしたいところなのだが……あの広大な王国領土の大半が空白になるのはマズイ。帝国の国力では一気にすべてを支配しきれんからな。腹立たしいが、よほどのクズ以外はしばらく使わねばならんだろう。当然、税率を始めとした統治内容はこちらの指示に従わせた上でな」
「流石は陛下。賢明なご判断ですな」
後に王国貴族の領地の詳細を確認したジルクニフは、そのよほどのクズが過半数を超えていて頭を抱えることになる。
「そうなるとあまり優秀な人材は国外に流出しないかもしれんな。人材確保のチャンスだと考えていたのだが」
「いや、仮に帝国が好待遇で迎えるとしても、感情から支配を拒む者もいるだろう。そうして他国に流れる中に有能な者も一定数いるはずだ」
「ふむ……。ならば、それらの者たちは我が国で引き取りたいな」
「それは好きにするといい。帝国とナザリックの間を取り持つ竜王国にも旨味は必要だからな」
「うむ。そこは遠慮なくそうさせてもらう。あ、そうだ。ナザリックの対応マニュアルを作成したので、事前に読んでおいてくれ」
「対応マニュアル?」
「私も読みましたが、禁止事項が多いので注意が必要ですぞ。一言の失言で帝国が地図から消えることもありえますからな」
「……本当にそいつら話が通じる連中なんだろうな?」
フールーダの発言に非常に不安になったジルクニフはすぐに熟読しようと誓うのだった。
彼の心が休まる日はまだまだ遠い。
ーーーー
ナザリック地下大墳墓――
バハルス帝国に行くメンバーは決定したが、リ・エスティーゼ王国との交渉の方も進める必要がある。その人選もまた、すんなりとは決まらなかった。
「王国と土地を買うための交渉をするわけだが、さて誰が行くのがいいか……」
「アインズ様。王国側は国王が出てくるのでしょうか?」
アルベドから鋭い質問が飛ぶ。返答は予想出来ているが、彼女からすれば確認せずにはいられない内容だ。
「いや。ドラウディロンから国王のランポッサⅢ世に話は通してもらうが、直接交渉にあたるのは下位の貴族だろう。素性の知れない魔法詠唱者が辺境の土地を買いたいと言っても、国王や最上位の六大貴族がいきなり出てくることはない」
その言葉に、アルベドはやはりと頷く。表情には怒りがにじんでいる。
トップが出てこないと聞き、他のしもべたちも非常に不満げな様子だ。ナザリックが軽んじられていると考えているのだろう。
「そこで、まずはナザリックからの土産を渡す。我らからすればそこそこの金貨や宝石だが、この世界の者からすれば非常に価値のあるものだ」
「なるほど。それを見た欲深い上位貴族、もしくは王族は自らがより多くの利益を得られるように動くわけですか」
「その通りだ、デミウルゴス。交渉相手の地位は高いほど良い。もっとも、どれほどの大物が釣れるかは分からんがな」
「国王が出てこないのであれば、アインズ様が行かれる必要はありませんね。是非とも我らしもべにお命じください」
アルベドが恭しく頭を下げる。他のしもべたちにも目を向ければ、同じ考えであることが見て取れる。
「うむ。ではお前たちに任せよう。これを機にナザリックが異形種が大多数のギルドであることを公表する。とはいえ、まったく話が通じなくては問題なので、交渉に行くのは人間に近い容姿の者を中心とする。そして、戦闘になった場合を考慮して2人以上の100レベルがいることが望ましい」
はいはいはーいと手を上げてシャルティアが発言の許可を求める。
「その条件なら私が適任でありんせんでしょうか! 帝国行きは諦めましたが、王国との交渉には是非、わたしを使っていただきたいでありんす!」
「ふむ……。たしかに容姿と実力は先の条件を満たしているな」
「アルベドは竜王国の前のカルネ村でも少しやらかしたと聞いていんす。けど私はまだ失敗は1回です!」
「まあそうだな。一度目のミスは誰でもするミス。二度目のミスはケアレスミスか……」
アインズはじっと考え込む。
それを見てこれは脈があるかも、とシャルティアは目を輝かせる。
「……よかろう。お前に任せよう、シャルティアよ」
「おおお! ありがとうございます、アインズ様! 愛していますでありんすよおおおおお!」
思わず飛びつこうとするところをアルベドが押さえつける。
「あんた自分だけ抜け駆けしようなんて――!」
「ふっふっふ。おばさんは大人しく留守番しているでありんす」
「誰がおばさんじゃあああああ!」
「アインズ様。ご決定に異を唱えるつもりはありませんが、よろしいのですか? 彼女は竜王国でも勝手なことをしています」
デミウルゴスは不安を隠せない様子だ。
「うむ。先程も言ったが、一度目のミスは誰でもするミスだ。挽回の機会は与えてやるべきだろう。それに、王国に先に手を出させるため、適度に挑発して怒らせるのはありだ。それを考えれば、この役目は向いているかもしれん」
「それは確かに……」
――案外、オレがいない方が暴走しないかもしれないしな。
カルネ村や竜王国での会談を思い出す。
考えてみれば、二人が激高したのはアインズ絡みでのことばかりだ。
「とはいえ、フォローをする人員は付ける。セバス、そして戦闘メイドを数名だ」
「なるほど。それであればよほどのことがない限り、問題はなさそうですね」
こうしてリ・エスティーゼ王国に向かうメンバーも決定した。
ーーーー
バハルス帝国――
ナザリック一行は前回の竜王国行きと同様に、ドラウディロンに用意してもらった竜車にて帝国を訪問した。
メンバーはアインズ、デミウルゴス、アウラ、マーレの四人である。
双子は初となる主とのお出かけに大はしゃぎしている。ビーストテイマーであるアウラはやはり竜車が気に入ったようで、アインズは譲ってもらえないか女王に再度申し入れようと考えていた。
そして特に問題もなく帝国皇城での会談は始まる。
「ゴウン殿の提案はよく理解できた。双方……いや、三方共にメリットのある話だな」
「リ・エスティーゼ王国の土地が手に入るナザリックとバハルス帝国はともかく、竜王国にそこまでメリットがあるのかな? まあ、愚かな国家が消えるという意味ではそうかもしれんが」
疑問に思ったアインズがジルクニフに問いかける。
「王国が崩壊すればあの国に仕える多くの優秀な人間がフリーとなる。事前にそのことを知っていれば、上手く交渉し、それらを竜王国に招くことが出来る。そうだろう? ドラウディロン」
「うむ。ジルクニフの言う通りだ。もっとも、アインズ殿もそのくらいのことは分かった上で発言したのだろうが」
「その通りです、女王陛下。アインズ様は私たちにも理解しやすいようにあえて問いかけという形をとってくださいました」
デミウルゴスがすかさず補足する。まだアインズのことをよく知らない皇帝に、万が一にも主が侮られないようにフォローは欠かせない。
ジルクニフとしては二人が言うならそうなのか、程度で納得している。
「ありがとうございます。アインズ様」
「ぼ、僕たちのためだったんですね、アインズ様」
「う、うむその通りだ」
アウラとマーレが無邪気な感謝を向けてくる。
当然ながらアインズは肯定した。
帝国での会談はアインズ、ジルクニフの双方が拍子抜けするほど順調にいった。
事前にドラウディロンが帝国側に話を付けていたことに加え、ナザリック側に暴走する爆弾がいなかったことが大きな要因だ。デミウルゴスはもちろん、闇妖精(ダークエルフ)の双子も余計な口出しをするタイプではない。
交渉の結果、ナザリックは王国との戦争に協力すること、その見返りに都市エ・ランテルまでの範囲を領地としてもらうことが決定した。
ーーーー
リ・エスティーゼ王国・王都――
ナザリックと王国の交渉は王都に建つ、ある貴族の屋敷にて行われる。ここの主は六大貴族の一人にして王国で最も欲深い男、ブルムラシュー侯の派閥に属している。
ナザリックが転移してきた地域は国王ランポッサⅢ世の直轄領であるため、王としては信頼厚い者を派遣したかったが、そこで割り込んできたのが形だけは王派閥であり六大貴族の一人でもあるブルムラシュー侯だ。彼はアインズからの土産を見た途端、目の色を変えて是非とも交渉は自分にお任せくださいと強引に役目を奪った。
とはいえ、六大貴族である自分がどこの馬の骨とも知れない魔法詠唱者と直接会うのも体裁が悪いと考え、手駒の貴族を派遣したのだった。
ここまでの流れはアインズたちの目論見通りである。
「セバスたちもいるので問題ないとは思いますが、念のためにね」
バハルス帝国との会談が予想以上に早く終わったことで、デミウルゴスは王国との交渉場所に向かっていた。
時間的にまだ始まったばかりというところだろう。遅れて参加すると印象は悪いだろうが、彼はどうにも嫌な予感がしていたのだ。
王国に先に手を出してはいけない。ナザリックだけでなく、同盟を結ぶ竜王国やバハルス帝国にも迷惑がかかる。そのことはシャルティアにも十分に説明はしてある。いざというときの抑えとしてセバスにユリ、ソリュシャンもいる。
予定通りに交渉を進めた4人は自分を見て心配し過ぎだと呆れる。
そうなるはずだ――
デミウルゴスが指定された貴族の屋敷に到着したが、そこは不自然に静かだった。交渉開始が遅れ、まだ始まっていないにしても、人の声は聞こえるはずだ。
門番もおらず、出迎える人間もいない。
誰にも咎められず、デミウルゴスは応接室らしき部屋に足を踏み入れた。
まず目に入ったのは一面の血の海。
次にその中心に呆然と佇み、返り血で真っ赤に染まった吸血鬼。鮮血の戦乙女の二つ名に相応しい姿といえる。
そこには生きた王国の人間は一人もいない。
そうだったのだろうと思われる肉片は周囲に転がってはいる。
彼女はデミウルゴスの姿を認めると、泣きながら詫びてくる。
「デミウルゴス~。ケアレスミスでありんすうぅぅ」
見事に汚名を挽回したシャルティア。
それを見たデミウルゴスは、眼鏡を抑えるように手を顔にやり、悪魔でありながら天を仰いだ。
汚名挽回は誤用。そんなふうに考えていた時期が私にもありました。