竜の群を束ねる女王がドラゴンより弱いとでも思ったか   作:Amur

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戦争(前編)

竜王国――

 

 

 アインズはドッペルゲンガーと入れ替えた王国貴族(ボンモール男爵)から入手した情報を整理していた。ナザリックでやらないのは、デミウルゴスたちと内容を詰める前に、ドラウディロンを相手に予習しておきたかったからだ。

 ちなみに一人で竜王国に行く頻度が増えてきたので、アルベドやシャルティアのいけないメーターが溜まってきている。

 

「リ・エスティーゼ王国は二十万以上の兵を集めたようだ。帝国と比べてずいぶんと数が多い。まあ練度は低いようだが」

 

「王国軍の大半が徴兵された農民だ。個としての強さは帝国騎士に遠く及ばないゆえ、数を集めて対抗している」

 

「なるほどな」

 

「ほとんどの農民は戦争などしたくないだろうが、徴兵に逆らえば本人だけでなく、家族や村にも迷惑がかかる。従わざるを得んだろうな」

 

「彼らのほとんどが貴族たちに無理矢理戦わされている哀れな民か……」

 

 アインズは自身がかつて生きた世界を思い出していた。あそこでも戦争を起こすのは支配者たる富裕層だが、実際に命を懸けて戦うのは貧困層の者たちだった。

 

「どうするつもりだ? アインズ」

 

「戦場に出ている以上、命の奪い合いをすることは当然のことだ。だが、それによる責任は本来は戦争を始めた者たちが負うべきものだと思う」

 

「ああ。私もそう思う」

 

「だから私は戦争を始めた者として、同じく王国の支配者たちと命の奪い合いをしようと思う」

 

「ふふふ……。奪い合いになればいいがな?」

 

「まあ、一方的になってもそれはそれで仕方がない。それもまた戦場のことわりだろう」

 

「ああ。違いない」

 

 

ーーーー

 

 バハルス帝国――

 

 

 皇帝ジルクニフは秘書官のロウネ・ヴァミリネンと開戦前に最後の確認を行っていた。

 

「いよいよ王国との戦争が始まるな」

 

「はっ。そろそろ最終勧告が終わったころと思われます」

 

「しかし、陛下。まさか魔導王がアンデッドだったとは驚きましたね」

 

 帝国四騎士筆頭のバジウッド・ペシュメルが思い出したように話を振る。

 

「ああ。最初の会談では仮面で顔を隠していたからな。ドラウディロンやフールーダは知っていたようだが」

 

「アンデッドの王が治める国が隣国になって大丈夫ですかね?」

 

「アインズ自身は理知的な存在だ。それに高位アンデッドが人間と共存する例はある。例えは悪いが、王国の犯罪組織である八本指の幹部にエルダーリッチがいるらしいぞ」

 

「なるほど。まあ陛下が言えば帝国の民はそこまで反発しないでしょうが、法国や聖王国の連中は騒ぎそうですよ」

 

「そのあたりはドラウディロンが説得に回っていたな」

 

「説得(腕力)ですかい?」

 

「いや、普通に言葉で納得させたようだぞ」

 

 四騎士の一人にまで浸透している竜女王のイメージに苦笑する皇帝。

 

「とにかく今回の戦争は連中の戦力を見定めるいい機会だ。プレイヤーとやらの力を見せてもらうとしよう」

 

 現在は同盟関係にある帝国と魔導国だが、今後はどうなるか分からない。為政者として最悪を想定することは当然のことだった。

 

 

ーーーー

 

 

【カッツェ平野】

 

 

 緑がほとんどない赤茶けた大地。

 常に濃霧に覆われ、強力なアンデッドが多数出没する危険地帯だが、年に一度だけ霧が晴れる日が存在する。その日だけはアンデッドすら姿を消し、太陽の光が降り注ぐ。

 まるで平野そのものが、王国と帝国の戦争による多くの死を望んでいるかのように。

 

 そんなカッツェ平野に展開するリ・エスティーゼ王国軍の中央では貴族たちが開戦を前にして大いに盛り上がっていた。

 

「陛下。我が国の兵数は帝国の4倍近く。しかもこちらにはボウロロープ侯の精鋭兵団、そして周辺国家最強の戦士であるストロノーフ戦士長殿がおられる。これはもう楽勝です!」

 

「残念なのはジルクニフのやつがここにいないことですな」

 

「いや、まったく。もしノコノコやって来ていたらその首級を挙げてやったものを」

 

「はっはっはっは! 我らが王と違って偽帝のやつめは臆病ですからな!」

 

「うむ……。そなたたちの高い士気を心強く思う。あとは最終勧告を待つのみだな」

 

 楽勝ムードの側近たちを見据えて、ランポッサⅢ世が重々しく告げる。

 それを王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは無言で見ているが、突然強い殺気を感じて目を見開く。

 

「どうした? ガゼフよ」

 

「……陛下。少しだけ外の様子を見てきてよろしいでしょうか」

 

「ふむ? よかろう。そなたのことだ。何か考えがあるのだろう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 王の天幕から出てガゼフは周囲を見渡す。

 

「……あの殺気は俺にだけ向けられていた。しかも、どこかで覚えがある。あれは確か」

 

「覚えていてくれたとは光栄だ」

 

 横から掛けられた声に即座に振り向くガゼフ。

 天幕と天幕の間の死角。そこには一振りの刀を携えた剣士が立っていた。

 

「久しぶりだな。ガゼフ・ストロノーフ」

 

「お前――ブレイン・アングラウスか!」

 

 宿命の対決が始まる。

 

 

ーーーー

 

 バハルス帝国陣営――

 

 

 カッツェ平野を見渡せる丘陵地域に、バハルス帝国が数年かけて築いた駐屯基地が存在する。これはエ・ランテルへ攻め込むための拠点であり、今回の戦争で動員した帝国軍六万を全て収容できる巨大要塞である。

 

 その要塞から幾百もの黒い影がゆっくりと歩み出し、整列していく。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国に所属するアンデッド兵だ。

 

 中核をなすのは魂喰らい(ソウルイーター)に騎乗するデスナイトが300体。そして魔法の武器や防具を身に纏う強力なアンデッド、ナザリック・オールドガーダーが200体。

 ブルムラシュー侯の配下たちの死体を利用して兵を量産したが、開戦まで時間がなかった為、いくらかナザリックに元からいた戦力で水増ししている。

 

「う……」

 

 アンデッドが放つ死の気配に帝国騎士たちが恐怖に震える。

 

 だが、あくまでこれは見栄えのために用意した軍勢。主力は別にある。

 シャルティア・ブラッドフォールン、セバス・チャン、ユリ・アルファ、ソリュシャン・イプシロン、そしてアインズ・ウール・ゴウン魔導王本人。

 彼ら彼女らこそが魔導国の主力である。

 

 

 

「ふふ……あははははははは!」

 

 同じく帝国陣営の一角で、一人の少女がハイテンションで笑っている。

 彼女はセリーシア・ベイロン。またの名を“深淵を継ぎし者”ニニャ。

 

 本来は竜王国魔法省の所属だが、現在は人材交流にて帝国魔法省にも席がある。

 その二つ名から想像できるように、“深淵を覗きし者”フールーダ・パラダインの弟子にして後継者と目される非常に優れた魔法詠唱者だ。

 

「待った。待ちましたよ、このときを! 愚かなる王国貴族をこの手で粛清するときをね。リットン! ブルムラシュー!! ボウロロープ!!! 選り取り見取りとはこのことです!」

 

 そう。彼女は帝国魔法省所属という立場にて王国との戦争に参加する。他にも人材交流制度を利用した竜王国出身者の姿を多数、帝国側に見ることが出来た。

 始めは女王ドラウディロンもそこに交ざろうとしていたが、さすがに勘弁してくれとジルクニフに言われたので渋々、参戦を諦めた。

 

「王国貴族がドラウディロン女王陛下の顔に泥を塗ったと聞いた時には腸が煮えくり返りました。ですがご安心を! 王国への怒りはこのニニャが晴らして見せます。我が活躍をとくとご覧ください! ふはははははははっ!」

 

 普段の穏やかな感じからは想像もできないほどハイテンションなニニャに、帝国の魔法詠唱者たちは引く――こともなく落ち着いて控えている。

 

「さあ行きますよ、皆さん! 魔法を軽んじるリ・エスティーゼ王国に我らの力を見せつけてやりましょう!」

 

「はっ! ニニャ殿の御心のままに」

 

 深淵を継ぎし者の号令に元気の良い返事が返る。

 

「――見事に調教済み」

 

 同じく竜王国から派遣されてきているアルシェはやや呆れたようにその光景を眺めている。

 

「調教とは人聞きが悪い。帝国の方々にも竜王国式の鍛錬で強くなってもらっただけですよ」

 

「――それが調教……まあいい」

 

「少し表情が硬いですね。緊張しているんですか? アルシェ」

 

「――魔導国の軍勢を見た。精強な帝国騎士たちすら怯えている」

 

「そうですね。数百ものデスナイトに魂喰らい(ソウルイーター)。お師匠様が片手間に召喚するのに慣れていなければ、私たちもあの光景に吞まれていたかもしれません」

 

「――けれど女王陛下が言うにはあれは儀仗兵のようなもの。魔導王や側近は一人で魔導国全軍以上の強さらしい」

 

「ふふふ。確かに敵となればおそろしいですが、今日は味方です。頼もしい限りじゃないですか」

 

 この世界においては常識外れの戦力を見ても余裕を保っている。

 彼女たちが落ち着いているのは、偏にドラウディロンやフールーダへの信頼ゆえだ。

 

 

ーーーー

 

 

 戦争への参戦を諦めた竜王国女王ドラウディロンだが、特等席で観察するためにこっそりナザリック陣営に交ぜてもらっていた。鎧や兜も愛用のものとは変えて正体を分からなくしている。

 

「最終勧告が終わったな。さて、両軍のお手並み拝見」

 

「高みの見物とはいいご身分でありんすね、女王」

 

 まるでナザリックの一員のように馴染んでいるドラウディロンにジト目でツッコミを入れるシャルティア。

 

「見物くらいしかすることがないのでな。……ところでシャルティア」

 

「なんでありんすか? 女王」

 

 ドラウディロンが王国軍の中央付近、そこになびくある貴族の旗を指差す。

 

「あそこに見えるのが王国六大貴族の一人、ブルムラシュー侯の陣営だ」

 

「ブルムラ……それって確か」

 

「そうだ。ナザリックとの交渉を任されたボンモール男爵。それを指示したのが奴だ」

 

「!」

 

 その言葉にバッと勢いよく主の方を向くと、アインズは鷹揚に頷き許可を出す。

 

「うむ。王国との交渉では任務の完遂といかなかったが、シャルティアの努力は評価に値する。敢闘賞として鬱憤を晴らすことを許そう。そのために、あのときのメンバーを連れてきたのだからな」

 

「ありがとうございます! アインズ様!」

 

 喜色満面でお礼を言うシャルティア。

 

「――だが一つ条件がある。大多数の兵は貴族に使われる哀れな民だ。首魁や側近は好きにしてよいが、それ以外はなるべく無用な殺戮は避けるように」

 

「畏まりました。……女王もありがとうでありんす。いずれ礼をするわ」

 

「ふふ。まあ、気にするな」

 

「では行ってまいります!」

 

 

 ドンッ!

 

 

 恨みを晴らせる喜びと、屈辱を思い出して蘇る怒りに身を任せながら、紅い死神はブルムラシュー侯陣営に向けて飛び立つ。

 

「さて、私も予定通り動くとするか。お前たちもシャルティアのように行ってよいのだぞ」

 

 セバスたちにも好きにしてよいと告げるが、彼らは恭しく辞退する。

 

「ありがたき幸せ。しかし、我らにはアインズ様を守らせてください。その分、シャルティア様――いえ、シャルティアが暴れてくださいます」

 

「ふ……ならば護衛を任せよう。では、そろそろデスナイトたちを進ませるが、ドラウはどうする?」

 

「こいつらがいなくなったら流石に目立つな。私はここにいないことになってるから、適当に隠れておくさ」

 

「そうか」

 

 

ーーーー

 

 

 王国軍左翼の大将であるボウロロープ侯が率いる兵数は5万以上。これは王国全軍の1/5を超え、単に数だけであればこの戦争に動員された帝国全軍にも見劣りしない。王国内で最大所領の持ち主だからこそ揃えられる軍勢である。

 

「ボウロロープ侯! 敵方のアンデッド兵団500体が動き出しました! 進路は正面です! 帝国騎士団には動きがありません」

 

「なるほど。先にアンデッドを王国軍の中央に突っ込ませるか。悪くない手だな」

 

 物見からの報告に頷き、納得する侯爵。それに傍らのバルブロ王子は怪訝な顔をする。

 

「そうか? 無策に進んでいるだけのようだが。しかもたかが500だろう」

 

「たかが500とはいえ、一体一体の強さは農民が主体の王国軍より上でしょう。王国軍中央の隊列を乱し、いくつかの穴をあけることが出来るかもしれません」

 

「そうか。その隙を帝国騎士が突くわけか!」

 

「そういうことです。ですが、それを黙って見ていることはない。――我が勇猛なる兵士たちよ! 敵の狙いは王国軍中央だ! そこで我らはアンデッド共の横から突撃を敢行し、これを食い破る!」

 

「おおお! さすがは義父殿だ!」

 

 ボウロロープ侯の分かりやすい作戦に歓声を上げるバルブロ。

 

「この戦に大勝し、ボウロロープ軍こそが最強であると証明する。全軍前進! 帝国の狗どもに最初の鉄槌を食らわすのだ!」

 

「おおおー!」

 

 雄叫びと共に進軍を開始するボウロロープ軍。何万という人間が一つの意思の下、動くその様は圧巻であった。

 兵の強化に熱心なボウロロープ侯の手勢だけあって、中核となる精鋭兵団以外の練度もかなり高い。少なくともリ・エスティーゼ王国にこれ以上の戦力は存在しないだろう。

 

 

 アンデッドの群れにもうすぐで届こうかというところで、それは突然現れた。

 

 

「お前がボウロロープ侯爵か」

 

「――なっ!?」

 

 

 泣いているような怒っているような変わったマスクを付けた魔法詠唱者。傍には一人の執事と二人のメイドが控えている。

 突然の出現に驚いた兵たちだが、即座に冷静さを取り戻し、侯爵と王子を守るための陣形を取る。

 

「仮面を付けた大柄な魔法詠唱者……貴様はアインズ・ウール・ゴウンか!?」

 

「いかにも。初にお目にかかる。ん? 侯爵の隣にいるのはもしや」

 

「そうだ。私はバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。リ・エスティーゼ王国の次期国王だ。本来はお前のような下賤な者が会話できる相手ではないと知れ」

 

 その発言をアインズは気にしていないが、僕たちは目に怒りを宿して睨みつける。

 

「第一王子が危険な前線に出てくるとはな」

 

「ふん。この戦場において、ボウロロープ侯の傍ほど安全な場所はない」

 

「その通りです、殿下。……しかし、まさかたった四人で私の前に現れるとはな。くくく……これは王国貴族として詫びねばなるまい」

 

「詫び? ――意外だな。まさか、同僚の貴族がナザリックに攻め寄せたことを詫びるつもりとは。だが、それで私の怒りが」

 

「そうではない。貴様の小汚い墳墓などどうでもいい」

 

 ピクッ!

 

 仮面でアインズの表情は分からないが、明らかに空気が変わった。何より執事やメイドの顔は明確に怒りを表している。

 

「詫びるというのはブルムラシューの手勢の脆弱さをだ。思いがけずやつの兵1000人に勝ったことで勘違いしてしまったのだろう? 同じようにこのボウロロープの兵にも勝てるはずだと。事実上の王国軍のトップである私の首すらも取れると思い込んだのだ」

 

「……」

 

「だが、それは大きな間違いだ! 我が軍は王国最強の軍勢。ブルムラシューの手勢とはすべてが違うのだ。――皆の者、おそらくこやつらは矢を逸らす魔法を使っているはずだ。魔法の的にならぬよう、密集せずに近づき、接近戦にて討ち取れ!」

 

「はっ!」

 

「……ふう」

 

 相手のやり取りを黙って見ていたアインズは呆れたように溜息をついた。

 

「はっはっは! 矢を撃たせている間に、遠距離から魔法で攻撃する算段が崩れたな? 汚らわしい墳墓になど住む狂人め。貴様の首はこの私がもらったわ!」

 




ボウロロープ「飛んで火にいる夏の虫とはこのことよ」

次回 魔導王VS王国最強ボウロロープ軍。
(おそらく戦闘シーンはかなり省略)


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