竜の群を束ねる女王がドラゴンより弱いとでも思ったか 作:Amur
カッツェ平野――
ズシャッ! ドスドスドスドス!!
アインズの身体を兵士たちの槍が次々と貫いていく。ボウロロープ軍による前後左右からの一斉攻撃だ。
「ふ……所詮は魔法詠唱者。我が軍の精鋭にかかればこんなものか。少しはお得意の魔法で抵抗するかと思ったが、部下共々、反応すら出来なかったようだな?」
主人の盾になるかと思われたセバスやユリたちをちらりと見て、ボウロロープ侯は嘲笑する。
「はーっはっはっは! やはり口だけだったようだな! 何が魔導王だ。笑わせおって!」
バルブロ王子も勝利を確信して大笑いだ。
「侯よ。せっかくだからメイドたちは捕虜として連れて帰らぬか?」
「困りますな、殿下。いくら優勢とはいえ、ここは戦場ですぞ。捕虜を取るのにも色々と手間がかかるのです」
苦言を呈するボウロロープ侯だが、表情は完全には否とは言っていない。
「まあそう言うな。あれほどの美女をみすみす――」
ドオン!
バルブロが更に言い募ろうとしたとき、アインズを取り囲んでいた兵士たちが吹き飛んだ。
「どうした!? お前たち!」
「あ、うう……」
ボウロロープ侯が声をかけると吹き飛ばされた兵士たちはわずかにうめき声を出すのみ。アインズの方を見ると、まるでまとわりつく羽虫を払ったのように片腕を開いていた。
「……せめてもの慈悲としてしばらく好きにさせてやろうかと思ったが、あまりにも下劣。これ以上は聞くに堪えんな」
「き、貴様、何をした!?」
「見てわからんか? 腕で薙ぎ払っただけだ」
「ふざけるな! 魔法詠唱者にそんなことが出来るものか!」
怒鳴りつける声にはもはや返事をせず、一歩足を踏み出すアインズ。
それに対して反射的に下がってしまうボウロロープ侯。
「どうした? たかが魔法詠唱者に怯えているようだが」
「う……」
嘲笑にも顔を引きつらせるだけの侯爵に、バルブロ王子が焦って問いかける。
「こ、侯よ! 複数の槍で串刺しにされても生きているなど、あれはどんな手品だ!?」
「手品……」
わずかに考え込んだ侯爵はすぐにハッとして自らの考えを告げる。
「そ、そうです! あれは間違いなくマジックアイテムの力! 刺突など特定の攻撃を無効化するという非常に貴重なものを身に着けているのです!」
「なんだと!? では槍や剣では倒せぬのか! それに弓矢を弾く魔法も使っているとなると無敵ではないか!」
「いえ。ああいうマジックアイテムには回数制限があります。物量で攻め立てればいずれは限界が来るはず」
「そ、そうか!」
その希望的観測にオーバーロードは無慈悲な宣告をする。
「お前がそう思いたいのであれば好きにするがいい。さて、特に隠し玉もないようなのでそろそろ終わらせよう」
「なんだと!?」
「我が至高の力によってな」
アインズが腕を振ると、十メートルにも達する巨大な立体魔法陣が展開される。蒼白い光を放つ魔法陣には半透明の文字にも記号にも見える紋様が浮かぶ。
「――!」
魔法に詳しくないボウロロープ侯だが、何か途轍もない大魔法が発動されようとしていることだけは理解できた。すぐさま自慢の部下たちをけしかける。
「精鋭兵団! あの魔法を絶対に撃たせるな! やつの防御効果がなくなるまで攻め立てるのだ!」
「ははっ!」
魔法陣を完成させまいと斬りかかるが、その前に鉄壁の執事が立ち塞がる。
「アインズ様の邪魔はしないでいただきたい」
「そこをどけ、ジジ――ぐはあっ!?」
軽い掌底一発で仲間のところまで吹き飛ばされ、白目をむいて気絶してしまった。同じくユリとソリュシャンも別方向から来る兵士を軽々撃退している。
「ご苦労。セバス、ユリ、ソリュシャン」
――さて、ここまで堂々と超位魔法を発動しようとしているにも関わらず、阻止しようとするのはこいつらだけか。ならば王国軍の中にプレイヤーはいないな。
自らが囮になってまで懸念点を解消したアインズ。最後に戦場全体をゆっくり見渡したところ、それらに気が付く。
「ん?」
アインズの視線の先にはボウロロープ侯とバルブロ王子。
彼らは二人だけ馬を走らせ、戦場から離脱しようとしていた。
「侯爵! 攻撃を繰り返せばやつは倒せるのだろう? ここまで距離を取る必要があるのか」
「念のためです、殿下。万が一にも貴方や私が倒れるわけにはいかない」
兵たちには自信を持って命を下すように見せたが、彼の内心では不安が渦巻いていた。あるいはあの不気味な魔法詠唱者にはどんな攻撃も通用しないのではないか、という疑念が消えなかったのである。
「兵士に足止めさせて自分たちだけ逃げるか。王国の為政者としては当たり前の行動なのだろうが――不快だな」
そう呟くといつの間にか手に持っていた小さな砂時計を砕く。
発動時間を短縮するアイテムの効果により、超位魔法が即座に発動する。
<
ドグオオオオオオオオンッ!!!
それはまるで空そのものが落ちてくるかのような、超高熱魔法。
元より緑がほとんどないカッツェ平野だが、着弾地点は黒い地面へと変わり、一切の生者を許さない地獄となっていた。
ーーーー
アインズの超位魔法による超絶の一撃は、戦場のどこからでもはっきり見ることが出来た。
「これが超位魔法――! 知識として知っているだけと、直に見るのではやはり違うな。回数制限があるとはいえ、これを魔力の消費なしに使用できるとは凄まじいな」
竜王国女王、ドラウディロン・オーリウクルスは姿を隠しながら戦場全体を俯瞰していたので、その光景もよく見えた。
「どこもかしこも大慌てだな。あれを直接、軍の中央に撃ち込んでいない分、アインズの人間性もまだ維持されているか」
竜女王がチラリと見た王国の本陣は、直接被害を受けていないにも関わらず、蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。
ーーーー
王国本陣・ランポッサⅢ世の天幕――
超位魔法が大地を穿つ様を目の当たりにしたリ・エスティーゼ王国本陣の貴族たちは大混乱に陥っている。
「な、なななんだあれは!?」
「空が落ちた……」
「あれでは左翼軍に直撃しているのではないか!?」
貴族たちが騒ぎ立てる中、駆けてきた物見が国王に報告する。
「アインズ・ウール・ゴウンと思しき魔法詠唱者の一撃で左翼軍は崩壊! 残った兵士たちは潰走し、バルブロ殿下とボウロロープ侯は行方不明となっております!」
「なっ!?」
思わず立ち上がり瞠目するランポッサⅢ世。
だが悪い知らせは続く。
「報告します! 敵方のアンデッド兵団が王国軍と戦闘を開始しましたが、その戦力圧倒的であり、わずかも勢いが衰えません!」
「なんだと? アンデッドどもはたかが500体のはず! こちらは中央の軍だけでも10万以上だぞ!?」
「そ、それが……槍も矢もあらゆる攻撃が通用しないのです。アンデッド兵団500は1体も欠けることなく、本陣に迫りつつあります」
「アインズ・ウール・ゴウン魔導王……。これが皇帝ジルクニフが戦争を決断した理由なのか。何という圧倒的な力……」
国王は力なく玉座に座りながら、呆然とするしかなかった。
ーーーー
王国軍中央に布陣していたある貴族は一目散に戦場から離れようとしていた。
「子爵様! 勝手に持ち場を離れてしまっては陛下に!」
「馬鹿が! 先程の魔法を見ておらんのか!? あんなものを放つ化け物がいる戦場になど一刻たりともいていられるか!」
「そ、それはそうですが、敵前逃亡は……」
「そんなもの後からいくらでも言い訳が出来るわ! それよりまずは安全な場所まで」
ドウン!
一目散に逃走する王国貴族の前に、一頭の
「ド、ドラゴン!? 帝国軍が使役する魔獣がもうここまで――!」
怯える王国貴族。
王国内、とりわけ自らの領地では絶対者として振舞えた権威もドラゴンには何の意味もない。それを理解する彼の顔は絶望に染まるが、竜の背から一人の少女が降りたことで虚を突かれたような顔になる。
「どこに行くんですか? 王国貴族の方。行き先が違いますよ」
少女はにこやかに問いかける。一瞬、ここが戦場だと忘れてしまうくらい彼女は楽しそうに笑っていた。
「貴様――いや、貴女はバハルス帝国の魔法詠唱者だな?」
「ええ、今はそうです。私はニニャと申します」
「私はリ・エスティーゼ王国のアネイル子爵だ! 取引がしたい!」
「おや、取引ですか?」
両手を下げて聞くそぶりを見せるニニャ。その姿に希望を見出した王国貴族はさっそく自身の望みをまくし立てる。
「そうだ! 私は捕虜にはなりたくない。そこで取引だ。帝国に対してではなく、貴女個人に望むだけの金銭を支払おうではないか」
「……」
「悪い話ではあるまい? 一介の魔法詠唱者が一生かかっても稼げないだけの金が手に入るのだ」
「……良かった。安心しました」
「ふふふ。私が貧乏貴族ではないと知ってかね? 心配はいらない。金などいくらでも領地から入ってくるのだからな。今回の取引分も税に上乗せして平民に出させれば済むことだ」
濁った眼でニニャを見て笑う子爵だが、すぐに驚愕で目を見開く。
ニニャの両手がバチバチと音を立てて電撃を纏っているからだ。
「ま、待て! 何をする気だ!?」
「安心したのはあなたが典型的な王国貴族だったからです。そして最初に言いましたよね? 行き先が違うと」
「な、なに――」
<
ニニャの手から放たれた電撃が空を駆け、アネイル子爵に襲い掛かる。
「ぎいやあああああああああああああああああ!!!」
白い雷撃に飲み込まれ、一瞬で全身が焼き尽くされる。目や口から白煙を登らせて倒れる子爵。第5位階魔法の直撃を受けて即死してしまった。
「――私が案内するのは“地獄”。そこ以外ありませんよ」
「う、あ、ああ……」
彼らにとって絶対の支配者であった子爵を一撃で葬った魔法詠唱者。その光景に残った兵たちは震えて動けない。
「さて、貴方たちはどうしますか? 敵討ちを望むなら相手になりますが」
彼らにもはや戦意はなく、皆その場から動こうとしなかった。
「……戦う気がないならかまいません。好きに逃げてください。敗戦を察して自分だけ助かろうとする貴族が多いようなので、私は忙しいのです」
そう言うとニニャはさっと竜の背に乗り、声をかける。
「ではお願いしますよ、トランジェリット」
「承知した」
そうして恐るべき魔法詠唱者は颯爽と飛び去って行った。
次なる
ーーーー
その天幕付近に立っている者は二人しかいない。ほとんどの人間は立ち上がることも出来ないほどに痛めつけられている。だが、不思議と重傷止まりであり、死んでいる者はいないようだった。
「あ、う……ああ……」
その立っている二人のうちの一人、ブルムラシュー侯は震えていた。
「これで手下は全滅でありんすね。自慢の近衛という割には雑魚もいいところ。血の狂乱が発動しないよう手加減するのが大変だったわ。さて……私にこれ以上ない屈辱を与えてくれたお礼をするとしましょうか」
護衛を無力化したシャルティアはメインディッシュをいただくかのように舌なめずりする。
「ま、待て、いや待ってください!」
「ん?」
ブルムラシュー侯の必死の制止の声に、こてんと可愛らしく首をかしげる吸血鬼。
「私は王国で最も財力がある男です! 金貨でも宝石でも貴女の望む物は何でも差し上げましょう! ですから――」
「何でも。本当にわらわが望むモノは何でもくれるでありんすか?」
「もちろんです! 私は約束を守ることに定評のある男ですから!」
ここが勝負どころだと見た侯爵は力強く肯定する。
「なるほど。ではさっそくいただくとするでありんす」
「やはり宝石ですか!? 手持ちにもいくらかはありますぞ。貴女ほどの美貌であればさぞ似合」
ボッ!
最後まで言う前に何かがブルムラシュー侯の左横を通過した。
「……?」
彼がそちらの方を見るとあるべきものがなかった。
「まずは左腕でありんす」
シャルティアの方に向き直ると、そこにはランスの先端に千切られた左腕が刺さっていた。
「ギャアアアアアアアア!??」
片腕を千切られた痛みを自覚して悶絶するブルムラシュー侯。あまりの激痛に地面を転がるが、鮮血の戦乙女に慈悲はなかった。
ボッ!
「あぎゃあああああああ!!!」
今度は右腕が切断され、ランスの先端に突き刺さる。
「何でもあげるとは気前がいいでありんす。では次は右足をいただくとしましょう」
ボッ! ボッボッボッボッボッ!
しばらくその天幕からは何かを貫く音と、一人の男の悲鳴だけが響き渡ることになる。
ブルムラシュー侯はシャルティアとの約束を完璧に守り、彼女の望むすべてを差し出したのだ。
ーーーー
ランポッサⅢ世の天幕からやや離れた場所にて二人の戦士が激突していた。
「はあっはあっ」
「……」
息を荒らげているのが王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。
一方、呼吸一つ乱れずに相手を見据えているのはブレイン・アングラウスだ。
「ふ、ふふふ……」
「なにがおかしい? ストロノーフ」
明らかに劣勢なガゼフだが、笑みを浮かべる姿にブレインは眉を寄せる。
「いや、なに。いずれは俺を超えるだろうと思っていた相手だが、それが予想以上に早く、しかも圧倒的な差をつけられて笑わずにはいられなかった」
「ほう。そんな風に見てくれていたのか。目標としていた男にそこまで評価されるとは素直に嬉しいね」
「お前になら今すぐにでも俺に代わって王国戦士長を任せたいくらいだ」
「冗談言うなよ。お前には悪いが、王国には魅力を感じない。それに俺は一応、帝国側の傭兵として参加してるんだ。雇い主を簡単には裏切れんさ」
「そうだろうな……。ならば、大恩ある陛下を守るため、最後まで抗わせてもらうぞ」
ガゼフが
「俺のすべてを搾りつくそう!」
王国戦士長が最終奥義の構えを取る。
対するブレインは己が最も頼みとする武技にて対抗する。
「――領域」
ブレインのオリジナル武技である『領域』。
発動中は特殊な知覚能力を得て、本人を中心に一定範囲内の空気、音、気配などを感じ取れる。
今では本人の成長と共に研ぎ澄まされ、かつて三メートルだった有効範囲は倍以上になり、それが実体のないものですら知覚できるようになっていた。
「いくぞ! ブレイン・アングラウス!」
───閃光烈斬
常人どころか一流の戦士にもガゼフが剣を振り下ろす瞬間を捉えることは出来なかっただろう。まさに、一瞬だけ光が瞬いたとしか知覚できないような超高速の一撃。
だが、今のブレインはその超絶の速度にさえ易々と反応し、反撃することが出来る。
ドサッ
大きく音を立て、王国戦士長が地に倒れる。
それでも尚、剣を握り締める彼だが、ブレインの峰打ちで意識は完全に刈り取られていた。
「……真剣勝負でこれは侮辱だろう。だが、お前を殺しちまうと蘇生を拒否しそうなんでな。すまんな、ストロノーフ。これは俺の我儘だ」
そう言うとブレインは音もなくその場から姿を消す。
遠くからガゼフを探す彼の部下たちの声が近づいてきていた。
ーーーー
王国本陣・ランポッサⅢ世の天幕――
戦場の怒号や剣戟音、地響きは王国本陣の間近まで近づいていた。天幕内からでも必死にデスナイトを押しとどめようと向かっていく兵士の姿を見ることが出来る。
「陛下! アンデッド兵団が止められないならばここにいるのは危険です! 口惜しいですが、ここはエ・ランテルまで撤退を!」
「……わかった」
目を閉じ、僅かに逡巡したランポッサだが、目を開いて側近の進言を受け入れる。
「陛下の護衛を戦士長殿に任せたいが、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「む……。先程、周囲の様子を見に行ってから戻ってこぬな。あやつに限って逃げるなどということはありえぬ。何かあったのかもしれん」
「私も戦士長殿の忠誠を疑いませんが、いまは探している時間がありません。彼のことは戦士団の者に任せて陛下は避難を。ここにいる兵から護衛と背後の守りを務める者を選抜しましょう」
「ああ。よろしく頼む」
敗戦を認め、撤退にかかる王国首脳陣。
だがすべては遅かった。
天幕から出て彼らが目にしたものは、ここを守っていた全ての兵士が倒れ伏している姿。
そして、その光景を生み出した全方位を取り囲む幾百のアンデッドとドラゴンの群れ。
ランポッサⅢ世はここで自分の命運が尽きたことを悟った。
そんな彼に一人の魔法詠唱者が悠然と歩み寄る。
「仮面を被った大柄な魔法詠唱者……。そなたがアインズ・ウール・ゴウン魔導王か」
「いかにも。初にお目にかかるな、ヴァイセルフ王家最後の王よ」
“最後の王”
アインズの放ったこの言葉の意味が分からない者はここにはいなかった。ランポッサⅢ世の側近たちは憎しみのこもった目で睨みつけるが、それ以上のことは何もできない。
「魔導王よ。私はここで終わりだが、まだ第二王子のザナックがいるぞ」
国王と第一王子は戦場に出ていたが、万が一を考えて王都に残した息子に希望を託す。
「第二王子は多少は頭が回ると聞く。そんな男であれば、賢明な判断を下すだろう」
「……」
魔導王の言葉をすぐには否定できない。
この戦争では圧倒的な力の差を見せつけられた。慎重派のザナックであれば、戦いを避けて降伏することも十分にありえる。その場合は文字通り、ヴァイセルフ王家が断絶することになるだろう。
そしてリ・エスティーゼ王国国王、ランポッサⅢ世は幕僚と共に虜囚の身となった。
本陣以外にいた王国貴族は多くが戦場の中で討たれたが、指揮官のみが狙われていたのか、これほどの大敗北にも関わらず、死亡した兵士は驚くほど少なかったという。
ーーーー
アインズの
逃走するボウロロープ侯とバルブロ王子の進行方向に先回りするように、だがギリギリ当たらない位置に着弾させたのだ。
範囲外には一切の影響がない魔法だからこそ可能なことだった。
直接的な被害がないとはいえ、急停止をかけたことで侯爵と王子は激しく落馬。二人そろって地面に倒れているところを悠々と捕らえて送られていた。
ナザリック地下大墳墓の第五階層、「真実の部屋」へと。
「う……」
「あら、起きたのねん。よく眠れたかしら?」
声に反応したボウロロープ侯が目をあけると、眼前にはおぞましい化け物の姿。溺死体のようなぶよぶよの身体に蛸のような触手が生えている。
反射的に構えようとするが、わずかも手が動ない。いや、手だけではなく、足も頭も固定され、口にも声が出せないように何かが嵌められていることに気付く。
辛うじて目を動かして周囲を見ると、隣にバルブロ王子が同じように拘束されている。
「はるふろほうじ!」
「あら駄目よん。せっかくだから起きるまで寝かせておいてあげなさいね? ぐっすりと眠ることなんてこれが最後になるのだからん」
何を言っているのだと、気丈にも化け物を睨みつけるが、当然ながら相手は意に介さない。
「うふふふ。生意気な目ねん。これは期待できそうだわ――おっといけない。自己紹介がまだだったわねん? 私はナザリック地下大墳墓特別情報収集官、ニューロニストよ。拷問官とも呼ばれているわん」
拷問官。
この化け物はまさか自分を拷問にかけようというのか?
栄光の王国六大貴族の一人にして貴族派閥の盟主。実質的にリ・エスティーゼ王国の頂点であるこのボウロロープ侯爵を?
ふざけるな、と激しく暴れるが彼を縛る拘束はびくともしない。
「無駄よん。あなた程度が千切れるものじゃないわん」
いまだ目に憤怒を宿しながら暴れる彼には理解できていなかった。何故自分がこのような目に遭っているのかを。
だがそれはこれから
王国を代表してまずは二人が栄光のナザリック入り(ボウロロープさん曰く小汚い墳墓)